第16話 ルトvsルティア

 基本ルトは戦闘開始と同時に距離を詰める事が多い。

 何の能力も持たないルトにとって、最も避け難い攻撃が、範囲攻撃や遠距離攻撃であり、距離を詰めてしまえば、基本的にはそれを受ける事がなくなるからだ。


 しかし、今回のルトは距離を詰める事をしなかった。

 代わりに、ルティアを中心とした円を描く様に、彼女の周りを走る。


 幾つか理由がある。


 まず、今回は模擬戦であり、敗北した所で特に痛手にはならない。

 だからこそ、全力の彼女の遠距離攻撃を一度体験してみたいというのが1つだ。


 もう1つが、果たして距離を詰めて、戦況が良くなるかという事だ。

 というのも、オーガ戦や今までの戦闘シーンを見るに、彼女は未だ実力の半分も使ってないように思う。

 そんな彼女相手に、距離を詰めようが詰めまいが、大して変わらないように思えたのだ。


 と、ここでルティアが動く。


 ルティアは、オーガ戦の時と同様に左手を前に翳すと、そこに錫杖の様なものが現れ、シャンと音を鳴らした。


 そして、走るルトへと目線を向けながら、ボソリと呟くように口を開く。


「──静閃シラーク


 瞬間、錫杖の周囲が輝きだすと、その光が錫杖の先端に凝縮した。

 そして、風船が空気の入れすぎで爆ぜるように、凝縮された光が限界に達したのか、雷の様な軌道でもってルトの方へと放出された。


 食らえば間違いなく、致命傷となる一撃。

 しかしルトは、ルティアの攻撃より先に進行方向を変え、間一髪の所で避けた。


 ルティアが目を見開く。


「よく避けましたね。静閃は発動した際に音を殆ど発しない為、避けるのは難しい筈なのですが」


 対しルトは、再びルティアの周囲を走りながら、返答する。


「ありがたい事に視力と聴力は昔から良くてさ。呼吸、身体の向き、目線……とかからあらかじめあたりをつけているんだよ。じゃないと、スピード負けしちゃうからね」


「なるほど」


 とは言え、先程の様子だと、ルティアが本気で放っていれば、間違いなくダメージを負った事だろう。


 というのも、ルティアの攻撃には普段の様な鋭さがなかった。恐らく、ルトのケガを恐れて無意識のうちに手加減をしているのだろう。


 なるほど、あの優しいルティアの事だ。何らおかしな事ではないだろう。


 ──しかし、それではどうも納得できなかった。せっかく、纏ってもらったというのに、手加減されていては意味がないのだ。


 だからこそ、ここでルトは決断をした。

 何としてでも、彼女に100パーセントを使わせてみせよう、と。


 しかし現状、そして今までのルティアの戦闘を振り返るに、彼女が100パーセントの力を使う程追い詰められる姿は全くと言って良い程思い浮かばない。


 何か無いものかと、頭を悩ませながら走っていると、ルティアが錫杖を持った左手を持ち上げた。


 何か来る! と、今まで以上に気を引き締めていると、ルティアは小さな可愛らしい口を開くと、再び呟くように詠唱を口にした。


「──天鏡ヘミラ


 瞬間、光が疎らに凝縮すると、平たく変形した。

 同時に、ルティアが更に口を開く。


「──静閃シラーク


 聞き慣れた技の名。凝縮された光は、いつものようにルトへと放たれ……るのではなく、全く見当違いな方向へと放たれた。


 そしてその先には、先程できた平たい光があり──


「…………ッ!」


 ルトはそこで動き出す。

 と、ほんのコンマ何秒後、先程までルトが居た場所を雷のような光線が通過した。


 避ける事ができた。しかし、ルトは未だ気を緩める事なく、チラリと通過した光線の進行方向へと目をやると、再びその場を離れた。


 瞬間、先程の光線が平たい光にぶつかり、跳ね返ると、またもルトの居た場所を通過する。


 と、ここでやっとの事で静閃の光はパッと霧散した。


「……驚きました。これも避けてしまうのですね」


天鏡ヘミラによってできた光の位置は変わらないようだったからね。その場所をとりあえず把握しておいたら、何とか避けられたよ」


「流石ですわ」


 再び頷くルティア。そして数瞬の沈黙の後、真剣な表情のままゆっくりと口を開いた。


「なら、これはどうでしょう──動閃プラーク


 瞬間。錫杖に光が凝縮すると、限界まで達したのか、その光があらゆる方向に放たれた。


「…………ッ!?」


 放たれた光は、それぞれが先程展開された天鏡へと向かう。

 そしてぶつかると、それらは四方八方に解き放たれた。

 加えて、光線は、直線的ではなく、何度も角度を変えながら、ルトへと迫る。


 予測してだけでは避けられない攻撃。


 結局ルトは、一度も二度までは避けたが、次に来た光線を避ける事ができず、直撃。

 全身から力が抜け、ばたりと倒れた。


 ……呆気ない幕引きだった。ルティアに100パーセントの力を使わせるどころか、全ての技を引き出すことすらできなかった。


「……ルトさん! ──天癒)《へキュア》」


 ルティアが駆け寄り、癒しの詠唱を唱える。

 同時に、ルトの傷がみるみるうちに消えていく。


「……うっ……あ、あれ」


 そして、一瞬のうちにルトが目を覚ます。

 辺りを見回し、先程の事を思い出し、そこで自身が敗北した事を理解した。


「……あぁ、負けちゃったか。くそー、もう少し耐えたかったなー」


「いえいえ、素晴らしい動きでしたわ!」


「そうかなー。もう少し周囲を気にすれば、もっと残れそうだったけど」


 と、ルトが分析している姿を目に収めながらルティアは、真剣な表情を浮かべる。


『知力、判断力……そして、臆病でありながらも、ここぞという時にはしっかりと発揮される思い切りの良さ。……魔術、纏術のどちらも使えないという圧倒的に不利な状況でここまで長く戦えるなんて。──これも、ルトさんが長く共に過ごしたリアリナさんの影響なのかしら』


 言って、あのエンプティに所属する、ルトの幼馴染の少女の姿を浮かべる。


『しかし反面、範囲攻撃にはどうすることもできないようです。当然でしょう。物理的に避ける事ができない攻撃を、ルトさんは防げないのですから。……何か1つ、あと1つだけでもきっかけが欲しいですわ……それがあればルトさんはきっと……』


 そう続け、一瞬の静寂の後、ルティアはルトに1つの提案をした。


「ねぇ、ルトさん。もし明日以降もこうして時間がとれるようでしたら、また模擬戦をいたしませんか?」


「……え、いいの? ……その、ルティアさんにはメリットがないような気がするけど」


「そんなことありませんわ。メリットがあるからこそ、私から提案をしているのです」


 何か少しでも、友人が強くなれる為のきっかけを作れたら……。

 生まれて初めてできた友人がそれで、少しでも喜んでくれるのならば、それこそが自身のメリットとなりうる。


 と、ルティアのそんな考えなど、つゆ知らず。しかし彼女がそう言うのなら良いのかとルトは思うと、軽く頭を下げる。


「……なら、是非お願いします」


「こちらこそ。よろしくお願いしますわ!」


 言ってルティアは優しげな笑みを浮かべた。


 さらりとした、爽やかな風がヒューッと吹く。

 抵抗感なく流れるそれは、2人の元へたどり着くと、髪をふわりと靡かせる。


 どこか夏の匂いがした。

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