90話 『弟に炸裂せよスーパー九尾ヘッドバッド』

「ミツザネはわしのと婚姻を結んだ後、嫁の伝手つてで正式に弓馬の術を学んだのだ」

「つまりわしら一家は、お前の遠い子孫だという事か?」

「うむ。そうなるな」


 真奥家の縁側。

 テルミ達の祖父である大地と、九蘭家の家長いえおさである琉衣衛るいえが並び座っている。


 琉衣衛は茶と菓子を味わいながら、自身と真奥家の過去を語った。

 それを聞き終えた大地は、


「……嘘くさっ」


 と一言。


「ははは、まあジジイの戯言と思えよ大地」

「こっちも大概ジジイなんだけどな」


 そして二人は茶を一すすり。

 ほっと一息ついた後、琉衣絵は再び口を開く。


「そうそう、それで……ミツザネは大した剣の腕では無かったのだが、その息子は中々に遣り手でな。大地、君の娘や孫娘のように、武の才能に溢れておったよ」

「まるで、わし自身は大した腕では無いとでも言いたげだ」

「そう拗ねるな、大地よ」


 琉衣衛は苦笑し、菓子に手を伸ばした。

 そして大地は文句を言いながらも、内心は琉衣衛の言葉に頷いていた。

 特に孫娘である桜の才能は、肉親の贔屓目を除外してもなお、明らかに他の武術家達より数段突出しているように見える。


「ともかく、そのミツザネの息子が晩年ついに自分の流派を立ち上げ、今の心眼流亜系真奥派になったというわけだよ」

「良く出来た話だな。確かに我が流派は平安時代の弓馬をルーツとし、鎌倉時代に確立した……という話が伝わっている。でもそういう口伝は、正直怪しいもんじゃからな」

「ふふっ、そうだな……しかし真奥家は皆、顔がどこかミツザネに似ているよ。特に大地の母、花実はなみと初めて会った時は生き写しだと驚いたものだ」


 琉衣衛は懐かしむような目で空を見上げ、もう一度茶を啜った。


「……しかしその数十年後、更に驚く事になろうとはな。輝実てるみくんの顔は、花実に輪をかけてミツザネそっくりだ」




 ◇




「そっくりなんどす! だからお兄はんの事、よう思わんわ!」


 キューちゃんはパフェをテーブル上へ叩きつけるように置き、テルミに詰め寄った。


「そう言われましても……」


 テルミは、ただただ困るしかないのである。



 ファミレスにて、キューちゃんは平安時代の国家転覆失敗エピソードをテルミに語った。

 ただキューちゃんのあずかり知らぬ部分――ミツザネと九蘭の繋がり――は、当然話せなかったが。

 

 ちなみに話の途中にキューちゃんは何度も追加注文し、今はマンゴーパフェを食べている。


「あの時は、よくもわらわを裏切ってくれはったなあ。覚悟しとくれやす、折檻や!」

「いえ、裏切ったのは僕ではありませんよ」

「そんなん分かっとるわ。でもムカツクんどすもん!」


 理不尽な狐である。


「というか今の話を聞く限り、ミツザネさんも別に裏切ったわけではなさそうですが。おそらくミツザネさんは、人間姿のキューちゃんさんと大狐姿のキューちゃんさんを、同一人物だとは思っていませんでしたよね」

「何やごちゃごちゃと。言い訳もたいがいにおしやす。もぐむぐ……ほんま、女々ひー男ろふどすなあ」


 そう恫喝し睨みつけながらキューちゃんは、右手に持ったスプーンでパフェを口いっぱいに詰め込んだ。一応テルミと左手を繋ぎ、逃げ出さないように注意している。

 そして二人とテーブルを挟んだ対面では、


「うにゅあー……私のパフェ……オトナな私のぱへー……」


 と、未だ夢の中にいる九蘭百合。

 そんなちびっこ先生の頼んだメロンパフェは、キューちゃんによって既に空にされていた。


 キューちゃんは追加注文したパフェグラスの底に残っているアイスを全て掬い取ろうとして、細長いスプーンでカチャカチャ音を立てている。右手一本では上手く取れないようだ。

