銃は剣よりも強し?
戦鬼は幾筋もの血を噴きながら、まるで痛覚が存在しないかのように錆だらけの三日月刀を振り回す。まともに食らった小隊の一人が壁まで吹き飛ぶ。断末魔の代わりにびしゃっと水音が弾け、赤黒い染みへと化した。
あいつらじゃ持たない。染みが増えるだけだ。ジョージは不知火の柄に手をかけ、はっと折れていることを思い出して青龍の剣に持ち替えた。避難口に殺到する給仕たちの流れに逆らって、ジョージは救援に向かおうとする。
「手を煩わせないでください。お願いですから!」
しかし、血相を変えてジョージの腕を引いたのはロトだった。
「でもあいつらやられちまうぞ!」
「非戦闘員が残っているからです! 皆が避難しないと重火器が使えないのです! 彼らは精鋭ですから心配には及びません!」
マチルダは二丁のアサルトライフルを両脇に抱え、「うぉらあああああ!」と絶叫しながら引き金を引いている。撃ち尽くすと、どこからともなく替えの
「ジョージ、急げ!」
フロルに手を引かれ、途中からは人の波に流されるだけになりながら、ジョージは饗宴場を後にした。
天宮は元々シェルターとしての役割も担っているらしかった。エソリスの街が攻撃を受けた時、
ジョージたちが辿り着いた時、避難エリアはすでに数百の人間でごった返していた。
「こんな時に神官団は何をやっているのだ!」
「だから聖地攻略作戦など反対だったのだ! 軍のほとんどが洋上だぞ。誰が責任を取る!」
「この期に及んで責任責任! 前線で戦っている兵がいるのだぞ。身勝手に喚くことなど子どもでもできる! いい大人が! せめて黙れ」
「言論封殺か貴様! まさかオーク共を呼び込んだのは貴様の党ではあるまいな! 我ら野党議員を潰し、第一党の地位を確固たるものにするつもりだろう!」
「なッ……! 被害妄想も大概に……」
「そうだ! 何者かが手引きしなければオークが天宮に現れるはずがない!」と援護射撃が巻き起こるや、「何を根拠に左様な妄言を!」と唾が飛ぶ。醜い罵声や怒号が飛び交っていた。
「評議員の者どもよ、静まれ」
喧噪の中でも、フィネラスの重低音はよく響いた。場の空気が凍りつく。議論というよりは子どもの喧嘩の様相を呈していた評議員たちは、バツが悪そうに顔を伏せた。大公に気付かず醜態を晒していたのだからごもっともである。
「道を空けていただけますか」
ロトが冷静に威圧した。群衆が沈黙のまま二つに割れる。
「議員という人種ほど有事に役に立たんものはない。口ばかり達者で手を動かさぬ」
人垣の道を進みながらフィネラスが苦々しげに呟いた。端的でいて痛烈な苦言は、評議員たちには聞こえていないだろう。
奥には、もう一つ重厚な扉が構えていた。臨時の発令所だ。ロトが開けた扉の隙間から見えたのは、壁一面を覆いつくす大量のモニターだ。フィネラスはロトを伴い臨時発令所へと姿を消した。
扉が閉じた途端、評議員が再び喚き始めた。その矛先はジョージたちらしいが、
「何言ってんだこいつら?」
取り囲まれて文句を言われているらしいことは、「友好的」と対極にあるような表情を見れば察しがつく。しかしいきなり意味不明な言語でがなり立てられても困るし、ひたすらうるさい。
「『自動翻訳術』は、術者が近くにいないと効力がなくなるからね。もしアレだったら、わたしが通訳しようか?」
と、フィラーは苦笑したが、その気がないのは見え見えだ。
「どうせろくなことじゃねぇんだろ」
フィラーは親指と人差し指でマルを作って答えた。
「私たちが戦鬼を呼び込んだのではないかと、まぁご立派な誹謗中傷だ。言葉が通じまいと高を括って好き勝手言っておられる。カールの蛮族が、とか何とか」
フロルは元々通訳いらずなので、辟易した様子で肩をすくめた。
これまでは、幸か不幸かユネハス語を四方八方から浴びせかけられる機会はなかった。入国直後から常にフィラーがそばで同時通訳してくれていたし、ロトの自動翻訳術に至っては実質的にリアシー語で意思疎通しているのと全く変わらない状態だった。
そのためすっかり忘れていたが、自分たちはこの地にあっては異分子だ。連中からすれば、交易関係がなく文化水準も大きく劣る得体のしれない国から来た野蛮な集団なのだろう。
「なあ。オレ、暴れていいかな」
言われっぱなしはムカツク。別に本気で暴れなくても、ちょっと脅せば静かになると思う。どうせこいつらは安全地帯で口八丁なだけの腰抜けだ。
「やめとけ――」
ハンクの声は、コンクリートの爆砕音に掻き消された。
