第14話 Criminal
「首の後ろにキーボード? それで、そこにパスワードを入力すれば止まるってこと?」
ハイドの問いにリーシャは首を縦に振る。
「でも問題はどうやってそんなふうに状況を持っていくかじゃないか? ピノキオだけならハイドでも対応できるかもしれない。だけどこのショッピングモールにもともと潜んでいたであろうロボットが今ピノキオの周りには無数にいる。いくらハイドでもハチの巣にされたらたまらない」
否定的な意見をいう美洋。だが
「うーんそうでうよね……どうにかして周りのロボットの監視網から逃げられれば……」
「あ! こういうのはどう? しまってるお店のシャッターに穴を開けるの!」
「それがどういう……ああ。なるほど」
「え? どういうことですか?」
ハイドの提案に納得する美洋と混乱するリーシャ。
「ハイドの作戦はこうだろう。シャッターに穴が開いていれば罠やなかに僕たちがいる可能性を考えて周りに控えさせているであろうロボットに行わせるだろう。そうすればロボットたちはそれぞれが勝手に分断されてピノキオを守る視線の城塞がなくなる」
「で、でもピノキオを倒すだけならともかく正気もとりもどすっていうのがあなた達の作戦ですよね? 組み伏せるにはそれ以上にもっと手が必要だと思うんですけど……」
「安心していい。間違いなく先手は取れる。いいかい、エルデロイドの思考は人とほぼ同じようにできている。いや、優先順位をはっきりと決められている分人よりも思考の方向性は読みやすいんだ」
「? それとこれと何の関係が……」
「僕たちが逃げた方向にシャッターが壊されまくったお店。間違いなく彼の思考はそちらの方向にシフトする。罠だとか、僕たちが逃げ込んだとかね。そう、他の壊れた部分に目がいかないくらいには」
そう言った美洋の目線は天井のパネルが抜け落ちた部分を見ていた。
〇〇〇
天井から降ってきた少女ハイドがピノキオの視界と両腕、さらには強制コードを打ち込みやすくするために組み伏せて地面に押し倒す。エルデロイドとしての膂力があってこその芸当だろう。
そしてリーシャの方も慣れた手つきでピノキオが抵抗する前に強制停止コードを打ち終える。
「二人とも、怪我はない?」
物陰から周囲のロボットが動いていないことを確認しながら美洋がやってくる。その声に安心したようにリーシャとハイドは美洋の方向を向く。
向いてしまった。
動きが止まり、警戒が解け、ハイドの力が緩まっていたのか、それとも指令を実行するべく今前にないほどの力が働いたのか、抑え込まれていたピノキオが拘束を振り払って起き上がる。
そしてその手は拳をつくり、近くにいたリーシャに襲い掛かる。
ハイドはいまだ振り払われたばかりの空中で身動きが取れない。
リーシャも美洋の方を振り返ったばかりでピノキオの行動に気づかない、というより強制コードを打ったのだから動くはずがないと確信している。
だから、美洋しかいなかった。
「くそ!」
悪態を吐きながら美洋はリーシャに向かって手を伸ばす。手を握り引っ張ると、入れ替わるように体の位置を入れ替える。
それがピノキオの狙いだった。そして美洋もそれは予想していた。
リーシャを狙っていた拳は美洋の頭をとらえ、盛大に吹き飛ばした。
「え?! 美洋さん!!」
慌てて美洋に駆け寄るリーシャ。気を失っているのか美洋からの返事はない。そこにハイドの危険を知らせる声が届く。
「リーシャさん! 避けて!!」
その声に「はっ」と息をのむとリーシャは美洋を抱えて横に飛びのく。直後、二人がいた場所に全身でタックルをしてきたピノキオが激突する。
「今のを避けますか。元マスターなので楽に終わらせてあげようと思ったのですが」
「元……ね。すぐにそんな口をきけなくしてやる」
「り、リーシャさん……?」
突然リーシャの口調が変わる。ピノキオに対し、これまでにないくらいの怒気をぶつける彼女はハイドから見て明らかに別人であった。
「ふむ、勝つつもりですか。ですがあなたに勝ち目はありませんよ。なにせすでに店の中を捜索させたロボットたちも戻ってくる。そんな短時間に私をとめることなど」
「できる」
「?!?」
驚いた反応は誰のものであったか。突如リーシャの姿が消える。もちろん魔法ではない。高性能の眼をもったエルデロイドのハイドやピノキオは問題なく視界にとらえていた。
視界にとらえることができただけ、ともいえるが。
ピノキオが動く前に、すでにリーシャの体はピノキオの懐に潜り込んでいた。
「せいや!」
そしてそのままうピノキオの腕をつかみ、引き込むようにして一本背負いを決める。
「ぐはっ?!」
だが、リーシャの追撃は止まらない。そのままピノキオに馬乗りになり、両足でピノキオの両腕を封じると拳をにぎり、ひたすら殴る。ピノキオの方は何とかその拘束から抜け出そうと試みるが彼女の連打はそれを許さない。
連打、連打、連打。休む間もなくリーシャの拳がピノキオに突き刺さる。
そしてついに、ピノキオの銅にひびが入る。
「核、見つけた」
「く! や、やめろ!」
抵抗するピノキオ。だがリーシャはそれをものともせずにヒビを広げていく。そして中に内包されていたはずの動力源を露出させる。
「これで、おしまい!」
そして、露出されたピノキオの動力源にリーシャの拳が突き刺さり、ピノキオの眼から光が消えた。そして同時に、今まさにシャッターから出てこようとしていたロボットたちも動きが止まる。
「あ、あの……リーシャさん……あなた何者ですか……」
おびえながら、さんをつけてまで丁寧に質問を投げるハイド。
「私? こうなったとき用の戦闘員だよ」
あっけらかんと少女は答えるのであった。
〇〇〇
「それは本当かい……。で? 今ピノキオはどうなっている?」
「私が壊したのは電池の部分だけなので記憶領域等は無事のはずです、専門外なので詳しくはわかりかねますが……」
「そうか……で、結局マッドハッターの手がかりはなかったか?」
時は二十一日十一時三十分。期限まであと数十分というタイミングになっていた。現在場所は国家情報管制室。居合わせるのは美洋とハイド、リーシャ。そしてこの件を依頼してきたレイと近藤のみである。
あれから美洋が病院に運ばれ意識が戻ったのがついさっきなのであった。
「くそ……やはりあいつはもとから俺たちが勝つようになんてしてなかったのか」
絶望したような声を出す近藤。当然だ。機密情報の公開まですでに三十分を切っているのに犯人からの連絡はない。
が、
「いえ、近藤室長。マッドハッターの正体はつかんでいます」
美洋から衝撃の言葉が語られた。
「なに? それは本当か?」
近藤は驚き半分、喜び半分の声を上げる。また、彼の隣に座る、美洋の育ての親であるレイも流石にその突然の宣言は読み切れなかったのか驚きを隠せない。
「それは驚いた……一体どこにそんなヒントが……」
「ヒントはたくさん与えられていました。マッドハッターはやはりゲームをしたかったのだと僕は考えてしまいますね」
「おい! 時間がないんだ! 急いで犯人を教えてくれ! 令状関係なしに捕まえるよう国からも許可は貰っている!」
近藤がなかなか犯人のことを言わない美洋をせかす。だが、美洋は慌てない。
「落ち着いてください。対応はすぐにできます。そうですよね。マッドハッター」
その視線はまっすぐにレイ。この国家情報管制室の副室長であり、美洋の育ての母でもある天海零をとらえていた。
「え?」
「ん?! 美洋さん、そこまでは私聞いてませんよ!?」
「何だと?! 美洋君、君の実力派高く評価しているがいくら時間がないからと言って無実の人を犯人に祭り上げるのは……」
ハイド、リーシャ、近藤の順に各々が反応する。だが、当の本人、美洋とレイは黙ったままだ。
美洋が何も言い返さないので誰もしゃべらなくなる。
「正解だよ。理由を聞いてもいいかな?」
そして彼女は認めた。
〇〇〇
「まず最初におかしいと思ったのはこの部屋がハッキングを受けたという事実です。完全にアナログなデータバンクとしてしか電子が作用していないこの空間に外部からハッキングを仕掛けるのは無理がある。それはもう技術力どうこうの問題以前の話だ。そうなると必然的に内部の犯行となる」
「続けたまえ」
「れ、レイ君……君は本当に……」
「近藤室長。あと二十分だけでいいので黙っていてください」
有無を言わさぬ口調のレイにより近藤は口をつぐむ。
「はい、続けます。では内部の犯行だとしても誰がどうやって感染させたのか。一昨日調べた限りこの部屋にあるすべてのパソコンが汚染されていました。しかし問題は次、どうやってすべてのパソコンに侵入したのか。どのパソコンも当然使う個人が決まっている。それを起動するためにはパスワードにIDが必要不可欠だ。IDまでは何とかなるとしても他人のパスワードまでは知ることはできない。室長や副長でもない限り」
「なるほどね……」
「レイ君……君は本当に」
「うん、その質問には答えてもいいが私は今から情報流出を止めなければならない。少し作業に入らせてもらおう」
そう言って静かに自分のパソコンに座るとカタカタと捜査をする。ほんの二、三分で作業を終えて美洋たちの方を振り返る。
「はい、これで解決だ。もう情報の流出は起こらない。君たちの勝ちだよ」
「レイさん……。いや、マッドハッター。あなたを逮捕する」
血も涙もなく美洋はそう断言した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます