無限の軍勢

 もう止めろ。止めろ止めろ止めろ!

 私たちも軍人だ。国を守るため、戦いの中で命を失う覚悟はできている。

 だがこれが戦いか。あの弾けて死んだ者たちが、戦いの中で命を落としたと言えるのか。

 私も魔法使いの端くれ、転移魔法陣のネタは大体想像がつく。爆ぜる直前に強化アーマーに走った呪紋。恐らく、アーマーに魔法陣が仕込まれている。人の命を媒介に発動する魔法陣――。

「ふざけるなァーーーーー!!」

 マチルダは血染めの転移魔法陣に無我夢中で飛びかかっていった。

 甲冑戦鬼の首元、甲冑の隙間に剣をねじ込みつつ、手首のランプに一瞥を投げる。五つ点灯していたランプは、残り二つになっていた。背面装置が焦げ臭くなるほどに唸り、マチルダの腕に力がこもる。剣をさらに押し込むと、ぶしゅっと返り血が噴いた。

「お前ら! バッテリー抜け! 今すぐ!」

 そんなことに意味があるかは分からない。相手は魔法。電気系統のカットは魔法陣とは何も関係がないかもしれない。だが今思いつく対策はそれしかなかった。戦いの真っ只中、敵が目前まで迫っているのにのんきにアーマーを脱ぐのはもっと無謀だろう。

 前衛部隊はアーマーの腰からバッテリーをむしり取るように外し、後衛に下がる。代わりに、魔法弓隊が猛烈な勢いで魔弾丸の弾幕を張る。前衛部隊もすぐに剣を火器に持ち替えて引き金を引いた。

 マチルダは剣で両手が塞がっているので、物体操作の呪文でバッテリーを外した。外れるや、ポーチから予備バッテリーが飛ぶ。

 手首のランプが五つに回復するのを確認しながら、マチルダは誰にともなく祈った。次の瞬間には私が爆ぜるかもしれない。だが、命を散らすリスクは隊長の私が一人で背負うから、後生だからそれまでの時間は全力で戦わせてくれ。

 剣が少しずつ奥に入っていき、そのたびに甲冑の隙間から間欠泉のように血が噴き出す。甲冑戦鬼は小回りの利かない大剣を放棄し、拳でマチルダを殴りつけていた。岩のような拳がマチルダを激しく打つが、マチルダはお構いなし。剣を奥へ突き込むことだけに心血を注いでいた。

 マチルダの「甲型強化アーマー・魔法技術研究仕様」は、アーマー自体の防御力だけなら通常の甲型強化アーマーに劣る。甲型強化アーマーには人工オリハルコン粒子が配合されているが、「魔法技術研究仕様」には強度に劣るミスリル粒子が採用されているためである。どうやら人工オリハルコン粒子は魔法力に干渉する性質を持っているらしく、魔法を十全に運用できなかったマチルダが技術部門に特注品を作らせたのだ。ちなみに魔法弓隊でも同様の理由で甲型ではなく乙型強化アーマーが採用されている。

 ミスリル粒子へといわば格下げした代わりに、「魔法技術研究仕様」には装備者の魔法力を活用する仕掛けが組み込まれている。龍の頭を模した肩当てはその一つで、マチルダの魔法力と科学技術のハイブリッドにより強力なシールドを展開しているのだ。高位呪文である「対物魔法障壁ノリ・メ・タンゲレ」と同程度の防御性能と聞いていたが、実際に戦鬼に殴られたのはこれが初めてだ。正直半信半疑だったがカタログスペックに偽りなし。軍の技官はいい仕事をしてくれた。

 マチルダを打つ甲冑戦鬼の拳は徐々に力を失い、やがて動かなくなった。剣一本で甲冑戦鬼を倒したのだ。

 すかさず本来の標的である転移魔法陣を叩き潰す。

「よぉぉぉしッ!!」

 あと二体! マチルダは剣を構え直しつつ振り返った。

 そこにいたのは、五体の甲冑戦鬼だった。転移魔法陣が増えていた。

 近衛隊はさすがに精鋭だった。剣と魔法と重機関銃で、通常戦鬼は残らず床を舐めている。対オーク擲弾砲は全て撃ち尽くしたらしくランチャーはその辺に打ち捨てられていたが、それでも通常戦鬼との白兵戦では自軍が優勢に終わったのだ。

