49話 『弟は動物を大事にしたいと考えている』
「楽しかったでありんすワン! 楽しかったでありんすワン!」
「うん……そーだ……ね」
「ワンワンキャンキャンワオンワオンウォーーン!」
「落ち着いて……チャカ子、ちゃん……」
テルミ達が絵本の世界に行って、約
小学生達の転校生歓迎パーティーが終わり、莉羅とチャカ子は二人で帰路についていた。
チャカ子はパーティーに満足し興奮している。少女の姿で飛び跳ねたかと思えば、犬の姿に戻って莉羅の周りをぐるぐると回り、また少女に変身し四つん這いのまま道を行ったり来たりする。
すると突然曲がり角の前で立ち止まり、鼻をすんすんと鳴らした。
「莉羅ちゃん莉羅ちゃん! あっちから
「にーちゃんの……?」
チャカ子が曲がり角の先を指差している。莉羅も気になり、駆け出した。
辿り着くまでの時間を惜しみ、先に千里眼で兄の様子を見ようとしたが……何故か、兄の姿を捕捉出来ない。
「……なん、でー……?」
莉羅は焦った。パーティーで浮かれている場合では無かったのかもしれない。
千里眼が届かない時、考えられる理由は一つだけ。
兄は現在、『この宇宙にいない』。
宇宙を越えた場所を観測するには、『大きな力』が必要となる。
だが、莉羅にその力は無い。
そうだ、姉の魔力を借りればいいのだ。
と思ったが、桜の姿も捕捉出来なかった。
「莉羅ちゃん、こっちこっちでありんすワン!」
莉羅が角を曲がると、道の真ん中に一冊の本が落ちていた。
ハードカバーで、ずっしりと厚みのある本だ。
「これから
「……この……本は……」
◇
テルミ達は、様々な世界を旅していた。
長靴をはいた猫。
テルミはメイド、桜は人食い鬼、コウはロバの役だった。
本来なら負けるはずの桜が逆に猫を倒……そうとしたらテルミが責めるような目で見たので、とりあえず猫の首根っこを掴み遠くへ逃がした。バッドエンドで次の世界へ。
浦島太郎。初めて日本の童話だ。
テルミは竜宮城の侍女、桜は鯛、コウは竜宮城から帰って来た浦島太郎に「そう言えば昔、浦島太郎と言う人がいたらしいなあ」などと教えてくれる人の役だった。
コウが「オメーそれ玉手箱だろ! 開けるな開けるな、やめとけやめとけ!」と全部バラしてしまい、オチが付かないまま次の世界へ。
みにくいアヒルの子。
テルミはアヒルの子を拾うお婆さん、桜は仲間の白鳥、コウは猟師の役だった。
テルミがアヒルの子を溺愛し過ぎて、そのままお婆さん宅で白鳥に成長。一応ハッピーエンドで次の世界へ。
という具合に、いくつもの童話を体験していく。
全てに共通しているのは、三人はあくまでも脇役の立ち位置だという事。
それにテルミがずっと女役だという事だ。
「どうして僕はいつも女装しているのでしょうか……」
「そっちの方がエロいからよ、きっと」
と、『裸の王様を眺める町娘役』であるテルミのスカートをめくりながら、桜が考察する。
ノーパンだったのでテルミは必死に抵抗したが、バッチリ見られた。
そんなこんなで次の世界。
「……ここは?」
テルミは食卓の前に座っていた。
テーブルの上には大量の肉、酒、フルーツジュース。
そしてテーブルを挟んで正面には、見慣れた姉の顔。
「あらテルちゃ……」
「おおテルミ! それに生徒会長の
「……
桜は隣にコウもいる事に気付き、慌ててクールな高飛車お嬢様のフリをした。
状況確認のため話し合おうとした所、三人とも今この世界にワープしたばかりだと分かった。
どうやら今回は、最初から三人一緒らしい。
「おお、すっげーご馳走! 旨いぞー!」
さっそくコウがテーブル上の料理を食べ始めた。
桜は呆れ顔になり、お嬢様風言葉遣いでコウに話しかける。
「ここがどこかも分かりませんのに、よくお食事出来るものですわね。伊吹さん」
「今までロクなもん食えなかったからな! シンデレラの城では邪魔されたし!」
詰め込むように食べるコウ。それを見て椅子の上でふんぞり返っている桜。
一方テルミは立ち上がり、部屋の中を調べていた。
隅に大きな箱が置いてある。それを開けてみると、
「これは……姉さん、見てください」
金貨、宝石、装飾品。高そうな宝物がぎっしりであった。
「あら豪勢に輝いてるわね。でもどうせ持ち帰る事は出来ないし、文字通り宝の持ち腐れよ」
「それはそうなのですが」
元より持ち帰るつもりは無いが、テルミは箱を閉めた。
「しかしどうも僕達はお金持ち役のようですね。それにしては、こじんまりとした家ですが」
テルミは部屋内の探索を再開し……ドアに近づき、ふと不審な物音に気付いた。
「外に誰かがいるようです」
聞き耳を立てるテルミ。桜も弟の傍に近づき、一緒に耳を傾けた。
「馬の……いや、ロバの鼻息の音ね」
「ロバ。そうか、言われてみれば確かにこれはロバですね」
テルミと桜は、家業武術の一環として乗馬を学んでいる。
特に桜は乗馬クイーンという異名を持つほどの名人。馬に関しては、ひとかどの見識を持つ。
乗馬のため通っている牧場にはロバもいて、たまに乗る機会があるのだ。
「でもロバだけじゃないわね……」
桜は耳に大魔王の魔力を集中させ、聴力を強化した。
「犬の足音、猫が喉を鳴らす音、鳥――おそらくニワトリの羽ばたき音……どの動物も、何故かハッキリとした鳴き声は出していないけれど」
「凄いな生徒会長、足音とか分かるのかよ! 耳良いな!」
「そうよ。耳良いんですの」
コウの言葉を適当に受け流し、桜はドアから離れ再び椅子に座った。
腕を組み、大きな胸を張り、
「でも理解致しましたわ。これは『ブレーメンの音楽隊』ね」
と弟に向かって言う。
「なるほど。ロバ、犬、猫、ニワトリと言えばそうですね。となると僕達は泥棒役ですか……ああでは僕も初めて男性の役を」
「いいえ輝実。自分の恰好をきちんと見ることね」
姉にそう言われ、テルミは初めて自分の服を確認する。
ショートパンツ、へそ出しの短いシャツ、肘まである手袋、腕輪、腰に下げているよく分からない紐。そしてブラジャー。
童話と言うかファンタジー寄りではあるが、これは俗に言うセクシー系の女盗賊。露出多め。
どうりで寒いと思った。
「はぁ……やっぱり女性役ですか……」
「でもとても似合っているわよ」
がっかりしたが挫けずに、テルミは『ブレーメンの音楽隊』のストーリーを思い出そうとした。
童話通りならこの後、動物たちが一斉に鳴き、泥棒……つまり自分達を驚かせるはずだ。
桜も弟と同じ事を考えていた。椅子の上で偉そうに足を組み直し、尊大な笑みを浮かべる。
「とりあえず面倒事が起きる前に、あの動物達を追い返しますわよ。伊吹さん、少し外で暴れて来なさい」
「分かった! ……ん? なんで俺なんだ!」
「わたくしも輝実も繊細なので、あなたのように粗暴な真似は出来ませんの」
「そうか、それじゃ仕方ないな! よく分からんが分かった! ……ん? なんか馬鹿にされた気がするけど、まあいいや!」
コウは桜の指示に従ってドアの外に出ようとする。だがテルミがその肩を掴み制した。
「駄目ですよ姉さん、コウさん。可哀想じゃないですか」
そう
すると、
「♪ひひーん! ♪わんわん! ♪にゃーにゃー! ♪クァーパッパッパッパコケェェェッ!」
動物達のけたたましい鳴き声、ならぬ歌声が聞こえた。例によって音楽と共に聞こえてきたので、テルミはそれほど驚きはしなかった。
そして窓の外に映る、異形の……というか動物達が重なり合っているシルエット。知っていたので、これもテルミは驚かなかった。
冷静にドアを開けると、動物達と目が合う。
「さあ皆さん、お腹が空いているのでしょう。どうぞお入りください」
テルミは人懐っこい、もとい動物懐っこい満面の笑みで皆を迎えた。
「♪ひひーんわんにゃーこけっ?」
「この世界の動物は喋らないのですね。しかし絵本の通りなら、人間の言葉を理解出来るでしょう?」
そして盗賊三人、動物四匹は、仲良くご飯を食べるのであった。
「あははは! ほら食えよ犬ッコロ馬ッコロ!」
「ロバよ」
コウは笑いながら動物達に食料を与え、そして自身も勢いよく肉を食べている。
その横でテルミは緩んだ表情になり、猫を撫でている。
「あんた……コホン。伊吹さん、少し食べ過ぎではなくて?」
「あははははは! 旨いからな! それに楽しいからな!」
桜の言葉にそう返事して、コウはフルーツジュースを飲み干した。
「でもさすがにそろそろ満腹だな! ああ、満足したぞ! なあお前はどうだ、テル」
…………
「……あれ?」
突如、コウの声が途切れた。
「コウさん? どこへ行ったのですか?」
テルミも桜も辺りを見回す。だが見つからない。
コウの姿が、煙のように消えてしまったのだ。
「ちょっとちょっと。閃光のなんちゃらは?」
「分かりません……」
テルミは小屋中を探し回った。桜もキャラ作りを止め、一緒に探索する。
しかしどこにも見当たらない。
「どうしましょう……」
「どうしよっかあー……」
真奥姉弟は首を捻り、途方に暮れる。
「ふにゃーん」
満腹になった猫がひと鳴き。
するとテルミと桜の
◇
「♪お姉様た~ち~。聞いてくださ~いー! 私、人間の男性に恋をしてしまったのぉぉぉ~……これが恋。愛。初めて抱く感情ぉ~。心の中に積まれたのーキラキラ眩しい宝石たーちーがぁぁぁ~」
「は?」
「えっ?」
今回もテルミと桜は、最初から同じ場所にいた。
目の前には美しい女性。
しかしただの女性ではなく、下半身が魚。つまり人魚だ。
ワープ早々聞かされた歌から察するに、この人魚はテルミ達の妹らしい。周りを見ると更に三人の人魚達がいる。
妹人魚は歌い続ける。
「♪そこで私~海の魔女様に頼んでみるの~。私の足を人間にぃっ! 変えて貰うのっ!」
人魚の歌を聞きながら、真奥姉弟は小声で会話する。
「人魚……らしいですね」
「そうね、人魚……たぶん私達は『人魚姫の姉』みたいね」
やはり脇役。やはり女役。
そしてテルミは見える範囲を確認したが、ここにコウの姿は無かった。
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