科学技術兵器の乱舞

 再び十発を費やし、甲冑戦鬼は肉片と化した。

「弾幕張り続けろ! 緩めばそこを突かれるぞ!」

 重機関銃と魔法の弾幕で、直進一辺倒の通常戦鬼は蜂の巣になっていく。

「装填急げ! 甲冑オークがあれで終わりとは思えない!」

 対オーク擲弾砲は、ロケット推進力で弾頭を放つ携帯型ランチャーである。一発撃つごとに次弾装填が必要なので連射が利かない。というか、戦鬼は集団戦法をとる知能がないというのが常識だったので、そもそも連射を必要とする場面がなかったのだ。五発担いでいって五発撃てば五体倒せる。それでおしまいだったのに、常識はとっくに消し飛んでいる。

「アクール軍監! 対オーク擲弾、残弾四十八!」

「はあ!? 何でそんなことになってる! 残弾量に気を配れと言っただろう。補給は!?」

 言っているそばから新手の甲冑戦鬼に再び十発ぶち込んだので、四十八改め三十八になった。倒しても倒しても後方から弾食い虫の甲冑戦鬼が現れる。どうなってんだ。

「天宮内の備蓄が尽きた模様! 補給来ません!」

「ちッ……」

 天宮は地上のエソリス市街が侵攻を受けた際のシェルター機能を兼ねているが、反面、天宮自体が主戦場となることは想定されていない。そのため備蓄弾薬は元々控えめであった。加えて、近々大規模に展開する聖地攻略作戦に対応するため天宮からも弾薬を拠出しており、予備がほとんど残っていなかったのである。

「どこの痴れ者だい! こっから弾薬出そうっつったタコは!」

 マチルダは部下に怒鳴り散らした。完全に八つ当たりである。

「……大公殿下です。聖地攻略は全てに優先する、とのお達しだったかと」

「今のナシ」

 敬礼で応じた部下を尻目に、マチルダは次の指示を飛ばす。対オーク擲弾を撃ち尽くすとじり貧になることは目に見えているので、

「砲撃止め! 白兵戦に備えろ! バッテリー確認しとけ!」

 言いつつ、マチルダはアーマーの左手首に視線を走らせた。緑色の小さなランプが五つ全て点灯している。これがなぁ。オーク相手だとすんげぇバッテリー持ってかれんだよなァ。

 アーマーの背中部分に埋め込まれている薄い円盤状の装置が、キーンと静かな駆動音を鳴らし始めた。

「奴らに人の言葉は通じない! ならば奴らにも分かる言葉で語ってやろう! 戦という名の物言わぬ言語だ!」

 マチルダの鼓舞に、部隊がオォォォ! と呼応した。

「甲冑オークは私がやる。お前ら援護しな!」

 重機関銃の猛烈な弾幕が周囲の戦鬼を叩く。マチルダも銃を手に突っ込んでいった。甲冑戦鬼の前座は通常戦鬼の肉壁といったところか。目の前の戦鬼は弾丸を全身に受けながらも三日月刀を振りかぶっている。

 あんたじゃ私の相手は役不足だ。

 マチルダはスライディングでかわしつつ股の間を滑り抜け、ついでに股間めがけて引き金を引いた。うぇっ、嫌なモン見た。パンツ穿いてないのかい。

 新たに現れた甲冑戦鬼は、身の丈と同じくらいの大剣を背負っていた。刃渡り三メートル強、幅一メートルほどだろうか。厚みも五センチあるので、もはや戦車の装甲板みたいな代物である。申し訳程度に片刃が付いているが、質量で叩き潰すタイプなのであまり関係ないだろう。食らえば豆腐のように潰される。

 マチルダは腰から剣を抜いた。アーマー背部の装置がさらに出力を上げる。訓練では聞いたことのない耳鳴りのような甲高い音と、細かな振動が背中を震わせた。

 マチルダの初撃を、甲冑戦鬼はまるで木の棒でも振っているかのような速さで抜刀して受けた。

 しゃらくせぇぇ!

