2章 エピローグ

 序列戦の後、意識を失ったルトとアロンはすぐさま街の病院へと運ばれた。

 そこで治癒魔法を受け、身体の細かな傷についてはすぐに消えたが、しかし治癒魔法では体力は回復しない事もあり、2人はすぐには目を覚まさなかった。


 結局、アロンが目を覚ましたのが序列戦の2日後、ルトが目を覚ましたのがその更に3日後の事であった。


 そしてルトが目を覚ました翌日の事。

 お見舞いの為病室を訪れたアロンからルトへと、未だ身体に残るだるさを吹き飛ばす程、衝撃的な言葉が告げられた。


「……旅に……出る?」


 まさかの言葉に、ルトは思わず目を見開く。

 対しアロンは至極落ち着いた様子で、

 

「おう」

「え、いつから?」

「明日だな」

「な、なんで……そんな急な……」


 旅に出るだけでも衝撃的であるのに、まさか出発が明日とは。

 そんなに急ぎで出発するのには何か理由があるのか。


 そう、例えば──


 と、驚きの連続にルトが動揺していると、そんなルトの内情を感じ取ったか、アロンは一度小さく息を吐き、


「勘違いすんなよ。別に学園を退学になったから、2人と会うのが気まずくなったとか、そういう訳じゃねーよ。元々負けたらそうするつもりだっただけ」


「なら、どうして」


 旅に出る理由がわからず、再度問う。

 そんなルトに、アロンは真剣な表情を浮かべると、


「ルト。俺はまだ術師団に入って親に楽をさせるって夢を諦めた訳じゃねぇんだ。ただ、学園に通わず術師団に入団するのは難しくてよ、術師団側から直接スカウトされるしか方法はねーんだわ」


「スカウト……」


「そ、ルトの幼馴染の戦姫ちゃんのようにな」


 リアリナの強さをよく知るルトはスカウトされる事の難しさを誰よりも理解している。


 そしてその事をアロンもわかっているのだろう。アロンは一度小さく笑うと、


「……ルトもわかると思うけど、スカウトされる為には強くなって、術師団の耳に入るほど名を広める必要がある。……それはさ、この街に居たんじゃ不可能なんだ。力を付けて、街々で名を売っていく。その為には旅しかねーんだよ」