 しかし、甲冑戦鬼が相手となれば、重機関銃くらいでは話にならない。バッテリーなしの強化アーマーでは近接戦闘でも勝機はないし、魔法も全く通らない。

 次々と叩き潰されていくマチルダ配下の精鋭たち。

 数百の戦鬼を屠った近衛隊が、たった五体の甲冑戦鬼に一方的な殺戮を受けていた。

 パパパパパパンッと、爆竹に似た破裂音が響く。

 六人の兵が炸裂し、その六人分の血が、今度は一つの大きな魔法陣を形成した。その大型魔法陣から吐き出されてきたのは、通常戦鬼の大軍だった。

 何も意味がなかった。

 バッテリーを抜いても転移魔法陣の発動を防げない。それどころか戦闘能力を自ら削ぎ、敵の蹂躙を許しただけだ。私の指示は、仲間の命を「はいどうぞ」と丁重にラッピングして差し出したようなものだった。

 そして仲間が死に物狂いで無力化してくれた敵の大軍も、たちまち補充される。黒く蠢く群れに埋め尽くされた通路。開戦時と同じ光景である。違うのは、こちらは半分以上の戦力を喪失していることだ。

 心が折れそうだった。

 いたずらに兵を死なせ、何の戦果も上げられず敵の侵攻を許している。

―来たれ風精。白夜を切り裂く春嵐の息吹。幾千幾万と重なり鳴り奏でよ、剣舞の饗宴―

 甲型強化アーマー・魔法技術研究仕様への魔法力分配を絞る。シールドが消滅した分はやや防御に寄せた剣さばきでカバー。戦鬼の群れを屠りながら、マチルダは呪文を唱えた。

万象切り裂く白き乱刃インフィニトゥス・アルブス・ウメルス

 マチルダの扱える呪文の中では威力、範囲共に最大級だ。

 折れない。後悔も反省もあとでやる。

 ここで折れたら、それこそ兵たちは犬死だ。彼らが散らした命を価値あるものにするためには、立って戦い続けるしかないのだ。戦果が上げられていないのなら、戦果を上げるまで剣を振るのみ。生きて勝つ。それが、死した者たちに生きた証を与える。

 通常戦鬼の群れが乱切りの肉片となって崩壊していく。一方で、「万象切り裂く白き乱刃」の風の刃は甲冑戦鬼には届かない。甲冑に呪紋が煌めき、無効化しているからだ。

 魔法無力化の呪紋。そんなことは百も承知だ。

万象切り裂く白き乱刃インフィニトゥス・アルブス・ウメルス

 再び呪紋が迸る。

万象切り裂く白き乱刃インフィニトゥス・アルブス・ウメルス

 再び――。

万象切り裂く白き乱刃インフィニトゥス・アルブス・ウメルス

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万象切り裂く白き乱刃インフィニトゥス・アルブス・ウメルス

万象切り裂く白き乱刃インフィニトゥス・アルブス・ウメルス

 呪文の連射に対抗するように、甲冑の呪紋も常時発動し続けていた。

 転移魔法陣は兵士の血肉を贄に発動していた。ならば魔法無力化の呪紋はどうだ。同じではないのか。オークどもの肉体を食らう術なのではないのか。

 マチルダの予想通り、甲冑戦鬼の動きは目に見えて鈍くなっていた。大剣を握る腕は、徐々に下がっていく。やがて、

万象切り裂く白き乱刃インフィニトゥス・アルブス・ウメルス

万象切り裂く白き乱刃インフィニトゥス・アルブス・ウメルス

 重さに耐えかねたのか、重力に従って垂れた。よし。

「隊列を立て直せ!」

 マチルダは、前衛部隊を魔法弓隊でぐるりと囲うよう指示を出した。

「甲型強化アーマーを破棄した後、総員クリスタルルームまで退避。魔法弓隊は退避完了まで死ぬ気で撃て! 陣形を崩されたら終わるぞ!」

「アクール軍監は!」

 叫んだのは魔法弓隊の部隊長テル三佐だ。

「……クリスタルルームに入ったら結界を張れ。攻撃用の魔法力を残す必要はない。ロト卿が来て下さるまで、全力で結界を維持しろ」

「軍監も退くべきです! 隊列の中にお入りください!」

万象切り裂く白き乱刃インフィニトゥス・アルブス・ウメルス

 動くな甲冑オーク。

「連中を食い止める役が必要だろう。お前たちにそれができるか」

「しかし軍監、もう魔法力が――」

「貴様ごときに心配される筋合いはない。黙って行け!」

 マチルダはもう一度呪文を発動しようとして、止めた。もう無理か――。

 甲冑戦鬼は重厚な大剣が枷代わりとなり、歩みは鈍い。部下たちが退いていくのを見届けた後、マチルダは五体の甲冑戦鬼に突っ込んでいった。

 一体を倒す。

 もう一体――。

 側方から文字通り鉄拳の直撃を受け、マチルダは通路の壁に叩きつけられた。甲冑戦鬼が鈍重になったのは大剣の重量ゆえ。徒手空拳を選択した甲冑戦鬼はいかに弱っていようとも、魔法力のほとんど残っていないマチルダよりはるかに速く強かった。

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