4-44 湖畔に降りる白狐の使い



 飛ぶことができるということは、かくも便利である。今までであれば博士などに持ってもらうしか飛んで移動する方法はなかったが、このように自力で飛べると持ち物も分担できて非常にありがたい。現に今、僕赤ボスを前に抱いて飛んでいる。


「セルリアンノ出現場所ハ、湖畔ノビーバータチノ家ノ近クダヨ」


 するとこのように、会話をしながらの移動も簡単だ。つい数十分前まで博士に送り届けてもらっていた身とは思えない。


「便利は便利ですが、一体なぜでしょうか?」


「……さぁ」


 心当たりはある。しかしなぜと説明しようとすると「なるべくしてなった」というようにしか答えられない程度の理解だ。出発前に少し試してヒトの姿に戻れることは確認したが、目の色だけは赤いままだった。何度やっても、元の黒い瞳に戻ることはなかった。


ともあれ、結局こっちの方が身軽なので今はキツネの姿だ。




「……あれがビーバーたちの家だね」


「セルリアンは……いました、あそこなのです」



 雪山に現れた紫のセルリアンと同じ姿の個体が、ビーバーたちの家から十数m離れたところで徘徊していた。


 同じ見た目、というのはセルリアンの中では珍しくないが、ここまで特異な形をしたものが一日に二体も出現するのは稀であるはずだ。


「まずビーバーたちの安全を確保するのです」

「うん」


 セルリアンに気づかれぬよう、家の裏から回り込んで入った。中では、二人が身を寄せ合って怯えていたが、外の様子は確認していたみたいだ。


「大丈夫? 怪我はない?」


「えっと、こ、コカムイさん……っすよね?」

「そ、その耳は何でありますか……?」


「――あっ……えーと、後で話すよ、何があったか聞かせてくれる?」


 尻尾も生えていることに二人は気づき、耳と合わせて非常に気になっていたみたいだけど、ここで聞くことは諦めて起こったことを聞かせてくれた。


「何が起きたって言われても、特に大きなことは起こらなかったっす、朝、気が付いたら家の前に大きなセルリアンがいて、それからずっとここにいるっす」


 確か今はお昼、太陽の昇り具合からして13時くらいだ。


「じっと隠れているのでありますが、一向にここから離れようとしないので、助けも呼びようがなかったのであります、二人が来てくれて、本当に心強いであります!」


 そう言うプレーリーの顔は実に晴れやかで、この数時間セルリアンのせいでどれだけ不安な気持ちになっていたかが読み取れる。



「さて、博士……二人で倒せる?」


「私としては、問題ないと思いますが?」


 あのサイズなら野生開放した博士なら十二分に相手をできる上、僕もいる。更に両方飛べるとなれば討伐はさほど難しいことではないと思う。上手く行けば不意打ちで何もさせずに倒せるかもしれない。しかし……


「すぐに倒さずに、しばらく戦うこともできる?」


「可能ですが、何かあるのですか?」


「……調べたいんだ、少なくとも、ツタを出せるかどうかは」


 そのためにも、一撃で倒すわけにはいかない。



「二人は、ここで隠れててね」


「はい、気を付けるっすよ」




 家を出て、お互いに飛び上がる。そして僕はセルリアンの正面に立った。


「さあ、こっちはどうかな」


セルリアン越しに博士の姿を確認した。博士は音を立てずに飛ぶことが得意だ。だからセルリアンの視界外を飛び、弱点の石の位置を確認してもらう。


「あとはそれまで、こいつを泳がせる」


 本当に泳いだら固まって溶岩になってしまうが……まあどうでもいいことだ。



 やることは簡単だ。適当にセルリアンの前をうろついて挑発する。挑発を理解できるとは思わないが、少なくとも目の前に動く生き物がいたら襲うだろう。


「……来た」


 案の定、セルリアンはこちらを捕捉して攻撃を始めた。


 その攻撃はと言うと、体に付いている大きな鎌型の腕を振り回したり地面に刺したりと、ただ力任せの粗暴なものだった。ツタを出すこともなく、ただ這うようにこちらににじり寄りながら周囲の地形を少々破壊する。ツタを使った手を使ったアレとは大違いだ。