 ……やっぱ、アロンは凄い。


 アロンの夢を諦めない姿勢に、ルトは彼の凄さを再認識した。

 そして同時に、再び考えてしまう。


 やはり、これだけの強い思いを抱き、夢に向かうアロンこそが学園に残るべきなんじゃないか……と。


 そしてその思いのまま、ルトは口を開き──


「……ねぇ、アロン……僕……」


「なぁルト。あの試合の事、後悔するのだけはやめてくれよ」


「…………ッ!」


「俺もお前も全力で戦った。今後の事なんか何も考えずに、ただ勝つ為に。……その結果がこれなんだよ」


 アロンの言葉に、しかしルトは俯いたまま、


「けど、やっぱり……学園にかける想いが、目標がアロンの方が上で──」


「なら、今から目標を作っちまえば良い」


「……え」


 まさかの提案に、ルトは顔を上げアロンをじっと見つめる。

 対しアロンは、悲観的な様子など一切見せず、寧ろ楽しげに腕を組み、うーんと唸った後、ハッとした表情を浮かべると、


「……あーそうだな、よし。んじゃ、とりあえずルトの直近の目標は後期の序列戦学年1位だな」


 そう声を上げ、ニッと笑った。

 ルトはその笑みを目に入れながら、アロンに引っ張られるように表情を少し明るくすると、呆れたような声で、


「いや学年1位って、そんなルティアさんに勝てる訳……」


「ルティアさんに……か。はなから『勇者』とか他の連中に負ける気は無いみたいだな」


 言ってアロンがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。


「いや、別にそういう訳じゃ……!」


 慌てふためくルトに、アロンはフッと表情を緩めると、


「……冗談だよ。ってか目標くらい高く行かなきゃ。俺が言うのもなんだけど、ルトは自己評価が低すぎるきらいがあるよな」


「そう……かな?」


 多少自覚はあるが、まさか他人から指摘される程だとは思わず、ルトは首を小さく傾げる。

 そんなルトに、アロンはウンと頷くと、


「間違いなくな。ほれ、ルティアちゃんを考えてみろよ。ルトにあれだけの自信があるか?」


「ないね……」


 流石に比べる相手が悪いような気もするが、確かにルティア程の自信があるかと言われれば、まず間違いなく無い。


 ……と、どうやらアロンは勢いのままに発言したようで、ここでバツの悪そうな表情を浮かべると、


「……あー、いや、悪い。流石に比べる相手が悪すぎたわ。普通に考えて、ルティアちゃん程自信持った人間なんて早々居な──」


「──私が、どうか致しましたか?」


「げっ。ルティアちゃん!」


 ここでの登場は流石に予想外だったのだろう。アロンがビクリと小さく肩を震わせる。


「げっとは何ですかげっとは!」


 そんなアロンの様子に、ちょうど今室内へと入ってきたルティアが、ジトーッとした目を向ける。

 しかしすぐに心配したような面持ちになると、視線をルトの方へと移した。


  「……それよりも、ルトさん……具合の方はいかがですか?」


 ルティアの問いかけに、改めて自身の体調に意識を向ける。


 外傷については早々に回復魔法で治してもらった。全身を襲っていた倦怠感についても、数日寝込んだ事ですっかり消え去った。


 残る懸念は未だ消えない黒い痣だが……これは自身に何か害を及ぼすかがわからない以上、伝えても余計な心配をかけるだけであろう。


 そう考えたルトは一度ウンと頷くと、笑みを浮かべ、


「問題ないよ。明日にはここから出れそう」


「……本当ですか! 一安心ですわね! ……全く、試合後にお二人が倒れた時は私とても生きた心地がしませんでしたわ」


 ルトの言葉を受け、ルティアが胸元に手を当てながらホッと息を吐く。

 アロンはと言うと、ルトが黒い痣について隠そうとしている事に思う所があったが、一度その思いをグッと引っ込めると、明るく努めながら、


「俺もルトもビビるくらいボロボロだったもんな!」


「……笑い事ではありませんよ! 全くもう」


 言って、ルトとアロンへとジトーッとした目を向けた後、ハーとわかりやすい溜息を吐いた。

 そして一拍ほど間を開けると、次の話を切り出す。


「……あ、ところでアロンさんあの話は……」


「ん? あぁ、旅の話か。ちょうど今話したところ」


「あ、ルティアさんはもう知ってたんだね」


 当然かと思いつつ、ルティアへと目を向けるルト。

 対しルティアは一度笑みを浮かべた後、表情を何とも言え無いものに変えつつ、


「はい。アロンさんが目を覚ました時に聴きましたわ。……本当、随分と急な話ですよね」


 ルティアの言葉に、当事者であるアロンはウンウンと強く頷くと、


「まぁ、俺もそう思うわ。ただ先に言うとルトが動揺するんじゃねーかと思って言うのを躊躇ってたんだよ。……んで、その懸念は正解だったようだな」


 言って半目を作り、ルトの方へと視線を向ける。


「……うっ。仕方ないじゃん。1か月の間ずっと一緒に居たんだもん。そりゃ、突然遠くに行くってなれば、動揺もするさ。……え、てかルティアさんは動揺しなかったの?」


 小さく目を見開きつつ問うたルトに、アロンはわざと遠い目をしながら、


「……ルティアちゃんは思いの外冷静だったな」


「何か私が薄情な人間のように聴こえますわね……勿論、私だって驚きましたよ。しかしアロンさん本人が決定した事ですし、友人ならばここで引き止めるべきではないと考えただけですわ」


