第六話:人生の先達



第六話:人生の先達




 ぶっ飛んだ話を聞いて空を見上げながら嘆いたものの、その星空の綺麗さを見て少しだけ癒された。


 気を取り直してルーさんの方へ向き直れば、困ったような顔をしながら手持無沙汰に手に持った棒を緩く振っている。そういえば威嚇してきた時も棒切れを持っていたが、何かそういう〝アビリティ〟でも存在するのだろうか。


 それよりも威嚇――そうだ。攻撃されかかった理由がまだはっきりしていない、と言おうとしてはたと気がつく。


「……あれ? 特徴が似てる?」


 似ている。今聞いた話だけ聞けば、無差別PKプレイヤーは、犬系モンスター5頭を従えた――。


「そう、それが手違いの理由だよ。本当にすまなかったね。僕等も現場にいた訳じゃないから5頭の犬系モンスターを従えたプレイヤーとしか情報が出回ってなくて。今は街のNPCに協力してもらって、その特徴に当てはまるものを確認したら連絡してくれって言ってあるんだ。散発的に起こるPK被害者のアイテム回収とかてんてこ舞いでね、人手不足で……」


「ちなみにそれ男ですか女ですか」


「男だよ。最初のはごめんね、顔とサポート妖精を確認しようと思って、灯り代わりに撃ってもらったんだ。サポート妖精が女の子ってことは、君も女性だろう? 怖かったろうね、ほんとーにごめん!」


 ――男か。なるほど、性別によってサポート妖精の性別も決まっているから、女だ、違うと判断されたわけだ。最初にうっすら見えていたのに灯り代わりの【ファイア】を撃ったのは、おそらくこの身体が女性というにはがっしりしすぎているからだろう。


 胸は多少あるし、身体もおおむね女の形状をしているが、その実やはり普通の小さい男並みの背丈があるし、筋肉質な部分も否めない。


 男だったら問答無用で攻撃されていた可能性を考えれば、両性の自分に女性型のサポート妖精を派遣してくれた運営に感謝すべきだろう。


「いえ、大丈夫です。なるほど……じゃあこのまま“エアリス”に入るのは危険なのか」


 誤解が解けたのならいい。だがいったい“エアリス”に入らないでどうすればいいのかわからない。たしか〈空腹〉とかのバッドステータスもあったし、食糧確保は大問題だ。水のあてくらいはギリー達が知っているだろうが、プレイヤーも問題なく食べられる食料となると不安しかない。


 考え込む自分に、ギリーの頭の上からふらふらと飛び上がったルーシィが目の前で一回転してみせる。


『ギリーだけ残ってもらって、後は待機してもらったらどうですか?』


「だって……セーフティーエリア内でもモンスターは危ないんだろ?」


『大丈夫です。一発耐えたら、そこからが勝負です。ギリーならここらでどれだけ筋力上げしてたとしても問題なく一発ぐらいは耐えます。ドルーウは本来、エアリスから70キロほど離れた丘の小砂漠地帯にいるはずですから』


『……縄張り争いに負けたからな。自然と下るものだ』


「え、くわしく教えて」


 ドルーウが本来ここらに存在しないモンスターだから、体力値も高いというのはわかった。ギリーが何やら自己嫌悪に陥っていたが、慰めるのは後にしよう。


 しかし、一発耐えたらそこからが勝負、ということはつまり反撃が可能ということなのだろうかとその話に食いつけば、ルーさんも同じように話に食いついてくる。


「……あの、いいかな? それ君のサポート妖精だよね? 僕のサポート妖精は今他の人に情報を回してもらってるんだけど、どういうこと?」


『ありゃ、教えてもらえなかったんですか? それとも意味がないと判断したんでしょうか? 確かにセーフティーエリア内でもモンスターは攻撃を受けます。ですが、即死しなければ反撃が出来るんですよ。ちゃんと』


「「なにそれ初耳だよ」」


 ルーさんと自分の感想が綺麗にハモる。ちゃんと仕事しろよサポート妖精。1人1匹ついてるんだろと思いながらも続きをうながせば、きょとりと可愛らしく首を傾げてから、大きく腕を伸ばし人差し指を立てるいつものポーズ。


『むむぅ? お仕事の時間ですね? お口チャックタイム終わりですね? ――ではちゅうもーく! 今回のお勉強はセーフティーエリアの特殊条件についてです!』


「おー! ……はぁ、女の子妖精可愛い」


「……おー」


 ルーさんの気合の入った合いの手と、不穏な響きと共に呟かれた言葉にドン引きしつつ、やる気なく拍手をすれば満足そうにルーシィが胸を張って語り出す。


『まず、セーフティーエリアとは神様が直接管理している区域です! あ、神様って運営ですよ。そして、セーフティーエリアとは攻撃系アイテムの使用、大部分の【スキル】の使用、PK、物理攻撃のその全てが無効化される空間のことです。ここまではいいですね?』


