2-18 湖とごあいさつ
図書館で一泊した僕たちは図書館から出発しようとしている。
「またロッジに戻るのですか?」
「それなんだけど、今度はサバンナの方を通ってロッジに戻りたいな……
って思うんだけど、どうかな?」
「さんせいー!」 「それもいいですね」
「じゃあそうしよう、赤ボス、どれくらいかかる?」
「大体5日クライカナ」
「五日なら……大丈夫ですね」
「うん、そうだねー」
何故かフェネックが博士に同意した。
「大丈夫って?」
「アライさんたちはじゅん」「アライさ~ん」
何か言いかけたアライさんをフェネックが止める。
「あ、なんでもないのだ!」
「私達はもう少し図書館にいることにするよー」
「そうなんだ……じゃあ、またね……だね」
するとフェネックが近づいて、耳打ちをした。
「イヅナちゃんのこと、どこまで分かった?」
「っ!?」
不意の質問に驚くと、フェネックは口に人差し指を当て
”静かに”のサインを示した。
「……まあ、普通のフレンズじゃないってとこまでは」
と小声で質問に答えた。
「そっかー、じゃあ大丈夫だねー」
まったくもって何が大丈夫か分からないと考えていると顔に出ていたようでフェネックはクスクスと笑っていた。
フェネックは何を知っているのだろう?
ただ僕の目には何か決定的なことを知っているように見えた。
図書館を発ったバスは最初の目的地の湖畔に向かっている。
せっかくジャパリパークを回るからまだ行ってない場所はさっと通るだけでも行ってみたいものだ。
その湖畔に行くために今バスは平原を横切っているのだが……
遅い、とんでもなく遅い。
前に見た”ばすてき”とほとんど変わらない。
「赤ボス、5日ってのはこのゆっくりな運転での日程?」
「ソウダヨ」
「景色が見やすくて、私はいいと思いますよ」
僕としてはヘラジカあたりに捕まるのも面倒だから早めに平原は抜けてしまいたい気持ちもあるのだけれど……
そんな僕の不安をよそに、バスは平原を抜け、湖畔に入った。
「……大きい湖だね」
「とってもキレイですね」
透き通るような青い水が視界いっぱいに広がり、水面に反射した日の光がまぶしい。
見ているとさっきまで頭にあったいろいろな蟠りがとけていく。
といってもそのほとんどは……お察しだ。
「ビーバーさんとプレーリーさんの家まで行ってみましょう」
湖畔にはビーバーとプレーリーが作った家がある。
かばんちゃんとサーバルが最初に湖畔に訪れたときに二人の家づくりを手伝ったと聞いている。
「わかったよ、進路を少し変更するね」
数分もしないうちにバスは湖畔の家についた。
近くに川が通り、見晴らしもいい。立地も申し分ない素敵な家だ。
「ビーバーさん、プレーリーさん、いますか?」
かばんちゃんが二人を呼ぶ。
程なくして、薄い茶色の上着と緑のチェックのスカート、首元に白いモフモフがあるフレンズが出てきた。
「かばん殿、久しぶりであります!
そちらの方々は?」
「こっちがコカムイさん、そしてイヅナさんです。
……ビーバーさんはどこへ?」
「ビーバー殿は川で泳いでいるであります、
すぐに戻ってくるはずでありますよ」
どうやらビーバーの方は今はここにいないみたい。
だとすると今目の前にいるのはプレーリードッグの方だろう。
一応自分からも自己紹介をしておこう。
「はじめまして、僕はコカムイ、よろしくね」
「……イヅナです、よろしくお願いします」
「よろしくであります!」
プレーリーはそういった後、僕とイヅナの顔を交互に数回首を振って見た。
「……顔に何かついてる?」
「いえ、そうではなく……”ご挨拶”をさせていただきたいであります!」
”ご挨拶”という言葉を聞いて頭に何かが引っ掛かった。
そういえば前にかばんちゃんの旅の話を聞いたとき、それについて話していたような……忘れてしまった。
イヅナの方を見てみるとすでに数歩後ろに下がっていた。
……何か心当たりでもあったのかな。
「こ、コカムイさん、前!」
イヅナに促されて前を見ると、プレーリーがすぐそこまで迫ってきていた。
「え?」
すぐさまバックステップ、プレーリーから離れた。
プレーリーは突然僕が後ろに下がったから腕が空振ってバランスを崩した。
手の高さからして頭をホールドしようとしていたのだろう。
「な、なんで逃げるでありますかっ!?」
急に迫ってきたからだ。
とはいえ少しかわいそうな気がしたので謝ろうかとも思ったら、
相手はまだあきらめていない様子。
再びこっちに全速力で迫ってくる。
仕方ないからタイミングを見てもう一度バックステップ。
再びプレーリーを避けようとした、したのだが……
「うわわっ」
つまずいて仰向けに転んでしまった。
「捕まえたであります!」
さしずめ狩られた小動物の気分だ。
命乞いでもすれば見逃してもらえるだろうか。
プレーリーの顔が心なしかゆっくりと近づいている気がする。
そのまま”ご挨拶”とやらを……
「こ、コカムイさんっ!」
そんなのお断りだ。何をするかは知らないが。
勢いよく横に転がってプレーリーから逃れた。
コケるというアクシデントに見舞われたが、なんとかプレーリーの挨拶を回避することに成功したのだ。
文面だけを見ると、「挨拶を回避」とはなかなかシュールなものだ。
「むぐぐ、仕方ないであります……」
よく分からないけどようやく諦めてくれた。そう思っていたら、今度はイヅナに向かって歩き出した。
ターゲットを変更しただけだった。
「え、わ、私ですか……?」
イヅナへと向かうプレーリーの足取りがだんだんと速くなる。
イヅナは足が竦んだのか一歩も動けない。
……何か別の意味で危ない気がする。
それからの行動は速かった。
転がったときに服についた土を払うこともなく走り出し、イヅナを勢いよく押して逃がす。
「っ、コカムイさんっ!?」
プレーリーの方を向いて確認するとすぐそばまで来ていた。
一寸先はプレーリー。
「む、んんーーーー!!」
「うわわわぁぁ!?」
頭を両手で抑えられ、他の誰よりも強烈な『ごあいさつ』をされてしまったのだった。それが口ではなく頬だったのは何という不幸中の幸いか。
さっきの通り、あいさつをされたのは僕……なのだが、今僕はバスの中でイヅナの看病をしている。
何を思ったのか、『ごあいさつ』を見たイヅナが卒倒してしまった。
家に運ぼうにもイヅナを抱えて梯子は上れないから、
バスの中のベンチに寝かせている。
された僕が一番驚いているはずだけど、イヅナにとってもあれはかなり刺激が強かったみたいだ。
そんな過激な挨拶をしたプレーリーはというと、家の前でビーバーの説教を受けている。
「だから、誰彼構わず『ごあいさつ』しちゃダメっていったはずっスよ!」
「うう……ごめんなさいであります、
もうしないであります……」
「ねえ、プレーリーも反省してるしもう許してあげたら?」
「どうっスかね……この約束もかれこれ6回目っスよ」
そう言うビーバーは当然怒っているけど、拗ねているようにも見える。
というか6回目ってことは僕のほかに少なくとも5人は被害者がいるのか……見ていていたたまれないのでビーバーに話しかけた。
「どうしてそんなに怒ってるの?」
「……」キッ
睨まれた。質問を変えよう。
「ええと、その、挨拶って……」
このあと何と続けようか迷っていると、プレーリーが間に入ってこう言った。
「ビーバー殿とは毎朝毎晩欠かさずしているでありますよ!」
……なんと、それは驚きだ。
プレーリーの告白を聞いてビーバーは挙動不審、慌ただしく歩き回り始めた。
「ぷ、プレーリーさん!? そういうことは……もう!……ちょっともう一回泳いでくるっス……」
その場にいられなくなったのか再びビーバーは川に入ってしまった。
「び、ビーバー殿……いつもはあんなに怒らなかったのでありますが……」
残された僕たちにも微妙な空気が流れる。
空を見ると日が沈みかけ、橙色になった部分が広がってきている。
「プレーリーさん、早めにビーバーさんに謝っておいた方がいいよ、自分からもう無差別にしないって言ってあげた方が、ビーバーさんも安心できると思う」
もうすぐ日も暮れる。
このままの空気で明日を迎えることになってしまったら僕たちも安心してさばくちほーを目指すことができない。
「そ、その通りであります、ビーバー殿に謝らなくては!」
プレーリーがビーバーを追って走り出す。
かばんちゃんとサーバルもその後ろについていく。
バスで寝ているイヅナの様子を見たら、問題なさそうだから僕も3人についていくことにした。
探し始めて25分くらい、ビーバーは家から少し離れた水辺で、川に足を入れてピチャピチャと水を蹴飛ばしていた。
ビーバーの後ろを見ると使われずに放っておかれた丸太が積まれている。
「び、ビーバー殿!」
プレーリーの方を向いたビーバーの顔は悲しそうに見えた。
心配でついては来たけど僕たちの出る幕じゃない。
少し下がったところで二人を見守っていることにした。
「……なんっスか?」
声は小さく、目はプレーリーの方を見ていない。
プレーリーにも少し迷いが生まれたみたいだけど、深呼吸をして覚悟を決めたみたいだ。
「その、私が、誰にでも『ごあいさつ』をするせいでビーバー殿を悲しませてしまって、それを、何回も……」
「いいんスよ。全部オレっちのわがままっス」
「だ、だから!」
「……」
「もう、2度と、ビーバー殿以外には『ごあいさつ』をしないと、誓うであります!」
そう言い、ビーバーに”とびっきり”の『ごあいさつ』をした。
どこらへんがとびっきりかといえば、そこらへんだ。
……誓いの挨拶、とでもいったところか。
「ぷ、プレーリーさん……」
いい雰囲気なので、僕たちはバスの方に先に戻った。
……戻ってきた2人は、とても機嫌も仲もよく見える。雨降って地固まるとはこのことだ。
なんだか友達以上の何かを感じるのはさっきのものを見てしまったからだろうか。
「では、おやすみであります!」
「一応気を付けるっスよ」
「うん、おやすみ」
かばんちゃんとサーバルは二人と一緒に家の中で、
僕はイヅナを看るために一緒にバスで眠ることになった。
「イヅナ、あの時なんで倒れちゃったの?」
「そ、それは……その……」
答えてくれなさそうだ。本人も分からないのかもしれない。
……せっかくだ、聞いてみるか。
「話は変わるけど、イヅナってフレンズになる前のことって覚えてるの?」
「えっ!? な、なんで?」
「……気になるから」
「そっか、でもごめん、何も覚えてないの」
「……そうなんだ」
どっちにしろ、フレンズ化の前のことについて話してはくれないようだ。
うろたえていたから少し怪しいけどな。
でも本人の口から「覚えてない」と聞いたことは一つの情報として役に立つ時が来るかもしれない。
なるべくなら来てほしくないのだが。
今日の分の日記を書いた。
一応昨日の分も確認しておこう。
『8日目
今日は噴火で生まれた新しいフレンズと出会った。
名前はイヅナ。
雪山と図書館に行ってイヅナについて調べた。
辞書や事典にいろいろ書いてあった。
詳しくは後ろの方にメモした。
赤ボスによると、僕はフレンズ化しているみたいだ
初めて出会ったフレンズ
イヅナ』
『9日目
ジャパリパークを反時計回りに回ってロッジに戻ることにした。
今日は湖畔でプレーリーとビーバーに会った。
プレーリーに”あいさつ”をされて、イヅナがぶっ倒れた。
初めてであったフレンズ
ビーバー オグロプレーリードッグ』
「こんな感じでいっか、おやすみ、イヅナ」
帰ってくるはずのないおやすみの挨拶をして、僕も眠ることにした。案外疲れているようでかなわない。
「おやすみ……ノリくん」
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