 言って、更に「アロンさんには是非夢を叶えて欲しいですし」と付け足した。


 その言葉に、ルトは小さく頷くと、アロンへと視線を向け、


「……夢を叶えて欲しい。その気持ちは僕も同じ。……だから、応援してるよ」


 言ってニコリと微笑む。

 その2人の言葉を受け、アロンは大きく目を見開くと、ニッと快活な笑みを浮かべ、


「ありがとな! 俺、頑張るわ!」


 と力強く声を上げた。


 その後、3人は談笑をしたのだが、ここで話が明日のアロンの旅立ちについてへと移った。


「そういえば、アロンは明日のいつ頃出発するの?」


 首を傾げるルトに、アロンは視線を天へと向けると、


「んー、まぁ……明るいうちに隣町に着きゃ良いし、10時くらいの馬車にでも乗るかな」


「10時か。なら、お見送りできそうだね」


「はい! 私も問題ございませんわ!」


 言ってルティアが頷く。


 その後、翌日の集合場所を馬車が出る南門とした所でこの日は解散となった。


 ◇


 翌朝。あいも変わらず病院に居るルトは、ベッドから身体を下ろすと、腕を回したり屈伸をしたりして、身体の状態を確かめた。


「うん、もう大丈夫かな」


 昨日まであった身体のだるさも、完治とまではいかないまでもだいぶ良くなった為、これなら出歩いても問題ないだろう。


 ルトはそう判断すると、元々本日退院予定だった事もあり、スムーズに手続きを終わらせ、病院を出た。


 久しぶりに浴びる太陽の光。

 湿度が低いのかカラリとした気持ちの良い陽気の中で、ルトはぐっと伸びをする。


 それを数秒程続け、気分が良くなった辺りで、ルトは集合場所である南門へ向けゆっくりと移動を開始した。


 歩く事十数分。ルトは南門へと到着した。


「さて、2人は……」


 と辺りを見回すも、人の姿はあれど2人の姿は無い。

 しかしそれも当然か。何故なら現在の時刻は9時20分。集合時間よりも40分も早いのだから。


「流石に早すぎたかな」


 思わず苦笑いを浮かべるルト。

 そして、いつものようにゆっくりと2人の到着を待とうとそう考えた所で……遠方にアロンの姿を見つけた。


 ……驚いた。いつもは早くても10分前にならないと来ないのに。


 予想外に早い到着に驚きつつ、アロンへと手を振る。

 するとアロンはこちらに気づき、ルトの到着の早さに目を丸くした。しかしすぐに小さく笑みを浮かべると、軽く手を上げる。


「よ、ルト」

「おはよう、アロン」


 アロンがルトの元へたどり着くのと同時に、いつものように声を上げる。


「びっくりするくらいの晴天! これぞ絶好の旅立ち日和ってやつだなー」

「はは、そうだね」


 対しルトは小さく笑みを浮かべる。いつもならば、この後再び他愛もない話が続くのだが、この日は両者押し黙ってしまった。


「…………」


 別に仲違いをした訳では無い。2人の仲はいつも通り良好だ。

 現に今2人に流れている空気感も、決して重苦しいものではない。

 とは言え、気まずさというか、何とも言えない独特の空気感は流れているのだが。


 では何故微妙な雰囲気なのか。


 ルトは考え、結論に至る。


 結局、いくら納得し肯定しようとも、今日アロンが旅立ち、そして当分会えなくなってしまうという事実に、いまいち実感が湧かないのだ。


 だからこそ、アロンも何とも言えない表情を浮かべている。


 ルトはそう考えたのだが、どうやらアロンの内情はそれとは違ったようで。


 アロンは意を決した様子で声を上げる。


「なぁ、ルト。最後に1つだけ聴いておきたいんだけどさ」


 言って真剣な面持ちでルトへと視線を向けると、


「…………痣、大丈夫なのか?」


 至極心配そうに、眉根を寄せた。


 痣。黒い痣。


 アロンとの序列戦の際、許容以上の力を使用してしまい、ハデスによる侵食が進んだ事で発生したソレら。

 一見すると、身体に多大な影響を与えそうではあるが、現状何かしら違和感があるかと言うと特にない。


 もしかしたら気づいてないだけで悪影響があるのかもしれないが、ルト自身が気づかない以上、大した事はないだろう。


