6-77 お宝は誰のもの?


 砂漠――それは、多くの生き物を拒み、時に死を連想させる不毛の土地。

 そこに何万何億と積もった砂粒の、その上を歩く者がいた。



「ハァ、ハァ……」


 真上から照りつける強い日差しに、カラッカラに乾いた熱風。

 早くどこかの日陰に入らなければ干からびてしまう。


「なんで、がこんな目に……」


 自分で体を動かせるようになったと思ったらすぐコレだ、俺は祟られてるのか?

 ……少し、身に覚えがある気がするな。


『祝明……おい、祝明!』


 頭の中で必死に声を掛けても返事はない。

 そりゃそうか、意識不明、ある意味眠ってるってことだからな。


「ジャパリパークと言っても、砂漠ってのは過酷な環境に変わりねぇな」



 砂ばかりの場所から少し離れ、岩肌の多く見られる地域に辿り着いた頃、俺はようやく日光をやり過ごせそうな穴を見つけた。


「だけど、大丈夫なのか……?」


 入ろうとした途端に崩れて生き埋め、だなんてことも十分有り得る。しかしこのままでは真昼の太陽に焼き殺されてしまう。……背に腹は代えられない、一度入ってやり過ごすことにしよう。


「あの狐を呼べたらな……」


 テレパシーと言えば悪用されているイメージしか無いが、この距離でも言葉を送ることのできる便利な能力だ……祝明が起きてさえいれば。

 何とも不便なことに、俺はテレパシーを使えず、また狐の恰好になることも、勿論空を飛ぶことも不可能だ。


 祝明が起きてさえいればすぐに代わってイヅナを呼べるし、何なら自分で飛んで安全な場所に行くことだって可能だ。

 何も持たない人間にとって、自然というものは斯くも厳しい。


「赤いなボスも図書館に置いてきちまったし……どうしようもねぇな」


 それでもこの岩穴の中はまだ外と比べて快適だ。

 ……奥を見ると真っ暗闇が広がっていて、何か出てきそうでとても恐いけどな。



 俺がなぜこんな状況に置かれているかと聞かれれば、運がなかったと答える他にない。だが、多少の経緯は話しておこう。

 俺…というか祝明は、図書館から出発し、この”さばくちほー”まで飛んできた。確か「ツチノコ」とか「スナネコ」にもう一度会ってみたいとか何とか、まあそんな理由だ。


 ところが不運にも飛んでいる途中、砂漠で突如砂嵐が発生し、それに巻き込まれて砂の上に墜落した。打ち所が悪かったのかは知らんが祝明は意識を失い、何の因果かもう一つの人格になっている俺が表側に引っ張り出されたというわけだ。


「赤いボスは安全って言ってた筈なんだがな」


 確か、赤いボスは何と言っていただろうか。たしか祝明が赤いボスに砂漠の危険について確認したとき――


『砂漠デハ砂嵐ヤ、塵旋風ノヨウナ気象現象ガ発生スルコトガアルヨ』

『それって、大丈夫なの?』

『空ヲ飛ンデイルナラ、普通ノ現象に巻キ込マレルコトハ無イヨ』

『”普通の”ってことは、何か普通じゃないのも起きるのかな……?』

『”サンドスター”ノ影響デ、通常ヨリ大規模ナ発生ニ変化スルコトモ……稀ニアルヨ』


 稀にある……か。


「運悪くそれを引いたってか、ツイてないぜ」


 疲れが溜まって、俺は岩の上に寝転がった。正直に言って痛いがまあ、さっきよりは多少楽になった。比較的広い穴で助かった。……まだ助かってないが。



「あーあ、全く……ん?」


 横になって辺りを見回したおかげで、新しいものに気づいた。


「なんだこれ……」


 目に付いたそれを拾い上げると、壺であることが分かった。中を覗き込むと、何やら束ねられた紙が入っている。

 それを取り出し広げると、地図……というより何かの建物の見取り図のようになっている。


「まさか……宝の地図か?」


 俺がそう思ったのも伊達じゃない。その図には赤いバツ印が付けてあった。古典的というか、よく見る有り触れた書き方だが、一目見て”それだ”と思わせるには最も効果的である。


