123話 『妹とSEXYラジオ相談室』

「今日もやってきまちた! 『レンのせくちー子供Radioレィディオ相談ちちゅ』、録画放送れす!」

「わー……ぱちぱちぱちぱち……」

「ワンワン! きゃうううん!」


 ここで数秒、編集用の間を入れる。押し黙る三人。

 カメラを持ってる布みたいな妖怪、木綿さんが「はいっ」とオーケーサインを出すと、再びレンが喋りだす。


「……というワケれ! 今日は声らけのゲストが来てますのれす! レンたんのお友達、RRたんとT子たん! 拍手!」

「わー……」

「よろしくおくんなんしワン!」


 またもや沈黙。

 そしてやはり木綿さんの合図で、少女姿の大狸レンが元気良く声を張り上げる。


「まずはいつもの説明れす! この動画は、せくちーレンたんが皆たん少年少女のお悩みを、びっちりしっかり解決するというぅー……趣ー旨ー!」


 そう叫んだ後、小さな声で「この『趣ー旨ー』ってトコには、でっかい字幕とヘンテコな音響効果を入れるのれす」と、木綿さんに指示を出した。


「さっそくいきまちょう! 最初のガキからの相談れす」


 レンは箱の中に手を突っ込み、番号が書かれた紙片をランダムに取り出す。


「五十一番れすね! えっと……」


 タブレットを操作し、五十一番目のメッセージを開いた。


「レィディオネーム『レンたんの汁を吸いたい』たん(三十八歳、男性)から。どうでも良いけろ、ヤな名前れすね! 絶対に吸わせねーのれす!」


 とラジオネームに突っ込みを入れつつ、「今の『吸わせねー』のトコ、BGMをカットして画面グニャグニャになる面白編集をするのれす」と小さく呟く。


「慣れてる、ね……レンちゃん……」

「最近、毎日やってるらしいでありんすワン」



 レンが毎日何をやっているのかと言うと、例の如くまたユーチューバーである。


 真奥兄妹のおかげで、人間に対する嫌悪が薄れたレン。

 獄悪ごくわる同盟でのアルバイト後、『レンのせくちーヒーローチャンネル』跡地を『レンのせくちー子供Radio相談室』として復活させたのである。


 しかし話題性があったヒーローの時に比べ、あまり人気は無い。儲けも出ていない。

 ただレンはそれに焦るわけでも無く、暇潰しがてら遊びとして動画配信を続けている。

 人ならざる者は長生き故、だいたいいつも退屈しているのである。



 そして今日の収録では、莉羅とチャカ子を特別ゲストとして招いている。

 とは言え、顔出しのレンとは違い、二人はカメラの裏側で声だけの出演。

 莉羅は兄に怒られそうだから顔出しNG。そして忘れられがちだが一応子役俳優である芸名八女やめチャカ子は、事務所的に顔出しNG。


 そこでレンの両隣にパンダと猫のぬいぐるみを置き、それらが喋っているという体裁で録画している。

 ちなみに猫のぬいぐるみが、犬神チャカ子である。



「それれは、改めれ……『可愛いレンたんへ』。ありがとなのれすなのれす!」


 レンは途中適度に相槌を打ちながら、レンたんの汁を吸いたいさん(三十八歳)からの相談内容を読み上げ始めた。

 少年少女からの相談と言いながら、お便りの主は三十八歳男性。しかしレンは、そこにはツッコミを入れない。

 そういうボケなのではなく、四百歳を越えたレンからしたら本当に子供なのである。


 そして相談内容。


『可愛いレンたんへ。質問です。バナナの皮を踏んだら本当に滑って転ぶのですか? あと、僕も大きくて美味しいバナナを持っているのですが、レンたんもそのバナナを食べてみませんか? 優しく皮を剥いて、お口を大きく開いてパックンしてください。待ってます。ずっと待ってます。ここへ来てください。(以下、住所)』


「キモいのれす、包茎野郎!」


 言葉としては決して卑猥では無いのだが何故か卑猥なメッセージに、レンが小気味良いツッコミを入れた。

 レンの元へ届く相談は、九分九厘こんな感じである。


「とりあえず、この取って付けたような本題の『バナナの皮で本当に転ぶのか?』って相談に乗ろうと思いますのれす。それれは、物知り博士のRRたん! ご回答をお願いするのれす!」

「…………自分で……インターネットで、調べ……ろ」

「はい! ズバリなご回答、ありがとなのれす!」

「さすが莉……RRちゃんでありんすワン!」


 とハイテンションで盛り上げ、またピタリと一瞬で黙る。

 レンが小さく「今の莉羅たんの回答には、エコーを付けるのれす」と木綿さんに指示した。


「それれは次の質問れす。七十九番! レィディオネーム『黄昏の美少年』たん(十六歳、男性)! 自分で美少年って言うのは凄い胆力れすね。鏡でも見とけなのれす!」


 と毒を吐いた所で、お便りの内容を読み上げる。



『僕は高校一年生の美しい男子です。ある日、僕に相応しい美しい子に一目惚れしました。けれど後になって気付いたのですが、その子は実は男の子でした』



「恋の相談みたいれす。おお! なんらか、初めてマトモな相談が来た気がするのれす!」

衆道しゅどーの悩みでありワンすな。そーいやーウチが吉原遊郭なかにいた頃、衆道のドージンシ? をたくさん持ってる遊女ゆーじょがおりんしたワン」


 チャカ子の言う同人誌とは、明治時代に自費刊行された小説集や詩集の事である。


「続きー……相談の、続きはー……?」

「そうれした。えっと」


 レンはメッセージを再び読む。



『その男の子を女の子に変えるため、色々頑張ってたのですが。結局失敗してアメリカ人に殺されてしまいました。でも気付いたら生き返ってました。そこで元ヒーローのレンさんに相談です。僕はどうして生き返ったのだと思いますか? やはり神に選ばれし人間だからでしょうか? 僕の考察としては、大地と海と宇宙のエントロピーが僕の感性を刺激し神の心を動かしたのではないかと思っているのですが、どうでしょうか? 追伸。その神とは、おそらく僕の来世です』



