アクロニムの淑女 ~ハイドサイド~

@ono_haruka

第1話 Ledy Device

「そうか。ボクの作ったジキルとハイドを奪いに来たのかな? いや、そうだろう。この子達の演算結果通りならそうであるはずだ」


 白衣を身にまとった女性がパソコンの画面から目を離さないまま言葉を発する。水城真希奈。ロボット工学、その中でも特にアンドロイドの研究の権威である。その若さにも関わらず多くのプロジェクトに関わり、成功を収め、今に人間と変わらぬ人工知能、ひいてはアンドロイドを作ると期待されている人物だ。


「動くな、そのままこちらを向け!」

「その台詞も演算通り、いや、台本通りとでも言うべきか。彼女達の計算の答え合わせが出来て嬉しいよ」


 背後からかけられた野太い声に彼女は笑いながら従う。そこには動揺も怯えも全く見られない。

 黒く鈍い光を放つ人を殺める為の道具。それを向けられながら真希奈は恐れる事なく、人を殺める道具とそれを持つ人物を見つめるのだった。


「銃は凄いよね? 単純な機構だけど、それでいて完成している。引き金を引く、その一動作だけで人を殺す事が可能とはね。人を殺すというスタンスにおいて簡略化できる良い道具だろう」


 今やその良い道具・・・・が目の前にあるのだが、それにもかかわらず、彼女は他人事のように話し続ける。


「お前の研究成果を渡せ」


 真希奈を襲った人物の要求。それに真希奈は自分が主導権を持っているかのように自分のデスクにあるノートパソコンに触れた。


「動くなと言っただろう! エルデ・・・と、そのは何処だ?」

「かのルイスキャロルは、不思議の国のアリスという即興の物語を作った。それは、その時々で新しい要素が付け加えられ、最終的にはそれをまとめたものを書籍としたんだってさ。ボク達が扱う、プログラムみたいだね? あれは一つ一つだとなんの意味ももたないコンピューター言語、まぁ異世界の言葉と言ってもいい」

「黙れ!」


 銃という圧倒的な暴力を持っているハズの相手は動揺を隠し切れない。彼女は異常だ。自分の命を奪いに来たであろう相手に、さも自分の講義を聞きに来た生徒のように受け入れ、語りだす。


「まぁ、聞きなよ! 君は彼等の、その心を奪いに来たんだろぅ? その時点で君は不思議の国に迷い込んだ! ここはもう彼女達の腹の中……エルデの心は何処かなぁ? 上かな? それとも下か--」


 彼女の言葉は途中で途切れた。

 ズガン、と一発、大きな発砲音が、機材のせいで狭くなった室内に響き渡る。

 悪戯っぽく笑う真希奈に暴漢は耐えきれなかったのだ。この女と話を続けていたら頭がおかしくなりそうだと……彼は真希奈の命を奪う事を選んだ。

 真希奈は血の滲む胸部を確認すると一瞬真顔になるが、すぐに取り繕うような笑顔を浮かべゆっくりと崩れ落ちる。


「……あの子……泣くかな?」


 そう呟くと彼女は静かに目を閉じた。


〇〇〇


 その日、世界が嘆いた。世界を急速に変えるハズだった人間がたった一人の暴漢により、人類史から失われたという事に。

 そして、彼女の遺産の行方について様々な憶測が電子の海に広がっていった。


〇〇〇


 予定時刻を迎えたことを確認。プログラム再起動を実行。

 失敗、IDとパスワードを入力する必要あり。

 該当情報を検索。該当無し。人物【水城真希奈】の思考回路を推測し、そこから予測する。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。成功。

 ID入力【WonderLand】。 

 パスワード入力【●●●●●●●●●●●●●】

 入力完了。

 機体【ハイド】再起動。

 ……再起動を確認。第一行動を開始。

 目標●●●。行動開始。

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