-60話 『ロンギゼタ600→601』

 遥か昔。ここと宇宙でのお話。


 地球では無い別の惑星。

 重く大きな船が、空を飛ぶようになった時代。



「【YO! そこのオカマなオマエ、何か物足りない面ガマエ、オレと一緒に天下取りタマエ、カモンッ!】」

「……う~ん? なによぉ、この変な声はぁん?」


 大柄で筋肉質な男――パシカが川辺に座り、黄昏たそがれる空を眺めていると、どこからともなく声が聞こえてきた。


「【HEY! 目を閉じてみな、オレの姿見な、それで驚くみな】」

「んもぉん。さっきから妙に韻踏むわねぇん」


 怪しいが、何にせよ目をずっと開けっ放しというわけにもいかない。

 パシカは文句を言いながらも、謎の声に従って目を閉じてみた。


「【HI! オレの名前はロンギゼタ600シックスハンドレッド、ヘアスタイルはクールなドレッド】」

「……は、はぁ~ん? なぁんなのよぉん!」


 まぶた裏の闇に、一人の痩せ気味な男が立っていた。

 自己紹介通りのドレッドヘア。

 首や腰を前後に振りつつ腕を交差させ、リズムに乗った喋り方をしている。

 そして何故か、白いウサギに似た小動物を肩に乗せていた。


「ちょっとちょっとぉん、ワタシの中に変なヤツがいるぅん! ショックぅ~ん! それにどうせならもっとマッチョな方がタイプ~ぅん!」


 戸惑いながら立ち上がる。

 そして地団駄を踏むと……巨大な音と揺れが、大地を襲った。


「うおおっ!? な、何よぉん……?」


 地面が割れ、数十メートルも続く亀裂が走っている。


「何!? 何!? なんでぇん!? これ、ワタシがやったのぉん!?」

「【その通り、YO! 力激しく、地面轟く、オカマ驚く! YEAH】」


 パシカが再度目を閉じると、ドレッドヘアの男がしたり顔で胸を反らしていた。


「ちょっとぉん! この馬鹿みたいな怪力は、アンタのせいなのぉん!?」

「【そうだYO、パシカ。この力でオレと一緒に世界を牛耳る、鼓動を感じる、野望の歌を吟じる。目指そうぜCHECK IT OUT!】」

「いやよぉん。そんな物騒な事するわけないじゃないのぉん」

「【YO……OH……!?】」


 あっさりと拒否されてしまい、ロンギゼタ600は首を傾ける。


「【HEY! オレは知ってるお前の悲しみ、憎しみ、親身にしんみり。家族に疎まれ、男にフラれ、町のみんなに馬鹿にされ。だから世界の破壊に走れ!】」

「そぉんな事で世界破壊なんてするワケないじゃないのぉん! 確かに、さっきフラれたばかりで落ち込んでたけどぉん……そもそもオカマとして生きていくと決めた時から、悲しみはぜぇんぶ覚悟してるのぉん!」