 問題があるとすれば、俺は今、宝探しなんてやっている場合ではないことだ。

 面白そうだから、祝明が起きたら探してもらうことにするか。


「早く起きてくれよなー……」




 コツ、コツ……


「っ!?」


 いつの間にか俺まで眠っていたみたいだ。

 外から入ってくる光の様子からして、大して時間は経っていない。


 だが今大事なのはそれじゃなくて、この岩穴の奥から聞こえてきた誰かの足音だ。

 何処かに続いているのか? だったら、間もなくやってくる誰かに助けてもらえるかもしれない。


 敵と、俺の勘違いだけは勘弁願いたいが果たして……


「……」


 もしセルリアンのような敵対生物だったらと考えると、迂闊に音を出すこともできない。起きる時にさほど音を立てなかったのは幸運だった。


 緊張する俺に対し、近づく足音の主は呑気なリズムを保ったままだ。

 コツ、コツと段々音が大きくなり、ついにその姿を現して――


「……お? だれかいるのですかー?」

「……フレンズか」


 緊張が解け、体の力も抜けて座り込みそうになる所をなんとか堪えて、目の前にいるフレンズを観察する。

 毛は薄いベージュで、髪はそれほど長くない。記憶を探ったところ、多分コイツは”スナネコ”だ。


「ええと、お前はスナネコか?」

「はい……どこかで会いましたか?」


 スナネコはじっと俺の目を見て黙っている。スナネコの顔は何かを思い出そうとしているような怪訝な表情だ。


「もしかして、コカムイ……ですかぁ?」

「え? あ、ああ」


 危ない、否定してしまう所だった。外から見たら俺はコカムイだ。この島ではな。


「やっぱりそうでしたか、前に会った時と違う感じだったから、わかりませんでした」

「ああ、色々あって……ね」


 スナネコに人格云々の話をしても理解してもらえないだろうから、下手に混乱させるより”コカムイ”で通す方が良いだろう。


「でも、どうしてここに?」

「遭難しちゃってな……その先はどこに繋がってるんだ……い?」

「この穴を通ると、ボクのお家の近くに出ますよ」

「そのお家から、砂漠の出口に行けるのか?」

「はい、地面の下の道からみずうみ? に出られますよ」


 いつもの口調が飛び出しやがる、俺って演技ヘタクソなんだな。

 それはさておき、湖と言うと湖畔、平原の近くだな。スナネコについて行けばこの砂漠から出られるわけだ、コイツに会えたのは不幸中の幸いだったな。


「お、僕をそこまで連れて行ってくれ……ないかな? ここで何かしたいなら待つけど」

「なんとなく来ただけだから大丈夫ですよ、遅れずについて来てくださいね」

「ああ、ありがとう」


 スナネコに先導されて、俺は真っ暗な洞穴を進んでいく。

 俺は夜目が利かないから度々体を岩にぶつけて痛い。こんな時こそ狐の姿になれたらと思うが、未だに祝明は目覚める様子を見せない。


 結局、体のあちこちを痛めつつも俺は洞穴を抜け、スナネコの家に暫し世話になった。



「この道をずっと進めば、みずうみに出られますよ」

「色々ありがとな、最後に一ついいか?」


 俺は懐から宝の地図を出してスナネコに見せた。


「これ、何か分かるか?」

「んー……さぁ? ツチノコなら何か分かるかもしれません」

「ツチノコって何処にいるんだ?」

「この道の途中の、”いせき”とか言う場所にいますよ」


