4-46 実験を始めよう


 翌日、僕は雪山の旅館から図書館へと飛んで行った。


 出発する時に二人が見送ってくれたけど、気恥ずかしくてキタキツネと目を合わせることが出来なかった。去り際に、チラリと見たときのキタキツネは、気味が悪いほどニコニコしていたような気がした。




「おはよう、博士、助手」


「おはようなのです」「思ったより早いのですね」


 ちなみに、今はおよそ7時くらいだ。


「実験が長引いちゃうかもしれないからね」


「実験、といっても何をするのですか?」


を使うんだよ」


 ポケットから勾玉を二つ取り出して、手の平に乗せて見せた。


「なるほど、これが博士の言っていた……」


 助手が緑の方の勾玉を手に取った。しばらく眺めて、僕の手に返しながらこう言った。


「これが石の中にあった、というのは確かに不思議ですが、それの何が問題なのですか?」


 それは当然の疑問だ。しかし助手もこれも問題ないこととは考えていないらしく、あくまで僕の考えを探るための質問らしい。



「あくまで可能性だけど、これを使ってセルリアンを作った……っということがあるかもしれないんだ」


 我ながら突拍子もない考えだ。


「しかし、そう言っても……」


 そう言っても事実がどうかは分からない。このままではただの戯言で終わってしまう。


「だから、実験をするんだ……で、お願いがあるんだけど」


「無茶でなければ、引き受けるのですよ」


「ありがと、博士、じゃあ、そこら辺にいるセルリアンを、数体ここまで連れてきてくれないかな?」


「……分かったのです、行きましょう、助手」

「ふむ……分かりました、博士」


 僕がその意図を話していないから、二人は何が目的か分からないまま、蟠りを抱えた状態でセルリアン探しに出かけていった。少なくとも、僕にはそう見えた。




「セルリアンを連れてきて、どうするんですか?」


「あ、かばんちゃん」


 一応いた方がいい、という言い分で、博士がかばんちゃんを図書館に連れてきたらしい。ロッジに置いていかれたサーバルの悲しみや計り知れない。


 僕は再び勾玉を見せつつ、さっきと同じでは面白みがないと思い考えを一つ伝えることにした。



「勾玉なんだけど、こっちの白いのが雪山、緑のが湖畔のやつ」


「色が違うんですね」


「色は違うけど、共通点はあるんだ」


「共通点……ですか?」


「うん、例えば、この白い勾玉が雪の中に落ちたらどうなると思う?」


 かばんちゃんは数秒考えてから答えた。


「見失ってしまいますし、偶然見つけることもできない……と思います」


「そして湖畔は緑が多い、この色の勾玉なら、見つかりにくいはずだよ」


 だったら、色が違っているのは誰かが意図的に仕組んだものと考えるのが道理だ。


「そっか、それでコカムイさんは」


「まあ、それだけじゃないけどね……今は、博士たちを待とうか」




 待つことおよそ30分、二人が静かに飛んで帰ってきた。その向こうを見ると、小さな青いセルリアンが4、5体博士たちを追いかけてきている。もっともこれは博士たちの誘導だから、どちらかと言えば、と言うべきかもしれない。


「ほら、言う通りに連れてきたのです」


「ありがとう、じゃあそいつらを倒してくれるかな、えーと、なるべく一か所に集めてからね」


「……こう、でいいですか?」


 博士は造作もなくセルリアンの集団を倒した。全て砕け散って、その周囲にサンドスターの欠片がおびただしく散らばった。


「そうそう、じゃあ僕の番だね」


 白い勾玉だけを手に取ってサンドスターの欠片の中心に置いた。そして両手で勾玉の近くにサンドスターをかき集めた。


「何をするつもりなのですか?」


「うーん、少し待って……」


 かき集めただけでは何も起こらなかった。早く済ませないとサンドスターが空気中に飛散してしまう。また博士たちをセルリアン探しに行かせるのは可哀そうだ。


「……こっちでやってみようか」


 物は試しにとキツネの姿になった。なんとなく、霊的な力が沸いて出てくる感覚を覚えた。


「それがキツネの姿なんですね……!」

「こうして見るとなるほど、イヅナによく似ているのです」


 初めてこの姿を見たかばんちゃんと助手は驚いたり感心したりと新鮮な反応をしている。でも今、それに反応している暇はない。



「記憶……サンドスター……!」


 もし本当にサンドスターと「記憶を操る能力」の間に関係があるならば、僕にもイヅナの能力の一部を使ってできることがあるかもしれない。


「……っ」


 イヅナの能力の一部を引き継いでいる保証はないし、サンドスターを思い通りに動かせるとも限らないけど、サンドスターを集めるくらいなら……!


 じわじわと勾玉に向かってサンドスターが吸い寄せられていくが、それが集まって塊になるような様子は一切見られない。



「……だ、ダメなのかな」


「やれやれ、こうすると早いのですよ?」


「……博士?」


 声がして隣を見ると野生開放をした博士が佇んでいた。少し目を細めて手をかざしたかと思うと、サンドスターが数倍の速さでまとまり、変化が見られてきた。


「フレンズはならある程度思い通りにできるのですよ、流石にサンドスター・ロウとなると普通のフレンズでは不可能ですが」


 様子を見ると言葉通り、サンドスターは集まっているがサンドスター・ロウは僕がイヅナの能力の残滓らしきものを使って動かしていること以外の反応がない。しかし、勾玉にサンドスターが集まって、今に実験の結果が出ようとしている。



 その様子に、博士も気づいてきたようだ。


「勾玉に何か……結晶?」


「多分、セルリアンの石だよ、だから――」


 僕が言い終わる前に反応は急加速、勾玉を中心に紅い宝石のような石が生成された。それは間違いなくセルリアンの弱点である石だった。

 そして間もなく石を中心にゲル状の体組織が形成され、さっきのセルリアンより一回り大きい赤のセルリアンが一体、そこに現れた。



「こ、これは……」

「セルリアンを、作ったんですか……?」

「こんなことが……」


 この現象に対する反応は三者三様だ。


「気を付けて、石の中を見てほしいんだ」


「い、石を、ですか……?」


 意外にも率先して見に行ったのはかばんちゃんだった。前から思っていたことだったけどやっぱり肝が据わっている。


「あ、勾玉があります」


「でしょ? 博士たちも、ほら」


「確かにあるのです」


「つまり、これは……」


「そういうこと」


 そう言いなが僕はセルリアンの石を攻撃して倒した。バラバラになった石の中から、白い勾玉が前の状態のままで出てきた。それを拾い上げて、博士たちに向き直った。



「と、こんな風に、この勾玉を使ってセルリアンを生み出せるんだ」


「それは分かったのです、しかし、形は?」


「さっきの、赤かったよね、僕が『赤くなれ』って念じてたんだ」


「ふふ、本当なのですか?」


「こ、こんなところで嘘はつかないよ?」


 そんなことをするユーモアはないし、したとしても面白くできるセンスも持ち合わせていない。


「それは信じてやるとして、それから何が分かるのですか?」


「あのセルリアンは誰かが作ったってことと、サンドスター・ロウを動かせるフレンズにしかできないってことだよ」


 僕はさっきキツネの、恐らくイヅナの力だったものを使った。その力はとても弱いものだった。しかし、その力の大元であるイヅナならば、あの大きさのセルリアンを生み出すのに十分なサンドスター・ロウを集めることは不可能ではないはずだ。


「なるほど、それを確かめるために実験を……」


「うん、そういうこと」



 それに、信じたくはないけどイヅナには動機もあるはずだ。これだけの証拠がそろえば、認めさせることは不可能じゃない。


「これからどうするつもりなのですか?」


「ど、どうって?」


「そんな証拠を集めるということは、イヅナの罪を暴く意思があるのですよね?」


「つ、罪……」


 そんな大層なものじゃない。あの時のイヅナは錯乱していた。そのまま踏み切ってしまったに違いない。だから、『罪』ではなく『過ち』と向き合う手伝いをするんだ。

「……イ……」

 これ以上道を踏み外してしまわないように。だから、罪じゃない。罪であってはいけない。イヅナは間違ったことをしたけど、絶対に悪いわけがない――


「コカムイ!」


「っ……」


「大丈夫なのですか、考え込んでいたようですが」


「大丈夫、問題ないよ」


 まだ博士たちに話していない根拠もある。どうなったとしても認めてもらうところまではいかなければ。そうしなければ、イヅナを変えることはできない。



「一段落したし、『ジャパリカレーまん』でも作るよ」


「…………」


「ん、博士?」


 博士はいつも通り凛々しい目をしているけど、やはりその中には不安の感情が見える。そんな時はいつも、僕に陳言を言うんだ。


「一人で抱え込むのはよくないのですよ」


「あはは、何のこと? ……とりあえず、作ってくるね」


「…………」



 カレーまんを作って三人に振舞ったけど、博士はいつもの半分も食べていなかった。やがてかばんちゃんは助手に連れられロッジに戻り、僕は久しぶりに図書館に泊まって調べものをすることにした。



「こっちのは、『生態の観察』か」


 研究所には及ばないとはいえ専門的な資料もあり、一般社会に出版されているような本も多くあるから、別の意味で調べていて楽しい場所だ。イヅナの素性について大きな手掛かりを得たのも、ここにある百科事典からだった。


 今は余り使う機会のない『ジャパリパーク全図』も、ここで出会い、さっき作ったジャパリカレーまんで二人を説得したことは記憶に新しい。


 僕にとり憑いたイヅナが初めて大きな行動をしたのもこの図書館で過ごした夜のことだった。


「なんで、懐かしんでるんだろうね」


 気が付けばもう夜。博士たちにとっては違うだろうが、昼行性の生き物は眠りにつく時間帯だ。


 ――そして、出発の時だ。





 キツネの姿に変化した。今まで誰にも話していないことだけど、この姿になるには『自分キツネ』というものを強く意識する必要がある。そのせいか否か、この姿の時はイヅナの居場所が分かる。



――火山だ。



サンドスターが絶えず湧き出ているあそこなら、セルリアンを生み出すためのサンドスターは十分な量が確保できるに違いない。サンドスター・ロウはフィルターで防いでいるけど、イヅナの能力がサンドスターにも影響力があると分かった以上、フィルターを壊さずにサンドスター・ロウを取り出す方法を持っていると思った方がいい。


――けど、そんなことはどうでもいい。戦いにいく訳じゃないんだ。




「…………行こう」


胸に抱えた赤ボスに、静かに言った。赤ボスは、ただ黙っていた。


「待つのです」


「――博士、助手」


 呼び止められて振り向けば、そこには博士と助手がいた。


「一人で抱えるなと言ったのです」

「何かできることがあれば我々も」


「必要ないよ、僕がやる、僕しかできない」


「――コカムイ」


「だから、二人にできるのは僕がここに戻ってくるのを待つことだけだよ」


「……ですが」


「じれったいな、僕はもう行くよ」


「だったら我々も――っ!?」

「そ、それは――」


 狐火、いつかイヅナが二人を足止めするために使ったものだ。


「僕は大丈夫、だから安心して待ってて?」


「……コカムイ」




 ――飛んだ、火山へと。


 不毛ないさかいを、終わらせるために。


「待ってて、イヅナ」










「逃げられると、思わないでね?」

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