第16話  悪役の罪

始まりの平原。

ここでは毎度の様にキャラクターたちが集い、意識や反省点の擦り合わせ、善後策について話し合う。

だが、今回の様子はこれまでとは大きく違う。

妙に厳正であり、かつてない緊張感から空気が張りつめているのだ。



「これより裁判を執り行う。被告人のソガキスは前へ」


「いやいや、被告人とか大げさじゃないッスか? オレはただ……」


「前へ」


「はいッス……」



普段とはテーブルの配置も異なり、『コ』の字の形に並べられている。

どうやら法廷を模しているらしい。

裁判長の位置には王様、検察側にはリーディスと三聖女、弁護側には見慣れない初老の男が一人立っていた。


ーーカァン!


王様の木槌が平原に響き渡る。



「ではこれより開廷する。原告のリーディスは訴状を」


「ごほん。被告はイベントを無意味に改編した大罪人だ。わざわざ少女ミーナを山野の廃屋に連れ込み、不当に罵倒し尽くした。これらは全て無意味な改悪であり、越権行為も甚だしいと言える」


「裁判長、こいつぜっったい悪いヤツよ! 死刑にしちゃってよ!」


「しょっけーい、しょっけーい! 首ポロンのしょっけーい!」


ーーカァン!


「そこの賑やかし2名は口を慎むように」


「賑やかしって言わないで!」


「裁判長。参考人として被害女性に証言してもらいたいが」


「よかろう。ソガキス一度さがり、ミーナは証言台へ」



被告の男が数歩下がる。

それから全員が証言台と名付けられた空白地帯を見る。

見続ける。

……が、被害者が姿を表す気配がない。



「ミーナ……どうかしたのかね?」


「やっぱり傷ついてるのかしら。台本に一切ない展開だったし……わたしが呼んで来ようかしら?」



被害女性の身を案じたルイーズが提案した。

その場の誰もが、比較的大人である彼女にお願いしようとした。

だが、リーディスがそれを制した。



「みんな、待て。ミーナならあそこだ」



一同はリーディス検察官が指を向けた方を見る。

そこに彼女は居た。

平たい岩をベンチ代わりにして腰掛けており、その隣にはマリウスが座っている。



「マリウス様ってぇ、何色が好きですか?」


「色ですか。特に拘(こだわ)りはありませんね。強いていえば青でしょうか」


「青……ですか。……そうですか」


「あぁ、そういう事か! ミーナさん、僕は桃色とかが好きですよ」


「本当に! 濃いの? それとも薄いの?!」


「ええと、薄目のピンクとかですかね?」


「良かったぁー。えへ、えへへ」


「アハハ、ハ……」



薄桃色の髪を指先でいじくりつつ、ミーナが笑う。

その様子を眺めていた一同は、安堵の息を吐いた。



「裁判長。被害者はその、療養中だ。傷心への対処は好青年マリウスに任せ、裁判はオレたちで進めてしまおう」


「よろしい。ならば検察が代理で証言せよ」


「では……。本来であれば、誘拐犯を山の中腹で捕捉できたハズ。しかし、被告らは大きく外れた場所に被害女性を隠し、自らも潜んでいた。ちなみに監禁場所へ誘導するヒントは何一つとして無かった」


「ふむ。続けて」


「人気の無い密室に誘拐。そして口にするのも嫌になるほどの罵声、心ない暴言の数々。アドリブでの演出との事だが、必然性は全く無い。被告が何を企んでいたか明らかにすべきだ」


