迎夏の宴

きし あきら

桃李園へ

 夏になれば星がう。――

 これは花の季節がいったのちの、はじめての流星群をさしていう言葉です。

 大事なお祝いの日だと、だれもが言います。青葉したたるとうえんで、おとなたちは水晶みたいな清酒おさけを、わたしたち子どもだって、とうみたいな甘酒をお腹いっぱい飲むのです。


 毎年この夜に乳母かあさんがこしらえてくれる甘酒は、とろりとして特別な味がします。ほら、今だって仕込んだ瓶鍋なべに火がかかって、まきがあかあか燃えています。

 戸窓を開けると、肌寒いくらいのあんの風が流れこんで、こもった熱をかきまぜました。いくつもの星が晴れに光っています。あれらが薪のようにして、少しずつ天の温度をあげていくのでしょう。

 「ううん、やっぱり間にあわないわねえ」

 木べらを持ったまま乳母かあさんが言いました。夕方いっぱい長引いた、うらの家のおばあさんとの立ち話のおかげで、たくがだいぶおそくなったのです。

 「シャオファ、さきに行っていてちょうだい。私も瓶鍋なべが煮えたら、すぐに出かけるから」

 どきん。しんぞうがつつかれたかと思いました。さきに行くということは、ひとりで行くということです。うたげまでの道はまだ、乳母さんと通ったことしかありません。

 毎年、手をひかれていって、しかも帰りはねむってしまう、おんぶの道です。本当を言うと、“星たちが酔っている”ところだって一度も見たことがありません。

 「あなたももう七つだもの。あかりもあるし、おこずかいをあげるから、ちょっと遊んでおいでなさいな」

 乳母さんは瓶鍋のようすを見て、そこをはなれました。前かけから取りだした、貝がらへいの入ったちいさなきんちゃくを、わたしの首へとかけてくれます。

 「燐々りんりんむしりかたは、わかるわね。桃李園についたら逃がしてあげていいのよ」

 リンリンムシ。その名前でようやく返事をすると、ふっくらとした手が頭をなでて、また木べらを取りました。


 わくわくしながらあみかごを持って外に出ます。あたりはくらですが、すぐそこの草むらに、ひかる羽虫が飛んでいます。これを燐々虫というのです。いまの季節は村じゅうどこにでも飛びまわっていて、ふるえる羽がけたみどりにひかるのが、とてもれいな生きものです。

 いつも、用もなく捕ってはいけないと言われる羽虫を、開けた網かごのなかにさそいます。好物のみつらしておくと、やがて入ってくるので、二匹か三匹がおさまったらふたをしてがたの灯りにするのです。

 じっと見ていると、羽のひかりに照らされた蜜がにおって、いい気もちになりました。だめ、だめ。眠たくなってはいけません。外から乳母さんに声をかけて、わたしはさっさと歩きだしました。


 桃李園へと近づくにつれて、立ち売りのてんがいくつも出てきました。

 砂糖の山に光っている干し果物くだもの、あちらの白珠しらたまみたいなのはあんもち、となりに竹筒たけづつりの香草こうそうちゃ。もちろん清酒おさけも甘酒も、滝のように売られています。

 にぎやかな道を、はとみたいな目できょろきょろしながら歩いていきます。きんちゃくをにぎりしめると貝がらが音をたてました。店に並んでいるのは、どれも大好きなものでしたけれども、ひとりでのぞく勇気がありません。

 灯りがわりの網かごはひもかたから提げています。もう蜜をめ終わってしまったのか、燐々虫がくるくるとよく飛んでいました。そういえば、わたしもお腹が空いてきました。ひょっとすると、乳母さんも。

 考えてみて、思いなおすと、すこし道をもどった露店の前に立ちました。屋根のしたで、つやつやの、どっしりとした胡桃くるみまんが売られています。首をちぢめてそばまで寄ると、店主さんはほがらかに笑いました。そして支払いのあとに、おまけの小菓子こがしをくれました。


 ひとりでするということは、なんでもこんなふうでしょうか。やがて通りの明るさをけだして、宴の園への芝地をみます。まだ、胸はどきどきしています。

 人かげは多く、みんなみどりの灯りを持っています。そこで思いだして、いそいで網かごの蓋を取りました。

 あいかわらず、くるくるやっていた燐々虫が、すぐに外へと出ていきます。帰りには乳母さんと一緒ですから、早く逃がしてやったほうがいいのです。

 ちょうどよさそうな石にこしをかけてから、やっと安心することができました。けれど、ぞらでは星が温度をあげてかがやいて、なんだか、いまにも“酔いだして”しまいそうです。

 じれて目だけで辺りを探してみますが、まだ乳母さんのすがたは見えません。こうなったら自分だけでも見逃しはしないぞと、わたしは天に向きなおって、そのときを待つことに決めました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る