26話 『妹は刺客の意味が無かったなと思う』
「よし。海が見えてきたな」
車内は絶賛バスジャック中。
小高い丘を抜けた先に、港が小さく見えてきた。
後ろには複数台のパトカー。
それに報道関係者達の車。
バスジャックは、即行で警察にバレていたのであった。
バスは、他のバスやバスセンターと通信で繋がっているため、不審な出来事があればすぐに分かるのだ。
犯人二人組もそのリスクは分かっていた。
そもそも、バスジャックをする必要は無かった。
それでもなんとなく勢いで、バスジャックを決行してしまった。
その不可解な行動は、
だが犯人達も、そしていずな自身も、その事には気付いていない。
「ちっ、警察がうるさいな」
「港に着いた後も、乗客の誰かを人質として連れていくか」
というバスジャック二人組の会話を聞き、乗客全員が絶望の表情を浮かべる。
特にいずなは、すぐにでも気絶しそうだ。
「あうぅぅぅぅう……はっ、そ、そうだ。神様ぁ助けてくださいぃ」
いずなは神に祈る事にした。
俗に言う神頼みでは無く、今日は本当にサラリーマンの神様がついているのだ。
柊木いずなが自覚無しに持っている『神力』。
簡単に言うと運気を操る力なのであるが、扱いが非常にデリケートだ。
持ち主の精神が未熟だったり、もしくは成熟していてもネガティブな事を考え続けていると、自身が不幸な目にあってしまう。
本日のいずなは後者、ネガティブシンキングによる不幸。
しかし莉羅いわく、「いずなは図太い」。
いずなの不幸は、『なんだかんだあっても、最終的にはどうにかなる』のである。
ヤラセのような不幸なのだ。
そして今回の『どうにかなる』ポイントは、サラリーマンの神様――つまり、莉羅がいる事である。
というわけで、いずなは神様に助けを求める。
「神様、神様、助けてくださいぃ…………………………神様? き、聞いてますぅ?」
一方、その神様は、
「ゴール……わーい、一位……だー」
マラソンで女子一位を取っていた。
「莉羅ちゃん早いよー」
「次は負けないんだからね!」
二位三位の女子達と健闘をたたえ合う。
「くっふっふ……次も、りらが一位になるよ……なぜなら、毎朝、にーちゃんと走っ……」
その台詞の途中で、莉羅は思い出した。
兄のデートを邪魔するための刺客が、そろそろ目的地に着く頃だろう。
ちょいと様子を見てみるか、と千里眼で覗いてみたら、
「神様、神様、神様ぁ。早く助けてぇ」
バスジャックされ、目的地から遠のいている。
「おー……なんで、今時、バスジャックなんか……」
「か、神様ぁ!」
ようやく神様からの返答が来た。
いずなは改めて神様に助けを求めようとする。
が、その時急にバスジャック犯の片割れが歩き出し、いずなの座席近くで立ち止まった。
「どうせ人質にするのなら、若い女の方が良いな」
「ひっ、ひぃやぁぁぁ!?」
いずなは男に腕を無理矢理引っ張られ、席から立ち上がった。
「よし、お前ボートの中まで着いて来い!」
「え、えええ!? や、や、ヤダぁ!」
つくづく不幸に見舞われる少女だ。
しかし結局これも、助かる未来があるからこその不幸なのである。
「か、神様助けてくださいぃぃ!」
いずなは大声で助けを求める。
千里眼で様子を伺っていた莉羅は、バスジャック犯に催眠術をかける事にした。
「お嬢ちゃん、神頼みなんかしても無駄……う、ううう?」
男が、いずなの腕から手を離した。
「ひぅっ……え? あれ?」
いずなの困惑をよそに、男は頭を押さえてうずくまった。
「俺は、何でこんな犯罪行為をやっているんだあ!? うおおおおおん!」
と、突然泣き出してしまった。
もう一人の犯人は、豹変した相棒に「おい。一体どうしたんだ」と話しかけようとして、
「……お、おおおおお~うわあああん! そうだな、ダメだ! 何やってるんだ俺達は~ああああん!」
こちらも泣きだしてしまった。
運転手に突き付けていた銃を床に落とし、
「……はっ。なんだか分からないが、今だ!」