 ルトはそう考えると一度小さく頷き、


「……うん。少なくともすぐにどうこうなるって事はないよ」


「そっか」


 言ってアロンはホッと息を吐いた。

 そして数秒の沈黙の後、真剣な面持ちのまま話を続ける。


「……ルト。俺はお前が居なくなったら悲しいぞ。ルティアちゃんも同じ気持ちの筈だ」


「うん」


「だから、居なくなるのだけはやめてくれよ」


「うん、約束する」


 居なくなる。アロンの想定するそれが何かははっきりとはわからないが、少なくとも彼らとの縁を切ってまで何かを成そうとは現状思っていない為、ルトは言葉の後大きく頷く。


 その姿を見て、アロンも表情を崩し、破顔した。


 と。話もひと段落したこのタイミングで、アロンはハッとした表情を浮かべると、


「おーい、ルティアちゃーん!」


 と声を上げ、大きく手を振る。

 そのアロンの姿につられるように視線を向けると、そこにはこちらに向かい歩くルティアの姿があった。

 アロンにつられるように、ルトも小さく手を振る。


 するとアロンの声を受け、こちらに気づいたのだろう。ルティアは目を大きく開くと、笑顔を浮かべ手を振りながら走り寄ってきた。


 そして到着と共に一言。


「遅くなりました!」


「いやいや、まだ20分前だから!」


 ◇


 その後3人は何てことないような、くだらない話をした。

 このかけがえのない時間を噛みしめるかのように。


 そしてあっという間に時間は過ぎ、時刻は9時55分。

 出発5分前である。


「そろそろか……」


 アロンが少しだけ寂しげに声を上げる。


 談笑しており意識していなかったが、周囲を見るとアロン同様に馬車を利用する人々がぞろぞろと移動を開始していた。


 つまりあと数分で──


 と。ここでアロンは数歩歩くと、並び立つルトとルティアに向き合うように立った。

 そしてゆっくりとルト、ルティアの顔を目に収めると、小さく口角を上げ、


「……んじゃ、2人共。また強くなったら……って、ちょ、何泣いてんだよルト!」


 と、ここでルトの瞳から一筋の涙が溢れた。

 ルトも泣くつもりなど無かった為、多少の困惑を滲ませながら、


「……え、あ、あれ。ハハ、おかしいな。…………泣かない、つもりだったのに……」


 そんなルトの姿を目にし、アロンは思わず苦笑すると、ルトへと歩み寄り、ポンポンッと背に手を置いた。

 そしてルトへと視線を向けたまま口を開き、


「何も一生会えない訳じゃねーんだからさ、ほら泣き止め……って、ちょっとルティアちゃんまで」


 ここでルティアまでもが涙を流した。元々泣きそうだったのもあるが、完全にルトの涙を目にした事によるもらい泣きであった。


 笑顔でのお別れのはずが、まさかの2人が泣きだす展開に、アロンは若干の困惑を覚える。

 同時に、それだけ自身の事を2人が大切に思ってくれていると実感したアロンは、


「……あぁ、もう」


 と頭を掻くと、瞳に若干の涙を滲ませがら、


「ルト! ルティアちゃん!」


 と強く声を上げる。

 声を受け、顔を上げるルトとルティア。


 そんな2人に向け、アロンは服で涙を拭った後、堂々と、宣言をするかのように力強く、


  「俺は、絶対に強くなる。そして術師団に入団して……胸を張ってここに戻ってくるから! だから、少しだけ待っててくれ!」


 対し、ルトは涙を流しながら、


「うん。待ってる」


 と言う。それにルティアも力強く頷き、その姿を見たアロンはニッと快活な笑みを浮かべた。

 そして──


「じゃあな、ルト、ルティアちゃん。また会おうな!」

「うん。また会おう!」

「絶対……絶対ですわ!」


 2人の言葉を聴いたアロンは、クルリと背を向けた。

 そして堂々と馬車へ向けて歩いていき──途中で突然くるりとルト達の方を向くと、


「あ、そうだ!」


 頭上にハテナを浮かべるルトとルティアに、アロンは何ともニヤニヤという擬音が聞こえてきそうな表情で、


「……お二人さん、俺が居ない間に仲良くなるのは良いけど……どうか俺の居場所は、残しておいてくれよ?」