 あんなバカでかい大剣と鍔迫り合いしても無駄だ。マチルダは素早く身を翻す。返す刀が鋭く煌めき、甲冑戦鬼の左腕を下段から斬り飛ばした。

 よし、白兵戦闘でも何とかなる。アーマーぶっ壊れそうだけど。

 マチルダが纏っているのは「甲型強化アーマー」の魔法技術研究仕様である。

 モリアーティー公国が戦鬼の脅威を過去のものとした大きな要因は対オーク擲弾砲に代表される重火器類であるが、この強化アーマーの寄与も無視できない。一般兵に支給される乙型強化アーマーでさえ、熟練兵士が数人の討伐班を組んでフル出力で使用すれば、重火器なしの近接戦闘でも戦鬼に対抗できるとされている。多層装甲による軽くて強固な防御性能はさることながら、強化アーマーの本質は背面装置によるパワードスーツとしての機能だ。

 甲冑戦鬼は片腕になっても変わらない速度で大剣を振り回した。マチルダの速さはそれを上回り、甲冑戦鬼が一回剣を振る間に五回の斬撃を繰り出した。合成オリハルコンの粒子が配合された剣は、難攻不落の甲冑とその下の強靭な肉体を切り裂いていく。

 マチルダは手のひらを甲冑戦鬼の鉄仮面に押し当て、ゼロ距離で魔導砲を三発立て続けに放った。並みの戦鬼ならば頭が吹き飛んでいるところだが、鉄仮面に無数の亀裂が入っただけだ。

 だが、それで十分。

「今だ! 撃て!」

 対オーク擲弾砲が一発火を噴く。足の止まった甲冑戦鬼の上半身に命中した。ひび割れた甲冑はもはや十分な防御能力を発揮することもなく、炸裂した弾頭で首と右腕が千切れて飛んだ。

 十分な損傷を加えておけば、十発もの弾は必要ないのだ。

 マチルダは転がる首を拾い上げて叫んだ。

「見たか! 甲冑オークなど恐れるに足らん! 火器に頼らずとも、我々にはオリハルコンの刃と技術の粋を集めた強化アーマーがある! 近衛隊の精鋭たちよ、私に続け! 完膚なきまでに粉砕するのだ!」

「アクール軍監に続けェ!」

 オオオオオオオォォォォォ!!! 士気が最高潮に達する。

 強化アーマーをフル出力にした近衛兵士たちが、戦鬼軍に躍りかかっていった。

 一瞬、彼らの強化アーマーに見慣れない模様が浮かび上がったように見えた。そして、


 その戦友たちが目の前で赤い飛沫となって爆ぜた。


「……は?」

 赤い霧だか靄だか、ねっとりと張りつく湿気と鉄のような臭いが漂う。

 爆ぜたのは先陣を切った五人だった。その内の一人は、マチルダから八つ当たりを受け、口止めの指示に敬礼で応じたあの部下だった。後続は急停止して、毒気を抜かれたように立ちすくんでいる。マチルダは甲冑戦鬼の首を取り落とした。鉄仮面が床に当たったらしく、ガシャンと鈍い音がした。

 血の霧は、徐々に形を変えていく。

 円形、複雑な幾何学模様、魔法文字。

「アクール軍監……」

「ああ。これは……」

 はるか上空に浮かぶ天宮にどうやって戦鬼が現れたのか、ずっと気がかりだった。

 その答えがこれだ。

「転移魔法陣だ! 発動を許すな! 破壊しろ!」

 発破をかけつつ、マチルダも魔法陣の一つに斬りかかった。

 唐竹割りにした転移魔法陣はすぐに形を失い、無数の赤い水玉となって床に流れ落ちた。まるで糸の切れたネックレスからほどけた深紅の真珠のようだった。

「アクール軍監!」

 咆哮のような悲鳴に振り返る。

 魔法陣は残り二つになっていたが、その両方から装甲板のような巨大な大剣が姿を現していた。刃渡り三メートルの大剣に阻まれ、近衛兵士たちの攻撃は魔法陣には届かない。

 大剣に下半身を叩き潰された一人の兵士が、上半身だけでずりずりと這って逃げようとしていた。本当ならもう這い進む力は残っていないはずなのに、強化アーマーの補助機能によりなまじ動けてしまう。かろうじて生きている。生きているだけにむごい。下半身があるべきところには、腹から漏れたものが引きずられている。目を背けたくなる光景だった。胃から酸っぱいものがこみ上げてくる。

 破壊し損ねた魔法陣から甲冑戦鬼が二体姿を現した。

「っチ……。残弾数は二の次だ、対オーク擲弾を集中砲火!」

 今やらねば、例えどれだけ弾を温存しても、その温存した弾を使う次の機会は訪れないだろう。

「あの二体撃破を最優先! 私は隙を見て魔法陣を――」

 パン、と何かが弾けた。

 上半身だけになっていた兵士が赤い飛沫となり、転移魔法陣を形作った。

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