 なら丁度いい、もしかしたら祝明に頼ることなく宝を見つけられるかもな。


「ありがとう、じゃあまた、な」

「はい、また会いましょ」



 そして俺は、さっきのように暗いトンネルを歩いていく。洞穴と違うのは、このトンネルが広いことだ。まあ、広いのはそれで怖い部分もあるけどな。


「なんだかんだ言って助かったな、運が良いんだか悪いんだか」


 この調子ならボスにも会えるはずだ。ボスに通信を頼めば迎えに来てもらうことも簡単だろう。図書館にいる赤いボスに繋げば、博士とかに送迎してもらえるかもな。

 当然、さっさと祝明に交代して飛んで帰るのが一番だけどな。


 さて、そんなことを考えながら歩くうちに、遺跡の入り口らしき大きな扉の前に着いた。


「遺跡ってのは……これだな」


 祝明の記憶を覗いてみて、ここが遺跡であると確信できた。


「ま、アイツが起きるまでの暇潰しにはなるといいな」


 ゆっくりと扉を開いて、暗い遺跡の中へと足を踏み入れる。



 また、暗い場所だ、これで何回目だろうか。今日一日だけで3日分の暗闇は堪能できた気がする。


「誰かいるかー?」


 暗がりの向こうへと声を掛けても、戻ってくるのは反響した俺の声だけだ。とりあえずこの暗さだと歩くのが大変そうだから、明かりを点けよう。


「扉を閉めたら点くんだったな」


 案の定、下駄を挟んで扉が閉まらないように工夫されている。しかし仕方ない、外れたらまた挟めばいいだけだ。

 扉が閉まるとパッと遺跡の中が明るくなって、アトラクションを紹介するアナウンスが空間に木霊した。


「よし、これで……」

「あああぁぁぁあああぁぁ!!」

「わッ!?」


 アナウンスの声を掻き消す程に大きい声が突如真後ろで響きだし、俺は驚いて数メートル前へと飛び上がった。


「お、驚いた……」

「オレのセリフだ! 突然ズケズケと入ってきて、しかも挟んでおいた下駄まで外しやがって……折角挟んどいたのに毎回毎回……」

「あ、あぁ、悪い」

「お前に関しては2回目だ、全く……」


 いや、アイツの記憶によるとあの時下駄を外したのはサーバルだ。そんなことに意味なんて無いけどな。


「ごめん、暗いと動き辛くてさ」

「……仕方ねぇか、で、今日は何の用だ?」

「ああ、こんな地図を拾ったんだ、ツチノコなら何か知ってるかもって思って、ほら」


 地図をツチノコの目の前に広げると、すぐさまツチノコの目の色が変わった。


「……おい、これ、何処で拾った?」

「砂漠の洞穴みたいな場所で、壺に入ってたよ」

「そ、そうか、ちょっと貸してくれ」


 破れないように、しかし力強く俺から地図を奪い取り、見開いた目をギョロギョロと走らせている。血走ったようにも見える目はさながら蛇そのものだ。



「ハハハ、凄いぞぉ! まさかこんな物があるなんて!」

「何か分かったのか?」

「ああ、これは間違いなく、この遺跡の地図だ。オレが言うんだから絶対にそうだ!」


 誰が見ても分かる位興奮したツチノコは、宝の在り処について途轍もない早口で解説をし始めた。


「いいか、これはこの遺跡の見取り図になっていてだな、全域の様子が記されている。オレはこの遺跡のほとんどを回って構造を把握しているから断言できる。だがこの宝を記すバツ印、これが描かれた部屋をオレは知らない。普通では行けない部屋……つまり、お宝は隠し部屋にある可能性が高いんだ! そしてこの地図によると隠し部屋に一番近いのは……あっちだ!」


