第3話 月輪熊

「ここまでがこの史書、『セゼーヌの日記』に記されている第一章」

 ロングヘアの綺麗きれいな女性が本を閉じながら言う。比較的ひかくてき人間に近い外見だが、彼女は日本猿だ。元々人間は猿が進化したものだし、姿が似るのは仕方がないだろう。強いて違いを言うならば、人間より体が小さいことだ。


『セゼーヌの日記』とは、千年前にセゼーヌという兎が洞穴ほらあなの壁や石に傷をつけて記した、随筆ずいひつのような物だ。彼女の命の危機から始まり、今の動物社会に至るまでを記した物。近年、学者が解読し、いくつかの巻に分けて本になった。

 本になったと言っても一般に広まったのではなく、史書として一冊ずつまとめられただけだ。読むには公共図書館で読むか、今のように教材として取り扱って講義を聞くか、どちらか。


 話は変わり、自分の話をしよう。

 僕はシュバル。日本野兎で、件のセゼーヌの子孫。……らしい。母から聞いただけだ。


 話はセゼーヌの日記に戻り、どういう訳か彼女を第一人者として、山の動物達は進化した。……たった千年で。

 石を薄くし、傷をつけてまとめ、本にする技術を身につけた。

 むれを作り、戦う力を手に入れた。

 そして、たった千年でよくぞ。と称えるべき進化が見た目の進化だろう。

 直立二足歩行となり、骨格等の構造が人間に近くなった。あれ程憎んだ人間に姿を似せたのは言うまでもなく、人間を倒す為に人間と同じ動きをする為だ。

 体の大きさはそれ程変わらなかったし、骨格の変化のせいで尾が無くなったり、縮んだりしたが、これ程の進化を千年でやってのけた。この千年間の祖先達は、他に言葉がなく素晴らしいと思う。

 その中のでも最も変わったのは月輪熊ツキノワグマだろう。

 体が大きく筋肉質だった彼らは、わずかながら体を小さくし、メスは華奢きゃしゃになった。それでも古来よりの力を持つ彼らは、人間との戦いにおいてとても重要視されている。

 小動物も大きな進化をした。

 兎は元々20〜50cmだったのが、二倍近い80cmまで大きくなった。猿も二倍の1mになった。栗鼠りす等のねずみ達も二倍まで進化。鳥類に関しては中型のものでも人間サイズだ。

 もう一度言う。たった千年でよくぞここまで進化した。


 そんな僕の身長は92cm。大きい方だ。

 兎の中では大きい方の僕に、更に大きい物が話しかけてきた。

「あのう……。シュバルくん?」

 体格からは想像出来ない、か弱い声。月輪熊のマイナだ。

「なんだマイナ」

「次の授業、戦闘基礎バトルでしょ? 私……体に似合わないで戦うの苦手だから……さ」

「ペア組んで教えて欲しい、か?」

「そう! お願い出来るかな?」

 僕の二倍以上ある体で、ショートヘアが可愛らしい熊はらしくない事を言う。

「別に構わないが。なぜ僕なんだ?」

「だってシュバルくん、戦闘得意でしょ?」

「そこまでじゃないぞ」

 確かに先生には「素質がある」だとか言われる 。しかしそれは、兎ならではの身のこなしを利用したものであり、力のある熊が使えるような戦術ではない。

「僕なんかより、他の熊に頼めばいいんじゃないか?」

「みんな「クマ科の恥」だって、言って……」

「ああ」

 確かにあの、力に溺れた連中なら言いそうだ。いつも僕達小動物を嘲笑しているし、同じ熊が弱小チームと同レベルなら馬鹿にするのも、まあ当然と言えるだろう。

「分かった。僕に出来る限りの事はする」

「ありがとう!」

 笑顔で礼を言い、マイナは女子更衣室に入って行った。


 因みにこの施設、学校も進化によって出来た物だ。倒木を活用したり、新たな木を沢山植えて壁にしている。公共施設はこの容量で作られているが、それぞれの巣は昔と同じく、穴を掘るだけになっている。

 学校では動物間の言語、山の知識、歴史を学んだり、人間との戦いに備えて訓練したりしている。義務ではないし、将来政治家や軍隊を目指す動物が大半だが、社会的地位を求めて親に通わされる動物もいる。マイナもその一人だ。軍を目指して学校に通っていたと言えば、それだけでその家は英雄視される。

 まあ、それが僕達動物の学校だ。


 そして始まった戦闘基礎の時間。最初はランニングから始まり、その後ペアになって模擬戦や技の教え合いをする。

 戦闘の授業は他に戦闘応用ウォーがあり、そっちは武器を使った戦闘について学ぶ。

「よろしくね。シュバルくん」

 マイナが微笑ほほえんで言う。自分より体格が大きいせいで、可愛い表情も恐ろしい迫力だ。

「よろしく。それでマイナ、どういった事が知りたい?」

「と言いますと?」

「ほら。攻撃のモーションとか、防御の構えとか」

「ああ! そういうのか。うーん」

 腕を組んで目を閉じている。

「ん。とりあえず、基本の構えが知りたい」

「一番最初じゃないか!」

 学校入学時に最初に習う構え。三年生の彼女はそこから知りたいのだと言う。

 学校制度は九年制。彼女は後六年しか戦闘を習得する時間が無い。その六年間でももちろん新しい戦法を学ぶし……。先が思いやられる。

「じ、じゃあまず、足を後ろに下げて」

「はいっ! 教官!」

「教官はジュノス先生な」

 無駄な話をしながらも、僕はマイナ相手にレクチャーを開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る