 そんな最後までおちゃらけた様子のアロンに、ルトは呆れ半分で、


「もう、何言ってんの。……待ってるから、強くなって」


「おう!」


 言葉の後、アロンは2人に見送られながら馬車へと乗り込み、そして隣町に向け走っていった。


 その姿をずっと眺め、遂に馬車の一部すら見えなくなった所で、ルトはポツリと呟くように声を上げる。


「……行っちゃったね」

「そう、ですわね」


 その後、アロンが去っていった方角へと目を向けたまま沈黙する事数秒。

 ここでルトが再び小さく口を開く。


「ねぇルティアさん」


 ルトの言葉にどうしたのかと振り向くルティア。

 対しルトはあいも変わらずアロンが去った方を見ながら、半ば確信めいた口調で、


「……きっと、アロンはめっちゃ強くなって帰ってくるよ」


「ですね。……私達も負けじと頑張らなくては」


「うん、頑張ろう」


 言って頷いた後、ルトは昨日のアロンの言葉を思い出す。


『んじゃ、とりあえずルトの直近の目標は後期の序列戦学年1位だな』


 ……1位か。きっと、想像を絶する程に大変だと思うけど、アロンに負けない為にも頑張って目指してみようかな。


 青々とした快晴の空の下、暑い日差しに照らされながら、ルトは1人そう決意した。


 ──激動の夏が始まる。


 ◇


 アルデバード術師協会、会議室。

 現在この場には、会長であるレイク・マドレンと、構成員である20名のうち、欠席の2名を除いた18名の姿があった。


 円形のテーブルをぐるりと囲うように着席する計19名の強者達。


 どこか薄暗い室内で、誰一人として私語をせず、シーンと静まり返っている中、ここで遂に会長であるレイクが小さく口を開く。


「……それでは会議の方を始めようか」


 言葉の後、いつも通りに会議が始まった。


 予算、近隣諸国関連、国防関連等国営に関して様々な議題が挙げられ、解決もしくは保留にされていく。


 そんな中で、レイクから見て6つ右側に座る1人の男が、眉間にシワを寄せながら口を開いた。


「先日行われたアルデバード学園の序列戦にて、1年に在籍する少年、ルトが死神を纏っていたとの報告を受けた。これが事実ならば、由々しき事態であり、早々に対策を講じるべきであると思うが、会長はどうお考えですかな?」


 そう言って険しい表情のままレイクへと目を向けるその男は、術師協会構成員のうち、纏術師側で第6席に位置するロベリオ・グロリオーサである。

 彼は以前から、ルトが死神の纏術師ではないか? という噂を耳にしており、ルトに対し厳しい目を向けていた人物であった。


 と、そんなロベリオの追及するような視線に、しかしレイクは表情を一切変えずに、


「うむ。確かに彼、ルトくんが死神の纏術師であるというのは事実だ」


「…………!」


 ロベリオの言を肯定した。

 遅かれ早かれ知れ渡る事実であり、隠しても仕方がないと判断したのだ。


 ざわざわと、レイクの言葉に構成員が反応を示す。

 しかし仕方がないと言えるだろう。


 何故ならば、死神と言えば過去に一国を滅ぼしかけたと言われる程強大な力を持った恐ろしい存在なのだから。

 例え構成員が国内で上位の実力者であったとしても、仮に死神が暴れれば被害なく制圧できるとは限らないのである。


 と。そんな騒めきの中で、ロベリオは多少の動揺からか、額に一筋の汗を流しながらも、


「……ならばのうのうと学園に通わせたりせず、国外追放等相応の対応を検討すべきではないか!」


 と力強く声を上げる。


 確かにロベリオの言葉にも一理ある。


 死神が暴走するかどうかは置いておいて、危険な存在であるのが確かな以上、早い段階で遠ざけておくのは何も間違った事ではない。


 が、レイクはやはり表情一つ変えずに、


「……以前、彼と直接話した事があるが……彼はまっすぐで善良な少年であった。そんな少年をそう簡単に追放などできないさ」


 対しロベリオは唾を飛ばす勢いで、


「私情を挟んで良い状況ではないであろう! 死神というのは古来、国に大損害を与えてきた悪しき存在! 例え主が善良であろうとも、いつ乗っ取られて暴走を始めるかわからないではないか!」


