133話 『姉の必殺技!の名前を他人に勝手に決められる』

「見ろって……わ、私が? にゃ、何でぇ……?」


 ルイ老人――今は九蘭家の家長いえおさである琉衣衛るいえから、「戦いを見ていなさい」と命じられた百合。

 おそらくは「百合自身が戦う時の参考にしろ」という意図だろう。と彼女は考えた。


 しかし百合はもう、カラテガールもといキルシュリーパーと戦うつもりは無い。

 そもそも組織を抜けている。扱い的には『任務のため一人暮らし中』となってはいるが。


「見ませーん! 何故ならば私は既に、九蘭家とは無関係だからでーす!」


 と、声高に拒否出来れば良いのだが。

 しかし百合は、怖くて言えなかった。


「ええと……そ、そうだ。真奥くんもいるし……生徒を守るためにこの場に留まって、ついでに家長いえおさとカラテガールの戦いが視界に入っても、それは仕方ない不可抗力だ。うん。仕方ないよね……うん」


 などと自分の心に言い訳をして、家長いえおさの命令を実行する百合であった。

 そうして百合が見学体勢に入ると、ルイ老人は軽く頷き桜を見る。


 ヒーロースーツ姿の桜と、たすき掛けの袴姿の老人が、屋根の上で向かい合う。


「では、始めようか空手少女ガール

「はいはいどうぞどうぞご自由に。ふあ~」


 対峙した二人の間には、さほど緊張感が漂っていない。

 桜はルイ老人の準備を待っている間に、飽きてモチベーションが低下してしまったのだ。

 大きく欠伸をし、手の平をぶらぶらと振って、だらけた態度を取っている。


「では遠慮なく攻撃させて貰うよ」


 ルイ老人は右手を挙げ、手の平を軽く握り、手首のスナップを効かせ釣竿を振るような動作をした。

 すると指先から緑色の光線が出る。

 桜は、


「キモッ!」


 と一言口にして、あっさりと避けた。


「出た! あれは家長いえおさの『蛇牙翔滅掌じゃがしょうめつしょう』! 霧のエネルギーを指先に溜め高濃度にし、腕を振った勢いで発射する! そのあまりにも濃い霧のエネルギーは、まさにレーザービーム! 濃くなった分、『溶かす』速度も数倍だ!」


 クイズ忍者が実況解説している。

 別に誰が頼んだわけでもないのに、おそらくは一応客人であるテルミと莉羅に向けた解説だ。

 そのサービス精神に感心し、テルミは相槌を打った。


「なるほどそういう名前の技なんですね」

「ああ、そういう名前の技だぞ少年!」


 深く頷くクイズ忍者。

 しかし、その後ろにいる女性暗殺者が「嘘よ嘘」と口を挟んだ。


「騙されちゃダメ、百合ちゃんの生徒くん。技の原理は合ってるかもしれないけど、技名は今適当に決めた大嘘なんだから」

「え。嘘なのですか?」

「そいつ身内で出すクイズのネタ作りのために、いつも勝手に皆の技に名前付けてるのよ」


 その暴露に、クイズ忍者は悪びれるでもなく「名前を付けたもん勝ちだ!」と開き直った。

 一挙手一投足をクイズに捧げている、はた迷惑な忍者であるらしい。


「クイズ以外に……やること、無いんだ……ね」


 と莉羅がポツリと辛辣な一言。

 まあそれはそれとして、テルミは気を取り直して屋根上の姉と老人を見た。


 霧の光線を避けた桜は、腕を組み豊満な胸を反らし、偉そうに仁王立ちしている。


「ビームくらいあたしも出せるわよ。もっと楽しい技を使ってよ、お爺ちゃん」

「そうか、ならこれはどうかな?」


 そう言ってルイ老人は両手を広げた。

 その背後の空間に、大量の黒い・・霧が湧く。


「出えーたー! 家長いえおさ十八番オハコ真黒霧絶溶破ブラックディソリューション! 我々の緑色の霧に対し、あの黒い霧は『溶かす』次元が違う! そう、例えるならば……全てを『消す』!」


