第6話 VS Trump Soldier
「ハイド!」
【分かってるよ!】
携帯の着信音が部屋に鳴り響く。普段は気にすることはないその音も、今の早瀬にはどうしても不吉な音に聞こえる。
だが、状況は動き出した。次の瞬間、部屋のディスプレイに文字の羅列が映し出される。早瀬では全く理解できないものだ。そのすべてを
支持を受けたハイドが急いで美洋の膝から立ち上がり、彼女の所有するパソコンに向かう。それを確認すると美洋もまたキーボードに向かい、なにやら高速で打ち込んでいく。
「こ、これは……?」
あまりに二人の行動がわからず早瀬は混乱する。当然だ。一般人がこのような現場に遭遇する機会などほとんどない。
「向こうにハッキングを仕掛けてます。恐らくまだ相手は僕達のことに気づいていないはずです。だから今のうちに、僕達のことに築いていない間に勝負を仕掛けます。ハイドがいればまずハッキングで負けることはありません」
【フハハハ~。その通り! 私にかかればサーバーをいくつ経由しようが何台踏み台にしようが五分で――】
美洋が説明し、ハイドもまた得意げに語り始める。
が、
ビイイイイイイイイ
突然、その声を遮るようにして警告音がスピーカーから流れ、ディスプレイには真っ赤な警告が表示される。
そしてその表示が消えたと思えば次に表示されるのは……
「ウイルス! 気づかれた!」
【嘘!? まだ二十秒も経ってないよ!】
様々なファイルが今度は美洋のパソコンに直接、夥しい数が送りこまれる。そしてその中身は当然コンピューターウイルス。いずれもが美洋が見たこともないタイプのものだ。
「なんだこれは……ハイド! 回線を切れ! このままじゃ不味い!」
【ダメ! 切れない!】
「なんだって?! ここは真希奈姉さんが設計した防衛プログラムだぞ! どうしてかいくぐることができるんだ!?」
美洋の姉、真希奈が設計した、これの意味するところは世界最高峰のエンジニアが考案したということだ。さきほど美洋とハイドが行っていたハッキングも真希奈直伝のもの。人の世では最高峰の腕に入る。
そしてそれだけではない。ハイドもまた人を優に超えた存在である。その思考速度は常人を凌駕し、その思考はダイレクトに電子の海に投影される。
何度も言おう。普通のハッカー程度でどうにかなる美洋達ではないのだ。
だが、今、ディスプレイの向こうにいる存在はそれを軽々と乗り越えた。男か女かもわからない。だが、その圧倒的な実力に美洋は身震いする。
と、そのとき。
【こんにちわ】
ハイドのものではない、電子の声が部屋に、スピーカーを音源として響く。驚く三人だったが、誰かがレスポンスを返す前に声が続けた。
【いや、初めましての方がいいかな】
【誰!?】
ハイドが驚きの声をあげる。だが、すぐに返事は来ない。数瞬遅れて返事がある。ハイド達の声は聞こえてはいないのかもしれない。
【ディスプレイの向こう側にいる者だ。今はそうだね…、トランプ兵とでも名乗っておこうか】
「トランプ兵……だと?」
突然の名乗りに美洋達は戸惑う。だが、次の言葉が発せられる。
【いやいや、驚いたよ。まだまだ私の出番じゃなかったはずなのに辿り着いちゃうなんてさ。お陰で計画もおじゃんで変更だ。第一目標を早瀨実から水城美洋に変更することになったよ】
「俺の名前を」
【俺の名前を、と、疑問にでも思ったかな? 知っているとも。日本の、天才少年。水城美洋。恵まれた環境で育ち、姉からはその分野の技術、手練手管、応用発展を学び国からもその実力を評価されている……うん、羨ましい限りだ】
やはり美洋達の言葉は向こうには伝わっていないのだろう。それでも美洋は声に出す。
「何が言いたい」
当然その間にも美洋はハイドと共にハッキングを進める。相手から返ってくるのは、
【きっと君は私のことが理解できないだろう。安心しろ、私も君のことは理解できないししたくもない。君に伝えたいことはただ一つ。死ね】
夥しいウイルスだった。
驚いてばかりもいられない。美洋は即座に対抗するべく即席で作ったプログラムで対抗。時間を稼ぎ、改めて攻めに転じる。
「ハイド! 隠蔽はもういい! 出所だけ特定しろ! 障壁やウイルスは僕が取り除く!」
【あいあいさー!】
赤髪の少女が目を閉じ、そして椅子から崩れ落ちる。思考を完全に電子の海に投げたのだ。その間にも届く夥しい数のウイルス。
美洋達の電子機器が破壊されるのが先か、ハイドが住所を特定するのが先か、渦中の人物のはずの早瀨は見ていることしかできない。
〇〇〇
時間は経つ。部屋の気温は冷房をつけているにも関わらず機械の熱で僅かに上がっている。