「でも、雪山のやつとは全く同じか……」


「恐らくそうでしょう、外側に石がありませんでしたから」


 ご丁寧に石の場所まで同じらしい。


「もう調べなくてもいいのでは?」


「いや、もう少しだけ、ね?」


研究所のやつとは違う……しかし、雪山と同じ可能性は高い。だったら、『可能性は高い』じゃなくて、『絶対に同じ』と言えるくらいの確証を手に入れたい。


「赤ボス、雪山のセルリアンの見た目は分かる?」


「マカセテ、ボクノデータノ中ニバッチリ保管サレテルヨ」


「……何をするのですか?」


 簡単なことだ。機械の力を使って、二つのセルリアンの共通点をはっきりさせる。


「赤ボスにあいつをスキャンしてもらって、を掴むんだよ」


「まるで探偵ですね」


「探偵、知ってるの?」


「オオカミの漫画を見せられたことがあるので」


 そうか、オオカミさんか。今は少し方向を模索しているところだけど、ホラー探偵ギロギロは面白いと聞いている。……しかし、今描いている方の『れんあいたんてい』とやらも、一度途中で見た限り面白くなりそうなのがなんだか複雑な気分だ。


 そういえば構想についてオオカミさんが――後にしよう。今日は余計な思考が多くなっている気がする。


「じゃ、スキャンよろしく」 「マカセテ」


 赤ボス恒例のスキャンだ。今回はいつもより長くかかった。


「で、結果は?」


「99.9%同ジダヨ」


「残りは何が違うのですか?」


「石ノ中ニ、何カ別ノ物ガアルンダ」


 なるほど、こちらにも勾玉のような何かが入っているということか……ともあれ、調べたいことは知ることができた。放置しても被害が出るのは明白。ここで倒す。


 そのために、まずは弱点を露出させる。


「じゃあ、石を攻撃して外に出さなきゃね」


「では、私が一撃加えます、そしてお前がとどめを」


「僕が?」


 博士がとどめまでやってしまっても問題はないというのに。


「一度、お前がその恰好で戦う姿も見ておきたいのです」


「……ま、そういうことなら」



 博士はセルリアンの背後まで飛んで行った。僕も大回りをして同じように背後に回った。植物の影に隠れて、博士が攻撃するのを待つ。


 博士がチラッとこちらを見て目で合図をした。「今から攻撃する」ということだろう。僕は頷いた。


「では、行くのです」


 一瞬にして、博士の纏う気配が変化した。


「野生開放……」


 僕もすぐに飛び出せるように身構えた。今か今かと攻撃の瞬間を見逃さぬよう目を光らせた。



 そして博士がセルリアンにゆっくりと近づいたように見えて――一閃、音のない一撃がセルリアンの体を抉り取った。


 その攻撃の瞬間に、影から飛び出して一気に接近した。抉れた傷跡から石がはっきりと見えた。石の中心に、緑色の何かがぼんやりと見えた。



「さてと、どうとどめを刺そうか――」


 雪山の戦いと違い横から接近しているため、降下した時のエネルギーを利用した足技は使えない……だったら爪だ。キツネの姿なら、キタキツネが使ったような爪が使えるはずだ。


