29話 『弟の手料理と女湯事件』

 清掃部合宿は、その名に恥じぬ掃除三昧な合宿と相成った。


「桜さまー、輝実さまー。こっちの部屋終わりましたー」

「疲れましたぁ……」

「お腹すきました!」


 生徒会女子達が掃除を終え、居間に集まった。


「お疲れさまです先輩方。ここもあと少しで終わりますので」


 テルミはいそいそと床を雑巾で磨いている。

 目を輝かせ、掃除を心の底から楽しんでいるようだ。


「あなた達、ご苦労様」


 そう言った桜は、椅子に座り腕と足を組んでいる。

 弟と二人きりの時は掃除を手伝っていたのだが、取り巻き達の前では女王様キャラを演じるため、偉そうにふんぞり返るのだ。



 昼すぎに島へ到着し、掃除をしている内にもう夜だ。

 浜辺で合宿の夜。となれば当然バーベキュー。


「肉と野菜をたくさん持ってきたぞ、私が!」


 清掃部顧問である九蘭百合は、腰に手を当て得意気に言った。


「わー先生えらーい」

「さすが先生! やれば出来る子ですね!」

「先生かわいいかわいいかわいい!」


 女生徒達はまるで子供を褒めるような口調だったのだが、九蘭百合はそれには気付かず「ふふんっ」と上機嫌になる。


「さあ皆、浜辺に集合したまえ。真奥くんが掃除している間に、私がバーベキューの準備をしよう。私が!」

「はーい!」


 そうして九蘭百合が意気揚々と別荘の扉を開けた、その瞬間、


「あっ……」


 大粒の雨が降り始めた。

 季節は梅雨なのだ。




 ◇




「出来ましたよ皆さん」

「わぁー!」


 結局夕食は、テルミが別荘のキッチンで作った。

 先生持参の肉と野菜、それに船に備えてあった油や小麦粉や各種調味料で料理をし、皆に振る舞う。


「からあげー。ジューシー美味しー輝実さまー」

「牛肉とピーマン炒め! ご飯が進みます!」

「かぼちゃの煮付け、ほくほくほくです!」

「酢豚ー。程よい酸っぱさだー」

「焼きナス! なんだかホッとする味ですね!」

「たまねぎサラダ、シャキシャキシャキ辛い美味しい!」


 女生徒達は、いちいち料理名を叫びながら舌つづみを打っている。

 桜は弟の隣に座り上品に食べながらも、心の中で「もっとテルちゃんを褒めなさい!」と高笑い。

 柊木ひいらぎいずなは、テルミの手料理を味わえる事自体に感動してしまい、言葉が出ないようだ。


「真奥くんは、お母さんみたいだなぁ……」


 九蘭百合が小さく呟いた。

 確かにテルミが作った料理は、男子高校生にしては家庭的なものが多い。


「先生は普段、料理とかしないのー?」


 と、九蘭百合の隣に座っている女生徒が何気なく尋ねた。

 突然の質問に、百合はピクリと肩を震わせる。


「わ、私か? うむ……ええと……あんまり、しないかな……うん」

「そうなんだー」


 女生徒は相づちを打ち、それ以上は追及しなかった。


 あっさりと話題が終わり、先生は内心安堵する。

 料理はあんまりどころか全くしない。お湯さえ沸かさないのだ。


「でもでもでも! 輝実さまって、お菓子だけじゃなくて家庭料理も上手なんですね。ホントにお母さんみたい!」


 テルミの向かい側に座っている女生徒が、無邪気に言った。

 先生や先輩達から『お母さん』という評価を貰ったテルミは、男子として少々複雑な感情を抱いたが、それを顔には出さず、


「お口に合ったようで、僕も嬉しいです」


 と無難に答えた。




 そして料理も食べ終わり、皆で後片付け……の予定だったが、


「桜さまが皿洗いだなんて、とんでもないです!」

「そうですよー。ここは私達がやりますので、お先に温泉どうぞー」

「そうそうそう! そうなのです! そもそも私達ごときが、桜さまと温泉でご一緒するわけにもいかないですし!」


 女生徒達は、一斉に桜に気を遣いだした。


「ならば、お先にお風呂を戴きますわね」


 桜は微塵も遠慮せず、早々に温泉へと向かったのだった。


「真奥くんは料理してくれたのだし、片付けくらいは我々に任せても良いのだよ?」


 九蘭百合が、食器を運んでいるテルミに言った。

 それに対し、この男子高校生は笑いながら答える。


「いえ。僕は好きでやっていますので」

「そうか。君は良いお嫁さんになれるなぁ、うん」

「ありがとうございます。まあ、僕は男なのですが」

「あっ……す、すまない真奥くん。つい……」


 九蘭百合は、またもや思った事をそのまま口に出してしまったのだった。




 ◇




「ねーちゃん……」


 入浴を済ませて個室に帰って来た桜の頭に、前触れも無く莉羅のテレパシーが届いた。

 ちなみにテルミはついさっき後片付けを終わらせ、男湯に向かったところだ。


「どうしたの莉羅ちゃん? あ、そうそう晩御飯はちゃんと食べたかしら? テルちゃんが気にしてたわよ」

「うん……じーちゃんと、ファミレス行った……それよりも、ねーちゃん……りらは、もう寝るけど……」

「あら。就寝前の挨拶を言いたかったの? 莉羅ちゃんったら可愛い。おやすみさなーい」

「うん、おやすみ……いや、そうじゃなくて……」


 莉羅はコホンと咳払いをし、改めて桜に言葉を伝える。


「にーちゃんの、お風呂に……行っちゃ、だめ……だよ。それと、同じベッドで寝るのも……だめ」

「まあ、あたしそんな事しないわよ莉羅ちゃん!」

「……いつも、やってる……くせに」


