28話 『姉と弟と先生と生徒会IN島』
清掃部および生徒会執行部は、無事に孤島へと上陸した。
「わー島だー砂浜だー」
「泳ぐ……のはまだ季節が早いから、波打ち際でぱしゃぱしゃターイム!」
「荷物が濡れちゃう濡れちゃう!」
女の子達は船から降りるなり、はしゃぎながら砂浜まで走り出した。
それとは対照的に、彼女達のボスである
そのすぐ隣で、桜の弟であるテルミは、
「いずなさん、大丈夫ですか?」
「は、はひぃぃ……なんとかぁ……」
たった十数分の航海にも関わらず、見事に船酔いしてしまった不幸な先輩――
いずなは木板製の桟橋上で体育座りをし、申し訳なさそうな顔で真奥姉弟を見ている。
「酔い止め薬は効かなかったようだね」
と言ったのは教師である九蘭百合。
彼女も引率役として、当然いずなの看病に付き添っている。
そしてこの小さい先生は、いつも「大人としての威厳を出したい」と思っているため、
「大変だね柊木さん。どれ、私が抱えて別荘まで連れて行ってあげよう」
と、得意気な顔で言いだした。
そんな言葉を聞き、桜、テルミ、いずなの三人は一様に怪訝な顔をする。
「……先生が?」
「……九蘭先生がですか?」
「……せ、先生がぁ……?」
三人は九蘭百合の姿をまじまじと見た。
失礼ながら、この先生は小学生並の体躯をしている。
いずなを抱えて歩くなんて、はたして出来るのだろうか。
しかし九蘭百合は得意気な顔で「なに、遠慮する事は無い。私はオトナだからね」と言っている。
その姿は背伸びしたがっている子供にしか見えないが、こんなに自信満々なのだから、意外と力は強いのかもしれない。
なんて事を三人は考えたのであるが……
「オトナだから……オト、ナだ……からぁ……! あああ……はぁ、はぁ……」
「危ないですよ先生!」
やはり当初の予想通り、女子高生を持ち上げるには無理があった。
顔を真っ赤にし足をガクガク震わせたあげく、数センチしか持ち上がらない。
先生がふらついて危険だったので、結局いずなは自分で立つはめになった。
「くっ。すまない、私には無理だった……うぅ」
「い、いえ。あのぉ、私はもうちょっと休めば大丈夫ですから、先生も無理しないでください」
「そうか……そうだね……ううう」
具合が悪い生徒から逆に気遣われた。
九蘭百合はいずなから手を離し、落ち込んだ様子で俯く。
またもや醜態を晒してしまった。それも今回は大勢の生徒がいる前で。
いつもクールに決めている(つもりの)百合は、自身のイメージダウンを危惧する。
が、そもそも生徒達はこの先生をクールだと思った事は無いので、別にイメージはダウンしなかった。
テルミは泣きそうな先生を気にしながらも、今は柊木いずなの体調を優先しようと考えた。
「ではいずなさんが回復するまで、僕もここで一緒に海を見ていますよ」
「えっ……は、はいぃ! ありがとう
テルミに優しくされて、いずなは船酔いに苦しみながらも内心喜んだ。
莉羅いわく『図太い』柊木いずなは、運勢コントロールの能力を有している。
彼女の不幸とは、このように些細な幸運の前振りなのだ。
しかしそんな幸せを噛みしめている内に、ふと一つの視線に気付いた。
「あぅ……」
視線の主は生徒会長、真奥桜。
腕を組み、鋭い眼つきで黙ってこちらを見ている。
いずなは思った。「桜さまが私を見ている」と。
どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
それはそうだ。合宿開始早々に水をさしてしまったのだから。
しかし、それでも律儀に傍にいてくれるのは、自分を気遣ってくれているのだろうか。
気難しくはあるが気品と責任感に溢れている。
やはりこの方は、私の憧れの女王様だ。
一方、九蘭百合も桜の視線に気付いた。
「くっ……」
百合は思った。「真奥桜さんが私を見ている」と。
この完璧超人な生徒にとって、私は情けない人物に見えるのだろうな。
だって自分は桜さんと違い、背も小さいし胸も小さいし、行動がいつも空回りしちゃうし。
この女王様にとって、私は教師として尊敬されるには足りぬ人物。
きっとそうだ。そうに違いない。もう泣きたい。泣こうかな?
