第八章 童話、脇役、
45話 『弟はシンデレラの姉』
「テルちゃーん。お腹空いたよー疲れたよー休憩しようよー。あっほら、あそこにちょうどお安いホテルがあるよ」
「姉さん引っ張らないでください……ちょっと、ホントにやめっ……!」
休日の昼下がり。
テルミと桜は日用品や食料を買い込むため二人で外出し、今はその帰りである。
桜が弟の腕に抱き付き、いかがわしい建物がある路地へとぐいぐい引っ張る。
テルミは荷物で両手が塞がっているため、上手く抵抗出来ない。
「休憩するのに、どうしてわざわざホテルなんですか」
「えっ。ホテルじゃなくてお外でえっちな事する気なの!?」
「しません」
「やだもー、テルちゃんったら大胆。でも良いよ、どうしてもやりたいって言うのなら」
「しません」
そんな引っ張り合いをする中で、姉弟の顔が近づいた。テルミは桜の顔を近くで見て、ふと、いつもと違う様子に気付く。
「……姉さん、お化粧を変えました?」
「えー、急に女子みたいな台詞言うのねテルちゃん。変えてないよ、なんで?」
突然弟に質問され、桜は引っ張る力を弱めた。
向き合って顔を接近させたまま、姉弟は静止。
テルミは姉の顔をじっと見つめている。
桜は負けじと唇を突き出したが、それは無視された。
「なんだか肌が前よりずっと白く……綺麗になっているような」
「綺麗? まあテルちゃんったら。お姉様を褒めてその気にさせて、エッチな行為をしようって算段だ」
「いえ違います」
そのテルミの発見は、気のせいでも肉親の
大魔王の力が成長したおかげである。
日常生活でどうしても付いてしまう細かな傷や日焼けが、治癒能力によりすっかり消えたのだ。
今の桜の肌は、赤ん坊のようにツルツルすべすべ。
「でもお肌の変化に気付くなんて。テルちゃんは、お姉様をとっても愛してくれてるのね」
桜は顎を引き、上目遣いで悪戯っぽく笑った。
そうやって「弟をからかってやろう」と考えている姉に対し、テルミも微笑みを返す。
「はい。愛していますよ」
「えっ……」
愛しているの後には、当然「家族として」という意味が続いている。
桜もそれは理解しているのであるが、
「もう。テルちゃんっ」
柄にもなく照れてしまう。
弟の腕に手を回したまま、誤魔化すように肩へ顔を
「ふふっ、嬉しい」
と小さく呟いた。
「姉さん?」
いつもと違う『しおらしい姉』を見て、テルミも少し戸惑う。
そんな甘い空気に浸る桜。
このまま良い雰囲気を保ちつつ帰宅し、部屋で二人きりになれば……本当に、姉弟で一線を越えてしまうような気がしてきた。
これはイケる。早く帰ろう。
ちなみに
千里眼で覗かれる可能性はあるが、テレパシーは遮断出来るし、桜が魔力を貸さないと莉羅は瞬間移動も使えない。
つまり気付かれても、莉羅が帰って来るまではたっぷりと時間がある。
邪魔は入らない。
あっこれ本当にイケそう。
しかしそんな桜の
「おーテルミ! それに生徒会長の
という馬鹿でかい声に邪魔されてしまった。
「なんなのよ。良いトコだったのにぃ」
声がした方を見ると、休日なのに学校指定ジャージを着ている女子高生が、走りながらこちらへ向かって来ている。
「あの子は閃光のなんちゃら……おっといけない」
桜はスッと真顔になりテルミから離れた。
知人の前では『クールで尊大なお嬢様』キャラを通しているのだ。
そしてジャージ女子――伊吹
「コウさん、こんな所で奇遇ですね。こんにちは」
「いやっ奇遇じゃないのだ! 実は
「莉羅にですか?」
コウは大袈裟に頷く。
「ああ。実はこの……あっそうだ、生徒会長! さっきテルミに頭をくっ付けてたけど、頭痛か!?」
「……あなたには関係ありませんことよ。それより早く要件を言いなさい」
「そうか! 分かった!」
桜の辛辣な態度にもめげず、コウは話を続けた。
「実はこの本を、ちびっこに見て貰いたかったんだ!」
そう言ってバッグから一冊の本を取り出す。
ハードカバーで、ずっしりと厚みがある。汚れ無き白い表紙に、金色の豪華なタイトル印字。
「『日本・世界の童話全集(ヒアリングCD付き)』……ですか?」
テルミが本のタイトルを読み上げる。
桜もツンと澄ました顔のまま、横目で表紙を見た。
コウは説明を続ける。
「ああ! ちなみにヒアリングCDはそれぞれの童話に合った音楽を流すだけで、本編を読み聞かせするとかじゃないぞ! 俺も騙された!」
「この本を、莉羅にくれるのですか?」
莉羅はもう小学六年生。童話全集はいささか年齢に合っていない。
もう少し幼い子か、もしくは文化人類学の資料として大人が読むような本だろう。
しかしコウは「違う違う」と手を振った。
「そうじゃないんだ! 実はこの本、呪われてるんだよ!」
「呪い……ですか」
「ああ! 俺のイトコが十年くらい前に買った本でな! そのイトコが最近久々にこの本を読んでみたら、心霊体験をしたって言うんだよ! ちなみにその友達も!」
コウの説明によると、本を読んだ全員が『心霊体験』をするわけでは無いらしい。
ちなみにコウが本を読んだ時は何も起きなかった。
「一体どのような心霊体験ですか?」
「知らん! 聞いてもよく分からんかった!」