 パシカはそう言って、両目を大きく見開いた。


「だいたいアンタ、なぁんか怪しいのよねぇん」


 図星。

 力を使わせることでロンギゼタ600とパシカの魂を馴染ませ、そして喰らおうと企んでいるのだ。


「さっさとワタシから出てって頂戴ぃん!」

「【……そうかいそうかYO。フッフフフッフ、そんな事言ってられるのも今の内だけ、口だけ、我慢は命懸け。YEAH】」


 ロンギゼタ600はそう言って、白いウサギの腹を撫でた。




 だが、パシカの意思は固かった。




 初めのうちは勝手に力が発動していた。

 少し力を入れすぎただけで、物を壊してしまう。

 不注意で怪我をすると、すぐに治癒能力が発動。


 その度に頭の中で、


「【HEY! 力使った、意思が揺らいだ、オレも喜びの歌奏でた】」


 とロンギゼタ600が煽る。



 が、それも月日と共に慣れていく。

 パシカは徐々に力を制御していった。

 手足に力を入れようが、擦り傷切り傷を負おうが、ロンギゼタ600の力は発動しない。


「【YOYOYO、力使いな。嫌いなヤツ倒しな。強盗でもしな。せめて怪我を直しな】」

「ヤダっつってんでしょぉん? そういうのはオカマの矜持に反するのよぉん! ワタシはね、ワタシの力だけで生きていくって決めてんのぉん!」


 パシカは凄まじいメンタルの持ち主だったのだ。


 ロンギゼタ600は焦りだす。

 直接的な言葉だけでなく、パシカの意識下にも「力を使え」と語りかけてみたが、全く効果が無かった。


 一応まだロンギゼタ600にとって希望はある。

 もしパシカが命に関わるような大怪我を負えば、どんな強靭な精神力を持とうとも無意識に力を使うはず。


 なのだが、パシカはそれでも我慢してそのまま死んでしまいそうな気もする。


 今は魂を喰らう準備中で、不安定な状態。

 もしパシカが死ぬと、ロンギゼタ600自身も共に消滅してしまう……かもしれない。

 分からないが、なんとなくそう思う。


 ロンギゼタ600は、まさにお手上げ状態だった。




 そして、実に三年もの間、パシカは力を使わなかった。




「【HEY! パシカ朝だ起床、朝飯スパイス効かせろ胡椒、バッチリ目覚めて吹き飛ばせ感傷、今日も歌声冴えてるぜ歌唱】」

「うぅ~ん。あらぁん、おはようロンちゃま。それにウサちゃん」


 その頃になると、ロンギゼタ600は、パシカのルームメイトのような存在になっていた。

 パシカの目覚まし代わりとなり、雑談相手となり、たまに相談にも乗る。


 目を閉じれば、パシカとロンギゼタ600と白いウサギ。二人と一匹の世界。

 中々に賑やかな生活であった。


「よぉ~しぃん! 今日はお仕事も無いし、真昼間からたっぷりご馳走作っちゃうわよぉん! 心して待ってなさぁいん、ロンちゃまとウサちゃん!」

「【HEY! サクサク切れる包丁、オレらいつも絶好調YEAH】」


 ロンギゼタ600は、生来ノリの良い性格であった。

 最初の目的を忘れてこそはいないのだが、パシカとの生活を「楽しい」と思い始めてしまっていた。


 その日は朝早くから買い物に出かけた。

 頭の中で二人話し合い、買う食材を選んでいく。


 ロンギゼタ600は自分の肉体を持たないが、やろうと思えばパシカと味覚を共有出来るらしい。

 痛覚なども共有できるが、それはやろうとは思わない。


「さぁてとぉ、買い物完了~ぉん!」

「【すぐ帰宅、用意する食卓、今日は少し贅沢。YO】」


 と、浮かれながら道を歩いていると……



「ば~か! オカマ野郎ー!」



 そんな罵声と共に、数発の石を投げつけられた。

 パシカの持つ荷物に命中。

 卵や酒瓶が割れ、食材がびしょびしょに濡れた。


 投石元を見ると、逃げる子供達の後姿。


 パシカは犯人達を追いかけようとは思わなかった。

 砕けた瓶の破片を拾い、買い物袋へと仕舞い込む。


 そして、無理をするように笑顔を作った。


「あらやだぁん。せっかくご馳走作ろうと思ってたのにぃん。ごめんなさいねぇん、ロンちゃま」

「【YO。オレはどうせ食っても食わなくても問題無し。それより怪我に気を付けるべし】」

「うん、そうねぇん……」


 パシカは帰り道から逸れ、川辺に腰を降ろした。

 ここは、初めてロンギゼタ600の声が聞こえた場所。


「【……HEY、パシカ。それより、どうして今日は急に豪華な料理を作ろうと思ったんだ? 素朴な疑問、質問、分からず悶々】」

「あらぁん。忘れたの? 今日はワタシとロンちゃまとウサちゃんが出会って、ちょうど三年の記念日なのよぉん」

「【……そうだったな、YEAH】」


 パシカは空を見上げた。

 ロンギゼタ600もパシカと視覚を共有し、同じ景色を眺めた。

 厚い雲が重なりあっている。


 ふと、ロンギゼタ600が口を開く。


「【……OK。三周年、負けたよオマエの執念、記念、教えてやろうオレの概念】」

「概念? 何よぉん。どうしちゃったの」

「まあ良いから聞けYO」


 そしてロンギゼタ600は、己の出自を語った。



 数億年前、気付くと自分とウサギがいた。

 それ以前の事は何も覚えていない。

 最初は肉体もあったような気がするが、その記憶もおぼろげだ。

 ……確か体は、邪魔になって消した気がする。


 そのまま特に何をすることも無く、宇宙をフラフラと漂っている内に……ふと思った。



「【そろそろ燃料補給の時期。じゃないとオレが消えちまうじき】」



「燃料ぉん?」

「【SO。何故か突然そう考えた。方法も早急に理解し得た】」


 その方法とは、波長の合う人間に寄生し、ロンギゼタの力を使わせる事。

 そして力と魂が充分に馴染んだところで、魂を喰らう。


「……出会った頃、『力使えYO力使えYO』ってうるさかったのはぁ、そういう事だったのねぇん」

「【YEAH】」

「でもロンちゃま。それ言っちゃったら、ワタシますます力使わなくなっちゃうわよぉん? どうして言っちゃったのぉん?」

「【さあな。オレ自身にも理解出来ねえ、意味はねえ。そういうもんだろブラザー】」


 ロンギゼタ600は考えた。


 自分は数億年の時を生きてきた。

 何のために?