「何回も聞いた」


「おっけーだよ! ルーシィちゃん!」


『勿論モンスターによるプレイヤーへの攻撃も阻害され、意味を成しません。しかし、その逆は違います。プレイヤーによるモンスターへの攻撃は阻害されず、モンスターはダメージを受けます』


「それが問題なんだよ……もう色々と騒がしくて事態の収拾がつかないんだよ」


「同じようにしとけばいいのに」


『それはルーシィも知りません。それでですね、モンスターは確かに攻撃を受けますが、攻撃を受けたモンスターは「反撃の権利」が得られるんです。つまり、ちょっかいだされたらぼっこぼこにしちゃえばいいんです』


「それってあれかな……少しでもいいからダメージを受けたら? かするだけでも?」


『あんまり寄ってこないでくださいルーさん。そうです。そして本来、よほど実力差の無い限りプレイヤーの攻撃なんて油断してなきゃモンスターは簡単に避けられます。なので、何を勘違いしてるのかわかりませんが、セーフティーエリア内でプレイヤーがモンスターに攻撃するということは、かなりリスクの高いことなんです。下手したら街中で【スキル】発動されてぼっこぼこです』


 ついに近づきすぎてルーシィにまで避けられたルーさんはだだへこみしつつも、それなら、と決心したように顔を上げる。


「その情報、広めてくる。情報屋がすでにいるから、メッセージで皆に一斉送信しよう」


 情報屋、メッセージ、またもわからない単語が出てきてお手上げだ。だが問題は少しは進展したらしい。このまま収束してくれたらいうことなしだ。安心して街に入り、色々とわからないことを整理したり準備をしたりすることができるだろう。


 ルーさんは少し離れた所で、空気と化して【スキル】の熟練度上げをしていた2人を呼び、判明した事実を伝えて来るようにと指示を出す。そのまま予想以上のスピードで駆けていく2人を見送りながら、最初よりもずっと砕けた様子でルーさんが話しかけてきた。


「それで、要求って言うのは積極的なPKを控えてくださいってことかな。確かに、彼等がいるから僕等の活躍の場があるっていうのはそうだけど、それでもこんな規格外のシステムを次々と見せ付けられちゃ、こんな序盤で仲間割れしている暇もないしね。当面、落ち着くまでは休戦ってことでPKは止めてくれると嬉しいな」


「はぁ、そうですね。個としての最強を目指すか、群れるかの二択ですね」


「僕は突き詰めて最強を目指せるほどセンスがないんでね。群れさせてもらうよ。というわけで勧誘話だ。うちのギルドこない? メンバーはさっきも見てた通り僕を含め3人。そのモンスターも強いみたいだし……ギリーだっけ? よろしく、ルーです。こちらはフィニー」


 くぉう、と。よろしくと返事を返したギリーはルーさんの、AIにも一応の礼儀をわきまえる態度を気に入ったらしい。ふわりと飛んできたフィニーが目の前の地面におりたのを見て、自分も伏せて体勢を低くして何か話しているようだ。

 様子は……だの、どれぐらいのモンスターが……だのと情報交換をしているようだ。


「で、どう?」


「うーん……」


 待遇は、様子を見る限り悪くはないだろう。むしろ明るく気さくな面ではいい方だろう。悪そうな人達でもないし、何より、ルーさんは自分を最強になれるほどセンスがないと言っていたが、モンスターと契約できるぐらいには考えは悪くないようだ。


 だけど初心者には初心者なりの夢がある。ゲームの仕組みや限界などがわかっていないからこそ、初心者こそ自分が最強になろうと夢見るのだ。そのためには、サポート妖精のルーシィがいる間に、もう少し無茶をしておきたい。


「……とりあえず、テストプレイ中は少し無茶してでも色々と試してみたいから」


「確かに、ギルドに入れば自分勝手に無茶したりは出来ないもんね。わかった、いいよ。無茶が終わって興味があったら来るといい。フレンド登録だけしておこうか」


「フレンド登録?」


『フレンド登録とはゲーム内での知り合い以上の関係でよく使われるものです。ゲーム内でのフレンド――そのまんま友達という意味でして、フレンドと音声通信や個別のメール送信を可能とするシステムです。登録したフレンドは一覧で表示されます』


