25話 『妹からの刺客』
今日は、高校の創立記念日で休み。
「めすぶ……ひーらぎいずな……」
いずなの頭の中に直接声がした。
テルミの妹、
しかし夢の中にいるいずなは、その異変に気付かない。
ぐっすりとリラックスしながら、
「ううぅ。ごめんなさいごめんなさいぃ。私が全部悪いんですぅ」
悪夢にうなされていた。
「……楽しそうな夢を見てる所、悪いけど……そろそろ、起きて……」
「あぅぅぅ。私はダメダメダメガール」
「……ちょっと。起きて……ください」
「えっ? ダメじゃない? あ、ありがとうございますぅ
いずなの悪夢が一転し、図々しい吉夢になりつつある。
「おーきーろー……!」
莉羅は催眠術を発動した。
いずなの脳内で、巨大な和太鼓の乱れ打ちが始まる。
「ひ、ひうぅぅ!?」
いずなは飛び起き、バランスを崩しソファから転げ落ちた。
「うぅ、痛い」
「やっと、起きた……ひーらぎいずな……」
「えぅぅ!?」
いずなはようやく謎の声に気付いた。
最初はヘッドホンやイヤホンを装着しっぱなしかと思ったが、頭に触れても何も無い。
辺りをキョロキョロと見まわしたが、誰もいない。
「あの、ね……ひーらぎいずな……落ち着いて、聞いてほしい……テレパシーで、脳内に、直接話しかけている……」
耳を塞ぐが、それでも声が聞こえる。
どうやらテレパシーというのは本当のようだ。
「だ、誰ですかぁ……何で私にテレパシーをぉ? あ、あなたは一体? もしかして、神様ですかぁ?」
「りら……じゃなくて、ワタシは……ええと……」
なんと名乗るか特に決めていなかった。
莉羅は少し考えて、超魔王ライアクの昔のあだ名を思い出す。
「……じゃあ仮に、『冥界の使者』とかで……」
「冥界ぃぃ!? あのぉ、ってことは、しっししし死神……」
しまった、この呼び名はちょっと仰々しすぎた。
莉羅は再考する。
「いや、そういうのじゃない。えっと……冥界じゃなくて、メーカー。とあるメーカーから、来ました……」
「サラリーマンの神様なんですかぁ?」
「うん……じゃあ、そういう事で、いいや……」
莉羅は少々面倒臭そうに頷き、本題に移った。
「ひーらぎいずな……あなたには、これから、とある場所に行って貰う……」
「とある場所? ど、どうして私が……理由は?」
「それは、追って説明、します……」
莉羅は言わなかったが、簡単に述べると「姉兄のデートを邪魔しろ」という企みである。
テルミと桜がパスタやクレープを食べて、(客観的には)イチャイチャしている時。
莉羅も、二人にテレパシーを送り「姉弟なのだから……自重すべきだ……よ」と苦情を送ろうとした。
しかし桜がそれを阻止し、テルミにテレパシーが伝わらなかったのだ。
最近桜は、ますます大魔王の力をコントロール出来るようになった。
念動力と電場操作の組み合わせにより、テレパシー無効バリアを張れるようになってしまったのだ。
そこで莉羅は考えた。
二人の前に直接行って邪魔してやろうか?