「なるほど。これについて、被告人は反論をするかね?」


「もちろんッスよ。みんなして酷いなぁ!」



ソガキスは『心外だ』と言わんばかりである。

彼には彼なりの正義があるらしく、逆にリーディスたちを非難がましい目で睨み返した。



「リーディスさん、勘弁してくださいよ。オレはただイベントを盛り上げようとしただけッスよ!」


「じゃあ、辺鄙(へんぴ)な場所に連れ去ったのは?」


「そりゃユーザーさんをハラハラさせるためッス。一周目みたいにすぐ見つかったら、全然面白くないッスよ」


「やたらに罵倒して傷つけたのは?」


「自分なりに悪役に徹したんスよ。ちゃんと憎まれなきゃ意味ないでしょ」


「今回はミーナのスキルのおかげで事なきを得た。もし彼女が戦う術を持たない、か弱き少女だったとしたら?」


「そりゃあ一線を越えずに時間を稼ぐッスよ。これエロゲーじゃないんで」



ソガキスは一歩も譲らない。

あくまで自分は配役をまっとうしただけで、他意は一切無いと言う。

実際リーディス検察官を見返す瞳は、とても真っ直ぐであった。

ぶつかり合う視線。

それを先に外したのは検察側で、すぐに裁判長の方へ向けた。



「ミーナとは別に、重要参考人の証言を頼みたい。カバヤ領主役のソーヤだ」


「親父だって!?」


「よろしい。ソーヤは証言台へ」


ーーカァン!


言い募ろうとするソガキスを遮るような小槌の音。

それを聞くなり、弁護席側の男がゆっくりと移動した。

その男は熊のように筋骨隆々、万全な武装をした大男であり、歩く度にガチャリと金属音が鳴った。

参考人が証言台に立つのを待ち、リーディスが静かに問いかけた。



「さて、弁護役も兼ねているようだが、まずは自己紹介だ」


「カバヤ領主役のソーヤ。被告の父役でもある」


「普段の被告と接する機会は?」


「ゲーム開演中は少ないが、今現在のように休みであれば寝食を共にしている」


「被告の容疑に対して心当たりはあるか?」


「若いせいか旺盛である。日に5度は『おっぱいってどんな感触かなぁ』と呟く」


「親父てめぇ! 息子を売るような真似すんじゃねぇよ!」



逆上したソガキスがソーヤに襲いかかろうとするが、手早く取り押さえられた。

会場はこの証言により大きくザワつく。

次第に甲高い声で『処刑、処刑』『首ポロン!』とシュプレヒコールのようなものが沸き上がりだす。

それは木槌の音が聞こえるまで、休み無く続いた。


ーーカァン!


「諸君、静粛に。被告、何か反論はあるか」


「デタラメだ! 捏造だ! 何が裁判だよ、こんなもん私刑(リンチ)だろうが!」


「デタラメかどうかは、技術屋に聞けば簡単に判別つくんだぞ」


「技術屋だと!?」


「裁判長。データ解析に詳しい人物を呼びたい」


「よかろう。呼びたまえ」


「エルイーザ、来てくれ」



新たにやってきたのは女神エルイーザ。

例によってその顔は赤く、口からは骨センベイがはみ出してプラプラと揺れていた。



「んだよクソども。茶番に巻き込むんじゃねぇよ」


「エルイーザ、話は聞いてただろ。協力してくれよ」


「はぁーー。お前らは本当に使えねぇな。……ステータスの詳細、イベント履歴を見ろよ」


「そこにはどんな情報が?」


「各キャラクターの持つイベント情報が書いてあんだよ。今回の改編したヤツだって、過程はもちろん企んでた結末までもが載ってるよ。アドリブ分についても事細かに更新されるから、そこを確認すりゃ一発だ」


「えぇ!? 嘘だろオイ! 初耳だぞ!」



慌てたソガキスが縛しめを解いて、ステータス画面を開いた。

体で覆い隠すように操作し、さらにはイベント情報欄の全てを削除してしまった。

こうなってしまえば、リーディスたちに復元は不可能となる。



「は、ハハハっ。どうだ! 全部消してやったぜ。これで証拠不十分だよなぁ!?」


「嘘だよ」


「……へっ?」


「今の話はぜーんぶデタラメ。イベント欄にはメモ書きくらいの機能しかねーよ。アドリブデータと同期なんて無理に決まってんだろクソガキ」


「そんな、そんな……!」


「あい。アタシの証言はおしまい。やましい事が無けりゃ、消したりしねぇで周りに見せるよな。以上」



エルイーザはそう言うと、項垂れて座り込むソガキスの顔を蹴っ飛ばして去って行った。

その場に沈黙だけ残して。

並み居る人々の中、最初に我に返ったのは王様であり、裁判は再び動き出した。


ーーカァン!


