第2話 リタとお子様
「失礼します。」
ある日の昼下がりのこと。俺、中央区第2部隊作戦参謀 桜坂理太郎は上官であり中央区第2部隊の隊長である篠宮正樹大佐の部屋に呼ばれていた。
「おお、来たか。リタ。」
リタ―俺をこのあだ名で呼ぶのはごく一部だ。あと、大体頭おかしいやつばかりだ。
「なんでしょうか。」
大体、篠宮大佐に呼ばれる時は小言を言われるか、面倒ごとを頼まれるか、息子の反抗期の愚痴か、嫁自慢である。つまりロクなことがない。
「実は…お前に頼みたいことがある。」
歴戦の戦いでつぶれた右目、頬の刀傷を持つ上官が人を殺すような目つきでこちらを見る。
こわ…。見られるだけでパワハラじゃん。
「リタ。来週の月曜日に国立小学校の社会科見学があるのは知っているか?」
「はあ、もちろん。」
軍もお役所の一つ。未来ある子供たちの見分を広げる為に年に一回、小学3年生が一日この政府軍中央区支部に社会科見学に来る。といっても案内するのは人事課や総務課の職員で私たちはオリの中のパンダのように子供たちに仕事をしているのを見ていただく。ちなみに私はその日は子供たちが入れない機密情報を保管している部屋に籠る予定だ。
「お前には、午後に行われる特別授業の講師をしてもらいたい。」
「は?」
社会科見学には昼食の後に、2時間ほど職員からこの政府軍についての簡単な講義を行う。1時間はあらかじめ作成されているアニメーションビデオを、残り1時間は現役で最前線で働く軍人からの体験談を含めた講義や小学生からの質問を受け付けたりする。大体は華やかな経歴を持つ部隊長が行うはずだ。
「毎年、部隊長が講師をしています…よね?」
「ああ、去年は第4部隊隊長の鈴木大佐だった。今年は第2部隊の私が担当なんだが、問題があってだな。」
「問題ですか?」
「総務課のさおりちゃんに言われたんだ。」
誰?名前で呼ぶなよ。
「顔が、怖いと。顔が怖くて子供が泣くって。保護者にクレームが来るって。」
「ああ…。」
確かに10歳そこらの子が、いきなりこの顔見たらショック受けるかあ。
「大佐が講師になれない理由は理解しました。ですが、その場合は梅木中佐に任せるのが最適では?」
梅木中佐は篠宮大佐の副官。第2部隊副隊長である。妙齢の女性で女優顔負けの美形だ。
「梅ちゃんね。僕もそう提案したんだよ。だけど梅ちゃんもダメって言われたんだ。」
「なんでですか?」
梅木中佐は軍学校で講義もしている女傑。適任だろう。
「梅ちゃんは刺激が強すぎる。」
「刺激?」
「リタ、梅ちゃんってどんな格好している?」
「梅木中佐の恰好は…あ。」
梅木中佐は軍服が「胸が窮屈なの」との理由で独自の着こなしをしている。ジャケットは締めず、中に来ているワイシャツをヘソが見えるくらいまで開けている。開けた胸部はブラジャーもつけておらず谷間がしっかりと見える。だけど一度もポロリしたのを見たことない。以前諸墨との考察の結果、ワイシャツに糊のようなものを付けて肌に密着させているとの結論が出た。
確かに刺激が強い。確実にPTAに怒られる。
「その一時間くらい、中佐にちゃんと服着てもらいましょうよ。最悪、軍服じゃなくてもいいじゃないですか。」
エプロンとか着てもらって朝の子供番組のお姉さんみたいな。
「それも考えたけどさ…。あのHカップはあるだけでPTA案件さ。」
「ええ…。」
PTAこわ。というか大佐はなんで中佐の胸のサイズ知っているの?セクハラ?
「じゃあ、諸墨はどうですか?あいつ顔だけはスーパー戦隊の隊員みたいですよ。」
あの顔はお母さんに喜ばれそう。PTAの心を鷲掴み確実。
「リタ、左之助が一時間も話せるかい?原稿を用意しても朝礼がまともできない子だけど。」
「…確かに。」
反論の余地がない。
だけど、いやだ。子供の前で明るい笑顔で講義とかできない。まだ半分寝てる軍学校の生徒相手の方が良い。
子供のあの生き生きとした表情見るだけでしんどい。
あの無邪気ゆえの空気の読めない場違いな質問とかこっちが恥ずかしくて死にたくなる。
いやだ、やりたくない。
「リタ、頼む。講師を引き受けてくれ。これは命令だ。」
「うう。」
俺はただの一介の軍人。上官の命令には逆らえない。
くっそ、ここまでか。
「分かり…ました。」
社会科見学当日。中央区支部は支部長の「なるべく笑顔。君たちは今からテーマパークのスタッフだ。」という謎の命令のもとぎこちない華やかさに包まれてた。
「桜坂少佐。本日はよろしくお願いします。」
そう言われて総務課の女性にお茶を差し出された。
ここは普段、大規模な会議とかに使われる大講堂。その控室。部屋には小さいテレビが設置されており大講堂の様子が見える。
昼食を終えた子供たちが順番に大講堂に集まり始め、先生の指示を聞いている。
はあ、いやだなあ。
既に原稿は用意してあり、それを読むだけなんだが、それは30分だけだ。
残りの半分は目玉コーナー、「軍人さんに質問しよう」である。
前回講師をした鈴木大佐から、ある程度どんな質問をしているか聞いている。
大丈夫、答えられるはずさ。
原稿を読んでいると講義の時間が始まり、先ほどお茶を出してくれた総務課の職員が大講堂のステージに立った。
「皆さん。食堂のご飯は美味しかったですか?午後はお勉強の時間です。最初は私たちが作ったアニメを見ながら政府軍やみんなが生きている世界について学びましょう。その後は、現在最前線で働いている中央区第2部隊 桜坂理太郎少佐から特別授業をしてもらいます。質問コーナーもあるのでビデオや授業を聞きながら桜坂少佐に聞きたいこと考えてくださいね!」
考えなくていい。お昼寝でもしてくれ。
アニメが始まり、画面に映し出された軍服を着た猫のキャラクターが話し始めた。猫の隣には2頭身の少年がいる。
原稿みても緊張するだけだし一緒にみるか。
『やあ、みんな!僕の名前はネコ大佐!政府軍が普段、どんなことをしているか皆に知ってもらうのが役目なんだ!これから僕とヒロシ君と一緒に政府軍のことを勉強していこう。
よろしくね、ヒロシ君!』
『うん、よろしくネコ大佐!』
この猫、俺よりも階級上なのか。厳しい世の中だ。
『まずは皆の住んでいるこの世界についておさらい!ヒロシ君、この世界は5つの大きな地域に分かれているんだけど、名前全部言えるかな?』
『うん!北区、南区、西区、東区、中央区だね!』
『大正解!大昔、この5つの地域はそれぞれ別の国だったんだ。約200年前、統一戦争っていう戦いが起こって5つの国は1つの国になったんだ。』
『そうなんだ~!戦いってことはどこかの国が勝ったの?』
『ううん。どの国も人が生きていけるギリギリの生活になってしまって、それぞれの国王が話し合って戦争を止めたんだ!』
実際は各政府の役人たちによるやり取りが行われてた。誰が長になるのか、政は?インフラは?交通は?長く綿密な様々な思案が張り巡らされた会議が続けられたとか。ネコ大佐のいう話し合いは10年にも及んで、やっとのこと一つの国になった。
『その当時、各国の軍人さんたちが集まってこの世界を守る統一の軍を作ったんだ!それが政府軍の始まりだよ!軍人さんたちお互いを傷つけることから、皆の生活を守るお仕事に変わったんだ。』
『そうなんだ!でも、ネコ大佐。戦争が無くなって平和になったんでしょ?軍人さんはお仕事無くなったんじゃない?』
『ううん。政府軍はあるものと戦い続けているの!それは影物(カゲモノ)って呼ばれる怖―い生き物さ!』
『カゲモノって聞いたことある!お母さんに街の外にはカゲモノがいるから気をつけなさいって言われた!どんな生き物なの?』
『その前に、ヒロシ君の体について話そうか。ヒロシ君や皆には“陽の力”と呼ばれるエネルギーを持っている。その力は、暗いところを明るくしたり、怪我を治すお手伝いをしたりするんだ。皆はまだ子供だからうまく使えないけど、もうすこしお兄さんお姉さんになったら勉強して陽の力を使いこなせるようになるよ!』
『そうなんだ。楽しみ~!』
勉強して…というのはエネルギー回路を学ぶということ。専用の素材の上にエネルギー回路図を刻み、陽の力をそこに注ぐ。そうすればネコ大佐のいうような力を使える。
個人差や適性もある。明かりをつけるのが得意な陽の力を持つ人や、怪我を治すのが得意な陽の力を持つ人といった具合に。
