Who are you?
第2話 Dummy News
「話にならん!」
がちゃん、と派手な音を立てながら、机の上に置かれていたカップが床に投げつけられ、割れる。
正面にプレゼン用の大きなプロジェクターが置かれた会議室で、部屋の主が叫ぶ。その経営手腕で経った一代の間に技術屋から日本有数のIT企業の社長にまで成り上がった男である。
だが、彼は今、経営者としての自信も、技術屋としての誇りも捨て去り、自分で用意させたカップを自分で割るという醜態を晒していた。
「ですから、脱税、威力業務妨害、名誉毀損。以上の容疑が貴社にかかっています」
目の前にいるのは線の細い、長身の青年だった。年は二十か、それより少し若いくらいだろう。高校生と言われても納得してしまえる幼さを残した顔立ちだ。服装も目の前の男がスーツを着ているにも関わらず彼の服装はジーパンに安物のジャケットという随分とラフなものだった。
だが、その言動に感情はない。淡々と、事実だけを述べていく。
「言い逃れはできないと思いますので大人しく自供してもらえると助かります」
「その証拠がどこにある! 私はそんなことをした覚えは――」
【はーい! 嘘はダメですよ~! ダメダメですよ~!】
「誰だ?!」
男が驚くのも無理はない。自分と、目の前の青年しかいないはずの会議室。そこに突然少女のような声が響き渡ったのだ。
声の音源、会議室の扉の方に目を向けると中学生のような身長をした燃えるような赤髪に水色の服に身を包んだ少女が室内に入ってきたところであった。まるでここが日本ではなくオズの魔法使いの国に迷い込んだかのような……。
「今は関係者以外は立ち入り禁止のはずだぞ」
険悪な声で男が注意するが少女はどこ吹く風。彼と対峙する青年の横の椅子に腰かけるとUSBを男の前に投げつける。
「なんだね? これは」
【いいからいいから! そこにパソコンにつないで、そしてみんなでスクリーン鑑賞しよう!】
人の声、というには少し違和感がある少女の声に、一抹の不安を覚えながらも男はパソコンにそれを差し込む。ウイルスが入っているかもしれないがオフラインのパソコンなので問題ないと割り切る。今はそんなことよりこの不気味に黙っている目の前の青年を追い返すことが男にとっての最優先事項だ。黙って言われたことをするべきと判断。
だが、USBに入っていたフォルダを開いた瞬間、男の顔色は真っ青になり、マウスを握っていた手も震え始める。
【ん~? どうしたのかな~。私達に見せられないのかな~。あなたが動かないなら私がやならきゃね。レッツ鑑賞会!】
そう言うや否や、少女はパソコンに手をかざす。パソコンが勝手に動き始め、会議室にあったプロジェクターとの連動を行う。
そしてそこに映ったのは男が顔を真っ青にした原因、会社の不正を行った証拠が山のように示される。
「な?! 手をかざしただけで……。まさか
【まどろっこしい言い方は嫌いですよ~。私にはハイドちゃんっていう可愛い名前があるんです~!】
快活に笑いながらにこやかな笑顔を浮かべる赤髪の少女。だが、すれ違いざまに見たならば間違いなくふり返ってしまうような笑顔を見せられても男の冷や汗が増すばかりだ。
男の知識が正しければ
だが、続く少女の合成音声に男はさらに驚くことになる。
【あと付け加えておくと私はまだまだ成長途中なので完成形には程遠いで~す! この子の方が上じゃないかな?】
「ハイド……話が逸れるから黙っていてくれないかな」
「なんだと……」
青年は鬱陶しそうに少女をたしなめ、少女はむっと顔をしかめながら無言で青年に抗議の視線を送る。
だが、男はそれどころではない。自社の、自身も設計開発の関わったセキュリティー網があっさりと抜けられた。これが自身も上位の存在と認める人型情報端末ならば、まだ理解できる。だが、それをなしたのが目の前の、それも年端も行かぬ青年であるということに眩暈を覚える。
青年が視線をハイドから男に移す。蛇に睨まれたカエルのように男は目を逸らすが逃げ場はない。
顔を背けた男に青年は声をかける。
「もう分かったでしょう。言い訳は無用です。このままだと貴方が有罪になるのは間違いない。だけど僕も鬼じゃありません。一つ、条件をのんでくれたら考えないでもない」
「じょ、条件……?」
わらにも縋る思いで男は青年に顔を向ける。相変わらず青年の感情は読めないが、彼の言葉に耳を傾ける。
「僕の姉、水城真希奈の遺産を知っていますか?」
〇〇〇
青年が無表情のまま建物から出てくる。だが、無表情でありながらもどこか残念そうな雰囲気を漂わしていた。
そしてその横には、彼の胸ほどの身長しかない赤髪の少女。こちらも残念そうな雰囲気を出してはいるがその笑顔は絶えない。