「検察は求刑について述べよ」


「お、おう。今回の事件は極めて悪質、キャラクターを傷つけるだけでなく、ストーリィにも悪影響を与えかねない。全てが私利私欲の劣情のためだ。よって検察は『モブキャラ落ち』を求める」


「も、モブキャラ落ちだって!?」



この刑は主要キャラ資格の剥奪である。

そうなると該当キャラクターは人格を失い、町の人Aのような位置付けとなってしまう。

これは人間世界で言う、死刑に相当するものだ。

さすがの量刑に色を為したのは被告親子だった。

まさか極刑とは思いもしなかったからだ。



「いやいや、そりゃいくらなんでも重すぎるッスよ!」


「私からもお願いしたい。どうにか、どうにか減刑を頼めないか」


「ダメだ。みんながどれほど苦心して2週目に挑んでるか、知らないとは言わせない。オレたちの純粋な想いを性欲で踏みにじった罪は重いぞ。再犯の可能性だって極めて高いしな」


「だからって……モブキャラ落ちは酷すぎるでしょう!?」


「お前は被害者の姿を見て、同じことが言えるのか?」



そこで全員が岩の方を見た。

先程と変わらずに並ぶミーナとマリウスの姿がある。



「マリウス様。てんとう虫ですよぉ」


「本当ですね。可愛らしい」


「この子達には何故、点々の違いがあるか。マリウス様はご存じですかぁ?」


「うーん、知らないですねぇ。ミーナさんはどうです?」


「アハハ。マリウス様が知らない事を、私なんかが知ってるハズないですよぉ」


「いえいえ、私も賢者なんていう役割をいただいてますが、特別賢いわけでは……」



そこまで聞いたリーディスが、再びソガキスに問いかける。



「な?」


「いやいやいや! メッチャ楽しそうじゃないッスか! この世の春を謳歌してるじゃないッスか!」


「裁判長。検察からは以上だ」


「うむ。審議は十分!」


ーーカァン、カァン!


強い音が2度。

そして、おもむろに王様が口を開いた。



「判決を言い渡す。被告の罪は明らか、かつ証拠隠滅を謀るなど、十分悪質である。よって……」


「よって……?」


「有罪。モブキャラ落ちの刑に処す」


「そんな、あんまりッスよ!」


「王様、どうにか減刑を。倅(せがれ)に機会をいただけぬか!」


「ただし、次イベントまで執行は猶予。その出来次第では刑を見送りとする。そして再び犯行に及べば、猶予なしの執行となる」



判決を解説するとしたら、次の様になる。

アドリブが許されてるからって調子に乗んな。

イベントの悪改編は許されないけど、ストーリィに絡めつつ盛り上げたら許してやる。

ちなみに似たような事しでかしたら、問答無用で消去だからな、となる。



「わかりましたッス! 全力で務めあげますッス!」


「ありがとうございます。このご温情に報いるためにも、当世一(とうせいいち)の悪役を演じきってみせましょうぞ!」


「うむ。粉骨砕身に励行せよ」


「あ、出た出た。サイシンにレイコー」


「気に入ってんじゃん、あのフレーズ」



無事邪魔が入ること無く閉廷した。

そして幸運なことに、今も現在もゲームが再開する様子はない。

つまりはリーディスたちに話し合いの猶予が残されていると言う事だ。

これより引き続き、次イベントの打ち合わせが始まるのである。

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