「……うーん。まったく意味が分かんない相談なのれす」

「結局……恋愛の、相談じゃ……無かった……ね」

「ワンワン! キャンキャンキャンキャウーン! がうがうがう!」


 チャカ子は難しい相談内容に混乱し、犬の姿に戻っている。

 莉羅が「チャカ子、ちゃん……! ステイ……!」と言ってお菓子をあげると、落ち着いた。


「では物知り博士のRRたん! 今の質問へのご回答をお願いするのれす!」

「…………頭の、病院へ……行きましょう……」

「ありがとなのれす! 非常に的を射た回答れすね!」


 スッキリ解決した所で、次の相談。


「二十六番! レィディオネーム『レンたんの貧乳おっぱいスキー』たん(四十九歳、男性)。とりあえず死んで欲しいのれす!」


 再び最低な下ネタラジオネーム。

 先程の電波な相談から一転、通常営業に戻った。



『僕は一人っ子なのですが、姉か妹が欲しかったです。とは言えもう良い年したオッサンなので、良い年した姉や妹がいても困る。という訳で、子供の頃に戻った上で姉や妹が欲しいのです。そこでレンたんに質問なのですが、エッチな漫画で良く有るような、姉と弟がエッチするってシチュエーションは好きですか? 僕は好きです。レンたんは好き? 僕好き。レンたん好き。僕の姉になってください』



「レンたんから言えるのはただ一言れす。死ね! さあ、RRたんはどう思いますか?」

「……姉と弟は……ダメ、絶対……。兄と妹、なら……憲法で、保証されて……います」

「え! そうだったんでありワンすか!」


 勿論、莉羅の願望交じりの嘘である。

 今まで黙ってカメラを回していた木綿さんも、


「いやー。兄妹でもダメじゃろ」


 と、つい呟いた。

 適当なオチが付いた所で、次の相談へ。



 その後も変態的なラジオネームと変態的な相談が続き、少女三人と木綿さんは笑いながら収録を続けた。

 悪ふざけも入り、どんどん盛り上がっていく。

 熱気がピークに達そうとした、その時。


「まーた遊んでるのかい、レン」


 と、呆れ顔の巨大な女赤鬼、鬼華が収録部屋へ入って来た。

 木綿さんがカメラを鬼華へ向けるが、ムッとした顔になる鬼を見て、慌ててスイッチを切る。


「レン。お前また人間の縄張りにちょっかい出してるのかい」

「ちょっかいじゃないのれす! 現代ヒューマンズソサエティのツールをクリエイティブにユーズしたハイファッションなコミュニケーションなのれすよ、レディ・オニカ!」

「つー……こみに……?」


 聞きなれぬカタカナ語に、生まれて千年以上日本から出たことが無い赤鬼は、頭を抱えた。


「……横文字、使えば……鬼さんを、誤魔化せるんだね……」

「いつもセンパイ達が使ってる手でありんすワン」

「あんまり横文字を言い過ぎると、逆に暴れ出すんじゃけどね」


 莉羅達は呑気にそう言いながら、休憩ついでにジュースを飲んだ。




 ◇




 ラジオごっこに赤鬼が乱入したのと、同じ頃。

 テルミ達清掃部も、本日の活動を終えようとしていた。

 倉庫の掃除を終え、部室代わりに使っている空き教室へと足を運ぶ。


「いずなさん、今日も助かりました」


 テルミがそう礼を言って微笑むと、いずなは心音を高鳴らせ「えへへ」とはにかんだ。


「今日はカップケーキを焼いてきたのですが、よろしければ召し上がってください」

「えぇぇ、ケーキですかぁ! テルミくんのケーキ……」


 しかも、二人きりで。


「ぜひ食べますぅ! い、頂きますぅ!」

「お口に合えば良いのですが」

「合います、絶対合いますぅ……えへへへぇ」


 顔をふにゃふにゃにして喜ぶいずな。

 テルミと自分しかいない教室で、手作りケーキを食べる。


 あーん、とかしちゃったりなんかして。


「はぅぅ! わ、私ったら何て思い上がった想像を……で、でも……チャンスかも……ううん、でも……でも……うぅぅぅ」


 妄想と決意の狭間で揺れ動くいずな。

 しかしそんな思いも、突然砕かれる。

 教室のドアがガラリと開き、


「やあテルミくん。柊木さん。遅くなってすまないね。仕事が片付かなくてさ、ハハハハ」


 と、清掃部顧問教師である、子供先生こと九蘭百合が入って来たのである。

 その絶妙なタイミングに、いずなは不埒な妄想を見抜かれたような気になり、「ひゃっ!」と小さな悲鳴を上げてしまった。


 そして、


「ど、どうしたんだい柊木さ……うにゃあーっ!」


 いずなの悲鳴にビクリと驚いた九蘭百合は、引き戸のレールに躓いて派手に転んだ。

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