89話 『弟ファミレス睡眠誘拐事件(未遂)』

 ただのファミレスに現れた、高級着物の巨乳美人。

 それに付き添っているのは制服姿の男子高校生。そして大人びたスカートスーツを履いている子供。

 妙に目立ち好奇の視線を向けられるが、本人達は気にしていない。堂々としたものである。百合に至っては周りの目に気付いていない。


 四人用のテーブル席。二人掛けのシートがテーブルを挟んで二つ設置してある。

 一つのシートを九尾が独占し、その対面にテルミと百合が並んで座った。


「お揚げが食べたいとおっしゃっていましたが、注文はそれで良いのですか? メニューにはきつねうどんも載っていますが」

「揚げ足とりはるなあ。なんや、お揚げだけに揚げ足てしょうもなっ! わらわは今ポテト山盛りといちごパフェの気分なんどす。っていうかお芋揚げとりはるやろ?」

「そうですか、言われてみればそうですね」


 テルミが納得していると、キューちゃんは百合の前にメニューを放り投げた。慌ててキャッチする百合。


「子供も遠慮せずにお食べや、このお兄はんの奢りどすえ」

「こ、子供じゃない……けど、私もパフェ。メロンがいいな」


 そう呟いた後に、百合はハッと気付く。


真奥まおくくんに払わせるわけにはいかないだろ! ここは私の奢りだよ。遠慮はしなくて良いからね」

「どうもありがとうございます先生。では僕も先生と同じものを」

「ははは、どんどん食べたまえ」


 腕を組み、その小さな体を出来るだけ大きく見せようと胸を張る百合。

 それを見てキューちゃんは、パチパチと軽い拍手をした。


「あれまあ、子供が背伸びしてかいらしいなあ」

「子供じゃない!」


 そんなオトナな百合先生。

 彼女は注文を終えた後に、ドリンクバーへ行き楽しそうに飲み物を選んでいる。

 ファミレスに来るのは学生時代以来、かつドリンクバーを頼むのは人生初なため、ドリンクサーバーの前で目を輝かせている。


「ほう、コーヒーとコーラにオレンジジュースがあるのは知っていたけど、メロンソーダやリンゴソーダまであるのか……わああ、スープもある!」


 中々決められない。

 百合が遊んでいる間に、テーブルには料理がやって来た。


「美味しそうどすなあ。なあ、お兄はん」


 そんな台詞を口にしながら、キューちゃんは立ち上がり、テルミの隣に座り直した。


「あの、どうして席を変わったのですか?」

「お芋がこっち側に置かれたんやから、しゃーないどす」

「いや、皿を移動させれば」

「ややこし事言わんと、ほなさっそく呼ばれまひょ」


 そしてキューちゃんは強引に押し切り、ポテトを丁寧に箸でパクパクと食べ始めた。

 何千年も生きている妖怪の幸せそうな表情を見て、テルミは「まあいいか」と息をつく。


「そうですね。でも僕は九蘭先生が帰ってくるまで……」


 その時、テルミは足の付け根にくすぐったさを覚えた。


「……何をなさっているのですか?」

「気にせんと、お兄はんもお食べやすな」


 キューちゃんは食べながら、テルミの足をもぞもぞと触り始めたのだ。

 ビクリと身を引くテルミ。だが狐の手は執拗に追い、テルミの太ももを撫でまくる。

 これは痴漢しているわけではなく、食事しつつもなお、魅了チャームの術をかけようと足掻いているのである。


「やめてください」

「なんや減るもんやなし。ええやん。ほれほれほれ」


 身を寄せ、胸をテルミの二の腕に押し付ける。

 一般的には嬉しいシチュエーションなのであろうが、なんだか姉のセクハラを思い出し、複雑な気持ちになるテルミであった。

 そんな少年の気持ちを推し量り切れず、キューちゃんは自信満々な顔になっている。


「お兄はん、今度こそわらわに惚れたどすやろ?」

「いえ。魅力的な方だとは思いますが」


 相変わらずなテルミの態度に、キューちゃんはガックリとうな垂れた。


「やっぱ効いてひん! なんでやのんアホ」

「アホと言われても……申し訳ありません」

「もう! もう! もう! も……ああ、もしかして」


 キューちゃんは癇癪の途中で何かを思い出し、静かになった。