乗客達が一斉に飛びかかり、犯人二人を抑え込んだ。
運転手もバスを停め、急いでドアを開ける。
警官達がなだれ込み、犯人達の身柄はあっけなく確保されたのであった。
とんとん拍子な急展開で、すんなりと助かってしまった。
いずなは胸を撫で下ろしながら、小さな声で神様に尋ねる。
「犯人達が泣いてましたけど……あれは、神様がやったんですかぁ?」
「うん……あいつらの、罪悪感を……膨らませマックス……」
「マックス……え、えっと。よく分かりませんが、ありがとうございますぅ」
いずなはバスから降り、大きく深呼吸した。
海が見える。青くて広大な海。
「ふぅー。色々とあったけど、これで一安心ですぅ」
「いや……安心してる、場合じゃない……早く、目的地に行って……よ」
◇
「先程、犯人二人組が捕まりました。乗客に怪我は無い模様です」
アナウンサーの大きな声が聞こえ、桜とテルミは顔を見上げた。
街頭の巨大テレビに、バスジャック犯逮捕の様子が映っている。
「あら、結構近くの事件みたいね。物騒! こわ~い」
桜はそう言って、ふざけるようにテルミの腕にしがみ付いた。
そして一瞬だけ真面目な表情になり、
「けど、もう解決しちゃったみたいだし、
と呟く。
それを聞き、テルミは姉の顔を見た。
「姉さん。自分から危険に飛び込むような、無茶な真似はしないでくださいね」
「はーい。わかってまーす」
桜はそう返事をしながら、テルミと手を繋いだ。
「テルちゃん、あたしの事を心配してくれるんだ?」
「はい。心配です」
「それは恋人として?」
「弟としてです」
「なーんだ残念」
桜は、テルミの手を強く握った。
「……姉さん、痛いです」
「ふふっ。恋人って認めてくれなかった罰よ」
悪戯っぽく笑った後に、桜は手の力を緩めた。
ゆっくりと指を絡めていく。
「姉さん、そろそろ帰りましょうか。晩御飯の準備もありますし」
「そうね。名残惜しいけど……」
ふと桜は上目遣いになり、テルミの顔をじっと見つめた。
「……ねえテルちゃん。今日は楽しかった?」
そんな姉の問いに、テルミは笑顔で答える。
「はい。とても楽しかったです」
「そっか。えへへ」
姉弟二人は、手を繋いで帰路についた。
◇
その数十分後。
サラリーマンの神様こと莉羅は、下校中であった。
「じゃあね莉羅ちゃん。また明日ー!」
「うん。また……明日、ねー」
自宅前で友達と別れ、玄関から家に入った。
中庭で木刀の素振りをしている祖父に、「ただいま」と挨拶をする。
自室に辿り付き、千里眼で姉と兄の様子を見た。
どうやら朝帰りなどはせず、無事に家へ帰ろうとしているようだ。
莉羅は安心して床に寝ころび……
ふと、刺客の存在を思い出した。
千里眼とテレパシーで、いずなにコンタクトを取る。
「あの……ひーらぎ、いずな……」
「ああっ神様ちょうど良かったですぅ。今、やっと目的地に着いて」
「ごめん、ひーらぎ……もう、要件は終わったから……帰って、いいよ」
その神様の言葉に対し、いずなはしばらく声が出なかった。
数秒の沈黙の後、絞り出すように聞き返す。
「……ええぇぇぇ? お、終わったって、どういう事ですか神様ぁ」
急に駆り出され、道中犯罪にも巻き込まれ、やっと着いたと思ったら帰っていいよと言われ。
何が何だか、意味が分からない。
いずなは憔悴しきった表情を浮かべた。
流石にこのままでは気の毒だと考えた莉羅は、慌てて千里眼でいずなの周囲を探索する。
「えっとね……あ、そうだ。その先、二百メートルくらい、歩けば……新しくオープンした、薬局があるよ……」
「や、薬局ですかぁ?」
「ポケットティッシュと、小さいチョコと、絆創膏を、無料で配ってる……貰えば?」
「えー……は、はい。分かりました神様」
そうしていずなは薬局で粗品を貰い、帰路についた。
帰り道では、特に不幸には見舞われなかった。
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