壁をぶち破って現れた戦鬼たちに、避難エリアは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。評議員たちは他人を押しのけながら我先に奥の方へ、すなわち臨時発令所の扉付近へと殺到した。人壁の圧力に押しつぶされたのか、時折血の噴水がぶしゅっと上がる。
「掴まれ!」
このままじゃ戦鬼の前に半狂乱の評議員たちのせいでやられる! ジョージはフィラーとハンクを両脇に抱え、フロルを背負って跳躍した。評議員たちの頭を飛び越え、
「うらああああ!」
そのまま手近な戦鬼の頭を蹴飛ばした。もげた頭が床を点々として一人の評議員の足元まで転がった。彼は血の気の引いた顔でそれを凝視し、怯えきった眼ですうっと息を吸った。
あッ……。嫌な予感は的中した。絶叫が轟き、群衆に余計混乱を煽る。生首くらいでガタガタ騒ぐな情けない。戦鬼と戦うとはこういうことだ。首をはねるのが最も手っ取り早いのだ。
「とりあえず押し返す! ハンク、手伝え! フロルはあいつらに下がるように言え! 足手まといだ!」
銃撃している警備兵は三日月刀でべしゃんこに潰され、赤黒い血だまりになっていく。あんなんじゃいっそいない方がましだ。
ジョージは青龍の剣を抜き放ち、戦鬼を袈裟斬りにした。切断面に沿って上半身がずるりと滑り落ちた。
「手伝えったってどうすれば」
ハンクもかなり上達してきたが、戦鬼が相手となれば槍での近接戦闘は無謀だろう。血だまり不可避である。
「魔弾丸で膝を狙え!」
戦鬼は頭にいくつか風穴が空いたところで止まることはない。痛覚がないのか元々何も詰まっていないのか知らないが、頭蓋骨の半分を吹き飛ばしてもケロッとしている生き物である。しかし、膝さえ壊せば確実に継戦能力を剥奪することができる。
と、どう見てもハンク一人のものではない量の魔弾丸が糸を引いたように飛んでいった。膝を破壊された戦鬼たちが一斉に崩れ落ちる。
「わたしも魔法は得意だから」
物怖じせずに堂々とした佇まいでフィラーが言った。さすが、王宮付魔法使いを目指しているだけのことはある。
「いいぞ、二人ともその調子で頼む!」
壁の穴から現れた戦鬼を、仲間の協力もあってたちどころに殲滅した時、突然それは起こった。フロルの指示で後衛に回っていた警備兵の一人。身にまとっているアーマーに、不思議な呪紋が浮かび上がったのだ。直後、アーマーは中身の人間ごと打ち上げ花火のような小気味良い炸裂音と共に爆発し飛び散った。
ヒトがいなくなったその空間には、血の滴る呪紋だけが残っている。それは徐々に形を変えていく。
「転移魔法陣だ!」
フロルは目を見開いて叫んだ。
「ジョージ! また出てくるぞ!」
言われるまでもない! ジョージは呪紋もとい転移魔法陣から上半身を覗かせた戦鬼を一太刀で叩き斬った。下半身から離れた胴体がどしんと床に落ちる。握られたままの三日月刀がコンクリートの床に亀裂を入れた。
「ここはヤバイ! 他にどっか避難エリアはねぇのか!?」
魔法陣からは続々と戦鬼が現れる。片っ端から切り捨てているが追い付かない。
「分からない! 初めてだもんここ!」
フィラーも魔法を撃ちながら金切り声を上げた。
「くそ、ロトは何やってんだ! ハンク、呼んでこい!」
臨時発令所への扉は避難エリアの奥だ。その前には評議員たちが相変わらずお互いを押しつぶしながらひしめき合っている。あいつらのせいで扉が開かないのだ。どこまで足を引っ張るつもりだ口八丁の馬鹿どもめ。
「ハンク! しっかりせんか! 戦闘員がごく少数しかいない現状を見ろ! 誰もお前に最前線で命を張れなどと言ってはおらん! だが自分の役割を果たせ!!」
すっかり腰の抜けてしまっているハンクの手首をフロルが掴んでいた。こっちもかよ、と力が抜ける思いがしたが、よく見るとハンクの胸から腹にかけて爆発した警備兵の体の一部と思われる肉片がへばりついていた。ハンクが立ち上がれないのは無理もない。
「フロル、頼む」
―花の香り、水のせせらぎ、新緑、新雪、箒星。汝に元気と活力を。
フロルはハンクに気付け呪文をかけると、 評議員の塊を掻き分けていった。
ジョージは剣を戦鬼の胸元突き立てた。勢いそのままに壁に押し当て、貫通した剣が戦鬼を釘付けにした。剣を振り上げる。戦鬼の胸部から頭頂にかけて竹が裂けたように割け、噴き出したおびただしい量の血が天井まで染めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます