2-17 狐火見るより明らかなのに

「じゃあ洗うの……頼めるかな?」


「まかせるのだ! アライさんにおまかせなのだ!」


今、ペンキに頭から突っ込んでペンキまみれになった赤ボスを洗うことをアライさんにお願いしているところだ。


「コカムイさんは調べもの終わりましたか?」


「あ……」


どうしよう。イヅナについて話してしまうべきだろうか。

それと、自分のフレンズ化について。

まだ曖昧なことも多くて、話すには考えがまとまっていない。


「……まだもう少し調べたいものがあるから、また行ってくるね」


「はい、わかりました」


今は、話さずにいることに決めた。


書庫に再び向かうとき博士たちを見ると、いつの間にやらフェネックがその会話に加わっていることに気づいた。

ロッジや雪山でのことといい、フェネックはイヅナの件についてかなり積極的に関わろうとしているように見える。

アライさんを避けているわけではないのでその点は問題ないはずだが、普段ずっと一緒にいるアライさんから離れてでも話すくらいには興味を持っている。


またテーブルを見るとたくさんのファイルや本が乗っていた。

イヅナについて知るためにいろいろ引っ張りだしたことがわかる。

そのイヅナについて、それらのファイルとほとんど関係ない事典に載っていたのは盲点であるに違いない。



「フェネックはイヅナに興味があるみたいなのだ」


「たしかに、ずっと博士たちと混ざって話してるもんね」


「アライさんには何を話してるのかさっぱりなのだ……でも、あんなに興味津々なフェネックを見るのは久しぶりなのだ!」


「きっと、イヅナさんについてたくさん知りたいんですよ」


「そうだよね! 新しい友達だし、フェネックと同じキツネだもん!」


そんな会話が聞こえてきた気がした。フェネックがイヅナに疑いの目も向けていると知ったらどう思うだろう。フェネックは、何かを知っているのかな……?


半分逃げるように書庫にやってきてしまった。何もせずにただ考えているだけというのもあれなので、今度は国語辞典を引っ張り出してきた。


音訓索引のページを開いて、『キツネ』が含まれる言葉を片っ端から探した。

……キツネ色、狐福、狐窓、狐矢、狐日和、狐の嫁入り、九尾狐……狐火。


ざっと見てみたけど、一番目を引いたのは狐火という言葉の説明だった。


『夜、人が火をともしていないのに火が燃える現象。青色の人魂のような炎と語られることも多い。ある場所の伝説では、ある主従が城を建てる場所を探していたところ、白いキツネが狐火を灯して夜道を案内してくれ、城にふさわしい場所まで辿り着くことができたという話もある。』


青い炎、か。そして白いキツネの伝説。

暇つぶしを兼ねて調べただけだったけど、思わぬ情報を得ることができた。

この部分もさっき書いたメモと一緒に記しておこう。

……やっぱり、イヅナは伝説に出てくるような、特殊な力を持った狐だったりするのだろうか。


……分からない、だからもう一つ調べてみたいことがある。

さっきの伝説、そして飯縄権現の説明にも出てきた白いキツネ、いわゆる白狐(ビャッコ)。

白い色という点はイヅナにも共通しているから、もしかしたらもっと何か分かるかもしれない。そうであってほしい。


「……なるほど、ね」


『白い毛を持つ狐、霊狐。稲荷神の眷属として奉納品などの題材に用いられる』


さらについでに稲荷神についても調べてみたけど、かなり長々と書いてあったのでここでは省略しようと思う。

それについても忘れずメモをしておいた。

思ったより時間がかかったけど、その分確信を得られた。


「やっぱり、イヅナは普通の動物じゃない」


それがわかったのは一歩前進。

しかし、それで終わっていけないことは分かっている。


「確かめる必要があるね……3つ」


その三つが分かれば……

「一つ目、イヅナに記憶があるか」

これは直接確かめること、そしてイヅナと似た存在はどうだったか、の二つで慎重に確かめよう。

ただ、直接確かめるには鎌をかけるくらいしか方法がなさそうだな。


「二つ目、記憶があれば、何が目的か」

記憶がなかったら、そのときはまた考えよう。


「三つ目、フレンズ化の経緯」

イヅナがただの動物じゃないなら、何か特別なものに当たって、あるいは特別な方法で……などあるかもしれない。




そう、その三つが分かれば……どうする?

それを知って、イヅナを探って、何がしたいのかな?

本人が打ち明けてくれるまでそっとしておくべきじゃないのか?

こんな、疑うようなことなどせずに。


不意に頭に浮かんだ葛藤、あるいは迷い。

罪悪感に苛まれたか信じてあげたいと思ったか。

……でも、知りたいと思った。思ってしまった。

イヅナの、「知ってほしい」という声が聞こえた気がした。

それとも、これは自分勝手な幻聴だろうか。




下に降りると、赤ボスは綺麗になっていたが、また浸かったせいで前よりも赤くなっていた。


「アライさんの力でもこれが限界だったのだ……」


アライさんは力不足を悔やんでいるみたい。


「大丈夫だよ、こんなに綺麗なんだからさ」


「あ、ありがとうなのだ」


「気にしないで、そういう日もあるから」



イヅナたちの方も終わっていた。


「あ、コカムイさん……」


「イヅナ、何か分かった?」


「いえ、何も……」


「我々でも力が及ばなかったのです」

「ただ、どこかで見た気はするのですがね」


「そうなの?」


「多分ですが……気のせいでしょうか」


この場でイヅナについて詳しい情報を持っているのは僕と、記憶があるならイヅナも……最高で二人。

博士たちにだけでも話してあげる方がいいのかな?


「ねえ、博士」


「どうかしましたか?」


どうしよう、話せばあの夜にあったことについて話してもらえる可能性もある。

いや、やっぱりまだ分からないことだらけだ。

そして博士たちに話してもその疑問は解決しないだろう。

……まだ、黙っていよう、話してもいいという確信を得られるまで。



「……どうして黙っているのですか?」


「あ、いや……そうだ、この本」


僕はジャパリパーク全図を取り出した。


「ああ、返しに……」「ずっと借りてていいかな?」


「…………」


その目をやめて、カレーをかばんちゃんにせびる二人を見るときの僕のような目は。


「それは、もらうのと同じなのです」

「つまり、それなりの”対価”が必要なのです」


「だったら……これでどうかな」


バッグからカレー粉を取り出して二人に差し出した。


「これは何ですか?」


「カレー粉、これを使えばスパイスの調合とかせず手軽にカレーを作れるよ」


「では、そうですね……」


すると博士と助手はコソコソと話し始めた。

しばらくするとこっちを向いてじりじりとにじり寄ってきた。

博士は僕の手にカレー粉を乗せて言った。


「では、このカレー粉とやらを使ってカレーを作るのです」

「かばんの手を借りずに作るのですよ」


そんな殺生な。

火をつけるどころか誤って消してしまうような人に向かって……でも仕方ない、ジャパリパーク全図を手に入れるためだ。


「分かった、ちょっと待っててね」


カレー粉を携えて、台所に立った。

……まずは火を点けなくては。

気乗りしないけど覚悟を決めてかまどに向き合う。


……そこにあったのは青が目立つ炎がついたかまどとその横に座って空気を送っているイヅナだった。


「……何してるの?」


「火は点けておいたよ!」


「そ、そっか」


炎は普通見るものと違って青い部分が多くキレイに見える。イヅナの点け方が上手なだけかもしれないけど、ついさっき狐火について調べた身からすると少し気味が悪い。


そして周りを見てみるとまな板がある辺りにカレーに使う野菜が揃えられていることに気づいた。


「あれも、イヅナが用意したの?」


「うん、本に書いてあった通りに持ってきたよ」


イヅナは本を読むことができるらしい。ここで問い質してしまいたい気持ちだったけど抑えてカレー作りに専念した。


イヅナが手伝ってくれたおかげでトントン拍子に料理を進められた。一度、イヅナが手伝ってしまってもいいのかと聞いてみたら


「手伝っちゃいけないのはかばんちゃんだけだから!」と答えた。どこぞの一休さんのような切り返しだった。


突っ込みどころの多い料理だったけど無事に完成させた。

「よし、これで盛り…つければ……」


「こ、コカムイさん、どうかした?」


「ご飯……忘れてた……」


「……あ」


カレーを作るのに夢中でご飯を炊くのをすっかり忘れていたのだ。


「コカムイ、まだなのですか」「さっさと持ってくるのです」


カレーのにおいを嗅ぎつけた博士たちが催促する。


「ど、どうしよう、の……コカムイさん」


今から炊いていたんじゃ絶対間に合わない。

どうにか、ごまかすような方法は……

手掛かりを探して周りを見渡すと、少し遠くに悠々とジャパリまんを食べるフェネックとアライさんがいた。


こっちはこんな状況なのに…………いや、もしかしたら、


「赤ボス、お願いできる?」


「マカセテ」


「え、どうするの……?」







「お待たせ、完成だよ」


差し出されたお皿の上にはジャパリまんが乗せられている。


「なんですかこれは」「我々をバカにしているのですか」


当然こんな声が上がってくる。


「まあまあ、食べて見なよ」


怪訝そうな顔をしつつも、二人はジャパリまんにかぶりついた。


「……!? こ、これは」

「中にカレー……新食感なのです」


反応を見るに好評でよかった。

起死回生の一手、『ジャパリカレーまん』。


その後、もっととせびる二人に二個ずつカレーまんを食べさせることになり、僕は無事にジャパリパーク全図を自分のものにしたのだった。

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