何故か自信満々に胸を張るコウ。
テルミと桜は首を傾げる。
「それで気になったんで、ちびっこに鑑定して貰おうと思って、借りてきたんだ!」
コウは以前、磁力怪獣テツノドンもとい冥夢神官ダイムの件で、『不思議な事に詳しい』莉羅へ信頼を置くようになった。
何かあると「とりあえず莉羅に聞きに行けばいいや」くらいに思っているのだ。
「ついでにテルミと
「なにやら物騒なニュアンスの『あそぼう』ですね」
そう言ってたじろぐテルミの横で、桜は腕を組み、高飛車な態度を崩さずにいた。
「呪い? 非科学的でくだらないわね……」
と気取っているが、実は内心興味深々である。
コウの手から本を取りあげ、表紙を眺める。
「しかしタイミングが悪かったですねコウさん。実は今日、莉羅も用事があり外出中でして」
「何っそうだったのか! じゃあ今日はテルミと遊ぶだけにして、明日にでも出直すとするか!」
などと会話している隣で、桜がそっと本の表紙を開いた。
◇
「
「シンデレラ、埃チョーたまってんですけど!」
きらびやかなドレスを身に纏っている二人の女性が、みずぼらしい恰好の少女をこき使っている。
「はい。お義母様、
少女が歌うと、音源設備も見当たらないのに、どこからともなく音楽が流れだす。
二人の女性も歌い始めた。
「♪歌って~ないで早く仕事しなさい~ぃぃ」
「♪そうよ~マジーこの義妹ったら怠けものなんですけーどーぉ!」
「……は?」
気付くと、テルミはそんな状況の真っ只中にいるのであった。
今さっきまで一緒にいた、姉とコウの姿が見当たらない。
周りを見渡すと、明らかに日本のものではない住宅の中。
白い壁。高級そうな椅子、机、食器、シャンデリア、暖炉、絵画、その他色々。
まるで映画で見るような、中世西洋貴族のお屋敷だ。
そのお屋敷の中で、一生懸命に雑巾がけをしている少女。
ボロ布と呼んでも差し支えない程にくたびれた、丈の長い服を着用している。
「シンデレラって……あの、シンデレラでしょうか?」
状況がよく飲み込めないまま、テルミが呟いた。
その『シンデレラ』を見下ろすように、年配の女性と若い少女が立っている。こちらの二人は立派な服装。まさに貴族。
そしてテルミも二人と一緒に、シンデレラを見下ろしているのであった。
「♪お姉様も~、マジ~そう思うよぉ~ねぇ~?」
シンデレラから
相変わらず謎の音楽も流れ続けている。
「お、お姉様って……僕がですか?」
テルミは歌わず普通に聞き返す。するとミュージックも消えた。
自分の服装を確認すると、ふわっとした黄色いドレスを着ている。
頭を触ると、大きなリボン。
それになんだかスース―する。下着を履いていないようだ。
つまりテルミは今、中世の貴族風な女装コスプレをしているのである。
「当り前なんですけど。お姉様はお姉様なんですけどぉ?」
音楽が消えたせいか、普通に喋っている。
「あの、僕は男なのですが……」
そう言いながら、自分でも
付いている。やっぱり男だ。
「はあ? チョー意味ワカンナイんですけど。マジうけるお姉様~」
「いえ、うけるとかでなく男……」
「おほほほほ、この子ったらもう。おほほほほほ。♪私達~仲良し~母娘三人んん~」
年配の女性、要は今のテルミにとっての母親が歌い出す。
すると再び出所の分からない音楽が、屋敷中に響き渡った。
「♪そうよぉ~マジみんな仲良し~なんですけどぉ~」
「♪そっしてー義娘のシンデレラ~は~、父親亡き今、ただの奴隷よぉ~。追い出さないだけ温情でしょぉ~」
「♪あ~あ~。なんて可哀想な私ぃぃ~。お父様~どうして死んでぇーしまったのぉー。このまま私はぁー、憔悴して死ぬまでこき使われ続けるのねぇ~。無休かつ無給でっ!」
「エグい歌ですね……」
テルミは改めてシンデレラを見た。
歌声だけは陽気なのだが、苦痛な顔で汗を流し、埃だらけになりながら床を磨いている。
どうやらテルミは、『シンデレラの義理の姉』になったようだ。
何故そうなってしまったのかという理由や、何故みんな歌っているのかは分からない。
だがこの不幸そうな少女を見ていると、テルミの心にむずむずと「お世話したい」という気持ちがこみ上げる。
「シンデレラ? ……さん。あの、掃除なら僕も手伝いますよ」
「えっ?
テルミの提案に、シンデレラは目を丸くしながら歌う。
「♪ちょっとマジっすかぁー? お姉様、チョーうけるー」
「♪どうしたの娘よぁ~頭でも打ったのぉぉぉ?」
「いえ。僕も掃除洗濯は好きなので」
そう言って雑巾を絞り、シンデレラの隣で床を拭く。
テルミが狙ったわけでもないのに、雑巾と床がキュッキュキュッキュとリズムを刻む。それに合わせて軽快な音楽が鳴り響き、皆が歌う。
「♪どうしってっかしらっ。今日はっ珍しっくっ、
「♪ホントっ、マジっ、どうかっしてるんですけどっ! お姉様っ!」
「♪こんな薄汚い小娘にっ同情しているのかぁしぃらぁぁ? おお、なんて優しい娘~な~のっ!」
そして三人は、一斉にテルミを見た。
「……えっと……僕も、歌わないと駄目なのでしょうか?」
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