24話 『弟は時として姉に戸惑う』
「しまった! 焼肉は
飲食店街。
桜は突如足を止め、テルミの手を引いた。
「どうしたのですか姉さん」
「また一時の感情で適当な選択をして、後悔するところだったわ……カラテガールとか名乗っちゃった時みたいに!」
桜はわなわなと震えて言った。
「これからあたしとテルちゃんの二人で、ショッピングの続きをしたり、チューしたり、映画見たり、映画館の中でチューしたり、ホテルでチュー以上の事したり、そのまま朝帰りでお互いの事を良く知り合おうってのに!」
「キスはしないし、晩御飯の準備があるので夕方には帰りますよ。そもそも良く知り合うも何も、生まれてからずっと一緒に暮らしてきた姉弟じゃないですか」
そんなテルミのツッコミはスルーして、桜は話を続ける。
「とにかく、今ここで服や髪を煙臭くしちゃったら駄目なの! せっかくのキスが、焼き肉のタレ味になっちゃうわよ。焼肉はホテルに行く前ね」
「だからキスはしないし、ホテルにも行きません」
「もっと初々しい
「はあ……オトナですか」
桜はスマホを操作し、周辺のレストランを検索した。
「ここなんて良いんじゃない? 高層ビルの上階にあるから、区内を一望出来るんだって。いや区内一望は無理でしょ、過大広告よね……でも、ロマンチック!」
確かに、紹介サイトに載っている店内や料理の写真はかなり良さそうだ。
が、テルミは画面端にある数字が気になった。
「姉さん、その店は値段が……予算を遥かにオーバーします」
「あら、これはさすがに高校生のお小遣いでは無理かー」
しょうがないので二人は、小さなパスタショップで妥協する事にした。
そこも評判良い店らしく、中々に味が良い。
「おいし~い」
「はい。美味しいですね」
「でも、テルちゃんの料理の方がもっと美味しいよ。ふふっ」
桜はテルミの頬を軽くつつく。
テルミは褒められ少し嬉しそうな様子で、姉に笑顔を返す。
「ありがとうございます、姉さん」
そしてやはりそこでも、客及び店員達から「イチャついてんじゃねーぞコラ」といった目で見られたのだった。
◇
「パスタ……ずる、い……」
桜とテルミの様子を千里眼で覗きながら、妹の
隣に座って牛乳を飲んでいたクラスメイト女子が、莉羅の顔を見る。
「莉羅ちゃん何か言ったー? パスタマシンが欲しいのー?」
何故マシンに話が飛躍したのか疑問に思いつつ、莉羅は友達に返答する。
「ううん……パスタ食べたいだけだよ……それにパスタマシンは、家にある……」
「そうなんだ。私の叔母さんも持ってるけど、一回使ったきり、もう十年放置してるんだって」
「うちのは、週一くらいで使ってるよ……にーちゃんの趣味が、料理……っていうか、家事全般だから」
莉羅は今、小学校で給食中だ。
今日のメニューは、ぶどうパン、鯖の煮付け、ほうれんそうのスープ、そして牛乳。
莉羅は、鯖とスープはほとんど食べてしまったが、パンには手を付けていない。
いや正確には、パン端のレーズンが入っていない部分を、少しだけ食べている。
「莉羅ちゃん、ぶどうパン食べないの?」
「レーズン、嫌いだから……ぶにょぶにょで、甘くてしょっぱい、あのカンジ……ノーサンキューだね」
莉羅は苦い顔でパンをつついている。
兄からいつも「食べ物を残してはいけませんよ」と言われている。
ちなみに母は「好きなモンだけ食っとけ」と言っていた。
普通は兄と母の台詞が逆になりそうなものだが……
まあともかく、兄の言っている事の方が明らかに正しいので、このパンもレーズンごと食べてしまうべきなのだろう。
「なんでも食べないと大きくなれないよー。莉羅ちゃんガンバー」
「ううむ……」
隣の女子の応援に唸る莉羅。
すると別席の女子も会話に入って来た。
「そうそう、大きいと言えば。莉羅ちゃんのお姉さん、おっぱい大きいもんね!」
「えっと、乗馬クイーン? だっけ、莉羅ちゃんのお姉ちゃん」
「莉羅ちゃんもたくさん食べれば、あんなおっぱいになれるんじゃないかな!」
小学生の間でも、桜はちょっとした有名人なのであった。
莉羅は、姉のスタイルを思い浮かべる。
好き嫌いせずにたくさん食べれば、姉のように胸に栄養が集まるかもしれない。
「うん……まあ、それも一理ある……とも、言える」
莉羅はパンを
恐る恐ると口に入れ、急いで噛んで、飲み込んだ。
「おおー!」
「食べた!」
女子二人が大袈裟に拍手をする。
莉羅は得意気な顔になり、
「ふーむ。食べてみれば……まあまあ…………不味い、かな」
そう言って牛乳を飲んだ。
◇
「テルちゃん、あたしのも一口あげるね」
桜は手に持っているクレープを、テルミに差し出した。
テルミは「ありがとうございます」と礼を言って、一口食べる。
「テルちゃんのもちょーだい! あ~ん」
「どうぞ、姉さん」
テルミも自分のクレープを桜に差し出した。
「うん。おいし!」
二人は昼食後、雑貨屋に入ったり、無料の前衛的な個展を覗いてみたりと、平和に町をブラついていた。
そして今はおやつとして、オープンカフェで二人違う味のクレープを食べている。
「あたしも、テルちゃんとお揃いの味にしとけば良かったかな~?」
「二人違った方が、こうやって両方楽しめ……」
ふとテルミは、桜に顔をじろじろと見られている事に気付いた。
「あの、姉さん……?」
桜がふいに、テルミの顔に手を伸ばした。
「付いてるよ」
人差し指で、テルミの下唇を拭う。
真っ白な生クリーム。
桜はそれを口にいれ、爽やかに笑った。
「テルちゃん、子供みたいだね。あははっ」
「す、すみません姉さん」
そして桜は、紙ナプキンでテルミの口を拭いてあげた。
陽の光が、桜の顔を照らす。
桜の肌はきめ細やかで、透きとおるように白い。
大きな瞳を輝かせ、楽しそうな表情を浮かべている。
それは実の弟にとってさえも、誰よりも魅力的で……
しばしの間。
テルミは、姉に
「はい、綺麗になったわよテルちゃん……どうしたの?」
「いえ……ありがとうございます姉さん」
テルミは、とっさに目線を桜から背けた。
いつもふざけている桜が、たまに真面目に『姉』として振る舞う。
そんな時、テルミはなんだか「ずるい」と思ってしまうのだった。
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