「……暴走云々はあくまでも可能性の話だ。この場に死神が実際に国に損害を与えた姿を見たものはいるかい?」


 1人として首を縦に振るものは居ない。


「……ならば、どうして善良な一国民を確信もないままに追放できようか」


「国ならば、個では無く多を優先すべきではないか!」


 レイクの言葉に対し、一切引き下がる事なく声を上げるロベリオ。

 そんな彼に、レイクはロベリオの方へと目を向けると、


「……多を優先すべきと言うのならば、尚更ルト君を追放してはならないね」


 レイクの言葉に、ロベリオは怪訝な表情を浮かべる。


 当然だ。被害を生み出すかもしれない死神が、多を救う事に繋がるとはロベリオには到底考えられないのである。


 と、そんなロベリオ達が次の言葉に注目する中で、レイクは一度全員の顔を見回すと、


「……君達は知っているだろうか。……あの『戦姫』が、ルト君に対して何よりも強い恋慕の情を抱いている事を」


 突然話に登場した戦姫に、しかもその内容が色恋云々である事に、ロベリオは訳がわからず、眉根を寄せたまま声を上げる。


「それが何だと言うのか」


「仮に、暴走する確証もないのにルト君を国外追放でもしてみよう。……その時、ルト君を想う『戦姫』はどのような行動に出るかな? 少なくとも、国に協力などしてくれなくなるだろう」


 レイクの言葉を受け、ロベリオは拍子抜けしたような表情のまま、鼻を鳴らし、


「はっ! 何かと思えば。いくらエンプティ所属とは言え、『戦姫』はまだ15の小娘ではないか。態々話題に出す程の存在とは思えんが?」


「……『戦姫』が、霊者イギアと会話できる数少ない存在だと言っても?」


 レイクの言葉に、ロベリオをはじめとした構成員が動揺を示す。


「……なっ!? そんな筈はない! 術師協会に所属する私ですらまだだと言うのに、そんな事が──」


 目を見開きながら声を荒げるロベリオ。


 信じられなかった。

 しかし、レイクは嘘を付かない為、事実なのだろう。


 ……つまり。霊者の声を聞けるという事は、15歳にして──


 そこまで思考した所で、ロベリオはレイクの言おうとする所をようやく理解した。


「もうわかっただろう? 多を慮るのならば、確信のないルト君の暴走による被害と、『戦姫』が確実に救うだろう命の、どちらを優先すべきかを」


 先程まで噛み付いていたロベリオであったが、流石にこれ以上声を上げる事はできなかった。

 そんなロベリオに、レイクは小さく笑みを浮かべると、


「それに……問題はないよ。もし彼が暴走をするようなら……私自らが赴き全力で対峙する。……それで、良いだろう?」


「…………ッ! ……わかり、ました」


 レイクの言葉に、ロベリオは首を縦に振らざるを得なかった。


 レイクの強さ。

 それが、この場に居る構成員の誰もが認める程、圧倒的なものなのだから。


「宜しい。では、次の議題に移ろうか」


 その後も話し合いが進められた。

 ロベリオもルトの件が無かったかのように、至極冷静に会議に臨んでいた。


 しかしその内心では、死神を野放しにする事をやはり受け入れ難く思っているのであった。


 ◇


「……また、出会えなかった」


 シンと静まり返った深夜のアルデビド草原。周囲に人工的な明かりなど存在せず、また分厚い雲に覆われ自然光さえも殆ど地上に届かない、そんな暗闇の中で、少女が1人空を見上げたままポツリと突っ立っていた。


