33話 『妹とオカマと白ウサギ』

「【あぁ~ん。今、一瞬何かを想い出しかけたけどぉん……気のせいだったみたいぃん】」


 草一そういちのまぶた裏で、ロンギゼタ601は顎に手を置き首を傾けた。


「【それより今は、ディナーを楽しまないとねぇん!】」

「…………」


 草一そういちはもう何も喋らない。

 魂とロンギゼタの力が完全に馴染み、立派な『燃料』になってしまった。

 ロンギゼタ601と白いウサギは、それをゆっくりと吸収している。


「【うぅ~ん。ソーっぴはクズなヤクザ野郎だったけどぉん、魂のテイストは中々よぉん。んねぇ、ウサちゃん!】」


 昏い意識の闇の中、ロンギゼタ601は白ウサギを見て微笑んだ。

 ウサギは少しだけ尻尾を動かし、一回まばたきをする。


「……ウサちゃん?」


 テルミは、その単語にひっかかった。

 まるでロンギゼタ601が、草一でもテルミでも無い、別の者に話しかけたように聞こえた。

 草一の中にはロンギゼタ601だけでなく、ウサちゃんという『何か』も宿っているのだろうか。


「【そうだぁん、テルるん。今までごめんねぇん! でももう安心して帰って良いわよぉん】」


 とロンギゼタ601に言われたが、テルミはその場から動かない。

 ただいま絶賛全裸中なのだが、気にしている場合では無い。

 草一の様子を伺い、ロンギゼタ601の動向を警戒する。


 あの草一という男。おそらくはこのままでは死んでしまう。

 彼は劣情のまま自分を襲おうとした……が、このまま放って帰るわけにもいくまい。


 テルミがそう考えていると、



「うおらあああっ! テルちゃあああああん!」



 突然の轟音。

 そして滅茶苦茶になっていた男湯が、更に滅茶苦茶になった。


「ね、姉さんっ?」


 壁をぶち破り、正義のヒーローが現れたのだ。


 アメコミ風の金属製マスク。

 ぴっちりした黒いライダースーツに身を包み、その豊満なスタイルが強調されている。


 そんなつやっぽい姿のヒーロー、キルシュリーパーは、登場するなり草一を蹴り飛ばした。


 ヤクザの子分達を問い詰め、ホモヤクザ組長が弟を狙っていると知った。

 そして現場に着くと、上半身裸で刺青をしている男がいる。

 こいつはどう見てもヤクザ。だから殺す。

 というシンプルな考え方に基づいた蹴りである。


 既に意識が無かった草一は受け身も取れないまま壁に激突し、全身の骨と肉が潰れた。


「【ちょっとちょっとぉん、いきなり何なのよぉん! まあソーっぴが蹴られようと首斬られようとも、別にもう構わないんだけどねぇん】」


 軟体動物のようにグニャグニャになっているヤクザから、野太いオカマの声がする。

 が、桜はそれを一瞥もせずにテルミの元へ駆け寄った。


「テルちゃん大丈夫!? 怪我は無い!? どうして全裸なのよ! もう襲われちゃったの!? 散らされちゃったの!?」

「いえ、なんとか無事です」

「そう、良かった……ああでも、素っ裸なままじゃダメよテルちゃん。とりあえず隠さなきゃ!」


 桜は両手をテルミの首に回し、体の前面を覆い隠すように抱き付いた。


「ね、姉さん。自分で隠しますので……」

「遠慮しないで。お姉様が優しく包み込んであげるから」


 などと姉弟のじゃれ合いをしていると、もう一人の乱入者がやって来た。

 毒霧殺し屋グロリオサが、壊れた壁から室内に入って、


真奥まおくくん、無事か……ああああっ!? カラテガール貴様、男子高校生相手に何をやってるんだあ!」


 と叫んだ。


 ライバル(と思っている)ヒーローが、全裸の男子にいかがわしい行為をしている。

 その異様な状況に小さな殺し屋は困惑し、右手をバタバタとせわしなく振りながら桜を指差す。

 覆面下では顔が真っ赤に染まっていた。

 左手で目を覆いテルミの裸を見ないようにしつつも、指の間からチラチラと確認している。


「あら忍者来ちゃったの? チンピラ達の見張りしてなさいよ」

「ヤツらには更に毒を打ち込んだので、警察が来るまで動けない……い、いやそれよりも!」


 グロリオサは近くに落ちていたバスタオルを拾い、テルミに投げ渡した。


「これで隠したまえ真奥くん!」

「はい、ありがとうございます……ええと……忍者さん?」


 テルミはバスタオルを体に巻きながら、グロリオサをまじまじと眺めた。


 この忍者みたいな人はネットの動画で観たことがある。いつも姉に勝負を挑んでいる女性だ。

 当然、初対面……なのだが、何故この忍者は自分の名前を知っているのだろう。



 というか。

 この子供のような体格。

 この無理をしているような大人びた口調。

 この小動物のようにせかせかとした動作。


 似た人を、知っているような……



「【ちょっとちょっとぉん! あんた達ぃん、ワタシをおいて盛り上がらないでよぉ~ん、寂しいじゃないのぉん! あとテルるん隠さないでぇん、せっかく良い眺めだったのにぃん!】」


