36話 『兄と老人、姉と力』
「ご無沙汰だね、
テルミが箒で掃いていると、一人の老人が尋ねて来た。
「こんにちは、こちらこそご無沙汰しています。お変わり無いようですね」
「お祖父さんはいるかね?」
「中庭で素振りしていますよ。どうぞお入りください」
テルミに言われ、老人は門をくぐった。
この老人は祖父の友人だ。
たまに家へ訪れ、老人二人で世間話などをしている。
今日は中庭の縁側に座り、将棋を指すようだ。
「粗茶ですが」
「ありがとう輝実くん」
テルミは緑茶を差し出し、そして改めて客人を見る。
歳は分からないが、腰も曲がっておらず若々しい。
落ち着いた雰囲気を持ちながらも、どこか鋭い眼光を放つ老人である。
本名は知らない。
ただ祖父は「ルイ」と呼んでいるので、テルミもそれに倣って「ルイさん」と呼ぶ。
彫りの深い顔なので外国人なのかもしれない……と、テルミは密かに思っている。
「ところで輝実くん。とんだ災難に遭ったようだね」
ルイ老人が言った。
災難とは、九蘭百合の別荘地で暴力団に遭遇した事件だ。
「はい。でも幸い僕達は、怪我無く難を
「うむそうか。孫が無事で良かったな、
ルイ老人は祖父の顔を見て頷いた。
大地とはテルミの祖父の名前である。
心眼流亜系真奥派という、代々伝わる武術一派の現当主。
「ああそうじゃな。だがこの子らの母親ときたら、息子娘がヤクザ事件に巻き込まれたというのに顔も見せん。婿殿だけは帰って来たが……」
祖父は苦い顔で茶を口にした。
テルミ達の両親は、現在仕事で海外に行っている。
「ははは、娘さんも変わらず息災かね」
「元気すぎて困っておるよ。今も『婿殿の海外出張に付き添う』という名目で、異国の格闘家相手に暴れているようじゃ」
祖父は溜息まじりに言った。
ちなみに婿殿とは、当然だがテルミ達の父親である。
その父は、息子がヤクザに暴行されそうになったと聞き、先日一人で帰国した。
そして空港でテルミの顔を見るなり、泣きながら抱き付いた。
「うわあああん! 息子がキズモノになるなんてえええ!」
「落ち着きなさいよ父さん。キズモノにはなってないわよ」
呆れ顔の桜に突っ込まれる。
その夜は家族皆で外食し、久々に父子の会話を楽しんだ。
そして翌日、父は名残惜しそうにしながらも、母の元へと帰って行った。
「婿殿も相変わらずのようだな」
ルイ老人はそう言って将棋盤上の駒を動かし……「そうだ」と、思い出したようにテルミの顔を見る。
「輝実くん。その暴力団事件の折り、噂になっている正義の味方に出会ったらしいじゃないか」
「はい。キルシュリーパーさんと、それにグロリオサさんという忍者のような方も助けに来てくれましたよ」
テルミの返事を聞き、ルイ老人は小さく笑った。
「……ほう、あの忍者もかね。悪人であると世間では噂されているようだがね」
ルイ老人は、再び盤上に視線を戻した。
その後は会話も途切れ、テルミは縁側から辞去した。
テルミは台所に立ち、姉や妹のおやつを料理した。
掃除に、来客へのお茶出しに、お菓子作り。
更にこの後は夕食の支度も控えている。
まるで主婦のような一日だが、これでも男子高校生。
「そうだ、ルイさんにお土産をお渡ししましょう」
今作ったばかりのマカロンを袋に包み、縁側へと赴く。
するとルイ老人は、入れ違いに帰宅した後であった。
まだ近くにいるだろうと祖父に言われ、テルミは急いで外に向かった。
道場の門を出ると、数十メートル先に老人の姿を発見。
背筋をぴんと伸ばし歩いている。
さっそくテルミは呼びかけようとしたが、
「ルイさ……あ、危ない!」
ルイ老人が歩行中の曲がり角へ、バイクが歩道に乗り上げながら飛び出してきた。
テルミは慌てて駆け寄ろうとするが、とうてい間に合わない。
調子に乗って危険運転していたバイクのライダーも、慌ててブレーキをかけたが時既に遅し。
ルイ老人は正面からバイクと衝突してしまい……
「おっと」
――衝突、しなかった。
衝突したはずなのに、衝突しなかった
ライダーは『衝突』から数メートル進んでやっと止まり、目を丸くしながら振り返り、