 クイズ忍者が、また勝手に技名を決めている。

 しかし莉羅はその解説を聞き、


「……意外と……核心を、突いてる……ね」


 と呟いた。

 黒い霧は『溶かす』ではなく、『無』を操る。

 森羅万象全てを消して、消されたの思念だけが残る技。

 まさにクイズ忍者の適当な解説通りであった。


 しかし。

 そんな無敵に思える黒い霧でさえも、桜には、



「効かない! 無意味! ウザいだけ!」



 桜は霧を掴み・・、まるで大きなカーテンをバサバサと風になびかせるようにし、上空へ放り投げた。

 気体であるはずの、霧をだ。


 桜は念動力サイコキネシスと電磁場操作の超能力を掛け合わせ、霧の表面を固形化し、疑似的に固体として扱っているのである。


「え……」

「う……」

「あれー!?」

「何で霧を、手で、え、あれー?」


 下で見物している殺し屋達が、驚き目を丸くした。

 以前から桜と百合の戦いを監視していた者達は、今更『霧を掴める』事には驚かなかったが……

 しかし家長いえおさの黒い霧まで手玉に取られている光景には、衝撃を隠せない。


「はい、残念。次は~?」


 と言って桜はパチンと一回、手の平を叩いて鳴らした。

 すると上空を舞っていた霧が、ピシリとひび割れ、粉々に砕け散った。

 残った霧の欠片は、桜の念動力によって一つ一つ丁寧に消滅。


 そして地上では、驚きからいち早く冷静になったクイズ忍者が、性懲りも無く適当な解説をし始めた。


「あれは……えっと……そうだ、カラテガールの必殺技! 何でも掴める『ドリームキャッチャー』!」

「その名称では、別の意味になってしまいますが……」


 ついツッコミを入れてしまったテルミに、クイズ忍者がニヤリと笑う。


「では問題です。その『ドリームキャッチャーの別の意味』とは何でしょう?」


 クイズを出されてしまった。

 そんな場合じゃないのに。

 しまった、と思いながらもテルミは一応「ネイティブアメリカンのお守りです」と答えた。


「正解!」

「はあ……しかし、凄いクイズへの執念ですね」


 そう社交辞令的に呟いて、テルミは再び桜達の戦いを見ようとしたのだが、


「聞きたいかね少年。わたくしことクイズ忍者の、クイズへの情熱。その訳を!」


 クイズ忍者がウザったい程に絡んでくる。


「いえ……別に聞きたいという訳では……」

「あれは、そう十五年程前! わたくしことクイズ忍者がまだ小学生だった頃」

「あのすみません。今は姉……キルシュリーパーさん達の戦闘に集中したくてですね。その話はまた次の機会にお聞きしますので」

「そうか。じゃあ明日話す。家に行くから」

「ええぇー……そ、そうですか。分かりました……」


 何故か気に入られてしまったらしい。

 戸惑いながらもテルミは、ようやく屋根上の戦闘へ目を向ける事が出来た。


 ルイ老人は黒い霧を何度も出し、桜はそれを千切っては投げ千切っては投げ。


「もー。もうその霧は良いってばー。飽きるー」


 と、桜が愚痴を言い始めている。

 中々に不毛な闘いが繰り広げられていた。


 そして、真面目に戦闘見学するフリをしつつ、実はテルミ達の会話に聞き耳を立てていた百合は、


「真奥くんの家……いいなあ。私も行きた……ああ、いやいやいやいや! な、何を考えているんだ私は教師だぞ! 教師なのにー!」


 と、頭をぶんぶん振って良からぬ妄想を追い出した。

 それはともかくとして。

 今見学者達が考察すべきは、あのヒーローの技についてだ。


 百合は「こほん」と咳払いし、クールなオトナを演じつつ呟く。


「……そう。カラテガールは霧を『掴める』んだよ。私も何度も……」