 もどかしい思いをしながら、左隣に座っているテルミをじろりと睨みつける。


「わらわは今なぁ、やっつけたいニンゲンが三もおるんどす」

「三もですか」

「そう。三どす」


 キューちゃんはコクンと頷く。


「一匹目はお兄はん、あんたや」

「はぁ」

「なんやその淡白な反応。気取ってはるなあ」


 キューちゃんはテルミと繋いでいる左手に力を込めた。

 美女に化けている時の九尾の握力は、学生レスラーにも匹敵する程の超筋肉……まあつまりは人並みであるのだが、それでも力強い事には変わりない。


「んぎぎぎぎ……どーや! 妖術を使わんでも、わらわの力でこうやって痛めつけたる。折檻どす!」


 したり顔で鼻息を荒くし歯を食いしばり、テルミの右手に折檻を加えるキューちゃん。

 しかしテルミの反応は、


「……? はあ……えっと……」


 と、またもや淡白。

 姉との武術稽古、もしくはセクハラ抱き付きで、普段もっと痛い目に遭わされているテルミ。学生プロレス程度ならさほど痛くないのである。


「…………もしかして、痛くないんどすか?」

「ええ」


 痛くないのである。


「ほんまに?」

「はい」


 痛くないのである。


「そう言いながらも、ほんまは~……?」

「平気ですよ」


 …………


「もー! もー! もー! なんやのなんやのあんた! 妖術が効かんし、痛がりもせんし!」

「すみません」

「今もこうやってずっと魅了チャームの術かけようとしてんのに、涼しい顔で!」


 キューちゃんは逃走防止と折檻のためにテルミの手を握りつつ、魅了チャームも懲りずにかけ続けていたのである。

 だがやはり術は全く効いていない。

 今のテルミには、大魔王の加護が付与されているためだ。


「ミツザネと同じ顔、同じ声ってだけでよう好かんのに、わらわを馬鹿にするような真似ばっかりして! もう! もう!」

「別に馬鹿にはしていませんよ」

「ニンゲンのクセに妖術跳ね除けるのが、もう馬鹿にしとるんどす!」


 キューちゃんはテルミと額を合わせ、昭和のヤンキーの如くガンを付ける。


 毒霧おきなやぬらりひょんに魅了チャームを打ち消された事はあるが、あれはあくまでも『一度かかった後に解除された』のである。

 本当に全く『効かない』というのは、キューちゃんのみならずカルドゥースの代まで遡ってもこれが初めて。


「ほんま、ええ加減にせえよ阿呆ニンゲン!」


 キューちゃんは一旦テルミと顔を離し、首を仰け反らせ、勢いをつけて再び額をぶつけた。


「これがスーパー九尾ヘッドバッドどす!」

「痛っ」


 スーパー九尾ヘッドバッド。これも学生プロレス並の高破壊力……つまり人並みの頭突きだ。だが人並みだろうとヘッドバッドはさすがに痛い。テルミも声を上げてしまった。


「あ、痛いって言った! 痛いって言った! 今、痛いって言いはったな!」

「はい言いました。痛かったです」

「そうやろそうやろ! ふふーん!」


 初めて一矢報いる事が出来たキューちゃんは、得意気な顔で胸を張った。

 厚手の着物越しでも分かる大きなバストが揺れ、パフェグラスに当たりガチャンと倒す。


 こんな些細な痛みを与えただけで満足なのだろうか?

 とテルミは考えたが、それを指摘すると向こうも意地になりそうなので口には出さなかった。

 黙って、テーブルにこぼれたアイスを紙ナプキンで拭き取る。


「ふふにゅぅぅーん……違うんです伯母上……私のせいじゃないのにぃぃ……」


 突っ伏して寝ている百合はグラスの倒れた音にビクリと反応し、苦しそうに寝言を口にした。

 テルミは「良く知らないけど、先生も苦労しているんだなあ」と考え、このままぐっすり眠らせておくことにする。


「とにもかくにも、さすがはわらわ! さっそく一匹目に、痛い目ぇ見せてやったどすえ。おーっほっほっほ!」

「あ、本当に今のでご満足されたのですね」

「ふん、別に満足しとらんもん。そやけど今は、ニンゲンを殺したり食べたらダメやって言われとるから……しゃあないんどす! ふんっ!」


 キューちゃんは二度目のスーパー九尾ヘッドバッドを放った。ごつんという鈍い音と共に、テルミの口から再び「痛っ」と声が漏れる。

 テルミは反射的に、痛む額を両手で押えようとした。しかしキューちゃんと手を繋いでいるため、彼女の左手ごと顔へ引き寄せる結果となる。


 着物美人が、男子高校生の額に手をピタリとくっ付けている。しかも手を握り合ったまま。

 他の客からすると、そう見える状況。


 イチャイチャしてんじゃねーよクソボケが。という思念がファミレス内を飛び交った。

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