 責めるような妹の口調に、桜は「もー。莉羅ちゃんったらヤキモチー?」と笑った。


「わかってるわよ莉羅ちゃん。今日は本当にそういうのやらないから」

「……ホント、に……わかってる?」

「だって、もし温泉で姉と弟があんな事やそんな事やってるのを皆に見られたら、流石に不味いもんね」

「うん……」


 莉羅は一応納得したようだ。


「じゃあ……おやすみ……」

「はーいおやすみなさい莉羅ちゃん」


 桜は天井に向かって手を振った。

 こちらから莉羅の姿は見えないが、あちらからは千里眼で桜の姿が見えるのだ。


 というわけで、桜は布団に潜った。

 まだ莉羅が見ているかもしれないので、そのまま数分待つ。


 ……そろそろ妹も本当に寝ただろう。という頃合いを見計らって、起き上がった。



「さてと。じゃあ、男湯に乱入しに行こーっと!」



 楽しそうな顔で言う。

 莉羅の忠告は無駄だったようだ。


「早くしないとテルちゃんが温泉から上がっちゃう~!」


 と、部屋の扉を開けようとした、その時。



「わーヤダヤダヤダ! 覗き覗き覗きー!」



 大きな悲鳴が聞こえた。


 今のは普段から聞き覚えのある声だ。

 桜の取り巻き集団である、生徒会執行部女子の一人。


 桜は肉体強化の超能力を使い、聴力を向上させた。

 女湯の方から声が聞こえる。


「近づかないでください! 警察を呼びますよ!」

「そうよそうよそうよ!」

「マジでー、キモイから、おっさん達ー」

「こ、怖いぃ……テルミくん助けてぇ……」


 といった女子各々の叫び。

 それと同時に男性複数の鼻息荒い声。


「へっへっへ……おとなしく言う事聞きな、お嬢ちゃん達」

「まさかこんな時期に女の子達が旅行に来るなんて。ラッキーだったなあ俺達」


 と、悪党丸出しな台詞を喋っている。


「ふーん……覗きってよりこれは婦女暴行かもねえ。って事はヒーローの出番ってワケだ」


 桜はバッグからキルシュリーパーのコスチュームを取り出し、瞬きするよりも早く着替えた。


「おっしゃ、出撃~!」


 窓から飛び出し、高く飛び上がる。

 悲鳴を聞いてから一分も経たずに、別荘から二百メートルほど離れた女湯に辿り着いた。


「おらー! 婦女暴行現行犯だ、ぶっ殺す!」


 と物騒な事を言いながら、女湯の窓ガラスを割り突入……しようと思ったが、窓のすぐ前で一旦動きを止めた。

 中から聞こえる声と物音。女子達が襲われているにしては何か様子がおかしい。

 逆に男達が苦しんでいるような、野太い喘ぎが聞こえてきたのだ。


 桜は、そっと窓から中を覗いてみた。

 覗きを退治しに来たはずだが、自分が覗きみたいな真似をするとは……と考えながら湯煙の先に目を凝らす。


「……なんでアイツがいるのよ?」


 そこには、桜にとって予想外の人物がいた。


「貴様ら、女の子相手に複数で恥ずかしいと思わないのか!」


 と男達に向かって説教している、背が小さな一人の女性。

 顔全体を覆う黒い布から目だけを出し、額には薄い鉄板入りの鉢がねを巻いている。

 体はいつもの黒い服装では無い。急いでいたのか、Tシャツ姿の適当な恰好。


 そんな顔だけ忍者風な殺し屋――グロリオサが、腰に手を当て胸を張り立っている。


 その後ろでは、生徒会女子達がへたり込んで抱き合うように固まっていた。

 男達が倒れて安堵しているようだ。半数は泣いている。


 そして、問題の暴漢達は、


「な、なんだよ……ぇひゅっ……ひゅー……」

「あ……ぅ……息、しづら……えふっ……」


 と悲痛な声を上げながら、グロリオサの前に倒れていた。

 腕や足に緑色のクナイが刺さっており、それが徐々に気化している。

 その気化成分が血中に溶けているせいだろうか、男達は呼吸をするのも困難のようだ。


「ふーん。あの緑のオナラ手裏剣って、あんな効果だったのね。マトモに喰らった事無いから知らなかったわ」


 桜はそう呟きながら、そっと女湯入り口の方へと回った。

 もう窓を割って突入する事も無いだろうが、一応ヒーローとして男達にトドメを刺しておこう。


 一方、男達は息も絶え絶えになりながらもグロリオサを睨みつけている。


「おお、おまえ……ぅひゅーっ……に、にんじゃ……かひゅっ」

「動画で、見た事……こふっ……あるぞ……ぜぇふっ……か、カラテガールに、いつも負けてる」

「まっ、負けてない! あの不埒な自称ヒーローとは、いつも引き分けだ。と言えなくもない、と思う……!」


 グロリオサは躍起になって男達に言い返す。

 だが、憎まれ口を叩いた男に注視したせいで、別の男がちょうど死角に入ってしまった。

 グロリオサはそれに気付かない。

 そしてその死角の男は、震える手で胸から拳銃を出し……


「ちょっと、油断してたら危ないわよ忍者!」

「がふっ!」


 桜ことキルシュリーパーが乱入し、拳銃ごと男を蹴り上げた。

 男は全身の骨が砕け、窓を突き破り外に吹き飛んで行った。

 突然仲間の一人がボールのように蹴り飛ばされ、男達は驚愕し恐怖する。


 そしてグロリオサも、それに負けない程に驚いた。


「か、カラテガール! なんで貴様がこんな所に!?」

「それはこっちの台詞よ。なんで忍者がここにいるのよ」

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