第23話  覚醒後の力

エルイーザは『崇高なるものが失われようとしている』と、リーディスたちに警鐘を鳴らした。

具体的な言葉はない。

崇高なるものとは重要な施設か、攻略アイテムか。

あるいは大陸の将来を担う子供たちや、罪無き人々を指したのか。

分かっていることと言えば、強力な魔物に脅かされているということだけだ。



「まずは街道沿いに探してみよう。目立った動きをする敵を見つければ良いと思う」


「強力な敵らしいので、独特な姿の個体かもしれません」


「ボスかもしれない。油断しないようにな」


「勇者さまは、いつになったら私に油断してくださいますか?」


「メリィ。アンタはいい加減くたばってくれない?」



デントの西側の街道は草原地帯を貫き、森へと繋がっている。

いくらか勾配があり、緩やかな上り坂が続いている。

リーディスたちに当ては無いので、ひとまず見晴らしの良い場所に出ようと試みたのだ。

真っ先に登り終えたのはマリウスだった。

彼は目の前の光景に驚くと、すぐに声をあげた。



「みなさん、見てください。祠の方です!」


「居やがった……って、ありゃ何だ?!」



祠のそばにただずむ、巨大な魔物と一人の男の姿が見える。

ピュリオスと、雄々しき姿をした竜だ。

前回出現した竜ネズミとは違い、これは純血種。

秘めている力は桁違いであり、人間では束になっても敵わないという、幻の魔物である。



「ヌッフッフ。これが女神像ねーぇ。これをメチャクチャにしてやれば、人間どももさぞや落ち込むでしょうねーぇ」


「グォオオオン!」


「さぁ、ドラゴンロードよ。やってしまいなさぁーい!」



強靭な前足が辺りを苦もなく破壊し始める。

祠はいとも簡単に崩れ、無惨にも打ち倒される女神像。

それ以外に目立った被害はない。



「なぁマリウス。もしかして『崇高なるもの』ってのはさ」


「女神の祠、ですかね。他には何もありませんし」


「オレたちは偶像を守るためだけに、使われたのかよ」


「……まぁ。引っ掛かるものはありますけど、戦いましょうか。暴力は見過ごせませんし」


「あいよ」



坂をのんびりと歩いて降っていく。

祠はそれほど離れていないので、鈍足でも時をかけずして辿り着いた。

リーディスたちが近づくと、ピュリオスたちも異変に気づき、竜は大きな顔を獰猛に歪ませた。



「やめろー、おまえたちー。それは大事なものなんだぞー」


「勇者さん。もう少しやる気を出してもらえます?」


「それに触んなーブッ殺すぞオイー」


「ヌフフフ。思ったより早く来てくれましたねーぇ。手間が省けましたぁん」


「手間ってなんだよーふざけんなよぉー」


「もちろん、あなた方を誘きだす為でぇーす。さんざんに苦渋を舐めさせられましたが、今日こそ引導を渡して差し上げましょーーぉ!」



ビュリオスは歓喜の声をあげ、竜の肩に飛び乗った。

竜はすぐに2本足で立ち上がり、天に向かって咆哮をあげた。


ーーグォォオオーッ!!


大気が、地面が災害のように震える。

これまでの敵とは桁違いの力を有しているのは、疑いようもない。

これより未知なる強者を相手取り、戦闘となった。



【ドラゴンロードがあらわれた】

【魔人ピュリオスがあらわれた】


【リーディス 戦う】

【マリウス 戦う】

【ミーナ 戦う】



口火を切ったのはリーディスだ。

ミーナお下がりのナイフを片手に、ドラゴンの足に切りかかる。


「てぇい!」


カキンッ!

その一撃は堅い壁のようなものに阻まれる。

これまでのリーディスならばいざ知らず、今や勇者の力に目覚めているのである。

それが手傷ひとつ負わすことができないとは、敵が規格外の魔物であるせいだった。


続いてミーナ。

彼女は聖騎士の大斧を携え、身構える。

そして……。


「きゃぁぁあ! 来ないでください!」


当然のように恐怖で怯えた。

9割打者の面目躍如だろう。

ところで、彼女の動きであるが、戦闘モーションは一種類しか用意されていない。

そもそもがサブメンバーなので、武器による動きの差分などない。


つまりは、すべてナイフと同じモーションとなるのだ。

具体的に言えば、大斧を片手で持ちあげ、へっぴり腰ながらもブンブンと振り回すのである。

馬ごと甲冑を両断できそうなほどの斧。

それが小枝でも扱うようにして、やたらに振り回されたのだ。


ーーブォン、ブォン!