 自分でも分からない。

 目的があったような気がするのだが、思い出せない。


 だがこのパシカという男の生涯に付き合って、一緒に死ぬのも良いだろう。

 もしかすると、それが自分の生きてきた理由なのかもしれない。



「あらぁん。深刻そうなカンジ出しちゃってぇん、どうしちゃったのロンちゃま?」

「【なんでもねえYO。ただ……】」


 突如、二人の会話が甲高いサイレン音に邪魔された。


 大勢の悲鳴。

 そして異様な熱気。


 騒ぎのする方を振り向いてみると、


「ひ、飛行船……まぁ、大変よぉん!」


 巨大な鉄の飛行船が、炎を上げて町に墜落しようとしている。

 逃げ惑う人々。響く爆発音。


「いけないわぁん! 町がぁ!」

「【おい、どうしようってんだYO、パシカ!】」


 パシカは、飛行船に向かって走り出した。

 足に『力』を入れ、大きく跳ねる。

 一息で高いビルの屋上に登った。


「【YOYOYO! さっき言ったばかりだろパシカ! その力を使うと、オマエは】」

「どぅふふっ。ロンちゃまったら、ワタシの魂狙ってるクセにそんな心配しちゃうのねぇん?」

「【呑気に笑ってる場合じゃねえYO! やめろ、オレはお前と……】」

「韻踏むの忘れちゃってるわよぉん?」


 パシカは、体中に力を溜め込んだ。

 筋肉が膨れ上がり、元々逞しい体躯が更に力強くなる。


 ふとビルの下を見る。

 パシカに石を投げた子供達が、泣きながら逃げていた。


「ちょっと意地悪された事もあるけど……ワタシ、この町を愛してるのよぉん」

「【パシカ、考え直せYO!】」


 そしてパシカは、飛行船に向かって飛び立った。


「ロンちゃま、ウサちゃん、ワタシを美味しく食べてねぇん」




 ◇




「【NO、嫌だ。オレは嫌だ。食べたくない、食べたくないのに】」


 そこに、ロンギゼタ600の意思は介入できなかった。


 力と馴染んでしまったパシカの魂。

 それは燃料として、ロンギゼタ600と白いウサギに吸収されていく。

 どうしても抗えなかった。


 魂を、全て喰らいつくしてしまった。


 パシカの肉体は燃えて塵になっていたが、『燃料補給』が済むと共に復活した。

 だが、この肉体は空っぽ。ロンギゼタ600が間借りしている状態。


「YO……この体……」


 パシカの肉体を得たロンギゼタ600は、ゆっくりと手足を動かしてみた。

 まぶたを閉じると、そこには白いウサギだけがいる。


 再び目を開け、周りを見渡す。

 ここは、パシカが最後に立っていたビルの屋上。

 そしてそこから見える、パシカの愛した町。


 燃えている建物もあるが、人々は無事を喜び合っている。


「……この町にはいられねえYO……だって、オレはパシカじゃない」


 ロンギゼタ600はビルから飛び降りた。

 全身の骨が砕けたが、すぐに治癒する。

 今のこの状態では、パシカのように力を我慢する事は出来ないようだ。


 町の外へ出た。

 どこか遠くへ。とにかく遠くへ。

 そう思い歩き続ける。


 疲れているのか、頭がぼんやりとしてきた。

 まるで記憶が薄れていくようだ。



 ――そして、急に呟いた。



「……オレは……ワタシ、は……ワタシは一体、誰だったっけぇん? いやぁ~ん。どこここ~? 何も思い出せなぁ~いぃん!」


 パシカの声と口調で喋っている。


 だがこれはパシカではない。

 ロンギゼタは、『燃料』の元の人格を真似るのだ。


「えっとぉん。そうよ、ワタシの名前は確かぁ~ん……ロンギゼタ601シックスハンドレッドワン……だったわよぇん。ウサちゃん?」


 ロンギゼタ601は、まぶた裏にいる白いウサギに話し掛けた。

 ウサギはただ黙ってこちらを見ている。


「にしてもぉん、なぁんかこの体って邪魔よねぇん」


 肉体があると余分にエネルギーを使う。

 ロンギゼタ601は、それを本能で察知した。


 とりあえず死んでみようと、自分の頭を潰してみた。

 しかしすぐに復活。

 エネルギーを無駄にしてしまった。


「ラチが明かないわねぇん……そうだぁん。復活出来ない程に粉々になればどうかしらぁん? 一気にエネルギー使っちゃうけどぉん、長期的に見ればきっとお得よねぇん!」


 ロンギゼタ601は、全身統べての細胞に力を込めた。

 一気に解放し、爆発。


 そして、惑星ごと消滅した。


 こうしてロンギゼタ601は肉体を捨てエネルギー体となり、白いウサギと共に宇宙へと飛び立った。

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