68話 『弟の先生がんばる』

 スターダスト・バトル運営を、更に影から操っている大本営。

 とある企画広告会社の社長室。

 社長秘書さえも外に追い出し、室内にいるのは、まさに中核を担っている二人のみ。


「ヒーロー達が残り五人……五人!? 数分前まで三十人だったのに、どうして急にそんな……減り過ぎだ!」


 モニターに向かって、新社長が顔を真っ赤にし唾を飛ばす。

 その後ろでは、結婚式参列者のような礼装を着ている根元がソファの上に寝転がり、


「ふうむ。どうやら『本物』が混ざってしまったようだなあ。この事業は失敗というわけだ」


 と呑気に考えていた。


 瞬く間に人工超能力者達を惨殺した、レンという少女。

 根元は彼女との出会いを覚えている。町中を歩く彼女――その時は成人女性の姿だったレンに声をかけ、そっと肩に触れた。

 そしていつものように軽い口調で、


「やあ申し訳ない、人違い……」


 と謝ろうとしたのだが、じろりと睨まれ口をつぐむ。

 レンの獰猛な野生動物の如き眼光に、根元は冷や汗をかき、慌ててその場から逃げ出したのだった。


 そして次にモニター越しに見た彼女は、幼き童女になっていた。


 姿形が変わっても根元は『縁』を感じ、あの時の女性であると一目で分かった。

 根元の『力』によりレンが変身能力を得て、それにより子供の姿に変化した……ものだとばかり思っていたのだが。

 殺されたヒーロー達から発信された断末魔混じりの音声によると、どうやら変身は『元々持っていた力』らしい。



 ヒーロー名は、おそらく本名そのままである『レン』。

 根元が引き出したレンの能力は、『ウインクすると変な音が鳴る』。

 そして元々レンが持っていた能力は、『変身』『風を起こす』『火を吹く』『地震を起こす』。(本当は変身のみだが、根元や新社長達は発信機からの音声を聞いただけなので、レンが様々な超能力を使えるものだと思い込んでいる)


 その正体は、送られて来た会話音だけでは分からなかったが、何か巨大で異形なモノ。

 やはり、カラテガールの傍にいた『オバケ』なるものと同じ類なのであろう。


「どうする……どうやって五人で間を繋いで……いや、レンを抜いた四人で……また新しい超能力者を早急に……しかし時間が」


 新社長は、哀れになる程憔悴しきった表情で、体中を掻きむしりながらぶつぶつと呟いている。


 彼は焦りに焦っていた。

 ヒーロー達がレンを粛正しようとし、返り討ちで全滅。

 もしその映像でも残っていれば、まだそれが話題になって儲けるチャンスはあっただろうが……同行した撮影部隊も全員殺され、カメラと一緒に行方不明。要するに映像記憶無し。

