2章 第7話 レイク・マドレン
大会後、2人と別れたルトは、先程の話通り術師協会へと向かった。
その道中、ルトは周囲をキョロキョロと見回す。
時刻はおよそ18時。
夏という事もあり、未だ太陽が顔を出している時間帯ではあるが、周囲には殆ど人の姿は見られない。
ルトは少し俯き声を潜めると、
「ハデス」
『何か用か』
「ちょっとね。オーガの事でハデスの意見を聞きたいなって」
困った時のハデスである。
ハデスが耳を傾けている様な雰囲気を感じると、ルトは続きを話し始めた。
「今回のあのオーガ。前回の生き残りだと思う? それとも……」
『生き残りだろうな。周囲に魔物を送るゲートの様なものは見られなかった』
「そっか、良かった」
ルトがホッと息を吐く。
対し、ハデスは珍しく自ら問いを発する。
『どうせこれから分かると言うのに。我に聞く必要など有ったか?』
「一応だよ一応」
『我よりも術師協会の人間の方が信用できるだろう』
「いや、どうだろ」
目線を上に上げながら、うんと唸る。
そして、言葉を選びつつも本心を口にした。
「確かに、国のトップに近い人達だし、勿論信用できるんだけど……僕は、ハデスの方が信用できると思ってるよ」
『正気か? 我は死神。その悪い噂は以前から耳にしている筈だが』
「それでも、唯一僕の懇願に応えてくれた恩人だよ」
恩人というより、恩神かなとルトが微笑む。
「……例え、ハデスが自身の欲を満たす為に、何か野望の為に僕を利用しているだけだとしても。あの時救いの手を差し伸べてくれたという事実に変わりはない。……だから、というのもおかしいかもしれないけど、僕は結構ハデスの事信用しているよ」
『正気の沙汰ではないな』
「かもしれないね。でも、僕の意見はそうそう変わらないよ」
『そうか。まあ好きにするが良いさ。お主の選択だ』
「ありがとう。好きにさせてもらうよ。……っと、そろそろかな」
ハデスと会話をしている内に、視線の先に巨大な建物が現れた。
ルトの2度目の訪問となる目的地、アルデバード術師協会である。
2度目でありながら、その凄絶な雰囲気にルトは若干気圧されていた。
しかしだからと言って入らないという選択肢はない為、おずおずと協会へ入る。
と同時に、聞き馴染みのある声が、ルトの耳元へと届いた。
「おっ! おおっ!? 誰かと思えば、ルティアの友人君じゃない?」
ルトがそちらへと顔を向ける。すると声の主の姿が目に映った。
真紅の髪に勝気な美貌──術師協会受付嬢、アリアである。
「アリアさん、こんにちは。先日は、ご心配をおかけしました」
ぺこりと小さく頭を下げる。
「いやいや、無事で良かったよ〜。それよりも助っ人で向かいながら、何の役にも立てなくて、こちらこそ申し訳ない!」
両手を眼前で合わせ、アリアが同様にグッと頭を下げる。
「いや。あの時アリアさんがいち早くデーモンの存在に気づいてくれたからこそ、今僕達は五体満足で生きているんですから。本当、感謝しかありませんよ」
「上手いね〜友人君! お姉さん感激しちゃう!」
相変わらずのテンションである。
「んでんで、今日はどうしたのかね? もしかしてルティアのマル秘情報を手に入れたから教えに来てくれたとか?」
「そんな情報手に入れてませんし、そもそもアリアさんには教えませんよ」
「え〜どうして教えてくれないのさ」
「だって絶対誰かに話すでしょう」
「まぁ、かもしれないけど」
「否定しないんですね……」
「冗談冗談だよ! 流石にそんな事したらルティアにボコボコにされちゃうわ! ……っと、話がそれちゃったな。じゃあ今度こそ要件を聞こうか」
「実はオーガについてなんですけど──」
と、その発言を受け、スッとアリアの表情が真剣なものになる。
この眼を見張るような変化からは、やはりアリアが術師協会という最高峰の場で受付嬢を担当するに足る人物であるという事を感じさせた。
「……結構大事な話みたいだ。ごめん、裏に案内するからさ、ちょっとそこで詳しく聞かせて貰っても良いかい?」
「はい」
◇
受付周辺で数分待っていると、一度裏へ向かったアリアから声が掛かった。
ルトはその場を離れると、アリアの案内を受け、協会内を奥へと進んでいく。
そしてとある扉の前で止まった。
「ここって……」
簡素ながら、実に荘厳な扉である。
ルトは何となく、嫌な予感がした。
そしてそのまま扉の上に目を向け──
「……会長室?」
そこには会長室の名が刻まれていた。同時に、1人の人物の姿が思い浮かぶ。
まさか、この扉の先にあの人が居るのだろうか。
「アリアさんここって……」
困惑ぎみで、ルトが声を漏らす。
しかし、アリアはそんなルトの声が届くよりも先に前へ出ると、扉をコンとノックする。
「会長。ルト君を連れて参りました」
すると、扉の向こうから太くしかしどこか優しさを感じさせる声が聞こえてくる。
「どうぞ」
「…………っ!」
聞き慣れた、しかし直接聞くのは初めてである声。その声に、改めて扉の向こうにその人物が居るのだとわかり、ルトはわかりやすく表情を緊張の色に染めた。
「失礼致します」の声の後、アリアにより扉が開かれる。
と同時に、視界が大きく開け──1人の初老の男性の姿が目に入った。
金色の短髪に、彫りの深い整った容貌。スラッとした体躯には高級そうなしかし決して無駄な装飾のない衣服を纏っている。
また彼の容姿を語る上では欠かせない最大の特徴として、両手には純白の手袋が付けられている。
ルトは彼をよく知っている。いや、たとえ一度も会ったこと無くとも、国内で彼を知らない者は1人としていないだろう。
