第29話 Lost

 僕は……どうなったのか……


 最後の記憶はなんだったか……


 確か……そう、ハイドと一緒にリーシャに担がれて……


 階段をリーシャが駆け下りる中……不意にヘリの音が近づいてきたんだ……


 そして……そのあと……


「美洋君! しっかりしろ! 死ぬんじゃない!!」


〇〇〇


「はっ!? 痛っ」


 意識が覚醒した美洋はがばっと体を起こす。だが起こした瞬間体中に激痛が走る。


 彼の視界に移ったのは真っ白な壁。そして彼を取り囲む数人の知り合い。


「おお! 目が覚めたか! よかった! 本当によかった」

「あの……ここは……?」


 ずきずきと痛む全身に気を取られながらも話しかけてきた人物、国家情報管制室の室長である近藤に問う。


 彼は少し悲しそうな顔をしながらも答える。


「ここは病院だ。気を失う前のことを覚えているかね?」

「気を失う前……確か……」


 言われて思い出そうとする美洋。そしてじわじわと、気を失う前、ヘリから銃撃を受けたことを思い出す。


「ハイドは?! リーシャは無事ですか!」


 そして隣にいて、一緒に銃撃を受けた人物の名前を叫ぶ。


「それなんだが……」


 言いにくそうに近藤が言い淀む。その様子に見ようは嫌なものを感じ取る。


「まさか……」


〇〇〇


 ベッドの上に横たえられた体がある。体つきから言って女性のものだろう。女性では珍しく長身だ。


 そしてその顔は見えないように白い布で覆われていた。


「リー……シャ……?」


 呆然としながらも美洋はそのベッドに近づき、その白い布をめくる。周りには何人も情報管制室の職員がいるがだれもそれを止めることはない。


 白い布が取り除かれ、そこから見えたのは彼とともにいたリーシャであった。


「なんで……リーシャが……」

「単純に運だ……。ヘリからの攻撃、至近距離だったとしてもそこまでの精度があったわけない。もともと高速でリーシャは君たちを担いで下りていたんだ。熟練の飛行士でも簡単に狙えるようなものでは――」

「そういうことじゃありません! どうして! どうしてリーシャが死ななくてはならなかったのかということです!」


 珍しく感情的に起こっている美洋。誰も反論するものはいない。


「どうして! 彼女が……」

「失礼します」


 その時、その部屋の扉が開きある人物が入ってくる。


「ピノキオ……」


 扉の開いた音に反応して美洋は顔を上げる。そこにいたのはリーシャをマスターとして動いていたエルデロイドのピノキオだ。


 


「はい、ピノキオです。少々よろしいでしょうか」

「あ、ああ……」


 責められるのだろうか、と美洋は思った。リーシャが美洋たちのいるスカイツリーまでたどり着けたのはハイドとピノキオが直接、ネットを介さずに通信して居場所を伝えたためだ。

 だから、リーシャが来たのも、来たことによって死んだのも自分のせいだと美洋は……


「責めてほしいですか?」

「?!」

「責めてほしいですか、と聞いているんです。水城美洋」


 怒ったような、かといって冷静さを失っていないピノキオが美洋に語り掛ける。


「私は戦闘型エルデロイド。もとよりあなたのエルデロイド、リーシャのように感情が豊富なわけではありません。しかし言っておきたいことがあります」

「いって……置きたいこと?」


 うつむき気味だった顔を美洋はあげる。そこに映るのはもちろんピノキオの顔。


「私は戦闘型エルデロイドです。感情が豊富なわけではありません。それでも今回のマスター、リーシャの死は悲しいものです。殺した相手にも怒りがわいていますしあなたにも若干思うところはあります。しかし」


 言葉を切るピノキオ。頭の中で何を言うべきなのか高速で考えているのだろう。


 そして言葉が紡がれる。


「しかし、あなたにこの感情をぶつけても私に利はありません。私はエルデロイド、ロボットです。人に感情をぶつけてストレスを発散などということはしません。それに私は私を抑える役割をしていたリーシャが死亡したことによりしばらくの間封印されるでしょう。プログラムを書き換えられるか、体を拘束されるか、動力部分を引っこ抜かれるか。おそらくそのすべてを実行されるでしょうが……ですがその前にあなたに言っておかなければならないことはあります。私が動けなくなる前に」


 再び言葉を切るピノキオ。


「水城美洋。前を見なさい。貴方には、あなたにしかできないことがあります。それを努々ゆめゆめ忘れないでください」


 それだけ言うとピノキオは踵を返し部屋を後にする。何が言いたいのか理解できなかった。部屋を去っていくピノキオの姿を目に焼き付けながら美洋は呆然とするのであった。

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