と、その時、彼の持つ電子端末が震え、電話の呼び出し音が鳴り響く。いやそうな顔をしながらも青年は渋々通話ボタンを押す。
「はい、こちら水城――」
【水城
唐突に、凛とした声が電話口から響く。声の主は大人の女性であった。だが、口調こそ厳しいものの、そこに怒りなどといった感情は含まれていない。
「分かってますよ。レイさん。僕がやっていいのは悪事を暴くことだけ。与えられている権利は有事の際の犯罪行為は認可される、というものでしょう?」
【そうだ。水城美洋。国家に害を為す、いわゆる犯罪者、とりわけ君はサイバー犯罪人を裁くことを特別に許された法執行官の一員だ。だが司法取引の権限はない。嘘でも見逃してあげる、など言ってもらっては困る】
電話の主が怒っているのは先ほど青年、水城美洋が経営者の男に対して【姉の遺産のことを話せば罪は軽くなる】という司法取引のような話を持ち掛けたことだ。男が知らなかったためそのまま美洋は自分の仕事を全うしたが。
「大丈夫ですよ。さっきはこの建物内の全ての電子機器をジャックしてから交渉してたのであの会話を記録で来ていたのは僕の端末だけです」
【そういう問題ではなくてだな】
「すいません、切りますね」
【こら! まだ話は――】
女性の声はまだ聞こえていたがそれを無視して青年は通話終了ボタンを押す。ハイドがその紫紺の瞳で美洋の顔を覗き込みながら話しかける。
【また怒られちゃったね】
「いつものことさ。全くいい加減レイさんには諦めてもらいたいよ。僕は真希奈姉さんの遺産さえこの手に取り戻せたら今の仕事なんてどうでもいいんだから」
【はぁ、レイさんも美洋みたいな子供の面倒を押し付けられて大変だね~】
「大変なのは同意するが一部訂正を要求。押し付けられたんじゃなくて向こうからやってきたんだ」
【それもそうだね~】
今の仕事、というのは先ほどの会話にもあったように多少の犯罪行為を特別に認める代わりに、国が手を出すことの難しい案件を片付けるというものだ。レイという女性は美洋の上司であり、同時に彼の母親のような存在でもあった。
三年前、ロボット工学の権威でもあった彼の姉、水城真希奈が何者かに殺害され、その研究データが損失するという事件が起こった。その際、もともと姉と二人きりで生きてきた美洋は遺産相続による金はあっても生きる術を失うことになった、そこを助けてくれたのが姉の知り合いでもあった天海
会話が止まる。納得したように頷きながらハイドは美洋の正面から右側に移動する。彼の右手にしがみつくとそのまま歩き出す。美洋も慣れているのかそのまま歩き出す。
【でも、今回も外れだったね】
「そうだな」
二人の声に影が差す。二人の目的は美洋の姉、水城真希奈の残したと言われている遺産を捜すこと。
水城真希奈の遺産。彼らが探すこれは一般的に言う故人の残した財産を指しているのではない。勿論世紀の天才、水城真希奈。その財産は天文学的値段であり、そのすべては唯一の肉親である水城美洋に相続されている。
だが、彼が探しているのは金ではない。もっと別の何か。世界を変える、とまで言われているブラックボックスである。それ故に姉の遺したものが犯罪に使われたりすることを懸念してのことであった。
そのために彼らは日夜、怪しい組織を調べては徹底的に観察し追いつめる、ということを繰り返していたのであった。今の法執行官としての資格を取る前も実はあまり変わらない。
【それじゃあ、美洋、次捜す?】
「そうだね。頼むよ」
美洋がそう言うとそのまま目を閉じるハイド。彼女は人の形をしているが立派な情報端末だ。こうして目を閉じている間、彼女はネットの、電子の海に潜ることができる。
美洋は右手にしがみつき、歩行を彼に任せきりにするハイド。そんな彼女を引きずるようにしながら、美洋は空いた左手で電子端末をいじる。彼が何気なく見つめるはSNSのニュース欄。数あるそれらを適当に眺めていた美洋だが、あるニュース欄でタップする指が止まる。それと同時に右手をゆすりハイドを起こす。
【ん~? どうしたの……ってこれ!】
美洋の端末を覗き込んだハイドも驚きの声を上げる
「手間をかけさせたけどすまない、ハイド。次のターゲットはこの会社だ。徹底的に調べるぞ」
二人が見ていたニュースはとある人物が記事として投稿したものであった。その名前は【Makina//mzsr】
美洋の姉、水城真希奈のアカウントであった。
「なんで……真希奈姉さんのアカウントが動いてるんだ……」
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