 結局、十数人の人気ヒーローを無駄に失っただけである。

 一応発信機からの音声記憶はあるが、あまり鮮明では無いし、インパクトも薄い。


 その失敗に対する挽回チャンスは、すぐに訪れていた。

 チョコレートガールがカラテガールと戦ったのだ。

 カラテガールを巻き込む……このシチュエーションこそが、前社長が最初に望んでいたもの。


 が、それも映像記憶無し。撮影部隊が恐れをなして逃げ出してしまったからだ。

 それだけでなく、あろうことかテレビや新聞などの既存メディアに出し抜かれてしまった。彼ら元々のプロは、恐怖に耐え撮影を続けていたのである。


「企画始動が尚早だったな……」


 根元は、他人事のように呟く。

 死んだ前社長の滝野川は、撮影部隊含むスタッフ達の初期教育をみっちり行おうと考えていた。

 だが新社長はスポンサーの顔色を伺い、更に自身も能力者になった事で気が大きくなり、色々と前倒ししてしまったのだ。

 関与バレ回避のため別個に雇うはずだったバトル運営の人員も、自分の会社から選出した始末。

 撮影部隊にプロ根性なるものが宿るはずもない。


 根元もそれらの事に強くは反対しなかったので、新社長だけを責める気は無いのだが。


 ただそんな杜撰ずさんな企画でも、いやそんなだからこそ、準備に多額の資金が掛かった。

 そして現状を正確に言い現すのならば、「かけた資金を回収出来ず、破綻しかけている」という事なのである。


「残り五人……五人……クソッ……」


 そんな破綻事業を抱えた新社長が今凝視しているモニターには、地図が表示され、所々で点が光っている。

 これは、人工超能力者のコスチュームやアイテムに取り付けられている、発信機からの信号。つまりはヒーローとヴィランの居場所だ。


「五人か……うむ?」


 そこで根元は気付いた。


「残り五人と言っているが、モニターには四人分の信号しか無いようだが?」

「ああ、それは不手際があり、まだ発信機を付けていないんですよ」


 新社長は、イライラした口調で答える。


「報告によると、確か女子高校生でしたね。防御壁を作り出す超能力らしいです。彼女はまだ、ヒーローなのかヴィランなのか立場を明確にしていない……そもそも、スターダスト・バトルへの参加を渋っているようです。一度だけヒーローとの交戦記録がありますが、一方的に襲われ、防戦したようですね」

「ならばまた襲われないようにカウントから外すべきだろう。今までも、そういう不参加者がいなかったわけではない」

「人数が足りない状況なんですよ。それは出来ない!」


 新社長は怒りに任せモニターを殴りつけ、机ごと真っ二つにした。彼は、触れた物を切断する能力を持っている。


「根元さん、早急に、早急に! 新しい能力者を用意してください!」

「レンにすぐ殺されてしまうだけだぞ」

「それでもです!」


 そう叫んで、次は椅子を切断した。

 彼はまだ諦めていないようだ。だが根元は、


「もう失敗だよ。これ以上損失を出す前に、畳む準備をする段階だ」


 諭すように言った。


「いえ、まだ……まだ……超能力者を作り出せる限り、まだ終わりでは無い」


 新社長は両手で頭と頬を掻きむしり、血が滲んでいる。

 根元は彼の腕を握り、自傷行為を止めさせた。


「あのな社長。落ち着いて……」




「超能力者を作るとは、どういう意味だ?」




 突然背後から話しかけられ、根元は台詞を中断した。

 幼い子供のような声。

 部屋には根元と社長しかおらず、鍵をかけているはずだが……


「興味深い話だったが……まあ私の仕事自体には関係無いので、あえては追及しまい……それよりもあなた達……じゃなかった、貴様らがスターダスト・バトルの本当の責任者だな……」


 振り向くと、ネットやテレビでお馴染みの姿。


「天誅だ!」


 黒いタイツスーツ。肩や膝、肘、胸に赤いライン入りの黒プロテクター。

 目だけを露出させた黒い覆面。そして鉄板入りの鉢がね。


 彼女は『悪役ヴィラン』。

 根元が作った人工超能力者のヴィランでなく、以前からいる生粋のヴィラン。


「天誅とは、古臭い言葉使いをする子供ですね」

「う、うるさい! 私は子供ではない!」


 と言って地団駄を踏むように両手を振り下ろす子供忍者、もとい毒霧の殺し屋グロリオサ――九蘭百合が、そこにいた。


 新社長はその小さい殺し屋へ近付き、わざとらしく見下ろす。


「何故あなたがここにいるのですか」

「貴様らの事業は、様々な権力者の邪魔になるのだ」


 百合はぴしりと新社長を指差す。

 そのせかせかした動作が、いちいち小動物を思い起こさせる……と、相変わらずソファの上でくつろいでいる根元は思った。

 殺し屋は言葉を続ける。


「私は依頼を受け、貴様を始末しに来たんだ……!」



 ……なんて偉そうに言ってみたが、百合は依頼人や依頼理由をよく知らなかった。

 ただ家元いえもと――九蘭琉衣衛るいえから、


「お前もそろそろ殺しを覚えなさい」


 と、仕事を任されたのだ。

 その後、嫌味な親戚に話しかけられ、


「あらあら。やっと百合ちゃんも初お仕事ですか? 百合ちゃんのハトコなんて、まだ中学生なのにバリバリお仕事で人を殺しているんですけど? 百合ちゃんも中学生でしたっけ? あら、もう二十六歳? その歳まで何をやってたんです? ああ、男子高校生と別荘でしっぽり遊んでいたんでしたね?」

「ち、違っ……お、お言葉ですが伯母上、中学生の内から人を殺すなんてそんな……」

「そんな?」

「そんにゃ……にゃ……にゃんでもないです」


 なんてやり取りをしたが、気にしないことにした。

 本当は気にしているけど、気にしないことにした。


 ともかく。

 そんな経緯があり、百合はこの場にいるのである。

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