第九章 掃除、肝試し、

53話 『姉のふらちな計画』

 夏真っ盛り。

 何もせずとも倒れてしまいそうな程の熱気。

 運動系部活動の顧問教師達は、生徒の熱中症対策に殊更気を張っている。

 こまめな休憩。スポーツドリンク、氷のう準備。


 そんな活気と気遣いに満ち溢れたグラウンドを見下ろすような位置にある、校舎最上階の一室。

 クーラーと扇風機、ついでに冷蔵庫や電子レンジまで完備。カーペットに綺麗な壁紙、高そうな絵画。おまけにワシの剥製まで飾ってある豪華な『生徒会室』で、生徒会執行部が会議を開始した。


「ではではでは! 今日の目安箱読み上げは、柊木さんお願いしまーす!」

「はっ、は、はいぃぃ……! 僭越せんえつながらぁ……」


 柊木ひいらぎいずなが生徒会長の顔色を伺いながら、箱からアンケート用紙の束を取り出した。

 この紙には、生徒達が各々の要望を書いているのである。


「一枚目はぁ……『すっかり夏になり、暑い日々が続いていますね。桜さまももっと薄着になって』」

「却下。次」

「二枚目はぁ……『汗で透けた生徒会長のおっぱいが』」

「却下。次」


 生徒会長である真奥まおく桜が、ふかふかな大きな椅子の上で腕と足を組み、次々と要望を一蹴する。

 生徒達の申し出を聞くか聞かないかは、この居丈高なお嬢様(キャラを作っている)桜が決めるのである。一応建前としては生徒会執行部全員で話し合っている事になってはいるが。


「ええとぉ、では次を読みますぅ……『生徒会の皆さんこんにちは』」

「こんにちは!」


 元気良い女生徒に、桜が「挨拶は必要ありませんことよ」と冷静に言い渡す。


「『いつも放課後になると、一年生男子が校内を清掃しています』……あっ、これもしかしてテルミくんの事を……」

「無駄口は良いから、続けなさい」

「ひぅ……」


 憧れの生徒会に注意され、いずなはビクリと肩を震わせた。

 だが桜も内心では、いずなと同じ考えを持った。

 放課後校内を掃除し回っている男子。そんな殊勝な生徒は、清掃部部長であり弟である真奥まおく輝実てるみ以外にいないだろう。


「ご、ごめんさぁいぃ……さ、『最初ジャージ姿を見た時は女子だと思ったのですが、お茶に誘おうと話しかけてみると、男子でした』」

「これー、輝実さまナンパされてますよねー? 男にー」

「きゃあっ、男同士男同士男同士!」

「……なんでー、喜んでんのー?」


 生徒会メンバーが、小声で騒ぐという器用な事をやっている。

 その会話を聞き、いずなは「えぇっ!?」と驚愕したが、桜の視線を感じ慌てて続きを読む。


「ええっと……『男子でした。しかも生徒会長の弟でした。会長の関係者が毎日清掃活動しているのは、生徒会活動の一環なのでしょうか。でもそれなら、どうして一人でやっているのですか。あのが可哀想です」

「男だと判明してもなお、輝実さまを『娘』と呼ぶのですね!」

「きゃあきゃあきゃあ! 尊い尊い尊い!」

「……なんでー、嬉しそうなのー?」


 生徒の一人が何故かエキサイトし始めた。

 だがいずなはそれよりも桜の視線が怖いので、アンケート用紙の読み上げを続ける。


「『あの清掃が生徒会活動であろうとなかろうと、一人だけにやらせず、生徒会の皆さんも手伝うべきです。僕も手伝いたいけど塾で無理です』……だ、そうですぅ……」

「お茶に誘う暇はあってもー、掃除を手伝う暇は無いんだー」


 いずなが喋り終え、他の女生徒がツッコミを入れた。

 全て聞き終わり、桜は「こんな要望が来るって事は、またテルちゃんがお母さんぢからを発揮して懐かれたのね」なんて考えつつ、


「分かりましたわ」


 と足を組み変え、偉そうにふんぞり返った。

 尊大で優雅な仕草に、生徒達は見惚れて「ほぅ……」と息をつく。

 が、


「このわたくしに、掃除をしろとおっしゃっているのね」


 という言葉で、皆静まり返った。


 桜女王様がお怒りのようだ。

 生徒会メンバーは一様に慌て、汗をだらだらと流す。


 だがこれは女生徒達の早とちりである。桜は別に怒っているわけでも、皆を威嚇したつもりも無い。

 高貴かつ横柄な見た目とは裏腹に、桜の頭の中には軟派な考えが浮かんでいる。


「テルちゃんと放課後、二人きり。人気ひとけの無い場所でお掃除! 『校舎だけじゃなく、お姉様の体も隅々まで綺麗にして~』……って、それはだいぶオッサンっぽいから言わないにしろ、いつもと違うシチュエーションで、愛が育まれるのも間違いなしね! お掃除はメンドクサイから全部テルちゃんに任せるけど」


