或る猫の噺

蒔田舞莉

或る猫の噺

 ちょいとそこのお兄さん。

 あっしの話を聞いちゃあくれないかい?

 にゃっはっは、そう驚きなさんな。今は丑三つ時、猫だって喋れるようになるのさ。

 夜が明ける前に話し終えるから、ちぃとばかり時間をおくれよ。

 良い?そりゃありがたい。

 さて、そうさなぁ。まずは自己紹介といこうか。

 とはいえ名前なんぞないんだけどね。なンせ野良だから。しかしそれも不便だし、そうだ、黒とでも呼んどくれ。ほれ、見事な黒毛だろう?安直?うるせぇやい。

 こほん。

 え、さっさと本題に入れ?せっかちだねぇ。女に嫌われるぜ?余計なお世話?はは、そりゃそうだ。

 まァダラダラしてても仕方ねぇや。ほんじゃま、始めさせてもらおうかね。


 つい先日のことさ。

 猫、っつうのはまあお兄さんみたいな人間から見りゃあのーんびり苦労知らずで暮らしているように見えるだろうがね、実際はそうでもないんだこれが。

 餌をくれる人間もまァいるにゃあいるんだが、毎日ありつけるわけじゃあない。しかもそういうとこは力の強い奴が幅を利かしとる。つーことでその辺の鼠やらを狩ろうにも、人間は見つけ次第処分しちまうだろ?あっしみたいなのは食うや食わず、なんてご大層なもんじゃないがそれなりに苦労しとるんだ。

 ところで、最近ここで一匹の雌猫とな、ちっさいちっさい子猫が殺されてたんだ。ありゃあ間違いなく人間にやられていたね。猫やら犬やらじゃああはならん。

 あっしの、大事な大事な家族だったんだ。狩りから帰ったら、もう冷たくなっとった。

 許せんかったね。なんとしてでも、やった奴を見つけてやろうと思った。したらな、同情してくれた仲間が教えてくれた。聞いとったんだ。助けられんですまんかったと何度も謝ってきた。別にそいつのせいでは、ないのにねぇ。

 そいつが言うにはね、その人間はこう言いながらあっしの嫁と子供を嬲ったそうだ。「てめぇらは楽でいいよなあ!人間はこんなに苦労してんのによ。糞、糞。死んじまえ」ってな。

 ……おや、お兄さんや。随分と顔色が悪いな。なにか、思い当たることでもあったのかい?

 こらこら、もう少しで終わるんだ。もう少し付き合っとくれ。話を聞いてからでも遅くはないはずだ。あっしは猫で、お兄さんは人間なんだからね。

 さて。

 やった奴はね、見つかったんだ。野良猫の繋がりはすごいよ。皆総出で探してくれたさ。なんせ次は自分とこかもしれんのだから。

 けどな、相手は人間なんだ。戦って勝てるか。いいや、火を見るより明らかさ。勝てるわけがない。絶望したよ。食事だって、食べられなかった。生きることが、億劫になった。

 だから、だからな。

 あっしは死んだんだ。

 死んだんだよ、お兄さん。

 なのに、目が覚めたらここにおった。

 無念を晴らせと、神か仏が言ってくれとるんだろう。

 ああ、無駄だよ。お兄さんはあっしを殺せない。死んどるんだから。

 あっしらには天国も地獄もないが、人間にはあるんだろう?

 できれば、地獄にいっとくれ。それで満足はできんが、少しばかり憂さがなくなる。

 お兄さん、アンタはな。

 アンタが殺した猫の家族に呪い殺されるんだ。あっしらの無念を特と味わって、苦しんで死ぬがいい。



 おや、見られてしまったかい。

 なぁに、ここで起こったことは夢、そう、全部夢さね。

 ……もし、覚えてくれていたなら。

 そこにな、猫の死体がある。三体だ。無理にとは言わんが、少しでも思うところがあるんなら、どこでもいい。三匹一緒に、埋めとくれ。

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或る猫の噺 蒔田舞莉 @mairi03

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