92話 『姉が怖すぎて困る弟』
何故桜がファミレスに出現してしまったのか。
………………
放課後、生徒会会議終了後。
帰宅準備を済ませた桜が、取り巻きをぞろぞろ引き連れ廊下を闊歩していると、
「高そうな着物姿のお姉さんが、ゴミ捨て場でうろうろしてるんだってさ」
「なんかスゲー巨乳でスゲー美人らしいよ。巨乳で。おっぱいが」
という生徒達の噂話が聞こえてきた。
「着物ですと! 風流ですね!」
「保護者の人かなー?」
「着物着物着物! そう言えば私は今年着てなかったよ」
「た、高そうな着物……私は、すぐ汚しちゃいそうだから怖くて無理ですぅ……近づくだけでも怖いぃぃ……」
生徒会メンバーや桜親衛隊員達も、耳に入った噂が気になっている。
桜も何か引っかかる物を感じた。
保護者が高級着物で来る事自体は、別におかしくも何とも無い。裕福な家庭であるというだけだろう。
しかし、ゴミ捨て場をうろうろしている、というのは何か怪しい。
高い衣裳を羽織ったまま、汚い場所へ行くものだろうか。
迷子にしても、わざわざ校舎から離れた裏手にあるゴミ捨て場になどは行くまい。
一体何しに来たのか、一度考え出すと気になって堪らない。だが取り巻き達に囲まれている今、直接見に行くわけにもいかない。
なので桜は超能力で嗅覚を強化し、噂のゴミ捨て場の方角をとりあえず嗅いで探ってみた。
ちなみに今いる廊下からゴミ捨て場までは、いくつもの壁を挟んで二百メートル以上離れている。
が、桜の超嗅覚には些細な距離だ。
「……獣」
ゴミに混じり、動物の匂いがする。
犬猫アライグマやネズミのような、都会によくいる動物とはまた違う。
それに野生動物特有の泥や汚物の臭いはせず、清潔な石鹸の香りが漂う。
ペットか、もしくは……
「……妖怪」
いつも対峙している赤鬼と似た匂いも混じっている。
匂いというより『エネルギーの気配』とでも言った方が近いかもしれない。妖気という物か。
桜は推測した。
噂の着物美人とは、動物の妖怪が化けた者なのだろうか。
どうして妖怪が学校に来たのか。勉強を学びたいのだろうか?
オバケにゃ学校も試験も無いらしいし。
そしてその妖怪本人は既に帰っている。
匂いが完全に風の動きと連動しており、生物が動いている気配が無い。ただの残り香だ。
……なんて思っていると。
そんな妖怪の強い香りの中に、何だかホッとする匂いも微かに漂っていると気付く。
いつも嗅ぎ慣れている、愛おしい匂い。
これは……
「テルちゃん……!?」
桜は取り巻き達に「わたくし、用事がありますの」と言った後、スッと廊下の角を曲がり、皆の前から忽然と消えた。
強化した嗅覚を駆使し、テルミと妖怪の残り香を追跡。
途中ヒーロー衣装に着替え、ファミレスに登場したというわけである。
◇
「というわけで、あたしがやって来たからにはもう安心よ、少年!」
桜はテルミをビシッと指差しそう言って、そのまま指先を移動し、次はキューちゃんの顔を指す。
テルミを『少年』と呼んだのは、一般人達に姉弟だと悟られないようするため。ヒーローの正体は秘密なのである。秘密の方がカッコイイのだ。
「さあ妖怪、少年の手を離しなさい!」
「手を、どすか?」
ヒーローに指摘され、キューちゃんは自身の左手を見る。テルミの右手とガッチリガッツリ繋がっていた。
ヘッドバッドしたり額を押さえたりしている内に、指が絡み合ったのだ。
「ダメどす。このニンゲンはもう、わらわのもんどす」
「わ、ワラワラの者……? 高校生が居酒屋でのバイトはダメよ!」
「……? 何を言っとるんどす?」
お約束気味のギャグを一応言った後、桜は「わらわのもん」という言葉を頭の中で精査する。
キューちゃんは単に捕虜的な意味で言ったのであるが、桜は恋愛的な意味で受け取る事にし、頭に血が上って来た。
そしてテルミは、ヒーローマスクで姉の表情こそ見えないが、危険な空気を肌で感じ取り額に汗を流す。
「……キューちゃんさん、不味いです。ここはキルシュ……ええと、カラテガールさんの言う事を聞いた方が良いですよ」
「あほくさっ。わらわが阿呆ニンゲンの戯言を聞く筋合いなんて、ありまへんわ」
ひそひそと耳打ちし合うテルミとキューちゃん。
だが、それがまたイチャついているように見え、桜の逆鱗を刺激するのである。
「ちょっとあんた、いい加減手を離しなさいよね!」
「痛っ…な、なんどす!」
桜は痺れを切らし、キューちゃんの左手首を握る。
ぶん殴っても良いのだが、それだと弟も巻き込んでしまうので、ゆっくりと。
「ここはまず穏便に、手首を粉砕するだけで許してあげるわ」
「手く……い、いたたた! なんどす! なんどす!」
左手首の痛みに、キューちゃんは空いている右手や足で桜を押し退けようとする。しかし殴ろうが蹴ろうがビクともしない。
「痛いって……や、やめておくれやすっ」
