132話 『姉は話を聞かないフリして実は聞いてると思わせて全然聞いていないタイプ』
………………
と、以上がルイ老人の半生であるのだが……
それを今から桜やテルミ、莉羅、部下達の前で語ろうとする。
「さて、わしの半生をどこから教えようか?」
腕を組み、わざとらしく考えるような動作をする老人。
まさか五万年分全て語る訳にもいかない。
そもそも『色々と嘘をついていた』と、リオの前では言えない。
「勿体ぶってないで、さっさと話しなさいよ。あたしってば飽きっぽいから、あと十秒くらいで興味無くなっちゃうわよ」
そう言って冷やかす、ヒーローキルシュリーパーこと桜。
彼女やその弟妹もまたルイ老人の子孫、つまりは毒霧の適正者候補であるのだが、本人達はそれを知らない。
ただ、桜に毒霧の力を取得させても『大魔王の力』とやらが反発して、ヨクモと同じ結果になるだろう。
「そうでなければ、確実に百合以上の適正者だっただろうに……勿体ない」
と心の中で思う老人。
その意識内ではリオの生首が、ずっと桜のヒーローマスクを睨み続けている。
しかし桜の「もうすぐ興味が無くなる」という言葉はジョークでは無く事実だろう。
ルイ老人は『祖父の友人』として、桜が小さい頃から何度か会話をしたことがある。
彼女は典型的な、熱しやすく冷めやすいタイプ。一度飽きてしまった物事には、見向きもしなくなる。
「まあ待ちたまえ、退屈するような話では無いよ。桜くん、いや空手
「キルシュリーパーよ!」
「とにかく話を始めよう。わしは五万年前に……ええと……そうだなおそらくトルコ辺りかな? 小さな狩猟部族民として生まれ……」
「なんと! 我々の先祖はトルコ人!? どうりで火曜木曜は食堂にトルコライスがあるワケだ! 謎は全て解けた!」
聞き耳を立てていた九蘭家の一員が、大袈裟に驚いた。
テルミがその声の主を見ると、叫んだのは例のクイズ忍者。
ペンと小さなノートを手に、ルイ老人の言葉をいそいそとメモしている。
「組織内の宴会などでやるクイズのネタにでも、するつもりでしょうか?」
テルミはそう考えた後で、「今はそんなのを気にしている場合では無い」と思い直し、屋根の上を見上げる。
実の姉、そして知り合いの老人が対峙している光景を。
この争いをやめさせたい……しかし老人は、今時珍しく分かりやすい程の『悪の組織』のトップ。
ここで桜がルイ老人を捕縛し、組織を解散させる。それも悪くは無い展開だ。
そういうのは警察の仕事だ、とも思うが……警察にはどうしようも無いから、超能力殺し屋組織なんてものが蔓延っているのだろうし。
ならば桜に暴れて貰うべきなのかもしれない。
「にーちゃん……難しい考え方、せずに……正義の味方が、悪い人をやっつける……ってカンジに、思ってれば……良い……よー」
兄の考えを察し、莉羅が呟いた。
「……ねーちゃんが、正義の味方……か、どうかは……ともかく……ね」
とも付け加えていたが。
テルミは莉羅の台詞にも一理あると思い、「ううーん……そうかもしれませんね」とまだ完全に納得はしていないが首を縦に振った。
そんな少年の葛藤には気付かず、ルイ老人は話を続ける。
「ある日わしは、現在の白檀に似た木材で赤ちゃんの像を彫ってね。それから超能力を得て、色々あって今に至る。終わり」
「はっ!? 短い短い! 確かに全然退屈はしないけど、それ以前の問題よ!」
「そうかね? 一番重要な部分だけ抜粋したつもりなのだがね。ふふっ」
楽しそうに笑う老人と、その策略にハマってイライラしだすヒーロー。
「抜粋しすぎよ!」
「ふむ、ではこういう話はどうだ? あの子達は……」
そう言ってルイ老人は、地上で様子を見ている組織のメンバー達を指差す。
「あの忍者どもが何よ?」
「彼らは皆、孫の孫の孫の……どれほどの孫かはもう分からぬが、わしの子孫でな」
「また随分な大家族ね」
「ふふ、そうだな。それでわしの最初の息子についてだが」
本当は二番目の息子。
現組織構成員達の、直系の先祖に当たる息子の事だ。
「その息子というのが、昔エジプトでね……」
と、ルイ老人はエジプトに住んでいた頃の思い出話を語り出す。
やれ、砂ばかりで目がチカチカしただの。
やれ、隣の爺さんと将棋の原型みたいなゲームで遊んでばかりだっただの。
やれ、当時の食事は不味かっただの。
他愛の無い想い出ばかり。
意識の中でリオが「何べちゃくちゃ喋ってるのルイ。らしくないね」と呆れている。
「そうそう。わしの初孫が出来た時は妻が喜びすぎてな、腰を痛め……聞いてるかね、空手
「あーはいはい聞いてるー。聞いてますよー、おじいちゃーん」
桜はわざとらしく大きなあくびをし、やる気の無い老人介護のような態度で返事をする。