美洋の額から汗がしたたり落ちる。だが、彼はそれを気にもとめず、一心不乱にキーボードを叩く。
呼吸も最低限、意識も極限まで絞り集中させる。美洋は確信していた。この画面の向こうの相手は姉を知っている。だが当然この機会をのがせば姉に繋がる手がかりも消える。
いや、それだけならいいだろう。だが、今現在行われているサイバー攻撃を許してしまえば美洋の家にあるものは全てだめになるのは間違いない。
【むぅ? 意外としぶといね。間に合うかな……】
だが、相手から聞こえる声も電子越しとはいえ戸惑っている声が届く。そして、
【美洋!特定完了! 場所は……え!?】
【おや、もう特定されてしまったようだ。流石天才様は違うや。五分で終わらすつもりだったのに】
同時に届いていたウイルス攻撃も止まる。チャンスは逃がさないとばかりに美洋が口を開く。
「ハイド、場所はどこだ。早く澪さんに伝えて」
場所を報告しないハイドに違和感を覚えながら美洋は電子の少女を急かす。逃げられる可能性もあるのだから当然だろう。
だが、帰ってきた言葉で美洋も驚きに襲われる。
【近くの……ネットカフェ……】
「なんだって?」
頼んでいた人員に連絡を入れようとしていた美洋の手が止まる。何故ならハイドの言葉が何を表すかというと、ただのネットカフェのパソコンの処理速度で設備の整った美洋達のセキュリティを追い詰めた、と言うことである。
【そうとも、君達が辿り着いた結論で間違いないよ。今私がいるのはネットカフェ。その1台を借りて今回の犯行に及ばせてしまった。なに、キーボード一つしかなくてもそのボタンの数は百を超える。予め送り込むウイルスをプログラミングして四つのボタンと組み合わせれば百の四乗通り、一億種類のウイルスは簡単に準備、プログラムできる】
「何を言っている……ハイド、向こうに声を届けられるか?」
【今準備してる! できた!】
【何を言っている】、これが美洋の率直な感想である。一億もの種類のボタン配列とウイルスを覚えきるなど人間業ではない。
「おい、トランプ兵、聞こえるか」
【安心しておくれ。この私でも流石に即興で一億もの攻撃パターンを覚えきることなどできないよ。精々がその半分の五千万……おや?! 聞こえているとも! 思ったより言い声じゃないか】
「水城真希奈を知っているか? 今回の事件の犯人はお前でいいのか」
相手の無駄話にはもう触れずに美洋は最重要案件を切り出す。
【やれやら、質問が多い男は嫌われるよ。しかし、水城真希奈か……クハハハハハハハハ】
「何がおかしい」
突然、狂ったように笑い出す相手に、若干の気持ち悪さを覚えながらさらに問う。
【水城真希奈を知っているか? これほどの愚問はこの世にないだろうよ! 彼女は有名人、プログラムやハッキングに関わる者で其の名を知らない者はいない……っと、そういう質問じゃないね。うん、質問に、丁寧に答えてあげよう。知っているとも! 君よりもずっと! 敬愛しているとも! 我が師のように! 信仰しているとも! 神以上に! 彼女が死ねと言えば死ぬ、生きろといったなら生きる! それが我ら【マッドティーパーティー】の最低条件だ!】
「マッドティーパーティー……?」
【後半の質問に答えよう! 今回の事件の犯人、というのは恐らくそこにいるであろう早瀨氏を陥れた横領事件と藤原氏の殺人の事件のことを言っているのだろうね! 正解だとも! なに、ピストル一つあれば人なんて簡単に殺せるんだ。不思議に思うことはない。まあ、本当であれば二人とも自殺してもらう予定だったのだけどね。そこは要改善だ】
「そうか……。じゃあ最後だ。他のことは警察にでも調べて貰うが……SNSに投稿したのはお前か? 俺の姉のアカウントを乗っ取ってまでして」
一番気になるところ、今回、美洋が事件に首を突っ込む原因となったSNSの投稿について尋ねる。美洋はこの声の相手がそれもやった可能性を考えていたが……
【ん? いや……? それは知らない……あ~~! あの性悪! まじで性格捻くれてるな! 今度ウイルスぶち込んでやる! そういうことかよ!】
突然声を荒げ出す相手。そしてケタケタと笑い始める。
【あーはははははは。いや、まじで傑作だね。あ~、笑い疲れたよ。まあ、一応言っておくと私ではないかな】
「そうか……なら」
【おっとすまないね。君達のお迎えが来たようだ。随分早いね~。全く嫌になっちゃうね】
「おい待て! まだ話は!」
【バイバーイ】
通話はあっさりと途切れる。
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