斧の重量感も手伝って、凶悪な風切り音が響く。

ミーナも敵と同様に、極めて規格外の存在であると言えた。



「ドラゴンロード。やっておしまい!」



ピュリオスの命令で、ずぶとい前足がミーナに振り下ろされた。

その際にはもちろんカウンターが発動する。

踏み潰さんとする前足はいなされ、地面を無意味に叩いた。

その隙に大斧が竜に迫る。

遠心力を味方にした、致命の一撃だ。

……だが。


ーーガキィン!


リーディスのときと同じく、何かに防がれてしまった。

ミーナにとってはこれまでに一度としてなかった結果は、まさかのノーダメージである。



「ヌッフッフ。ドラゴンロードを甘く見ちゃ困ります。希少なるドラゴンの中でも生え抜きの個体。そこらの下等種とゴッチャにしては失礼ですよーぉ?」


「クッ。ミーナの攻撃が通じないだなんて……どうしてだ!」


「あなたたちの絶望の色を深めて差し上げましょう。この子に物理攻撃は、一切通用しないのでぇーーす!」


「物理攻撃が効かないだって!?」


「そして更にぃ! ワタクシの魔法攻撃までもが加わるのでぇーす!」



大振りの風の刃が生まれ、それが勇者たちに襲いかかった。

リーディスがそれを防がんと、盾を構えて前進した。

これは「肉の盾作戦」などではなく、立派な戦略だ。


勇者装備はどんな装備よりも遥かに上回る、最高レベルの魔法耐性を備えている。

女神の愛によって覚醒した今は、存分にその力を発揮できるのだ。


ーーガァン!


リーディスは体を吹き飛ばされつつも、魔法攻撃の無効化に成功した。



「んんー。いつの間にか厄介な力を得てますねーぇ。ですが、無傷という訳にはいかないんですねーぇ」


「リーディス様、大丈夫ですか!?」


「あぁ、大したダメージじゃない。まだやれるぞ」



風の殺傷力は殺せたものの、衝撃分のダメージは受けてしまっていた。

盾を握る左腕が、少しだけぎこちなく動く。



「ヌフフ。仕留め損ねましたか。まぁいいでしょっ。ワタクシの絶対的優位は揺るがないのですからぁー!」


「ハンッ。こっちにゃまだ一人残ってるんだよ。とっておきの切り札がな!」


「んんー。もしかしてあの優男ですかぁー? あんな影の薄い男、全く脅威ではありませんが……」


「あれを見て同じことが言えるのか?」


「ムムッ! それはもしや、魔法!?」




マリウスは攻撃を選んだのだが、行動は自動的に切り替えられた。

女神によって覚醒させられた、賢者の力を披露するためである。


彼は両手に魔力を集約させ、詠唱を続けた。

初めて唱えるとは思えないほど整然とした動き、そして発声だった。

それは剣の手入れをする騎士のように。

あるいは下ごしらえをする料理人のように、熟練者のごとく淀み無く、正確なものであった。


彼の両手が正円を描き、その軌跡が青く光る。

その円の中央を貫くように両腕を突きだし、ドラゴンロードに狙いを定めた。

後は魔法名を叫ぶだけで発動する。

それはマリウスの柔和な声により、戦場にはっきりと響き渡った。



「さぁ行きますよ。おトイレッ!」



発動の許可が降り、マリウスの魔力を糧にして凄まじい炎が噴き出した。

途方もない熱量が局地的に気流すらも支配し、火球は渦の形に姿を変えて宙を駆けていく。

それは一瞬のうちにドラゴンロードを飲み込み、見事に焼き付くしてしまった。



「な、な、なんですかぁ! ドラゴンロードが一撃でっ!」


「よし。これで形勢逆転だな。覚悟しろピュリオス!」


「ふふん。ワタクシは勝てない戦いはしない主義ですのでぇ。ごきげんよう!」


「待て、逃げるな!」



ピュリオスは長いローブで体を包むと、忽然と姿を消してしまった。

逃走を許してしまったのだ。

なんとかして追撃を目論むリーディスだが、付近にその姿はない。

さらには、致命傷でないながらも手傷を負ってしまっている。

その姿を見たマリウスが、リーディスに向かって回復魔法をかけた。



「勇者さん、今治しますよ」


「そんな事までできるのか。頼んだぞ、マリウス」


「では……。ケツ毛ッ!」



柔らかな光がリーディスを包み、身体中の傷が癒えていく。

不浄な言葉とは裏腹に、効果は抜群であった。



「ミーナさんにも念のため。ケツ毛!」


「あ、ありがとうです」



同じくミーナの浅傷も消えていった。


それにしても酷い名称である。

おトイレにケツ毛。

この悪ふざけでしかない改編は、やはりエルイーザの仕業である。

耳をすましたなら、彼女の嘲笑が聞こえてきそうである。


リーディスは思った。

マリウスはこの時も、ゲームの仕様通り微笑んでいたが、心の中では号泣していると。


その言葉を肯定するかのように、マリウスの肩は小刻みに震え続けるのだった。




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