2章 第5話 死神 vs 鬼
「……オーガか。でも何でここに」
以前の生き残りか、将又単純に紛れ込んだのか。何にせよ緊急事態であるのは変わりがない。
しかし、あれ程までに死の淵へと追い詰められて、トラウマにでもなりそうな出来事を経験したと言うのに。
明らかに普通ではない遭遇だと言うのに。
不気味な笑みを浮かべるオーガと相対しているルトは、どこか妙な落ち着きを見せていた。
恐怖を覚えるべきなのだろう。
一度自身を追い詰めた相手だ。普通ならば、心のどこかで抵抗感が芽生えるものだ。
しかし、この時のルトは一切の恐怖心を抱いていなかった。
──ハデスの侵食による弊害。
戦う事が仕事となるかもしれない、術師団員を目指す者ならば、この弊害はメリットしかないと考える者も居るだろう。
だが、当事者であるルトは、この弊害に嫌悪感を抱いていた。
恐怖を覚えない……その、人として何かが欠如してしまったかのような、人間以外の何かに近づいてしまっているような妙な感覚が、堪らなく気持ちが悪いのである。
しかし……この選択をしたのは自分自身だ。
取り消す事などできず、今後この感覚をはたまたそれ以上の気持ち悪さを感じながら生きていく事になるのである。
オーガが嗤う。
そこに、自分の姿が幻影となり重なった。
眉を潜める。しかしすぐに、深呼吸をすると呼吸を落ち着かせた。
今考えるべき事は何か、思い出したからである。
ルトはグッと表情を真剣なものにすると、改めてオーガへと向き直る。
と同時に、オーガの姿が嫌にでも目に入った。
……やっぱり、似ている。
思わずそう感想が漏れる。
それ程までに、目の前のオーガの姿が、以前自身を追い詰めた因縁のソレとそっくりであった。
同種なんだから当然だ。
そう思う者もいるかも知れない。
しかし人間の顔身体が皆違うようにオーガにも個体差はある。
その個体差を考慮しても、やはり目の前のオーガは以前のソレと似ていた。
ルトを屠る為に、トラウマを植え付ける為に地獄の底から蘇ったと言われてもなにも反論ができない程に。
と。
オーガが何やら怪訝そうな表情を浮かべる。
大方、何故オーガが目の前に現れたと言うのに、そこまで平然としているのだとでも考えているのだろう。
確かに、幾ら
しかし──再度言うが、現在のルトに恐怖と言う感情はない。
よって平然とする他ないのである。
オーガは、そんなルトの姿を見て、自身にとって都合の良い方に解釈したようで。
遂に、グッと身を屈めた。
そして、一度雄叫びを上げると、ドンと弾丸が放たれるが如く突進を繰り出した。
が、そんな単調な攻撃でルトを貫ける訳がなく。
ルトは流れるような動作でそれを躱す。
と同時に、ルトはお試しとばかりに軽く死狩を振るった。
「────ッ!?」
小さく血飛沫が上がり、オーガが軽い動揺を見せる。
なるほど、以前の短剣とは違い、死狩はたとえオーガ相手だろうとも、問題なく刃が通るようである。
ルトにとって、この情報は圧倒的に益であった。
未だオーガには隙がある。ルトはくるりと刃の向きを変えると、今度は死狩を振り上げる。
再度血飛沫が舞う。
やはり、死狩の刃はオーガ相手にも有用なようだ。
ここで、オーガが反撃とでも言うように、強大な腕を唸らせ、裏拳を放つ。
……が、当然ルトはその攻撃が来る事を見越してバックステップをしていた為、当たる事なく虚しく空を切った。
2歩3歩とオーガから距離を取る。
「…………」
──こんなもんだっけ。
目の前でダメージを負い、たらりと血を流しているオーガを見ながら、ルトはどこかあっけらかんとした様相のままそんな事を思っていた。
確かに以前オーガと相対した時も、ギリギリではあるが攻撃を躱すことは出来ていたし、追い詰められたのも、不意をついた謎の攻撃があったからではある。
しかし、だからと言ってあの時からまだ1カ月も経っていないのにもかかわらず、こうも簡単にオーガを追い詰めている事には驚かざるを得なかった。
『──我の力で戦闘力が上がったと言うのもある。ただ、それ以上に幾度となく死狩で戦闘を行った事で、その速さや戦闘方法に慣れてきたというのが大きいのだろうな』
ハデスが脳内で答える。
なるほど、確かに少しずつではあるが死狩の扱い方が洗練されてきたようにも感じる。
また、以前と比べれば動体視力の方も、死狩のスピードに追いついてきたという実感もある。
死狩を顕現する事で得られる戦闘力の向上。どうやら初期の頃はいまいち感じなかったそれを、やっと感じられる程度にまでは成長できたらしい。
「……強くなれているんだね」
ハデスと出会うまでは、自身の力が成長しているという実感は一切得られなかった。
幾ら朝特訓をしても、何度魔物を屠っても、多少動きが洗練される事はあっても、常に限界が目前にあった。
高い高い、決して超えることも壊す事すら不可能な壁が、目の前にあったのである。
しかし、ハデスと出会い、いとも簡単に壁を壊し、今はこうして戦闘力の向上をはっきりと感じられるようになっている。
嬉しくもあり──少し悲しくもあった。
あれ程まで必死に努力をし、それでも越えられなかった壁を、霊者という謎の存在の力を借りる事でいとも簡単に超えてしまった。
虚しさすら感じてしまう。
──それでも、あの時必死に叫び、勝ち取ったのは僕だ。
貰い物で強くなったのかもしれない。本当はルト本人の力とは言えないのかもしれない。
だが、あの時その力を望み手を伸ばしたのは紛れもなくルトだった。
たとえその力が、現在もルトを蝕む諸刃の剣のようなものだとしても、それを理解し求めたのはルトだったのだ。
そこに真実以外の何も存在しない。
と。オーガが再度こちらへと狙いをつけた。
そして、グッと身を屈め、再び飛びだそうとする。
「……終わりにしようか」
因縁の存在と、そしてオーガに重なる自分自身の幻想と。
オーガが飛びだす。
と同時に、ルトもグッと地を蹴った。
互いに接近。
オーガはルト目掛け全力で拳を振るい、ルトはその拳を紙一重で躱す。
次いでがら空きになったオーガの首の前へと死狩の刃を置き土産が如く向ける。
オーガは自身の拳の勢いを殺す事ができずそのまま前へと、ルトはオーガの横をすっと抜け、その互いの勢いにより、死狩の刃がオーガの首元へと食い込み……首が飛ぶ。
「…………」
──こうして因縁の相手との戦闘は何とも呆気なく終わった。
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