 ごつい声によりテルミの思考がさえぎられた。

 そして桜はそこでやっと、ロンギゼタ601の存在に気付いた。


「うん? 何よこの変な声。ヤクザの……では無いわよね。死にかけてるし」

「こ、声……? 何を言っているんだカラテガール」


 グロリオサには何も聞こえていない。

 ロンギゼタの喋りは、相性の良い者にしか伝わらないのだ。


「【あらぁん? あらあらあらぁん。そこの仮面のお嬢ちゃんにも、ワタシの言う事が聞こえてるみたいねぇん!】」

「うん。よく知んないけど聞こえてる。オネエ言葉のオッサンの声」

「【いやぁ~ん、オッサンって呼ばないでぇ~ん! でもまさかこの町で三人も『波長が合う』人間に会えるだなんてぇ~ん。奇遇すぎて引いちゃう~ぅん!】」


 グロリオサは「何? 聞こえるって何がだ? おいカラテガール!」と喚いている。

 その隣で桜は、弟、ヤクザ、壊れた浴場と順に確認し、納得したように頷いた。


「なるほどね。ホモヤクザにオカマ悪霊が憑りついて暴れてたってワケね、テルちゃ……いや、少年!」


 グロリオサの前なので、姉弟は他人のフリをする事にした。


「悪霊かどうかはともかく。おおまかな事情は姉さ……キルシュリーパーさんが想像している通りですね」

「【ちょっとちょっとぉん、失礼ねぇん! ワタシ悪霊じゃないわよぉん!】」

「悪霊? 想像? 一体何を言っているんだカラテガールに真奥くん!」


 色々と騒がしくなって来た。早く収集をつけよう。

 そう考えた桜は、右手を筒状にし口に当て、海の方へ向かい、



莉羅りらちゃん起きてっ!」



 と、大声で叫んだ。

 凄まじく大きな声。なのだが、すぐ近くにいるテルミ達の耳には聞こえなかった。


 念動力と電気操作能力により、桜の叫びは指向性の電波となり飛び立つ。

 その電波は海を越え、町を走り、そして自宅で寝ている妹の耳に届いた。


「……ねーちゃん……うるさ、い……」


 無理に起こされた莉羅は、不機嫌な声で桜にテレパシーを送った。

 そして千里眼で確認し、兄の姿に気付く。


「……なんで、にーちゃん、裸なの……もしやねーちゃん……ついに……」

「誤解よ莉羅ちゃん。ついにって何よ、ついにって。まるであたしが犯罪者みたいじゃないの」

「まるで……っていうか……そのもの、っていうか……」

「莉羅。僕が裸なのは入浴中に暴漢に襲われたからです」


 桜とテルミは台詞を口には出さず、心の中で妹と会話している。

 急に黙ってしまった二人に、グロリオサは「あ、あの……どうしたんだい二人とも」と疑問顔。

 ロンギゼタ601は「【やだぁ~ん。黙ってないでもっとお話しましょうよぉん!】」と喋り続けている。


「ぼーかん……それは、許せぬ……」

「それでさ莉羅ちゃん。あそこでグニャグニャになってる刺青ヤクザが、そのボーカンなんだけど。あいつに悪霊が憑りついているみたいなのよ」

「あくりょう……? ……ああ……」


 莉羅は死にかけの草一を一目見ただけで、全てを理解した。


「……ロンギゼタ、か……地球に、来てたんだ……」

「やはり知っているのですか莉羅」

「うん……知ってる……」

「じゃあ莉羅ちゃん、そのロンギなんとかって悪霊を除霊出来る?」

「…………うん」


 莉羅はそう答え、しばらく考え込んだ後に桜へ、


「ねーちゃん……その忍者、邪魔だから……どっか遠くへ連れてって……あと、魔力貸して……」


 と頼んだ。

 桜はその要求をすぐに受け入れる。


「オッケー」

「うん!? な、なんだ急にやめろカラテガー……うにゃああっ!」


 桜はグロリオサの手首を掴み、高く飛び跳ねた。

 数百メートル離れた倉庫の屋根に降り立ち、殺し屋が逃げないように腕を固める。


「痛たたた、やめろカラテガール離せ! 真奥くんが……」

「うっさいわね。しばらくここで待ってなさい」


 そして桜は超能力で聴覚を強化し、男湯の方へ聞き耳を立てた。




「ふわぁー……」

「莉羅、大丈夫ですか?」

「……うん」


 莉羅はテレポートを使い、男湯に到着していた。

 いつもは寝ている時間のため、大きなあくびをする。


「【まぁ~ん、可愛いお嬢ちゃんねぇん! テルるんの妹ぉん?】」