 ツチノコは目にも留まらぬ速さで駆けていく。その先にあるお宝を探し求めて。


「お、おい! 待ってくれよ!」


 俺も遅れてツチノコを追いかける。しかし、どんどん距離は離れていく。


「は、速い……」


 遺跡は曲がり角が多く、なんとか見失ってしまわないよう食らいつくのが精一杯だった。数分間も走り続け、ようやくツチノコの足が止まった。


「ここの壁だ……オラァ!」


 強烈な蹴りを一発、壁に叩き込んだ。

 壁の一部が凹んで、またその周りもグラグラと揺れた。しかし、完全に崩すとまではいかなかったようだ。


「下がってろ、危ないぞ」

「あ、あぁ……」


 壁を蹴りつけ、様子を見て再び蹴り付けて……足が壁に当たるたびに轟音が響いて心臓に悪い。そんな作業がしばらく行われ、耳が鳴り響く轟音にも慣れてしまった頃、ようやく壁の向こうの隠し部屋が姿を現した。


「おぉ……これが……」

「ここまで厳重に隠してるとは思ってもいなかった、見つけられたのは地図があったお陰だ」


 下手をしたら崩れ落ちそうにも思えるが、ツチノコは臆することなく進む。……確かに、崩れる程脆いならもう崩れているか。俺も後に続いた。



 部屋は閉じられ、一切の明かりが入らないため真っ暗だった。

 また暗がりか、と思いつつ足を踏み入れたその途端、部屋の明かりが点けられた。


「な、何だ!?」


 眩しさに目が慣れると、部屋中央の台座に乗せられた壺と、その中に満杯に入っている硬貨が視界に入ってきた。

 そして、盛大なファンファーレが鳴った。


『おめでとうございます! その壺の中のジャパリコインは、全部あなたの物です! 本日は「遺跡の宝探しイベント」にご参加いただき、ありがとうございました!』


「……イベント?」

「とにかく、このジャパリコインは全部オレたちの物ってことだ」


 ツチノコは大量のコインを手に入れてご満悦だ。

 だけど俺には引っ掛かるところがある。主に、部屋の隠し方について。

 あんな厳重に、というか頑丈な壁で隠したら、場所が分かっても開けられるはずがない。


 しかし、ツチノコが崩した壁を見て納得した。そこには明らかに機械があった。

 きっと、何か仕掛けを解いたら開く仕組みだったに違いない。


「とんだ力技だな……」


 祝明も狐の姿ならこれくらいできるのか? だとしたら、恐ろしいこと極まりないな。



 俺が壁を調べ終わるころに、ツチノコはコインで一杯の壺を持って部屋から出てきた。


「良かったな、宝が見つかって」

「ああ、だが、分け前はどうする? ほら、この地図はお前が持って来たものだし、オレが全部もらう訳にはいかないぞ」


「んー、じゃあ、1枚くれ」

「……たった一枚か?」

「いっぱい持っても嵩張るだけだし、思い出にするなら1枚で十分だ」

「そう、か……じゃあ、これから何か困りごとがあったら、遠慮なくオレに相談してくれて構わないぞ」


 1枚のジャパリコインを俺に渡しながらツチノコが言う。やはり葛藤は残るのだろうし、この好意はありがたく受け取ることにしよう。


「なら、そうさせてもらうよ、じゃあ、また」

「ああ、またな!」


 ジャパリコインを握りしめ、遺跡から立ち去った。


 そのままトンネルを抜け、湖の近くに出てきた。

 俺は大きく伸びて、明るい太陽にコインをかざした。


「大事にしないとな」


 これは、俺がこの島で初めて作った、大切な思い出だ。



『んん……あれ?』

『なんだ、ようやく起きたのか?』

『どうして神依君が体を……?』

『いいから早く代わってくれ、図書館まで飛ぶぞ』


 頭の中を適当に弄り、人格を交代した。闇雲にやったらよく分からんが出来た。

 もしかしたら俺には才能があるのかもしれないな。


「あれ、ツチノコに会いに行かなきゃ……」

『さっき会ったばっかりだ、俺がな』

「じゃあ、戻ったら怪しまれちゃうね」

『だな、赤いボス連れて、早くロッジに帰ろうぜ』

「そう、だね」



 今日の砂漠での記憶は、俺の心の中だけに留めておこう。

 俺だけが知っている、”天都神依”の思い出として。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る