「百合ちゃん・・・も何度も何度も何度も何度も、アレにやられちゃったよねー」


 テルミの後ろにいる殺し屋が、百合に向かって言った。

 その親戚を、百合は少々不貞腐れたように睨む。


「う……そんなに何度も、やられてないもん……っていうか百合ちゃん・・・って。私の方が年上なのにぃ」


 だがその呟きは無視される。

 百合はもう一度頭を振って、再び冷静になろうと努めた。


「とにかく! 家長いえおさもカラテガールが『掴める』ってのを、前から知ってるはずなんだ」


 百合はそう言って、屋根上で未だ霧を発生させ続けているルイ老人を見上げる。

 その言葉に、テルミは首を捻る。

 そろそろ退屈になって来た莉羅も、真似して首を捻る。


「……では先生。どうしてルイさんは、それを知ってて尚も霧を出しているのでしょうか」

「どーし、てー……」

「うん。それはだね、真奥くん。莉羅ちゃん」

「それは?」

「それ……はー?」



「…………分かんにゃい」



「……先生、なのに……使え、ない……ね」



 と、地上での会話は置いておくとして。

 戦闘最中の屋根上では、桜のイライラがピークに達しかけていた。


「あのさあお爺ちゃん。見物してる手下ども向けの、学習教材用のつもりなのかもしれないけどさー。いつまでもちまちました技やってないで、そろそろ本気出してくれないかしら?」

「ほう、本気とは。例えば?」

「知らないわよ。でも再三言うけど、あたしってば飽きっぽいのよね。そろそろどうでも良くなって、屋敷ごと吹き飛ばしちゃうかも……ね!」


 爆破音と共に、桜達が乗っている屋根に大穴が開いた。

 桜が右足のつま先で、軽く・・蹴ったせいだ。

 屋根だけでなく、建物内にある板張りの床が衝撃で全て剥がれている。


 その横暴な脅し文句に、ルイ老人は苦笑する。


「それは困るな。承知したよ。本気と言えるかどうかは分からぬが……これでどうかな?」


 老人の体が、蜃気楼のようにゆらりと揺れた。

 先程の黒い霧より更に漆黒の霧……いや、闇。

 右人差し指の先から、闇が滔々とうとうと噴き出している。


 その闇が、桜へと襲い掛かった。


「ふーん……まあ、良いんじゃない?」


 桜は接近する闇を睨み付け、注意深く観察。

 そして、今までと同じように掴もうとした。


 しかし、


「やぁ~ん。キモイー何よこれー!」


 闇を掴めなかった。


 桜の超能力を駆使しても、闇の実体を捉えられない。

 闇は桜の右手へ纏わり付き、ヒーローコスチュームである黒いレザーの手袋を『消して』しまった。

 白い素肌が露わになる。


 ただ、桜の肌は超能力で守られているため、闇に触れても傷一つ無かったが。


「気持ち悪~い!」


 桜は手をパタパタと振り、闇を霧散させようとする。

 しかし闇は、手の動作で起こる風にもビクともせず、桜の腕に付き纏う。


「ちょっと~、ウザったいんですけど!」


 桜はふざけて腕をぶんぶん振り回しているが、その口元には笑みを浮かべていた。


 肌へのダメージこそ無かったが、手袋は消されて・・・・しまった。


 桜は今、全身を肉体強化の超能力で守っている。

 その強化能力は自分自身の体だけでなく、強化の程度は低くなってしまうが、身に付けている衣服にも適用されている。

 しかし、手袋は消された。


 つまり、桜の超能力が突破されたのである。

 これは大魔王の力に目覚めて以来、初めての経験だ。


 わくわくする。


「これよこれ。あたしの超能力が効かない霧。以前一度見せて貰ったけど……ようやく今日、ぶっ潰して遊べるわね。あはは!」

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