テルミも老人の元へ駆けつけながら、先程の光景に疑問を抱く。
バイクは完全にルイ老人に当たっていた。
が、まるですり抜けたかのように通り過ぎた。
まるでというか、あれは完全にすり抜けていた。
「おや輝実くん。どうしたのかね?」
ルイ老人はテルミに気付き、にこやかな顔になる。
「あ、はい……お菓子を作ったので、持ってきたのですが……でも」
「おおこれはありがたい。ふむ、旨そうな焼き菓子だね」
「そ、それよりも今、バイクが……お、お怪我はありませんか?」
テルミの質問に、ルイ老人は『衝突した』バイクを一瞥して答える。
「見ての通り、何事も無かったよ」
◇
今までルイ老人については、『祖父の友人』という認識しか持っていなかった。
だが先程の一件で興味が沸いた。
あの身のこなし。
祖父と同じく武術家なのだろうか。
もしくは、姉や妹達のように、何か特殊な力を持っているのだろうか。
帰宅したテルミは、彼について祖父に聞いてみた。
「ルイさんは、何をやっている方なのですか」
すると祖父はあっけらかんと、
「知らん」
の一言。
「し、知らないのですか?」
「遊び相手の素性を知る必要は無いじゃろ」
「そう……ですかね」
首を捻る孫。
祖父は「ただ、そうじゃな……」と付け加えた。
「あやつは元々、先代……お前の高祖父の知り合いでな」
「高祖父……と言うと、ひいひいお祖父さんの……えっ?」
テルミはその意味を瞬時に理解できなかった。
祖父は、遠い目をして言葉を続ける。
「わしが子供の頃から、ずっとジジイだった」
◇
兄と祖父が会話している、その頃。
ベッドに寝転びファッション誌を読んでいた桜は、莉羅の顔を見て雑誌を床に放り投げる。
「あら莉羅ちゃん。お姉様と遊びたいの?」
「ねーちゃん……ここ数日、『
その莉羅の言葉に、桜はニヤリと笑いベッドから立ち上がった。
腕を組み、逆に妹へ問いただすように聞く。
「莉羅ちゃん。あの毒霧忍者の正体が、九蘭百合って知ってたの?」
「うん……知って、た……けど……」
あっさりと言った妹に、桜は「やっぱり!」と叫びながら再び寝転んだ。
「なんで黙ってたのよ、もう!」
「いや、だって……バレバレ、だったし……ねーちゃんも、途中から気付いてると、思ってたけど……むしろ、今更やっと気付いたのに、驚いてる、よ……迂闊だね、ねーちゃん」
「莉羅ちゃん、時々毒舌になるわね」
桜はベッドの上で足をばたつかせ、言い訳するように呟く。
「正直あたし、あのチビッコ先生の事なんてよく知らないしー。先生の授業も受けてないしー。って言うかぶっちゃけどうでも良い存在だと思ってたしー。気付きようが無かったわよ」
「へー……りらは、あの子供先生の事……にーちゃんに近づく、めすぶただと思って……警戒、してたけど……」
「警戒の必要なんて無いわよ。テルちゃんは、もっと背が高くてスタイル良い女の子が好みなのよ。特にバストは大事!」
桜は自分の豊満な胸を両手で寄せながら言う。
「……それ、自分のことを言ってる……よね」
莉羅は呆れ顔になり、床へ体育座りした。
桜はへらへらと笑っていたが、
「それより莉羅ちゃん。『宇宙災害グロリオサ』についてなんだけど」
急に真面目な顔になり言った。
「やっぱり九蘭先生のお爺ちゃんとかが持ってるのかな? 先生んちを探っても、忍者っぽいのが大勢いるだけでよく分かんないのよね~」
九蘭百合が持つ毒霧能力は、別の誰かから希釈して分け与えられた力。
桜はその『別の誰か』……つまり、グロリオサの本当の力を有する者を知りたがっている。
「……それを知って、どうするの……?」
「決まってるでしょ。あたしはそれと闘ってみたいのよ」
自信満々にそう言う桜の目を、莉羅はじっと見つめた。
そしてしばらく考えた後、
「……違う……よ。子供先生の、お爺ちゃんではない……」
諦めたように、語り出した。
「グロリオサの、力を……受け継いだモノは、ね……」
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