 別に何をするでもなく、またこれから何かをしようと考えている訳でもない。


 ただだだ、うまく事が進まない現状を嘆くように唇をグッとひき結んでいる。


「一体、どこにいるの……?」


 少女はポツリと呟く。しかしその言葉に誰かが返答する事は無く、少女の声は誰の元へも届かず暗闇に溶けてゆく。


 それが孤独を思わせたのだろう、少女の瞳にジワリと涙が滲んだ。

 が、こんな所で泣いている場合ではないと、グッと唇を噛む事で堪える。


 そうしてジッと立ち尽くす事、数分。


 ようやく溢れそうであった涙も引っ込み、再び目的に向け動き出そうとした所で……。


 暗闇の中、少女へと忍び寄る影。

 そしてその影は、格好の獲物である少女を手に入れようと飛びかかり──しかし、その影の身体が少女へと触れる事は無かった。


「お願い、コロ」


 影が触れる寸前で、少女が小さく声を上げる。

 その瞬間、どこからともなく巨大な狼が現れると、少女を襲うべく飛び出してきたその影、ゴブリンの首が音も無く消えた。

 そして数瞬遅れ、ドサリとゴブリンの身体が地へとぶつかる音が辺りに虚しく響く。


 その様子を暗闇の中興味無さげに目にし、ひとまず脅威が去った事を確認すると、少女はこちらへと歩み寄ってくる大狼、コロの頭をゆっくりと撫でた。

 そして、


「……ありがと、コロ」


 と言葉をかけると、コロは満足気に小さく鳴き、再び暗闇に溶けるようにどこかへ消えていった。


「……フー」


 少女が息を吐く。そして心が落ち着いた所でそろそろその場を離れようとし──


「…………ッ!」


 ここで少女の身体を激痛が襲った。


「……ガ……アッ……」


 じわりじわりと自分が自分で無くなっていくような感覚が少女の身体を走る。


 一体どれ程の時間それが続いたのか。


 身体を丸くし、グッと痛みに耐えていると、徐々に痛みは和らいでいき、最終的には先程までの痛みが嘘のように消えた。


「…………ハァ……ハァ」


 額に大量の汗を滲ませながら、荒い息を吐く。

 そしておおよそ息が整った所で、少女は小さく口を開いた。


「……時間が、無い」


 自分に残された時間が少ない事を感じ取ったのかそう嘆くと、視線を上げ、曇天の空を見上げる。


「私が私で無くなる前に──」


 一拍置き、少女は弱々しい、しかし強い意志の感じられる表情で声を上げる。


──もう1人の死神に」


 言葉と同時に、少女──エリカは歩き出す。


 自らを救える唯一の希望になり得るかもしれない。

 そんな死神の存在を求めて──。



--------------------


これにて2章終了です。


いかがだったでしょうか。楽しんで頂けたのであれば幸いです。


さて、2章についてですが、私自身文章や途中途中の展開にあまり納得できていない部分があります。

その為、今後良い展開や文章を思い付き次第、改訂すると思います。

その際は、近況報告等でお知らせしますので、よろしくお願いします。


長らく続けて参りました1日3話投稿ですが、遂にストックが切れてしまったので本日で終了となります。

また、3章につきましては、最新話が書け次第の投稿となるので、恐らく不定期更新(できれば最低でも週1〜2話更新)となります。


しかしその分、更に面白い話を投稿していきますので、どうぞ今後とも幽冥の纏術師をよろしくお願いします。


因みに3章はもう1人の死神というタイトルで、ルトと同じ死神の契約者にして本作のヒロインの1人でもあるエリカにスポットを当てた章になります。

エリカ以外にも、ある組織(?)の存在が明るみに出たり、新キャラが多数登場したりと、より賑やかになっていき思いますので、どうぞお楽しみに。


最後になりますが、もし本作を面白いと思って頂けたのであれば、評価やフォローなどしていただきますと、非常に励みになります。

よろしくお願いします。

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