「こう、かな」


 サンドスターを指先に集めて、爪の形に変化させることができた。


 スピードは十分に乗っている。このまますれ違いざまに切り裂いて終わりにしよう。


「よし――ここだッ!」



 確かな手ごたえがあった。あっけなくセルリアンは塵となって消え、残された石が砕け、その中から緑色の勾玉が零れ落ちた。


それを拾い上げて、よく観察した。


「……やっぱり、そっか」


 こちらも、形がよく似ている。僕が着けている、赤い勾玉に。


「コカムイ、それは?」


「勾玉、これもセルリアンの石の中に入ってたんだ」


「やはり、普通ではないですね」


 普通でない原因も、大方分かってしまったが。


「ビーバーさんとプレーリーさんの様子を見に行こう」




 二人の家に入ると、安堵した空気が流れていた。ここからも見通しは良いから、戦っている様子を見ることもできたのだろう。


「二人とも、無事でよかったっす」

「私たち、ずっとドキドキしっぱなしでありました」


「ハハ、そんな大層なものじゃないけどね」


 ともかくも、大きな被害は出なかったし、怪我をしたフレンズもいないから対応は上出来だったと言えるだろう。


「そういえば、その恰好は……?」


「――あ、ああ、いろいろあってね、正直なんでなのか僕もまだ分からなくて」


「そうっすか……」


「それより、とってもかっこよかったであります! ビューって飛んで行ってザクっと一撃で!」


「私が攻撃したのを忘れているのです」


「まあまあ、博士」


「それに……ハッ!」


 突然プレーリーが何かに気づいたように硬直した。


「な、何ですか?」


「プレーリーさん、どうかしたっすか?」


 次に発せられたのは思いもよらない、むしろもう思い出したくなかった出来事を強く想起させるものだった。



「そういえば、コカムイ殿に『しっかりしたご挨拶』をしていなかったであります!」


「あ、ああ……それはもう、いいよね?」


「プレーリーさん!」


「あ、ビーバー殿、今のは思い出しただけで、本当にするわけじゃないのであります……」


「はぁ……」


「一体何が?」


「まあ、面倒だし説明するよ……」



 一番初めに湖畔を訪れたとき、『ごあいさつ』とやらの餌食になったことは記憶に残っているだろうか。

 実はそのとき『ごあいさつ』されたのは右の頬だった、ということを記憶力の良い僕ははっきりと覚えている。


『いきなり、しっかりしたごあいさつをしてしまうのは失礼だとビーバー殿に教えてもらったであります!』


 という言い分らしい。よく分からないが、一応ギリギリのところで助かったのでビーバーには感謝している。


 しかしイヅナが卒倒した後に、「今度こそは!」と迫ってきたのは恐ろしかった。まあビーバーの教えが僕とプレーリーの両方をある意味で守ったと言えるのかもしれない。



「……そんなことが」


「どうなるかと思ったよ」


 あの時を思い出して、ついつい右頬をさすっていた。



 ……そういえば、イヅナはすぐに卒倒してしまったから右頬にされたとか云々のあたりは一切知らない――



『これで、アイツに勝ったって言えるよね!』


――あ、


『キタちゃんも、アイツも……』


――そんな、馬鹿げている。



 いや、実際にそうだとすると、セルリアンが雪山と湖畔に送り込まれた理由は……嘘だ、こんなことがあるのか?


 こんな、子供みたいな理由が。





「……コカムイ?」


「博士、今回のが偶然じゃないことは分かるよね」


「……ええ」


 突然の問いに、博士は少々訝しげに答えた。


「じゃあ、この事件のは?」


「……! コカムイ、それは」


 分かってる、やるしかない、もしかしたらイヅナを責め立てるようなことになってしまうかもしれない。だけど――


「さっき、探偵みたい、って言ったよね」


「確かに、言いましたが」


「なるよ、探偵に。『自分イヅナ』のやったことにだけは、向き合ってもらわなくちゃいけないから」


 そう、だから――


「明日、図書館に行くよ、をしよう、証拠を揃えるために」


「今日はどうするのですか?」


「今日はまた雪山にお世話になるよ、温泉にゆっくり浸かりたいからね」


「……そうですか」


 僕の言葉を聞いて、博士は思案している。その表情は少し憂いを帯びていた。



「じゃあ、また明日」 「……また、なのです」





 博士は、やがて僕がイヅナを問い詰めることになると危惧しているのだろう、そして博士がその原因の一端を担っていると感じているのかもしれない。僕に、あんな言葉をかけたから。


――でも、僕はやらなきゃいけない。


一番イヅナに近づけるのは僕だから。僕はイヅナの過去を知っているから。



――これは、僕にしかできないんだ。

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