いや、それは不可能。
姉が魔力を分けてくれないと、テレポートは出来ない。
そうだ、ならば他人を行かせよう。
というわけで莉羅は、
「どうせ、暇だろうし……あのめすぶたで、いいや……」
と思い、いずなと交信したのだ。
柊木いずなが現れたならば、桜はいつも学校でやっている『クールなお嬢様キャラ』を演じざる得ない。
すると、テルミとの過剰なスキンシップも出来なくなる。
我ながら完璧な作戦だ。えっへん。
と、莉羅は胸を張りつつテレパシーを送り続ける。
「さあ、ひーらぎいずな……早く、目的地へ……向かってください」
「で、でもぉ。急にそんなの言われても、私は」
「もし断れば……どうなる、ことやら……」
「ひ、ひぃぃ!? 分かりましたぁ!」
別に断ってもどうもならないのだが、恐怖に負けたいずなは、急いで着替えて家を出た。
「では、まず……指定するバスに、乗って……ね」
「は、はいぃぃ神様ぁ!」
◇
「ふう……最初から、こうしておけば良かった……」
「えー、莉羅ちゃん何をしておけば良かったって? スタート地点から全力疾走?」
「んーん、こっちの話……それに、マラソンで全力疾走は、悪手……」
いずなが家から飛び出た時、莉羅は体育の授業中であった。
今日は中距離マラソン。
クラスの八割以上が嫌いな競技である。
雨が降ってくれれば、体育館でドッジボールなどして楽しく遊べたのに、あいにくの晴れ空。
仕方が無いので皆走る。
その中で莉羅は、女子トップ集団の中にいた。
マラソンが得意組の数人で、仲良く並んで走っている。
「このまま最後まで一緒に走ろうね、莉羅ちゃん! 私ゴール前で裏切って一位になるけど!」
「うん、大丈夫……りらも、最後に裏切るから……くふふ」
毎朝兄と走っている莉羅は、足の速さもスタミナも充分。
クラスメイト女子達の中で、いつもトップを争っているのだ。
「ああ! あの草陰見て莉羅ちゃん! 卵から大量のチビカマキリが産まれてる!」
「うん……共食いも、してるね……」
「あー、鳥に見つかったー!」
「弱肉強食……だね……」
などと話して、のんびり走り続ける。
その一方。
柊木いずなは、必死の形相で全力疾走していた。
「はぁはぁはぁはぁそのバス、待ってぇぇ……」
サラリーマンの神様に指定された停留所まで、あと五十メートル弱。
バスは既に到着していた。
いずなは更に足を速める。
「……せ、セーフぅぅ……ぜえぜえ……げほっ」
息を切らしながら、ギリギリ乗り込む事が出来た。。
車内では、前後隣に誰も座っていない席を選んだ。
いずなは知らない他人、特に男性が怖いので、なるべく人に近づきたくないのだ。
「あ、あのぉ神様。言われていたバスに、今乗りました」
いずながそう小さく呟くと、神様のテレパシーが返って来る。
「うん。ご苦労で、あった……次、降りるバス停は、ね……」
莉羅は目的の停留所名を伝えた。
兄達が今いる場所に、一番近いバス停だ。
「わ、分かりました神様ぁ」
いずなは緊張した面持ちで頷く。
そして大きく深呼吸をして、全力疾走で乱れた息を整えた。
バスが暗い裏道に入る。
すると、一番前の席に座っていた男二人が、突然立ち上がった。
つかつかと運転手に近づき……
「……? お客さん、どうしたんですか?」
と聞く運転手のこめかみに、鉄の塊を押し付けた。
運転手が横目で見ると、それは拳銃。
「え、ええ!?」
「オラァ! 俺たちの言う通りにしろ!」
一人は運転手の頭に、そしてもう一人の男は乗客たちに拳銃を向けた。
「脅しじゃねえぞ!」
一発、バスの天井に向かって発砲。室内灯が破裂した。
この日本でどうやって入手したのか、本物の銃のようだ。
しかもワルサー社製の銃口が細いタイプ。おそらく男の趣味なのだろう。
「ひ、ひううううぅぅぅ!?」
いずなは発砲に驚き恐怖し、両手で頭を守りながら伏せた。
いずなだけでは無く、乗客の皆が慌てふためき、座席の後ろに顔を隠している。
「よーし、このまま港まで行って貰おうか。脳ミソぶち抜かれたくなければな」
「は、はい……撃たないで……」
男達の命令通りに、運転手がハンドルを回す。
乗客たちに銃を向けている男は、大きなバッグを持っている。
そのバッグの閉じ切れていないファスナーの端から、札束が見える。
何かしらの非合法な手段で大金を入手し、その逃走中なのだろう。
しかし港まで逃げるのに、何故わざわざバスジャックをするのか?
タクシーを拾っては駄目だったのか?
まだ警察に見つかっているわけでも、追われているわけでも無さそうなのに。
その理由は分からない。
おそらく男達も、自分達のリスキーな行動を自覚していない。
ただ一つだけ言えることがある。
柊木いずなは、不幸を作り出してしまう少女なのだ。
◇
その頃、
「ねえねえテルちゃん、この帽子あたしに似合うー? 可愛いー?」
「はい。可愛いですよ姉さん」
「やったー! あっ、テルちゃんにはこっちのリボンが似合いそう!」
「えっ……いえ、リボンは遠慮しておきます」
と、仲良くショッピングの続きをやっている。
平和な午後であった。
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