 テルミの太ももに手を置いたまま、今度は首筋に顔を近づける。

 美人で年上で他人・・のお姉さんの顔が急接近した事で、姉の悪戯に慣れているテルミも流石に少々焦った。


「あ、あの? キューちゃんさん、近いです」

「スンスンスン」


 キューちゃんは何も返事せず、上体を倒してテルミの匂いを嗅いでいる。

 首筋の次は胸、更に腹へと顔を近づけた後、スッと背筋を伸ばし体勢を戻した。


「うーん、もしやと思うたけどやっぱ違うかあ。あの霧・・・のニオイはしいひん。かと言ってぬらりひょんの爺さんがニンゲンに憑りついて守るわけもあらへんし……やっぱりこのアホニンゲンには、わらわの術が最初から効かんのやろか……」


 そうブツブツと呟いているキューちゃんの横で、解放されたテルミはホッとして水を一口飲む。

 するとそこへ、やっとジュースを選び終えた百合が戻って来て、自分が座っていたはずの席に着物の巨乳お姉さんが陣取っている事態に気付いた。


「うにゃあー私の席が! ……こ、コホン。席を変わるのなら、マナーとして先に言って欲しかったかな。まあ私はオトナだから気にしないけどね」







 その頃莉羅は、妖怪達と縄跳びで遊んでいた。


「わー……い……」

「ワンワンキャウン! ワンワンワン!」

「飛ぶのれす! 飛ぶのれす! アイキャンフライ!」


 はしゃいでいる子供達。


「子供は元気じゃねえ」

「ああそうだね……」


 そして子供達に付き合い、疲れてきた大人達。


 大木に結び付けた細い縄を赤鬼の鬼華が回し、それを莉羅とチャカ子とレンと木綿さんが大縄跳びの要領で飛び越している。

 先程までブラキオサウルスだったレンは、今は莉羅達と同じく十歳前後の少女の姿に変化中。そして木綿さんは宙に浮いているため、あまり縄跳びの意味が無い。


 そこへ、一人の男が「ふわあ」とあくびしながら近づいて来た。


「あっ、ぬめりパンの大将でありんすワン!」

「馬鹿、ぬらりひょんだ!」

「キャウンッ!」


 名前を言い間違えたチャカ子が、鬼華にガツンとゲンコツ指導された。


「莉羅、今日も来ておったんかいのう」

「お爺さん、こそ……ね」


 眠そうな目で近づいてきた後ろ髪の長い青年は、東山道の妖怪大将、ぬらりひょんである。

 大物が現れた事で、縄跳びは終了となった。


「人間なのに、妖怪とよく遊ぶ子だのう」

「だって……友達、だし……」


 莉羅はそう返事して、チャカ子やレンの顔を見る。

 レンはちょっと気恥ずかしそうな顔になり、チャカ子は尻尾をぶんぶんと振り回した。


「そ、そうれすね……友達れす」

「そうなのでありワンす! 友達! 友達!」

「おお、そうかい。それは良かったのう」


 楽しそうに笑う妖怪達を見て、大将妖怪もニヤリと口の端を上げた。

 少し上機嫌になったぬらりひょんへ、莉羅が改めて話しかける。


「それで、ね……今日・・、遊びに来たのは……実は……お爺さんに、聞きたい事も……あったから……なの」

「ほう、ワシが今日・・この屋敷におるかどうかも分からんのにか」

「ううん……分かってた、もん……」

「……ほう」


 ぬらりひょんは寝ぼけまなこを見開き、感心したように莉羅の顔を眺める。


「その聞きたい事とは何だ?」

「えっと、ね……狐さんが、にーちゃんの顔を見て……驚いてた、理由」


 ぬらりひょんは予測していたようで、「ふむ、やはりそれか」と頷いた。


「にーちゃんが、勇者チェルトに……ちょっと似てるから……では、無いんだよ……ね?」

「うむ、そうだのう」


 そして大将はもう一度ちらりと、楽しそうにしているチャカ子達の顔を見た。


「分かった。どうせ暇だし、昔話をしてやるかのう」




 ◇




「うにゃあ~……」

「先生……先生!?」

「あらま、子供はお昼寝の時間やろか?」


 先程まで「おいひい!」と目を輝かせてメロンパフェを食べていた百合が、突然目をとろんとさせ、机に突っ伏した。

 テルミは慌てて立ち上がり、テーブルを挟んで反対側に座っている百合の元へと駆け寄る。脈は正常、呼吸はしている。「私はクールなおとにゃあぁ……」と寝言もムニャムニャ言っている。

