第15話 ルティアの提案

 パトロールは続行となった。

 しかし、ルトが述べたように、ここからは報酬が発生しない。

 つまり、金銭面だけを見るならば、ある意味ではボランティアのようなものである。

 だが、あの約束をした次の日の放課後、草原を並び歩く2人はこのパトロールに金銭以上の価値を見出していた。


「ルトさん、短剣の方はどうですか?」


「──うん、すごい使いやすいよ。今までの比じゃないくらいに。……でも本当に良かったの? 期間伸ばして」


「ふふっ。元々廃棄予定のものでしたから、全く問題ありませんわ。寧ろ、使い手が現れて、母が喜んでいる位ですわ」


 そう。ルティアから借りた短剣についてだが、借用期間が延長となった。

 というのも、ルトが返そうとしたら、ルティアに未だ短剣を買えるだけのお金がない事がバレたのである。

 このまま返されて、ルトに何かあっても困るということで、いつにも増して強気なルティアに押し切られ、結局継続して借りる事になったのだ。


 ──アロンにも、ルティアさんにも沢山のものを借りちゃってるな。


 ルトはここ最近の事を思い出しながらふと思う。

 そして同時に、少しずつでも恩返しをしていこうと心に決めたのだった。


 と、その後談笑を交えながら歩いていると、


「……ルトさん」


「うん。ゴブリンだね」


 100メートル程先に3匹のゴブリンの姿を発見した。

 どこかで手に入れたのか、全員がボロボロな剣のようなものを手にしている。


「……僕がいくよ」


「わかりましたわ」


 そんな簡単なやりとりの後、身を屈めながらルトはゆっくりと近づいていく。


 そしてその距離が5メートル程になった所で、ルトは一気にその距離を詰めた。


「…………!」


 ゴブリン達が反応を示す。


 しかし時既に遅く、その内の1匹の首が綺麗に飛んだ。

 と同時に、少々残酷ではあるが、裏拳を放つ要領で片足を軸にくるりと回転すると、もう片方の足で、今しがたはねたゴブリンの頭を蹴る。

 直線的な軌道を描き、もう1匹のゴブリンの顔へとクリーンヒットする。


 それにより生まれた一瞬の隙に、先程倒したゴブリンの持っていた剣を手を持つと、それを喉元へと突き出す。

 嫌な音を立てながらも剣は突き刺さり、そのゴブリンは絶命した。


 残り1匹。しかしそれは今までと同様スムーズに終わる。


 一瞬のうちに2匹のゴブリンがやられた事で、残ったゴブリンが固まる。


 成る程知力があまりないとは言え、本能的に感じる恐怖のような感情は多少持ち合わせているようだった。

 しかし、それこそが命取りであった。


 ルトはその隙を逃さずに、先程倒したゴブリンの後ろを通る形で残ったゴブリンに接近すると、ルティアに借りた短剣でもって、簡単に首を刎ねた。


 ……時間にして凡そ10秒間の出来事であった。


 ルトは周囲を見回し、敵の存在はない事を確認すると、


「……ふぅ」


 と息を吐き、ルティアの方へと目を向ける。


 対するルティアは、戦闘が終了した事を確認すると、たったったとルトの方へと駆け寄っていった。


「お見事ですわ! ルトさん!」


 言って、ニコリと微笑む。


「ありがとう。今日はいつもよりスムーズに倒せた気がするよ」


 ルトは、純粋に微笑みかけてくれるルティアへとそう返すと、同様に笑う。

 そして、


「さてと、じゃあ次の場所に向かおうか」


 言って、移動しようとして、それより先にルティアが口を開いた。


「……前々から思っていたのですが、ルトさんはとても器用な戦い方をしますね」


「ん、そうかな? まぁでも、纏術師や魔術師と力無しでやり合う以上、少しでも無駄を無くして、かつ奇をてらった戦い方をしなきゃなとは思ってるよ」


「……なるほど。ルトさんならではという訳ですね」


 一拍開け。


「あの、ルトさん。もし宜しければ……私と模擬戦をしませんか?」


「え、今から?」


「はい。できれば、今からここで」


 確かに未だオーガを恐れてか、草原に来る人は少なく、周囲に危険が及ぶ可能性も低いだろう。

 また、草原の魔物には遠距離攻撃が出来るものが居ない。その上、草原が平坦である事もあり、魔物接近には早い段階で気がつく事もできる。

 更に加えるなら、現在2人がいる場所は街から特に離れた位置であり、街の人に気づかれる事もなさそうであった。


 戦闘を行う場として、これ程最適な場所はないであろう。


 それに、ルティアの申し出は、ルトからしても願ってもない事だった。


「わかった。その代わりといったらなんだけど、僕からもお願いがある」


 言って、真剣にルティアの目を見ると、


「……纏術を使って戦って欲しい」


 と懇願した。


 纏術師とは、霊者イギアと呼ばれる存在をその身に纏うことで、力を発揮する者達である。

 しかしだからと言って、纏わなければ能力が使えないという訳ではない。


 生誕時に霊者と契約した彼らは、霊者の力を、左手に刻まれた紋章──謂わばパスのようなそれを通し、現実に起こす事が出来るのだ。


 しかし、それでは霊者とのシンクロ率が低く、本来の威力よりもだいぶ抑えられた力しか使用できない。だから、纏術師は霊者を纏うのである。


 つまり、ルトのお願いは、圧倒的強者であるルティアに、本来の力を使って欲しいという、無謀極まりないものなのであった。


 と、それを受けルティアは、一度目を瞑った。そして数瞬の後、パチリとその大きな目を開くと、


「……わかりましたわ」


 と了承の意を示し、真剣な表情を浮かべた。


 同時に、紋章が呼応するかのように輝き浮かび上がる。

 そしてその輝きは周囲の大気にまで及び、幻想的な風景へと早変わりした。


 暴力的なまでの美がルトの目に映る。

 と、そんな煌めきの中、ルティアは静かにはっきりとした声音でもって、その詠唱を口にした。


「祷りなさい! 天統者セラフィムッ!」


 瞬間光が渦を巻き、純白のドレスのようなものを纏ったルティアが現れた。


「これで、よろしいでしょうか」


 いつにも増して凄絶な雰囲気を放ちながら、ルティアが淡く微笑む。

 その笑みに、背筋に冷たいものが走るも、グッと堪え、ルトが口を開く。


「うん、ありがとう。……じゃあ、始めようかッ!」


 ──同学年NO.1と戦う事ができる。

 その事実に対する高揚感と、ルティアから発せられる強者の匂いに当てられ冷や汗を流しながら……ルトはグッと地面を蹴った。

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