そしてそのすぐ後に、
「ねー。テルちゃ~ん莉羅ちゃ~ん。やっほー」
と弟達に手を振って遊び始めた。
正直、全然聞いていない桜であった。
「そして孫は何をトチ狂ったのか、修行をすると言って砂漠の砂に自分から埋まって」
「あ~うんうん。ところで忍者達さあ、あんたら月給どれくらいなの?」
もう完全に聞いていない。
話も噛み合っていない。
しかし桜が集中できないのも仕方ない。老人が本当に『どうでも良い』情報しか喋らないのだ。
手下の殺し屋達も呆れて、
「あっこれは
と決めつけ、もはや話半分でしか聞いていない。
莉羅も退屈になって、前髪をいじって枝毛などを探し始めた。今まで枝毛が出来た経験は無いのだが……だからこそ探してしまう小学生の女心。
ただ二人だけ真剣に聞いている。
宴会芸用に身内クイズのネタを探してやまないクイズ忍者。
それに、根が生真面目なテルミ。
「莉羅。遊んでないでお話を聞かないと失礼ですよ」
「えー……」
妹に注意までしている。
そんなテルミを見て、暗殺組織メンバーの一部は、
「良い子だねえ、百合ちゃんの生徒くんって。あとあのクイズ男は……どうでもいいや」
とコソコソ話している。
しかしハッキリ述べると、クイズ忍者はともかくテルミが今発揮している真面目さに
何故ならばルイ老人が今話している内容に
老人の会話はただの時間稼ぎだ。
今、とある『仕掛け』の作動を待っている。
そして桜も、
「ところでお爺ちゃん。そろそろ準備出来たみたいね?」
「おや、まいった。全てお見通しかい」
ルイ老人は適当な小咄を口にしながら、テレパシーを飛ばしていたのだ。
桜はいつも莉羅とテレパシーで会話しているため、敵がそれを使っているかどうかなどはすぐに分かる。
少しでも闘いを楽しむため、あえて老人の『仕掛け』を見逃してあげていたのだ。
だからこそ、話に飽きても攻撃を加えなかった。
そしてその『仕掛け』とは……
「皆、どいて! どいてくれ……ど、どいてよー! もー!」
「あっ百合ちゃんだ。おひさー」
「百合。一人暮らしは慣れたか?」
「お、叔父上達。お久しぶりです……う、うん。新生活にもそこそこ慣れた……って、違う違うー! 今はそれどころじゃなくて!」
騒がしくやって来た、私服姿の小さな少女。
いや、大人の女性。
「真奥くん! それに妹の莉羅ちゃん! 無事だったかい!?」
「九蘭先生。どうしてここに?」
清掃部顧問、九蘭百合だ。
ルイ老人がテレパシーで「テルミくんと莉羅くんが危険な目に遭っている」と伝えたのだ。
テレパシー受信直前の百合は、自宅自室で、今日来るはずの生徒達が全然訪れないのに対し、
「私って教師としての威厳が足りないのかな……クールなオトナではあるけど……背は低いし……胸も無いし……」
と気落ちしてカーペットの毛をブチブチ抜いていた。
そこに急遽来た
「平気だったかい真奥くん」
「はい。僕は問題無いのですが……」
返事をしながら、テルミは再び姉と老人の方を見上げた。
一方の百合は、ペタペタとテルミの体中を触って怪我を確かめている。
その行動にムッとした莉羅が、
「めすぶた……離れ……なさい」
「うにゃっ?」
と百合の服を引っ張り、引き離した。
その衝撃で視線がズレた百合は、屋根上の二人にようやく気付く。
「……
小さく声を上げる百合。
しかしその蚊が鳴くような呟きも、地獄耳の桜にはバッチリ届いていた。
「キルシュリーパーっつってんでしょ! チビ忍者!」
「ち、チビじゃない! 忍者じゃない!」
「えっ、忍者だろ我々?」
クイズ忍者が首を捻っているが、それに構っている場合では無い。
「ようやく来たか、百合」
「
「ああ、テルミくんの件は解決済みだ。しかし百合には、別の要件があってね」
適当な想い出話も終わり、再び鋭い眼光に戻るルイ老人。
そして桜は溜息をついた。
「ふーん。なるほどね、子供先生を呼んでたってワケか……今更あの子供に何が出来るとも思えないけど……あーあ、つまんない」
パワーアップなどをするのだろうと期待し、せっかく老人の作戦を黙認してあげたのに……結局百合が来ただけ。
こんな事ならさっさと老人をやっつけて、家に帰って弟に「怪我してないかチェックするわよ!」と言って服を脱がし、自分も脱いで、色々と危ない遊びでもやってれば良かった。
という邪な桜の考えはともかく。
ルイ老人は、百合に笑いかけながら命令を下す。
「さあ百合。わしと空手
「だーかーら、あたしはキルシュリーパー! って、一々訂正するのも疲れたわ。なんかあたし、しつこい女みたいじゃないの。サッパリ系がウリなのに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます