-901話 『モービッド・イマジネーション・ワールド』

「物語をより深く理解するなら、主役と脇役どっちを演じるべきニャと思う? 毛ジラミクソ野郎」


 黒い長毛の猫ルミナレスが、白い短毛の猫フィクスに刺々しく言い放った。

 一応ことわっておくが、フィクスはシラミ持ちでは無い。


「…………」


 質問に対しフィクスは何も答えなかった。言葉を口に出すのが面倒だったのだ。

 そんな態度にももう慣れたもので、ルミナレスは気にせず話を続ける。


「私は脇役をやった方が良いと思うのよね。主役を演じた方が良いって意見もあるだろうけど、それじゃあ物語全体を俯瞰ふかん的に見れニャいからね。私の言いたい事分かるか? その砂粒より小さな脳ミソで考えてみニャ」

「…………ん」

「って、まあこれはこじつけニャんだけどね。なんにせよ客には脇役を演じて貰わないと、私達の魔法は成立しそうにニャいんだから」


 二匹は、『本の世界へ招待する魔法』について議論していた。

 この魔法が完成すれば、大道芸をせずとも大金を稼げるはず。二匹はビジネスに熱心だった。



 まず、ルミナレスが『空間創造能力』で本に隣接する空間を発生させる。

 そこにフィクスが『想像実体化能力』で本の世界を再現する。

 すると二つの強い力が組み合わさり、お互いの能力を高め合う結果になった。


 フィクスの能力は本来、フィクス本猫ほんにんの想像を実体化させる能力である。

 だがルミナレスが書物のページとページの間に作った空間では、フィクスがその本の内容を知らずとも、作中と同じ世界を再現する事が出来た。しかも自動的に。


 本が『物語』である場合、招待客は作中の登場猫物じんぶつとして世界に組み込まれる。

 客はその空気や雰囲気に浸り、本のストーリーと同じ行動を自然に演じるようになる。

 そして深く感情移入して、その世界観に浸るのだ。


「作家の想像力イマジネーションをモロ体験出来るってトコだね。まさにクソ想像力を……いや、バカ想像力……うーん、アホ、カス、ボケ想像力……」

「…………病的」

「病的ってのは言い過ぎよ、あんたの口は汚物製造機ね……でも、病的なまでの想像力モービット・イマジネーションか……まあ、嫌いじゃないんニャ……はっ、ちっ、違……あんたらしい大マヌケな発想ね! ははん!」


 ちなみに本の世界で危険な目に遭っても、精神や肉体が傷付く事は無い。

 それに本の世界でどれだけ時間が経っても、現実世界では長くて三時間前後しか経たない。作中で歳を取った肉体はご丁寧にリセットされる。

 現実へ戻った直後はその独特な時間感覚のズレに混乱するが、それもすぐ元に戻る。



 そして『物語』以外の本でも、この魔法は有用だった。


「数学世界の件もあったし。やっぱ招待客は脇役設定にしておかないと駄目ね。主役設定だと数字とかを演じることになって、もう意味がわかんニャかったからね」


 数学世界の件。

 それは、魔法を試行錯誤している途中で発見した事象である。


 ルミナレスが持っていた数学本で冗談半分に『本の世界』を作り、二匹で訪問してみた。

 その時はルミナレスが作中の主役、フィクスが脇役という魔法設定にしていたのだが……ルミナレスは数字役、フィクスは様々な数式を世界ので眺めている役になった。


 物語の世界とは違い、数学本の世界は物質に支配されず、精神性で構成されている空間であった。

 数学の情報が、観客であるフィクスの精神に直接流れ込む。

 ろくに学校へ行っていなかったフィクスだが、現実世界へ帰る時には、本に書かれている内容を全て理解していた。

 一方で数字役のルミナレスは、何をやっているのか自分でも分からないまま現実世界に帰って来て、気分が悪くなり数日寝込んだ。


 つまりは学術書やハウツー本でも、本の世界を作り出すことが可能。それも脇役設定にしておけば、本の内容を深く理解出来るというわけである。



 以上の事があり、二匹の魔法は『脇役として本の世界を楽しむ』というものに決定。

 一年かけ能力を調節し、ついに魔法技術を確立させる。


 複雑なため、同時に一冊しか『魔法の本』を作る事は出来なかった。




 そうやって完成した『魔法の本』。

 第一弾は、彼らの惑星で有名な童話であった。


 魔法の本は『新感覚バーチャルアトラクション』という名目で、あくまでも機械であるという事にした。

 まったく意味の無いゴーグルやヘッドホンを装着させ、立体視映像だと言い張る。

 トイレ等は誤魔化せないので、ストーリーが短い本を選んだ。


 この『魔法の本』は、表紙を開いた者を本の世界へと引き込む。

 一度に本の世界へ行けるのは三匹まで。

 それも本に興味を持っている者だけだ。客は当然このバーチャルアトラクションに興味を持って来ているのだが。


 満足するか、理解するか、それが無理なら本の内容を一通り全部体験するか、どれかの条件を満たせば客を現実世界へ戻す。

 客が満足出来なかった時のため、ストーリーをその客好みに若干修正する管理システムも搭載。

 ほとんどの客は、満足して帰る事が出来た。



 この商売は大当たりした。

 一年先まで予約で一杯。

 フィクスとルミナレスは、一躍時のひとになったのである。




 ◇




「おはようございニャす」


 ある日、フィクスの元に一匹の猫がやって来た。

 体毛の上からきっちりスーツを着用している男性である。

 この惑星の住民はほとんど服なんて着ない。特にダブルのスーツなんてものを着るのは、公務員か営業職か葬式参列者くらいのものだ。

 案の定、彼は政府職員であった。


 フィクスは、


「…………ども」


 と短く挨拶する。


「あなた方の『魔法の本』の力を、エージェントやエンジニアの教育に使いたいのです。交渉術や心理学、経済学、それに難解な数学や物理学を理解させるために」


 政府職員猫はそう依頼してきた。


 フィクス達の『魔法の本』商売は基本的に童話絵本でやっているのだが、たまに学問書を使い、学者や学生向けに一儲けする事もあった。

 どうやらこの政府職員猫は、その噂を聞きつけてやってきたようだ。


 政府職員猫は次に、フィクスがビックリする台詞を口にした。


「あれがバーチャル機械などではニャく、本物の魔法である事は分かっています」

「…………あ」


 フィクスは驚きの声をあげようとしたが、やっぱりやめた。


 この惑星では魔法や超能力を使える猫は稀であるが、国の重要機関に勤めていると、その稀な猫に接する機会が多い。

 そのため政府職員猫は、フィクスとルミナレスの商売が魔法や超能力の産物であると見抜いたのだ。


「つまりは『魔法の本』を我が国と専属契約して頂きたいのです。毎年の契約料はこれだけにニャります」


 政府職員が提示した金額は、現在の利益三年分に相当する大金であった。


 だが、魔法の本は同時に一冊しか作れない。

 国との専属契約を結べば、絵本体験の商売は廃業することになる。


「…………かね


 フィクスは、この商売を考え付いた時にルミナレスと交わした言葉を思い出す。


『ほんと、しょうもニャい魔法よ。あんたみたいに金稼ぐことも出来ないし』

『…………稼ぐ』


 そうだ。金を稼ぐために始めた商売。

 より稼げる契約があるのなら、断ることは無いだろう。

 フィクスは、政府からの依頼を引き受けようと思った。


 本契約する前に、ルミナレスの意見も聞かないといけないが……



「馬鹿野郎このクソッタレアホ猫! くだらねえ男だねホントあんた、アホすぎでしょこのクサレ白髪!」



 政府との契約の話をするなり、ルミナレスは突然怒り出した。

 いつもスナック感覚で口にしている罵倒とは違い、本気で怒りの感情が篭っている。


「…………金……いらニャいのか?」


 フィクスは困惑し、彼にしては長い台詞で尋ねた。

 ルミナレスは大きく溜息をつき気を落ち着かせ、取り乱した事を恥じるように、黒い毛の下にある肌を赤く染めた。


「そりゃ、金は欲しいけどさ……そういうんじゃニャいの。分かんニャいかな? 分かんニャいわよね、あんたのツルツルな脳では」

「…………」

「……あのさあ」


 ルミナレスはフィクスから目を逸らし、おずおずと喋りだした。


「アトラクションの客が……どっかのガキがさ、帰り際あたしに言ったんだよニャ……面白かったよありがとう。って」


 そう言って、前足を震わせる。


「私は昔から、つい勝手に口が動いて……すぐひとの悪口や、汚い言葉吐いちゃうんニャ。そんな性格ニャから、ずっと嫌われてて……」

「…………」

「でも、あんたと一緒にこの仕事をやって、初めて……皆に喜んでもらえたんニャ。皆を楽しませる事が出来た。この私が、皆を!」

「…………ああ」


 フィクスは大きく頷いた。

 ルミナレスは自分の尻尾がピンと立っている事に気付き、恥ずかしそうにそれを無理矢理折り畳み、尻の下に敷いた。

 そして少々気不味い顔で、言葉を続ける。


「確かに最初は金稼ぐためって言ってたけどさ……もう金じゃニャいんだよ! 皆を楽しませたいって、私が思っちゃいけニャいのか!? 分かったかこのウスノロ短毛種! 分かったらその汚ねえ毛でも刈ってクールビスにしやがれ!」

「…………」

「な、なんだよ……」


 フィクスはルミナレスの目をじっと見つめた

 ビジネスパートナーとしてずっと一緒だったが、この少女――今はもう大人の女性になっていたが――の熱い本音を初めて聞いた気がする。


 フィクスは、絵本の商売をやめようと思っていた自分を恥じ、謝ろうと思った。

 だが、上手い謝罪の言葉が頭に浮かばず……



「ごめんねー許して! ハハッ!」



 能力で、緑色のコマーシャルキャラクターを出現させた。

 それは、ルミナレスと初めてビジネス話をした時にも出した、どぎつい緑色の猫。


「……プッ、ふふふ……」


 あの時と同じように、ルミナレスは笑った。


「バーカ」




 そんなわけで二匹の距離も少しだけ近づき。

 大した失敗も無く、フィクスとルミナレスのサクセスストーリー順風満帆にハッピーエンド。

 この後も多くの猫を楽しませた。


 そして二匹が抱いた「皆を楽しませたい」という思いは、後の世、別の宇宙で……




 ◇




 フィクスとルミナレスが作った最後の『魔法の本』は、二匹の引退後、国家図書館に保管された。


 一つ説明しておくと、『魔法の本』に宿っている『力』の所有者は、あくまでも本自身である。

 力を吹き込んだ二匹の猫の手から離れた後も、ずっと『魔法の本』として存在し続けていた。



 そして長い年月が経つ。

 フィクスとルミナレスは寿命を迎え、その子供も寿命を迎え、さらにその子供も……そしていつしか、惑星自体が寿命を迎えた。

 最後の『魔法の本』は、とうの昔に風化し砂になっていた。


 強大な力は、持ち主の肉体と魂が滅んでも『世界』に残る。

 力の持ち主が、魂を持たぬ書物である場合も同様だ。

 ここで言う『世界』とは、フィクスとルミナレスが作った『本の世界』という疑似空間の事では無い。

 もっと大きな意味での『世界』……いくつもの宇宙と時空を内包する、全ての『世界』である。



 フィクスとルミナレスの力は、多くの惑星、多くの宇宙を旅し、様々な本に憑依した。

 小説、絵本、漫画、ファッション誌、その他色々。

 その本に興味を持って表紙を開いた者を、本の世界へと招待する。


 招待された者は、その本を深く楽しむ。

 それが明るい物語本だったら、満足するまで笑い。

 それが悲しい物語本だったら、満足するまで泣く。


 そしてそれが学問の書物だったら、満足するまで理解する。



 中でも、特に珍しい書物が一つあった。




 ◇




 とある宇宙ステーション。

 ここは、科学と魔法が同時に発展した社会。



 大学の図書館で、筋骨隆々の若き研究者が、ペンとノートと分厚い本を机の上に広げていた。


「おい、今日もまたここで勉強してたのか」


 と同僚に声をかけられ、男はその自信満々で偉そうな笑みを浮かべている顔を上げた。


「吾輩は超天才なれど、日々の精進を怠るわけにはいかぬのだ!」


 そして「ぐはははは」と大仰に笑う。


 男は、同じ大学の職員や学生達から……いやそれどころか、関係する学会や企業の人々達からも、「変人」と呼ばれていた。

 ただ間違いなく才能はあったので、周囲から疎外されるような事は無かった。

 学究の徒は皆、大なり小なり変人なのだ。



「あれ?」


 同僚は、男が読んでいる本をちらりと見て、疑問顔になる。


「その分厚い本って、お前自身が書いたものだろ?」

「ああその通り! 先人達の示した魔術を元に新たなる理論を築き上げ、それをしるしてある! この天才である吾輩が考案する、新時代の魔術!」


 大きく胸を張って答える。

 男の研究科目は、魔術理論であった。


「でもなんで今更、自分の本を読み返して、ノートに書き起こしてるんだ?」

「それはな! ううむ、悲劇かな。吾輩が天才すぎるせいで、理論が複雑難解でこのままでは実用性に欠けると言われたのだ。もっとシンプルに再編纂へんさんするため、こうやって穴が開くほどに見直しているというわけである! ぐはははははは!」


 男は喋って笑っている最中も、魔術理論を頭の中で整理し、ペンをノートに走らせ続けている。

 同僚はその器用さに感心し、ノートに書かれている理論を眺めた。


「うん? この『奴隷人形』ってのは初めて見るぞ。お前の本には載って無かったよな?」

「最近思いついてな! どうせならついでに追記しようと思っている!」

「ふーん……こりゃあ凄い凝ってるな。普通のゴーレムとはまるっきし違うじゃないか」

「ああ吾輩自慢の一品だ! 体組織は泥人形ゴーレムと同じだが、比べ物にならない高い知能と魔力を持つ! 従来の一万倍(吾輩比)だぞ、一万倍!」


 そう言って男は「ぐはははは!」と笑い、ふと真顔になった。


「……しかし。油断すると、吾輩自身でも意味が分からなくなる程に難解な理論である。いや正直、書いた本人でも理解し切れていない部分さえある。はっきり言って、吾輩の魔術理論はまだ完成していないのだ。様々な魔術をただ寄せ集め、歪に繋ぎ合わせただけ、という段階からイマイチ脱却し切れていない」

「そうなのか……? ううーん、凡人の俺にはさっぱり分からんのだが」


 首を捻る同僚の隣で、男は気晴らしのストレッチとして首筋を伸ばし、天井を見上げた。


「本の妖精でもやって来て、この本に纏めた事を、全て鮮明に脳ミソへ刻み付けてくれるとありがたいのだがな。そうして完璧に理解、昇華出来れば、魔術理論を完全なものに出来るやもしれぬ! なんてな、ぐははははは!」


 その時。

 本の妖精ではないが、『本の内容を満足行くまで理解させる力』――病的なまでの想像力モービット・イマジネーションが、すぐ近くを漂っていた。

 そしてこの筋骨隆々な男が書いた魔術書を、次の宿主に定めようとしている。


「まっ頑張りなよ」

「ああ頑張るともさ! このギェギゥィギュロゥザムは、いずれ宇宙を征する男であるからな!」

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