「キルシュリーパーさん、落ち着いてください!」
「充分落ち着いてるわよ」
妖狐の苦痛に歪む表情を見て、桜は口の端を釣り上げた。
そして徐々に力を込め、ゆっくりじわじわ手首を折ろうとする。
……のだが、
「なあおい、どうしてカラテガールは、着物のお姉さんと男子高校生に絡んでるんだ?」
「さあ。なんかイチャイチャしてたし、気に喰わないんじゃない?」
「気に喰わないって、そんな理由……カラテガールは正義のヒーローでしょ?」
「いやあ。でもすっげーワガママそうだしなあ、あのねーちゃん」
という
スマホで撮影している者達以外にも、いつの間にやら嗅ぎつけて来たのか、立派なカメラで撮影している報道関係者らしき者達もいる。
「このままじゃ、まるであたしが一般人を苛めてるみたいじゃないの……ちょっとあんた、真の姿見せなさいよ。何かの動物でしょ?」
「ふーん、ふーん! 馬鹿にせんといて! ヒーロー気取りのニンゲン相手なんて、今の姿のままで充分どすもん!」
手首一つで既に負けている現状を直視せず、キューちゃんは胸と虚勢を張った。
しかしテルミは考える。このままではキューちゃんは確実に負け、大怪我をする。
何とか争いを止めないといけない。
「キューちゃんさん、戦うのはやめましょう」
「なんや。あんた、またわらわを馬鹿にするんどすか! もう! もう! ふんっ!」
キューちゃんのハイパー九尾ヘッドバッドが、再び繰り出された。
しかしテルミも伊達に武術を学んでいるわけではない。何度も腹パンや股間蹴りを喰らっていたご先祖様――テルミはあの淡路武士が先祖であるとは気付いていないが――とは違い、四度目の攻撃を華麗に避けた。
避けた……までは良かったのだが。
「あっ……」
「むぐっ」
テルミが半歩後ろに下がって
そこで慌ててテルミの首に抱き付いたのだが……キューちゃんはテルミより少々背が高いため、倒れて体が斜めになった事で二人の口の高さが丁度同じ位置になり……
つまり、二人は接吻してしまったのである。
「…………ッ!?」
桜が絶句する。
「むぐぅー。
「んん……っ!?」
キューちゃんは口を付けたまま喋った。
口腔内へ舌先が侵入し、テルミは目を白黒させる。
しかし妖怪である九尾は、人間の男とキスをしても何とも思わない。
それよりも転びそうになった事への驚きで、テルミの首を強く抱きしめ離さなかった。
「おいおい、あの二人なんでカラテガールの目の前でイチャついてるんだ?」
「見せつけられてるぞー、カラテガールー!」
観客の面白半分なヤジが飛ぶ。
それに少し遅れて、ブチッ、と。桜の中で何かが切れた。
「あんた……」
擦れた声を絞り出した後、マスクの下でスッと真顔になり、
「粉々にすり潰すわ」
次の瞬間。
桜のオーラで、ファミレスの窓ガラスが全て粉々に吹き飛んだ。
客の悲鳴が上がる。
そこでようやくテルミと狐の唇が離れた。
「ぷはっ……姉……キルシュリーパーさん、どうか落ち着いて」
「だから充分落ち着いてるってば……凄く冷静。冷静に考えた上で、その妖怪を消滅させるべきだって結論になったのよ……ふふふふふ……」
完全にキレている。こうなると弟でも止められない。
この絶対絶命のピンチに気付いていないキューちゃんは、
「たかがニンゲンが、わらわを消滅させる? おーっほっほっほ、よう大口叩きはるわ」
と、テルミの手を握りっぱなしで煽り、火に油を注ぎ続けている。
「仕方ありませんね……」
テルミは大きく息を吸い、
「キューちゃんさん、捕まってください!」
「わっ、わっ、わっ! なんどす!? 離しやす!」
キューちゃんをお姫様抱っこし、ファミレスの外へと飛び出した。
「あっ!? ま、待ちなさい輝実!」
桜は慌てて手の平で空気を圧縮し、投げつけ攻撃しようとしたが……テルミに当たるかもしれないと考え直し、腕を下げた。
桜のコントロールなら万が一も無く狐にしか当たらないのだが、しかし心情的に攻撃するのは無理だった。
「テル……少年! 待てってばー! その女は、凶悪な怪人なのよー!」
という桜の叫びに、周りで見学していた者達は、
「何だやっぱり悪の怪人だったのか」
「怪人・和服巨乳美女だな」
「おっぱい対決だー! いいぞ、脱げ脱げカラテガールー!」
とますますヤジの声を大きくし、「ええい、おだまりアンタ達!」と桜に怒鳴られる。
「まったく、反抗期ってわけねテルちゃん……!」
桜もゆっくりとファミレス店舗から出て、既に遠くへ逃げ小さくなっているテルミの背を眺めた。
「でも、お姉様からは逃げられないのよ!」
そして正義のヒーローは、「わーはっはっはー!」と悪の親玉然とした笑い声を上げるのであった。
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