第18話
”はぁ!イライラする!!”
エヴァが目の前の葉っぱをバシバシと身体ごと体当たりする。
”落ち着いて下さい、エヴァルド様”
そういうセシルも心なしかイライラするように微かに体が揺れていた。
”これが落ち着いていられるか?!大体クラウス様は何を考えていらっしゃるのか?”
エヴァが捲し立てる。
”だよね~、どうしてあの時、「ここから出て行きたいか」って聞いちゃうかなぁ~”
クラウスの物まねも入れながら、マークも不満気に声を上げた。
”すまない・・・この状況は私のせいだ・・・あの時、私は何もできなかった・・・だから・・・”
レオナールが落ち込みながら謝罪の言葉を口にする。
”いえ、レオナール様のせいでは決してありません、仕方のないことです”
”そうですよ~、こんな体で、たかが毒蛇でもどうしようもないですしね~”
”毒蛇に気づき、止めようとしたのだ・・、だが、体当たりしようが、全く意味はなさなかった・・・くそっ”
悔しそうに体を震え差す。
自分がその立場であったら同じような思いになるだろうと、かける言葉が見つからない。
”・・・でも、小春ちゃん、目を覚ましてよかったね”
マークの言葉に皆で頷く。
あの日、血相を変えてレオナールが戻ってきた。
クラウスはすぐに何かあったのだと気づいてくれた。
そして何よりも、自分たちだけでも言葉が通じたことがラッキーだった。
クラウスには何が起こっているか解らない。
だが、自分たちは小春が毒蛇に噛まれたことを知ることが出来たから、即敏に解毒剤を用意して駆けつけることが出来たのだ。
間一髪だった。
あの時、解毒剤を持っていっていなかったら、恐らく、いや、確実に小春は死んでいただろう。
もし、あの時、言葉が通じず、小春の体に入った毒が全身に回り、死んでしまっていたとしたら・・・
そう思うと、ぶるりと背筋が震えた。
怖さに身震いするその体を払いのけ、エヴァが爆発するように声を張り上げた。
”大体、問題はクラウス様だろ?”
”””・・・”””
エヴァの言いたい事を察しつつも、黙り込む。
”どう見たって、もう既に小春はここの生活十分気に入ってるだろ?”
”まぁ・・ね”
”クラウス様のことだって、もうすっかり怖がっても居ない!”
”膝の上で寛ぎまくっていますね”
”クラウス様がたった一言「ここにずっと居ればいい」と言えば言いだけじゃねぇか!”
”確かにそうですね”
”何故、言わない!何故⁈”
エヴァの疑問は、全員の疑問でもあった。
”どう見たって、最初っから小春ちゃんお気に入りなのにね~”
”ああ、私たちに『館から出すな』と命令までなさったぐらいだ”
”それだけ気に入ってるなら、あんなこと言わずに「大丈夫だ」と言い続けていればいいだけなのに”
”大体、この屋敷から小春が出て行けるはずがない、誤魔化せばずっとここに居続けさすことだって可能だろ?”
”なのに、なぜ、わざわざ言っちゃうかな~、僕だったら絶対言わないね、騙し続けて、ここにずっと閉じ込めちゃうけど”
”だろ?俺たちに『館から出すな』と言いながら、自分で「出て行きたいか?」と聞くって、どう考えてもおかしいだろ”
”まぁ、小春ちゃんが返事返さなかったのが唯一の救いだね、あそこで「出ていく」と言われちゃったら終わりだもん”
”あんな怖い思いをしたのだ、彼女があの時返事が返せないでいたのも当然のこと、そこでとどめを刺す言葉を仰るのは、彼女を大事に思ってこそなのかもしれん・・”
”けど、それだと、小春は出て行ってしまうかもしれないんだぞ?”
”あれだけ小春ちゃん離さないぐらいお気に入りなのにね~”
堂々巡りの思考。
クラウスがどう考えての発言だったのか、小春を考えてのことであったとしても理解し難かった。
クラウス自身も小春に傍にと願っているのは、ハッキリとしている。
自分たちも、小春はクラウスに必要であることもハッキリしている。
それはクラウス自身も必要だと思っているから小春を「館から出すな」と言ったのだと理解していた。
だが、あの状況で、あの言葉は、小春が出ていっても全くおかしくない。
小春は十分にこの生活を楽しみ、クラウスとの過ごした時間も増えた。
今なら、「一緒にいて欲しい」と懇願でもすれば、怖くとも留まり続けることを小春は選ぶ可能性が高い。
何せ、自分を傷つけ怖いと思った相手の胸の中に居ると宣言した彼女だ。
”彼女は優しい、情に弱い、押せば落とせる”
魔族的観測、これを利用しない魔族なんて、まず、いない。
それを利用しないで「逃げる条件」を相手に与えてしまった事に、魔族の彼らにはどうしても理解出来ないところであった。
今、どう考えても答えが出ない、そう判断したセシルは皆に向き直った。
”クラウス様にもお考えがあるとは思いますが…、ただ、問題は、ここに居る理由がなくなり、彼女がこの館から『出たい』と言い出すのも時間の問題で、そうなった時です”
”その時には、ちゃんと「ここに居ろ」って言うのかなぁ~?”
マークの言葉に誰もが頷けないでいた。
何しろ、「ここを出て行きたいか」と聞いてしまっている前科がある。
”何に拘っていらっしゃるのか?”
”まぁ、でも、小春ちゃんが出てっちゃっても、小春ちゃんなら時たま遊びには来てくれそうだけど”
”その程度なら、クラウス様が『館から出すな』など命令は出さないだろ?”
”そこなんだよね~”
”とはいえ、これ以上、不可解な怪我をさせ続けるわけにもいきません…、あんな思いもした以上それなりの理由もいることは確かです、ですが、新たな案も出てきていませんし、あとはクラウス様のお心次第にお任せするしかありません…”
”はぁ…、せめてこの体が、いや、言葉だけでも伝えられたら、幾らかの策も立てられよう…”
”‥‥”
自分たちの姿である、この黒く丸い物体を恨めしく見下ろす。
”小春ちゃん・・、この屋敷から出てっちゃうのかなぁ・・・”
”・・・・”
小春が出ていく姿がハッキリと想像したことがなかった。
いや、実際、死にかけた小春だが、その時は怖さに助かると信じて想像から目を逸らしていた。
マークの言葉に初めて小春が居なくなると認識すると、何故だか無性に胸が沈んだ。
”なんか、そう思ったら、・・寂しいね”
マークの言葉に押し黙る。
小春が来てから忙しない毎日で、あっという間に過ぎていった。
それが、いつの間にか、クラウスだけでなく自分たちの癒しになっていた事に気づく。
”また、前の様に戻ってしまうのかな・・・”
小春が現れるまでの100年間が脳裏に蘇る。
今のように自分たちを見ることも話し掛けられることもなかった。
孤独なクラウスに声すらかけられず、存在すら解ってもらえずに過ごした過酷な日々。
もう、二度と戻りたくない。
そう思うも、この小さな黒く丸い体、言葉も伝えられない状態で、どう抗えと言うのか?
”今も昔も、全ては……、クラウス様のお心次第にございます‥‥”
セシルの静かな言葉に、それ以上、言葉を続ける者は現れはしなかった。
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