──彼の名はレイク・マドレン。
若干36歳で術師協会の会長となり、以後5年間絶対の信頼と抜群の指揮力で国を支えてきた男である。
温和な性格に、しかし物怖じしない強靭な精神。そして何よりも魔術師でありながら、国内で最高と呼ばれる程の実力を持ち、ついたあだ名は、『絶対者』──
そんな『絶対者』レイクは、しかしその名とは似つかない柔和な笑みを浮かべると、小さく口を開いた。
「さぁどうぞ、中へお入り」
その声に、ルトはハッとすると、「失礼します」の声の後、ぎこちない動作で室内へと入る。次いで、アリアの案内の元、レイクの向かいにある椅子へと腰掛けた。
……目の前に、あのレイク会長が居る。
その事実に、尚もルトの表情は緊張から強張っている。
それに気づいたのだろう。レイクはルトと目を合わせ、緊張をほぐすようニコリと微笑むと、ルトよりも先に口を開いた。
「……さて、まずは自己紹介でもしようか。私はレイク・マドレン。知っての通り、ここアルデバード術師協会の会長を務めている。……よろしくね、ルト君」
言って、レイクが手袋をはめた手を差し出す。
対してルトは慌てながら、しかししっかりとレイクの目を見ながら口を開いた。
「アルデバード学園1年、ルトです。お会いできて光栄です、レイク様」
言葉の後、ルトは恭しくレイクの手を握った。シルクでできているのだろうか、手袋の滑らかな布の感触がルトの手を包む。
「様なんて大袈裟な。さん付けで構わないよ」
「いえ……! 会長に向かってさん付けなんて流石にできませんよ!」
「そうかな、君の友人のルティア君は私の事をレイクさんと呼んでいるよ」
「えぇ!? いや、でも……」
ルティアがレイクをさん付けで呼んでいると言う衝撃の事実に動揺を見せるルト。
対しレイクは何とも楽しそうに目を細めると、
「ははは、別にすぐに呼び方を変えなくとも良い。時期にで良いさ」
「善処します……」
一生呼ぶ事は無さそうだなと思いながら、ルトはアハハと笑った。
「うむ。さて、本題に入ろうか。……草原にオーガが出現したそうだね」
「はい。流石に丸々持ってくる事はできませんでしたが、一応これを」
言ってルトは持ってきた布袋からモノを取り出す。
「……これは、オーガの皮膚だね。ではひとまずはこれを証拠と言う事で話を進めて行こうか」
その言葉の後、一拍開けるとレイクは再び口を開いた。
「まず、今回のオーガについてだが……まず間違いなく、先日の生き残りだろうね。……残党については討伐隊を組み、殲滅したと思っていたのだが、どうやら討ち漏らしたモノが居たようだ」
「……被害が出ず終える事が出来たのは、不幸中の幸いでしたね」
「だね。ルト君にはこちらの落ち度で大変な思いをさせてしまって申し訳がなかった。しかし、一般市民が襲われる前に君が討伐してくれたおかげで、大きな被害が出ずに済んだ」
「ありがとう」と言い、レイクが頭を下げ、話を続ける。
「危険な思いをさせておいて、何だとも思うかもしれないが、もちろん君には報酬を弾むし、市民への説明、そして草原には再度討伐隊を向かわせるつもりだ」
報酬の件は置いておいて、他2つに関しては早急に取り組むべきであり、またそれをいち早く行うレイクはやはり流石であるとルトは思う。
レイクが話を続ける。
「先日の侵攻に関しても、また今回の様な討ち漏らしについても、今後こういった事が起きない様、術師協会一同全力で取り組む」
「市民代表と言うのもおこがましいですが……よろしくお願いします」
「うむ。どうか見守っていてほしい」
と、ここで。アリアがレイクに近寄ると小声で、
「……レイク様、そろそろ」
と告げた。時間の様である。
「……ルト君、本当は君ともっと話をしたかったんだが、どうやら時間のようだ」
言って、レイクが立ち上がる。
次いで慌ててルトも立ち上がった。
「本日はお忙しい中、直々に話を聞いてくださりありがとうございました」
「いや、お礼を言うのはこちらだよ。まずは、情報提供ありがとう。そして何よりも、市民を危険から救ってくれてありがとう。おかげで今皆平和に過ごす事が出来ている」
「いえ、そんな。僕がやった事なんて大したこと」
「君が居たおかげで救われた命があったのかもしれない。可能性の話だが、それだけでもお礼を言う価値がある。だからありがとう」
ここは謙遜する場ではないのだろう。
ルトはそう考えると、素直にその言葉を受け取る。
ここでお開きとなった。
アリアの誘導を受け、名残惜しさを感じたつつも会長室を後にしようとするルト。
と。
「……ルト君」
諸々を済ませ、いざ部屋を出ようとしたルトに、レイクが声をかけた。
「はい」
振り向くルト。
「…………ッ」
─一と、同時にルトは何とも言えぬ圧を感じた。
おそらく、発して居るのは先程までとは違い、真剣な面持ちをしているレイクだろう。
レイクは表情を変えぬまま、ルトに言い聞かせるようにゆっくりと口を開く。
「──死神は死神を引き寄せる。これは歴史の常だ。……君自身に宿った死神もそうだが、どうか他の死神にも気をつけるようにして欲しい」
真剣な面持ちで発せられたレイクの言葉に、ルトはグッと表情を引き締めると、
「わかりました。ご忠告、ありがとうございます」
と口にする。そして、レイクに見守られる中、ルトはアリアに続き会長室を後にしたのであった。
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