だが二人とも勘違いをしていた。
この時『女王様』は、
「早くテルちゃんと部屋で二人きりになりたいな~……そうだ。寝る時は全裸になろうっと。いや、下着付けずにシャツだけって恰好の方がエロいかな?」
と考えながら、弟をじっと見つめていただけなのである。
◇
「部屋の鍵は、姉である桜さんに渡しておくよ」
「ええ。よろしくってよ先生」
「一応各部屋に簡単な浴室はあるが、近くに温泉もあるので、ぜひそちらを使ってくれたまえ」
各部屋にシャワーというホテル並の設備に内心驚きながらも、桜は表面的には冷静で高飛車な態度を崩さず、九蘭百合から鍵を受け取った。
部屋の扉を閉め、さっそく内側から鍵をかける。
「これで誰も入れませんことよ……さあ、テルちゃん!」
弟と二人きりになった途端にお嬢様キャラの演技をやめ、おもむろに上着を脱いだ。
タイトなシャツが、桜の豊満なスタイルを強調させる。
「これであたしとテルちゃんだけの世界! 今日がスイートハネムーンよ! ベッドは一つだけで良いわよね?」
「いえ。部屋には二段ベッドが三つもありますよ」
「もー、テルちゃん分かってるクセにー。今夜は姉弟二人の絆を深める、グチョグチョでヌチャヌチャな十八禁の合宿なのよ。温泉付き!」
目を爛々と輝かせ、テルミの両肩を掴んで迫る桜。
「楽しくなりそうね、テルちゃん……」
急に声のトーンが艶っぽくなり、鼻先が触れ合う程に近づく。
すると突如、姉弟の脳内に「ぐちょぬちゃ……だめー……」と莉羅のテレパシーが届いた。
「あら莉羅ちゃん。大人しくお留守番してないとダメよ?」
「二人だけ、ずるい……十八禁……ずるい……」
「莉羅。心配せずとも僕はまだ十五歳なので、十八禁は論外ですよ」
テルミはそう返答した後に、「それよりも姉さん」と言いながら部屋を見回した。
「この部屋、いやこの別荘全体が、少々埃っぽいと思いませんか?」
「確かにそうね。先生によると、去年の夏から一年近く使っていないって話だし」
「ですよね。となると最初にやるべき事は一つです」
テルミは荷物から雑巾を二枚取り出した。
うち一枚を水に濡らし絞り、桜に差し出す。
「はい。姉さんどうぞ」
「……何故に、私に雑巾を渡そうとするのよ?」
「あくまでも清掃部の合宿ですので。姉さんも掃除、手伝ってくれますよね?」
「えー……」
桜は中々雑巾を受け取らない。
正直最初から「弟の性格を考えると、結局は清掃部らしくマジメに掃除する合宿になるんだろうな」とは予想していた。
そうなると自分も手伝わざる得なくなってしまう事も分かっていた。
しかしいざ実際に掃除するとなったら、やはり……
「めんどくさいわ」
そんな忌憚なき一言に対し、テルミは姉の目をまっすぐ見つめて再度問いかけた。
「手伝って、くれないのですか?」
「うっ……」
桜は柄にもなくドキリとしてしまった。
弟が珍しく、姉に向かって寂しそうな顔を見せたのだ。
「もー分かったわよ! 雑巾よこしなさい!」
「良かった。ではまずはこの部屋からです」
そう言って、もう一枚の雑巾も水に濡らした。
先程は姉の誘惑に無表情だったテルミが、今は満面の笑みで雑巾を絞っている。
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