「あ……さんきゅ」


「……ウチのサポート妖精なんかよりすごく優秀だね。羨ましい。……女の子だし」


 もはや説明のタイミングが神がかってきている気がするルーシィ先生の説明を聞き、フレンド登録に関しては納得の元にルーさんと交換をした。そんな便利なシステムがあるとは知らなかったから驚きだ。


「名前は、〝狛犬〟……狛ちゃんって呼んでいいかな?」


「どーぞ」


「じゃあ狛ちゃん、振られちゃったけどウチのギルドは一応、初心者補助も目的としてるんだ。到着も遅かったし、街の案内と、おおまかに当面必要な知識を紹介するよ。専門用語はほとんど知らないみたいだし」


「ありがとうございます。助かります。討伐は良いんですか?」


 ありがたい申し出にお礼を言いつつも、目的はどうするんだと聞けば、ルーさんは一瞬詰まった顔をして、それからすぐに情けなさそうな顔で訳を説明してくれた。


「正直に言おう。PKKっていうのはもっと色々な追跡スキルとかが揃ってないと、そう能動的にはいかないんだ。街中に潜伏しているのなら情報が回って来ても、相手は闇夜に紛れてモンスターと共に狩りをしている。これじゃ目撃証言なんて望めない。もし見かけてもそれはPK被害が起こる前の一瞬にすぎないし、死に戻り後じゃ犯人はもうモンスターに乗って別の場所にいる」


「あの……PKってそんなに頻繁に起こるものなんですか?」


「あー、それはねぇ。VRが実装される前生まれ? それとも実装後?」


「実装後です。28になります」


「――実年齢でか、若いなぁ。そうか、それなら知らないかもしれないけど、VRが実装される前には、今のパソコンでMMORPGってものをやってたんだけどね。昔はパソコンのキーボードで操作してゲームしてたから、操作性がガタ落ちなのはわかるよね?」


「はぁ。むしろよくできましたね」


「そうそう。最近の子はみーんなそう言うんだよね。でも昔はそれが当たり前だったからさぁ、僕としては数十年経った今になってやっとVRってものに馴染んできた、って感じなんだけど……」


 感慨深そうにそう呟くルーさんの横顔はどうみてもまだ30代半ばだが、それにしてはどこか落ち着き過ぎている様子で語り出す。大分前に不死薬を煽ったのだろうか、「昔の人」とネットで言われる人達と同じような声質で、どこか安心感のある雰囲気があった。


「PKっていうシステムはね、実は一度パソコンの時に廃れたんだ。あの頃は自分の人相をそのままコンバートするようなVRなんてなかったから、みんな匿名だから血気盛んでね。今は違う感じで血気盛んだけど、もうそんなもんじゃないくらい。顔も身元も何も表に出てこないから、モラルに欠けてても発言に礼儀なんてなくても、所詮は文字チャットだから結構ぎすぎすしてたんだよ。それで当時PKこそが一番のプレイヤー間の不仲の原因だっていわれてね、ほとんどのサービス提供会社がそもそもPKの可能性自体を消してしまっていたんだ」


「PKなしの、MMORPG?」


「そう。でも一番の原因と言われたPKを排除したら、今度はそれはそれでもっと違う所で揉めだしてね。派手なものと言われるとそうではないんだけど、何ていうのかな。大同団結――って言葉があるように、わかりやすい敵がいなくなれば、人間って内側で揉めだすもんでね」


「はぁ……」


「あはは、まあ知らない子にはわかんないか。結局、PKって存在が大きな意義を持つようになってきたのは、VRっていうプレイヤー同士が、つまり人と人とが直接その顔を突き合わせるようになってからなんだ。その――緊張感だね。フィールドでは常に臨戦態勢。PKの際には身を潜め、まるで本物の狩りのように作戦を練る」


 手に持った1.5メートル程の棒を剣のように片手で掲げ、ルーさんは言う。それが非常に好まれたと。


 対面であるからこその、その臨場感、緊張感。自らも神経を研ぎ澄まし、爛々と光る眼で獲物を見据え、仕留める時のあの感触。未発達と言われ続けた初期のVRの頃でさえ、キーボードと画面越しの世界に比べたらその全てが素晴らしいものだったと彼は言う。


「PKがプレイヤー同士の不仲の原因の第1位であるのは間違いない。それは事実だ。実際に今日の揉め事もPKが問題になった。だけど、VR時代においてPKこそが、プレイヤー達が最もわかりやすく団結する理由でもある。今みたいにね。一長一短だね、これも」


「なるほど……」


 いつどこから襲い来るかわからないPKに対し、団結してその障害を排除する。敵がいれば内部で揉めることなど少ないだろう。多少の問題に目を瞑ってでも、より強大な脅威が存在したのだから。