『その陽の力と対するのが影の力。それを持っているのがカゲモノなんだ!カゲモノは攻撃的で人間や動物に襲い掛かったり、嵐や竜巻といった異常な気象現象を起こしたりするんだ!全身は真っ黒で煙のようで人や動物に近い形をしている!彼らは人気の少ない森や海を住処にしていることが多いの!』
『怖いね。カゲモノとは仲良くできないの?』
『それはとっても難しい。僕たちのご先祖様の時代から頑張ってみたけど、彼らは会話もできないし僕たちと交流もできないんだ。』
『そうなんだ…。』
『いつか仲良くなれる時がくるといいよね。…で、そのカゲモノから僕たちを守るのが、政府軍のお仕事の一つなの!政府軍にはいろんなところにいて僕らの安全を守ってくれてるよ!』
その後は、各部署の紹介や軍の一日などの内容へ変わった。ネコ大佐、説明がうまいなあ。
「桜坂少佐。そろそろお時間なので、舞台袖へ。」
呼ばれて俺は舞台袖へ向かった。
舞台袖からのぞくとアニメを見終わり、子供たちが10分ほどの小休憩を取っていた。
しばらくするとブザーが鳴り子供たちが着席を始める。
「それでは、桜坂少佐の特別授業です。皆、拍手で迎えてください!」
拍手が始まったのと同時に職員に背中を押され、俺は舞台へ歩き始めた。
子供たちの視線が一気に俺へ向く。
うわあ、見ないでくれえ。
舞台の真ん中に設置された机に原稿を置き、マイクを預かる。
「こんにちは!私は、政府軍中央区第2部隊に所属している桜坂理太郎です。これから1時間よろしくお願いします。」
今年一番の笑顔とさわやかな声を出した。明日からしばらくは無表情無言の生活になるだろう。
前半の俺の体験談を含めた授業は恙なく行えた。時々、子供たちから感嘆の声も聞こえたので反応はまずまず。
問題はこれからだ。机にあった水を一気に飲み干す。
俺の話が終わると、先ほどの女性職員が現れた。
「桜坂少佐の話、とっても面白かったね!それでは最後に質問のコーナーです!桜坂少佐に質問したいことがある人は手をあげて大きな声で質問してみてください!」
ざわざわと子供たちの話し合う声が聞こえる。
来い、受けて立つ。どうやったら軍人さんになれるんですか、か?軍人さんは早寝早起きですか、か?軍人さんは怖い人ばかりですか、か?どれだ…。
「はーい!」
ざわめきの中、赤いTシャツを着た少年が元気よく手を上げる。
「赤いTシャツの君!質問どうぞ!」
「お兄さんの好きな食べ物はなんですか?」
…ん?
好きな食べ物?俺の?俺の?
「あ、えーーっと、かつ丼ですかね。」
これで良いのか。少年もありがとうございましたって言ってるし。
俺の戸惑いを無視して、次の質問者が現れる。
「お兄さんは好きな遊びはなんですか?」
あ、そ、び?
え…俺ってなんの遊びが好きなんだろう。
遊びって暇つぶしってことだよな。
暇つぶし、暇つぶし。
「ええー…、よくやるのはラーメンのスープに浮いた油を一つにまとめて大きな円にすることですね!」
シーン。講堂が一気に静寂に包まれる。
ああ、やってしまった。
この場合、答えは鬼ごっことかかくれんぼとか、せめてテレビゲームだった!!
なんだ、スープに浮いた油を一つにまとめて大きな円にするって!
暗い!暗すぎる!
「さ、桜坂少佐は忙しいから、かくれんぼとか鬼ごっこはなかなか出来ないみたい!ほかに質問がある子はいるかな!」
職員のフォローが逆に辛い。
「…はい。」
静寂の中、女の子が控えめに手を挙げた。
「お!そこの子、質問どうぞ!」
「はい。あの、私はクラスに好きな男の子がいます。その子に私のことを好きになってもらうにはどうすれば良いですか?」
う、ん?
好き?
それ以降の記憶はあまりない。
気づいたら自分の執務室に戻っていた。翌日、篠宮大佐からPTAからクレームが入ったと伝えられた。
俺はどうやら、あの子の質問に「私の上司の梅木中佐を真似してみたらどうでしょう。ようは胸をはだけだしてみるってどうですかね。」と答えたらしい。その発言を全て言う前にあの司会をしていた職員が上手くかき消したらしいがどういうわけか一部の保護者にバレてしまいPTAから今後は講師の発言に注意してもらいたいと言われたらしい。
いっそ殺せ。
「さおりちゃんが途中から、リタの目がぐるぐるしてて危ないとは思ってたんだって!さおりちゃんのフォローが無かったら大変なことになってたよ~。」
「そですね。」
「リタくんが女の子可愛い悩みなんて答えられるわけないわよね!しょうがない、しょうがない!」
「ああ、はい。」
「大佐、中佐!リタが授業の反動で、いつもより無口でロボットみたいになってます!どうにかしてください!!」
「はい。」
「むりよ、さのっち。しばらくはこうだから。このリタくんロボットは執務室に置いておきましょう。リタくん、ハウス!」
「分かりました。」
「リタ~~!!」
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