 どうやらこの一瞬の間に、何故か熟睡してしまったようだ。


 何かの病気なのかもしれないと思い、テルミは携帯電話で救急車を呼ぼうとした。だがキューちゃんはテルミの手を取り、


「落ち着きなはれ。ニンゲンの医者にはどうも出来ひんわ。それに本当にただ眠っているだけで、体に害はあらへん」


 とたしなめるように言って、スマホの通話終了ボタンを押した。

 その事情を知っているような口ぶりに、テルミは眉をひそめる。


「キューちゃんさん、もしかしてあなたが……」

「そうや。わらわの妖術で眠らせてあげたんどす。ほんであんたも眠らせて、京都へ連れ帰ってドツキ回すんや。この子供はついでどすな」

「ぐっ……!」

「油断してたあんたらが悪いんどす。ほおら、お兄はんもすぐに眠くなってきます~」


 キューちゃんは右の人差し指で、テルミの唇にちょこんと触れた。

 もう逃げられない。九尾の妖力により、テルミは眠りへと誘われ……



 無い。



 もう一度言うが、今のテルミは大魔王の魔力に守られている。

 カルドゥースの魅了チャームでさえも効かないのに、そうではないただの睡眠導入術が効くはずもなかった。


「ええと、別に眠くは無いですね」

「……全然眠くない?」

「はい。全然」

「……ちっとも眠くない?」

「はい。ちっとも」


 そして九尾の狐は「はぁ~~」と息を吐き、再びガクンとうな垂れた。


「な、なんやねん! もう! もう! もう! なんでこのアホにはわらわの術が効きひんの! ほんま腹立つ! だいたいなんやその顔、顔、顔! おかしいアルヨ! わらわの前にその顔で現れよってからに、ほんま意味分からひんアル!」

「気を静めてください。語尾が変な感じになっていますよ」

「うっさいわボケ!」


 九尾の狐は着物の袖を振り回し、荒々しくパフェを食べた。

 自分のを全てたいらげ、寝ている百合のパフェにまで手を付ける。


 そしてテルミは、先程のキューちゃんの台詞を頭の中で反芻はんすうする。

 やはりこの狐は、テルミの『顔』が気に喰わないフシがある。

 ここは思い切って聞いてみよう、とテルミは狐に話しかけた。


「すみません。どうして僕の顔に拘るのでしょうか?」

「うっ……」


 テルミの質問に、キューちゃんは一瞬スプーンを持つ手の動きを止めた。

 だがすぐに動作を再開し、誤魔化すようにパフェをどんどん口に入れる。


「どうしてもこうしても……あ、あんたには関係あらへんわ」

「……勇者チェルトに、似ているからですか?」

「はうっ!?」


 今度こそ、本当にキューちゃんの手が止まった。

 手からスプーンを落とし、驚いた顔でテルミと目を合わせる。


「……流石はイザナギの子孫どすな。わらわの夢までお見通しとは」

「そういうわけではないのですが」


 しかしテルミは考える。

 どうやら莉羅の言っていた通り、九尾は魅惑女帝カルドゥースを知っているようだ。

 今の台詞から察するに、夢で『彼女』もしくは『力』の記憶を見ているのだろう。


「でも、ちゃうもん。てりゃっ」

「痛っ」


 キューちゃんは拗ねて頬を膨らませ、テルミの額を小突いた。

 テルミは患部をさすりつつ、会話の流れとして聞き返す。


「違うとは、どういう意味なのでしょうか?」


 九尾が狼狽していたのは、テルミと勇者の顔が似ているからではない……とは以前もぬらりひょんから聞いている。

 テルミはその理由が気になっていた。無理矢理聞き出すつもりはないが、キューちゃん本人が良いと言うのならぜひ教えて貰いたい。


 キューちゃんはそんなテルミの心に応えたわけではないのだが、おずおずと語り始める。


「わらわがお兄はんの顔にムカついてんのは、夢に出てくる女や男とは関係あらへん。いや細かく言うなら関係あるっちゃあるけど、そうやなくて……わらわは……わらわは……」

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