 今も同じだと言っているのだろうか。プレイヤー1人では対応すら出来ないような大規模な問題が起きているから、プレイヤー達は各々の都合を少しだけ曲げて、一致団結して問題解決に奔走していると。


「――すごいですね」


「ん?」


 ぽつりと、本音が零れる。すごい、と思った。協力して問題を排除するとか、互いに連携を組んでどうにかするとか、すごいと思った。

 もう28年も生きてきて、自分が抱える問題にも表面上には蹴りをつけて、そうして今まで生きていたつもりだったけれど――。


「人と協力したこととかないんで、純粋にすごいと思います」


「……は、はっはっはっはっ!!」


「え゛?」


「あはははは! なにそれもう、君まだすごい若いんだから、これからだよこれから! いいかい――」


 がっし、と。無造作に歩いてきたルーさんが片手で自分の頭を柔らかく掴み、好々爺のようなひどく優しそうな顔でじっと目を合わせてくる。


「君は色々ありそうだと思う。どうしてそう思うのかは君が悩んで自分で蹴りをつけたであろう問題だろうから、僕からは触れない。でもね、不死薬が何十年も前から出回っている今、幸運なことに君は28歳にしてまだまだひよっ子だ。これからだよ。これから。まだまだ全然時間はある。現代人の特権だよ? 時間があり過ぎて堕落した? そんなの関係ない。君が進むべきチャンスを持った時間がそれだけ多く存在していることを喜ぶべきだ。人と協力したことがないなら、やってみなさい。まずは話しかけて、より多くの人と関係して、そしてその人達が何を考え生きているのかに触れなさい。酷いことを言われることもあるだろうけど、嬉しいことを言ってくれる人もいる。全部、必要なものだから、これからがんばりなさい」


 突然の優しい説教に、呆然とする。


「……先達せんだつの考え、ありがとう……ございます」


 ――永く。不死薬を煽り、永く生きている人を蔑んで「昔の人」と呼ぶ。


 しかし、永く生きている人の考えや生き様を、称えて現代人は「先達」と呼ぶ。


 人生の先輩。積み上げた経験で若人にしゃんとしろと声をかけ、永い時があるゆえに堕落に走りかける若者に手を差し伸べる。


 ――目を合わせて話をしたのは、成人してから初めてかもしれない。いや、初めてだ。ゴーグル越しにも人と目を合わせた事なんかないのに、VRの中で今、自分はしっかりと他人の目を見て話をしている。


「ありがとうございます」


 今度はしっかりと、その温かな掌が離れた頭を下げる。

 貴重な体験をさせてもらった。おおよそこんな幸運は望めないというような、貴重な先達からの言葉は自分の心を励ましてくれた。


 大丈夫だから、安心して頑張れと。


「そんな気負わなくてもいいよ。僕も普段は実年齢隠してゲームしてるし、それにPKKだって実は合法的にPKしたいからって理由も半分はあるんだ。意外と不純なんだよ、僕も年とったとはいえ男の子でね」


 男の子って、基本いくつになっても馬鹿だろう? と緊張した空気を解すように笑ってみせるルーさんにつられて笑う。空気を読んでか、こちらに背を向けて大人しく揃って星を見上げていたギリーとルーシィ達に声をかけようとすれば、ルーさんがちょっと待ってと小声で言い、写真を撮ろうと持ちかけてくる。


 メニュー機能にあったのだというカメラ機能を教えてもらい、無音にしてそっと空を見上げる7匹の後姿を写真に収め、悪戯が成功したような顔でルーさんも同じように写真を撮る。


「ナイスショット」


「記念にします。フィニーちゃん可愛いですね」


「だろう!? そうなんだよフィニーはものすごく可愛いんだよ!」


 不意に大声でフィニーを褒めだしたルーさんの声に驚いて、終わったんですかーとルーシィ達が寄ってくる。手にした写真を覗き込まれ、ナイスショットと褒められて顔がほころんだ。


 どうせなら今度は真正面からみんなで撮りましょうとルーシィが言い出して、仲良く並んで写真を撮る。空中にカメラ機能をロックして、それから時間を設定してみんなで慌てて整列し出す。


 フィニーはルーさんの右肩に。ルーさんの隣に自分と、自分の肩の上には胸を張るルーシィが。ギリー達はリーダーであるギリーを真ん中に、足元に行儀よく並んで座る。

 そしてみんなが笑顔でカメラを見る。


「――はい、チーズ!」


 この日は、最高の一日として残るだろう。


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