「うん、妹……です」

「【えぇん!?】」


 当然のように返事をした莉羅に、ロンギゼタ601は驚いた。


「【この子もワタシの声が聞こえちゃうのぉん!? この町だけで何人いるのよぉん。どんだけー】」

「聞こえるだけ、じゃない……こんなのも、出来る……よ」


 そう言って莉羅は目を閉じた。

 まぶた裏の闇。

 莉羅の意識は、ロンギゼタの空間へとアクセスする。


 莉羅は、大柄なオカマ、そして白いウサギと顔を見合わせた。

 ロンギゼタ601は、突如自分のテリトリーに現れた少女に驚く。


「【えぇ~!? ちょっとぉんお嬢ちゃん! なぁ~んでに来れるのよぉん!】」

「どうも……真奥莉羅、です……」

「【あらぁん、ご丁寧ねぇん。リラリラって呼んで良いぃん?】」


 この二人と一匹の姿は、テレパシーによりテルミの頭にも伝わっている。

 テルミは筋骨隆々な大男とウサギを見て、今まで聞こえていた声の主を知った。


 一方の莉羅は、淡々とロンギゼタ601に質問をする。


「あなたは、ロンギゼタ……450くらい?」

「【ワタシはロンギゼタ601よぉん! ってリラリラ、なぁんでワタシのお名前知ってるのぉん?」

「そうなんだ……もう601か……燃料補給の間隔が、短くなってる……ね……」


 莉羅は、白いウサギの赤い目を見て言った。


「りらが知ってるのは……404番まで……」

「【知ってるぅん……? 404ばぁん……? リラリラなぁに言ってるのよぉん。ワタシは生まれた時から601って名前でぇん……】」


 と言いながらも、ロンギゼタ601は自分の台詞に違和感を覚える。


 気付いた時には宇宙を漂っていた。

 遠い昔は肉体があった……かもしれない……が、邪魔になって消したような気がする。

 それ以前の記憶は何も無い。


 ただ最近、急に「燃料補給が必要」という考えが浮かび、そしてその方法を思い出した。

 そう、思い出したのだ。ならば他にも忘れてしまった『何か』があるかもしれない。


「あなたはもうすぐ、その意識が消えて……記憶も消えて……そして、ロンギゼタ602になる」

「【601の次だから602ってのぉん? じゃあ、ワタシの前には600がいたとでも言う気ぃん?】」

「うん……どんな性格キャラクターかは、知らないけど……600も、いたはず……」

「【うう~ぅん……】」


 莉羅の即答に、ロンギゼタ601は唸った。

 どうしてかは分からないが、目の前の少女には妙な説得力がある。


「【リラリラはぁ、ワタシの過去を知ってるのぉん?】」

「うん、知ってる……ロンギゼタ、あなたの事は……りら……いや、ライアクが……とても、長い間……気にかけて、見守り続けていた……の」


「長い間?」


 テルミは妹の言葉が気になったが、口を挟む事はしなかった。

 莉羅は話を続ける。


「昔は、『燃料補給』も……一つの魂、全てを食べる必要は、無かった……一部を、貰うだけ……」

「【そ、そうなのぉん? 今よりもっと低燃費だったのねぇん】」

「それに……『寄生した相手が特別な力を得る』……ってのも……本当は、ロンギゼタの力じゃない……長い時を彷徨う中で、捻じ曲がってしまった……余計な、力」


 莉羅はウサギを両手で抱え、顔を見合わせた。


「本当の力は……『別の宇宙へ移動する能力』……それももう、失われてしまった、ようだ……ね」

「【本当の、チカラぁん……?】」


 ロンギゼタ601は、莉羅の言葉にショックを受け……それと同時に思った。

 何故か自分の事に詳しいこの少女。

 この子なら、もしかして……


「【……リラリラぁん、あなたもしかして……ワタシが忘れてしまった、『生きる目的』ってヤツ……知ってるのぉん?】」


 その質問に対し、莉羅は「うん……」と頷いた。

 そして、ロンギゼタ601では無く、白いウサギに向かって言う。


「ロン……思い出せないだろうけど……教えてあげる、ね……あなたの、本当の目的は……」


 莉羅は、自分の知り得る『ロンギゼタ』について語り始めた

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