第4話
――グリューネバルト領。
それは、このスカーレット王国の南側にある海岸線沿いの領地です。
アトル海岸に接していて”南の楽園”なんて謳われる、とびっきりの観光地。
「――止まれ! 見ない顔だな」
……”観光地だから関所はうるさくないよ”とトリシャ教授は言っていました。
それが、これです。目の前の観光乗り合い馬車は”顔パス”で通していたのに、単騎で続くボクだけが呼び止められてしまったんだ。
「名前、身元、入領の目的を教えてもらう」
愛馬・ウマタロウから半強制的に降ろされて、領軍の兵士さん2人に挟まれる。
……やれやれ、女の子1人相手に厳重なことで。
「何かあったんですか? 随分と厳重ですけど」
「――質問をしているのは、こちらだ。さっさと名乗れ」
ふむ、少し鎌をかけるだけで、これ。
相当にピリピリしているね。生誕祭前だからかな?
それとも、本当に何かあった?
「クリスティーナ・ウィングフィールド、学術都市・アカデミアの学院生。
入領の目的は、”慈悲王・ベアトリクス様の生誕祭”の見学です」
大人しく名乗ってみる。
けれど、これだけで通してくれないんだろうなぁ。そんな雰囲気だ。
「ほう? それで女が一人旅か? 怪しいな」
無遠慮に顎を掴まれ、グイッと持ち上げられる。
ゴツゴツとした指と手のひらが、とても気持ち悪い。
「――触らないで、もらいましょうか」
領兵の右手をひねり上げる。育ての兄に習った簡単な護身術だ。
「貴様……ッ!」
もう1人の領兵が、ボクの両肩を押さえる。
……マズいな、これに抵抗したら、たぶん本当に”戦い”にもつれ込む。
「っ、離してくださいよ。先に触ってきたのはそっちでしょう?」
「ふん、お前みたいな怪しい奴は、しっかり捕まえておかなくちゃな」
肩から全身に腕を回してくる領兵。
お腹から胸にかけて、あえてなで回すように動く腕が、本当に気持ち悪い。
こいつら、ボクを襲うつもりなのか? モノ好き共め……!
「ああ、じっくりと取り調べする必要がある」
「さぁて、連れて行くぞ」
さっき腕をひねり上げた領兵が、縄を取り出す。
――これは、本当にマズい。ここで捕まったら、何をされるか分からない。
アカデミアからここまで、かなり快適な旅だったのに最後の最後で、よりにもよって領兵がこれか……!
「――おいおい、なにやってくれちゃってんの? アンタら」
左腕のブレスレット、それに手をかけようか。
ボクの切り札を切ってしまおうか。
そう、覚悟したときでした。若いお兄さんの声が、場の空気を制したのは。
「なんだ、黒苺のクソガキ! またお前か!? お前には関係ないだろう!」
いつの間にかボクの愛馬の上に座っていたお兄さん。
その人は、領兵たちの威圧に動じることなく、ただ静かにボクの前に降りてくる。
「あるね、その娘、俺の客だ。
君さ、アカデミアから”トリシャ教授の名代”として来たんだろ? 話は聞いてるよ」
――アカデミアの教授、その権威は大きい。
明らかに無学な領兵さんたちの顔が青ざめているあたりで、よく分かる。
学院生の気ままな一人旅とアカデミア教授の名代では天と地ほど立場が違うんだ。
「と、いうわけだ。お嬢ちゃんから手を離せ、ゲス野郎」
黒髪の下、ギラつく青い瞳。
黒苺のクソガキなんて呼ばれていたことしか分からないけど、この人、強そうだ。
そして、とても美しい顔立ちをしている。
「っ……わ、分かった。
だが、この小娘が何か問題を起こしたら、黒苺を潰してやるからな!」
「うるせえ、その時はアカデミアの教授サマに文句を言いな。言えるもんならよ」
すっと、ボクの愛馬の手綱を引きながら、ボクの肩をポンと叩き、誘導してくれる青い瞳のお兄さん。そして関所からしばらく離れたところで、ひとつ溜め息を吐いた。
……それで、ボクも少し安心する。緊張状態から脱したんだ、そう分かったから。
「――悪いな、お嬢ちゃん。
このグリューネバルトで最初に出会ったのが、あんな奴らで」
足を止め、静かにボクを見つめ、帽子を胸に当てる青い瞳のお兄さん。
帽子を胸に当てる――礼を示す典型的な動作の1つです。
「いえ、その次に会ったのが、お兄さんで助かりました。
トリシャさんの知り合いなんですか? 話が通っているみたいですけど」
「いんや、俺が直接に会ったことがあるわけじゃない。
ただ、うちの店に予約をくれていたのさ」
”自分が泊まる宿屋くらい教えてもらってないのか?”と笑うお兄さん。
その言葉に、メモを確認して腑に落ちる。
トリシャ教授が教えてくれた宿屋、その名前が”黒苺の停留所”だったんだ。
「そういうわけだ。ようこそ、クリスティーナ・ウィングフィールド様?
――このタルド・ブラックベリーが、我が家”黒苺の停留所”まで案内しよう」
お兄さんもお兄さんでメモを確認している。
ボクの名前に自信がなかったんだろう。
だというのに、あんな風に助けてくれるだなんて。すごい人だ。
「タルド・ブラックベリー、さん……」
「タルドで良いよ、クリスティーナ」
無意識にこぼれた呟き。それに答えてくれる青い瞳のお兄さん。
「じゃあ、ボクのこともクリスで良いですよ、タルドさん」
「ふうん? 分かった。じゃ、よろしくな、クリス」
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