 と、そんな考えである。


 桜は今までも何度か、テルミの清掃活動を手伝おうと思った事がある。

 だが、『放課後に掃除をするお嬢様』というのは何か違う。せっかく作り上げた『高飛車お嬢様』というキャラに相応しくない。

 そう考え、周りの目――生徒会メンバー、及び真奥桜親衛隊、及び真奥桜ファンクラブの目を気にした結果、実行には移さないでいた。


 だが『生徒から要望があった』という建前があれば、親衛隊やファンクラブへの言い訳も立つだろう。

 むしろ「学校のために庶民の雑事を率先しておこなわれるだなんて、さすが桜さま。さすサク~!」と、上手くやればプラスに転じる結果にも出来そうだ。


 そんなわけで、


「良いですわ。清掃活動を手伝いましょう」


 桜は承諾し、ついでに悪役令嬢っぽいイメージで冷ややかに笑ったのである。

 生徒会メンバーはホッとして胸を撫で下ろし、同時に桜のさげすむような笑顔にドキリとした。


「そうそうそう、そう言えば! たまに輝実さまのお掃除を、誰かが手伝ってたよねー?」


 女生徒が手を挙げ発言した。


「あー、そだねー。子供先生とかー」


 子供先生とは清掃部顧問、九蘭百合の事である。先生本人はクールな大人を演じているつもりだが、生徒達からは子供先生やらポンコツ疑似クール先生やら、心無いニックネームで呼ばれているのだ。


「輝実さまのクラスメイト女子や男子も手伝ってましたよ!」

「ええーっ男子も男子も男子もー!?」

「……なんでー、楽しそうなのー?」

「それに、柊木さんもお手伝いしてましたね!」

「え、えへへ……そうです、私もテルミくんと…………あぅっ!?」


 いずなは急に悪寒を感じ口を閉じた。おずおずと周りを見回してみるも、その寒気の正体は分からない。

 まあ単に、桜が「羨ましい」と一瞬睨みつけただけなのだが。


「ともかく、わたくしもその生徒達のように、輝実を手伝えば良いのですわね」


 桜は偉そうに肘をついて言った。それに対し生徒達が頷く。


「はーい。そんなわけでー、生徒会執行部が毎日二、三人ずつ、清掃部の手伝いへ行くようにしますねー」

「そうですね、そうしましょう!」

「うんうんうん! 賛成賛成賛成!」

「わ、私も賛成ですぅ……元々、生徒会が無い日はいつも手伝ってますけどぉ……えへへへ」


 計画が決まり盛り上がる生徒達。一方で桜は、


「……二、三人ずつ……ね」


 と、誰にも聞こえない小声で呟いた。

 生徒会メンバー複数人で行くのならば、『弟と放課後二人きり』というシチュエーションにならない――が、こういう話の展開になるのは当然予想済み。「あっ、そうね。そう来たか。ふふんっ」ってなもんである。

 一人で行こうが団体で行こうが、弟を独り占めする算段は既に頭の中で整っているのだ。


 その計画は簡単。単に「自分が清掃の指揮を執る」だけで良い。

 生徒会メンバーや九蘭百合にはどこか遠くへ行くよう命令し、自分とテルミは二人同じ場所を掃除する。体育倉庫とか。使われていない教室とか。立ち入り禁止の屋上とか。とにかく誰もいなさそうな場所。

 そうやって二人きりになって……その後の展開を考えながら、桜は不敵に微笑んだ。


「じゃあじゃあじゃあ! とりあえずクジ引きとかで担当日を決めようよ。『桜さま以外のメンバー』で!」


 そして桜は笑顔をピタリとやめ、真顔になった。


「……わたくし、以外……?」

「そうです! 桜さま以外の皆で、清掃のお手伝いに行きます!」

「そうそうそう! だって、桜さまにお掃除していただくなんて、畏れ多い禁忌タブーだもんね!」


 桜は思った。「あっ、そうね。そう来たか。ふふんっ……そう来たかー……」と。

 こう来るとは思っていなかったのだ。少し詰めが甘かったようである。


「待ちなさい。わたくしも清掃活動することに、やぶさかではありませんことよ?」

「いえいえ、とんでもありません!」

「そうでーす。全部私達に任せてくださーい」

「うんうんうん! 輝実さまと謎の男の恋路は私が見届けます!」

「……いやー、恋路は無いと思うけどー」


 生徒達の言葉に、桜は大きく胸を反らし、


「そうね。ならそうしなさい」


 と、高慢オーラをほとばしらせた。

 そして気付かれないよう溜息を吐く。


「……まあ、いっか」


 仕方がない。『放課後の校舎で弟と二人きり。雰囲気で流してドエロイ展開。ドキッ、子供出来ちゃうかも?』作戦は、また別の機会にしよう。


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