第七章 集う猛者たち

リアシー共和国

 ピチョン、ピチョン――。

「穴、空いてるね」

 ハンクが言った。

 ピチョン、ピチョン――。

「あぁ。とりあえずどっか店入らねぇか? 寒い」

 ジョージはぶるっと身を震わせた。南に位置するリアシー共和国はカール王国より大分暖かいはずなのに、湿った服に体温が奪われる。早速温かいものが欲しくなった。

 大会を二日後に控えたこの日、ビクトリー号は無事にリアシー共和国首都コーラリに到着した。昼頃に入港予定だったのが早朝に前倒しになったが、このくらいの違いは誤差だろうし、前倒しになって悪いことは何もない。

 しかし天候に恵まれた船旅とは打って変わって、肝心のコーラリが大雨だった。ビクトリー号を降りる時にベアードがボロ傘をくれたのだが、骨は歪んでいるわいくつも穴が空いているわで、ジョージの肩から袖にかけてすでにぐっしょりである。ちなみにハンクがもらった傘は新品同様で、最後の最後までベアードはジョージにぞんざいだった。

「お金持ってる?」

 尋ねるのはハンクだ。

 カール王からもらった旅費がリュックに入っている。馬車を雇って西へ向かうように言われている。必要なことに金は惜しむなとも言われているので、数えたわけではないが当面は大丈夫なだけの額が入っているはずだ。だが、無闇におごらされてもたまらないので、

「お前は?」

と、質問で返した。

「トップ俳優の収入なめんなよ」

 おぉっ心強い。飲み物代はハンクに出させよう、とジョージは皮算用を始めた。

 雨にも関わらず、行き交う人々は多い。道幅は広く、馬車が五台くらいは余裕で並走できそうだ。道が狭く建物も密集していたグロイスとは対照的である。家や商店なども整然と並んでいる。レンガ造りの家々は一軒一軒の敷地が広い。平たい屋根や道脇の植え込みの上にうっすらと残っている雪は、この雨でじきに溶けてしまうだろう。

 大通りに設置された木製の掲示板には、向かい合った二人の屈強な戦士が互いに剣を大盾に打ち合い火花を散らすポスターが貼ってあった。


「第六十三回リアシー武闘大会 血沸き肉躍る闘いのロードを目撃せよ! クリスタルの月三日・四日 会場:リアシー国立闘技場」


 さらに、街のそこかしこに深紅の旗を掲げたポールが立っている。旗に描かれているのは剣と盾を模したエンブレムだ。店の窓にも件の大会ポスターや手書きの「チケット取り扱い中! 残りわずか!」の張り紙、さらに入口すぐの一等地には選手の紹介冊子がこれでもかと場所を取って陳列されている。「第六十一回大会覇者レイノス・ヴァーリースが徹底解説! これを読めば大会が百倍楽しめるファン必携の一冊!」と派手なタペストリーが吊ってあって、立ち読み客たちが盛んに優勝者予想を繰り広げていた。

「買っとく? 敵の情報は大事だろ?」

「馬鹿、敵の情報なんかよりもっと大事なもんがあるって」

 ジョージは立ち読み客が開いている冊子を後ろからのぞき込んだ。「優勝最有力候補! 前回大会覇者ジーク・ファラン」の派手な見出しが見開きで躍る。細かい字までは読めなかったが、すらりと背の高い若者が勇ましく剣を構えた大きな写真が掲載されていた。

「オレもこんな感じで載ってんのかな!」

 ついこの間までプレーリー村から出たこともなかったのに、いきなり異国の地で写真付きで本に掲載されるなんて目覚ましい出世だ。

「カールで一番名の知れたどこぞの俳優様よりも、リアシーではオレの方が有名人かもよ!」

と、おちょくってやったが、

「今日来たばっかの君が載ってるわけないだろ。良くてナノリでシシキノコ頬張ってる写真だな」

 ハンクは癪に障るくらい余裕の笑みだ。

「んじゃ買おうぜ。ハンク財布貸して」

 しかしハンクは店の前をすたすたと通り過ぎた。

「そんなことより会場に下見行くよ」

 あからさまな逃げを打って深紅の旗が立ち並ぶ大通りを颯爽と歩いていくハンクを、ジョージはしてやったりと内心にんまりしながらパタパタと追いかけた。真っすぐな大通りの先の地平線上に、石造りの巨大な構造物が浮かび上がっていた。


 リアシー国立闘技場は楕円形のアリーナと四階建ての客席を持つ円形闘技場である。収容人数四万人を誇り、街のシンボルにしてコーラリ市最大の建築物であった。

 外壁には等間隔にアーチが配置されており、アーチの一つひとつに黄金の像が配置されている。斧を担いだ筋骨隆々な上裸の神、膝くらいまで届く豊かな髭をたくわえローブを引きずる古老な神、拳を握り、燃え盛る大蛇を踏みつけている武神、など――。神々の像が外界を見下ろし、そしてその黄金が無機質な石造建築を彩っていた。

 すぐ近くに立つと、まるで外壁が迫ってくるような迫力であった。見上げたまましばし呆気に取られ、口に雨粒が入ってくるのも気にならなかったジョージとハンクだったが、はっと我に返り、当初の目的を思い出す。

 一階部分にもいくつものアーチが連なっていて、客席への入場口となっている。二人はその手近なアーチに向かっていった。青い制服を着た警備員らしき男性が腕を後ろに組んで威圧するように立哨していて、案の定呼び止められた。

「君たち、ここは立ち入り禁止だ。大会は明後日からだぞ」

 相手が十代半ばの少年だからか、警備員は組んだ腕を崩し、態度も軟化した。

「彼は出場選手です」

 ハンクが人当たりよく答えた。

「さっきコーラリに着いたばかりなもので。ちょっと中を見せてもらうことはできませんか?」

 こういう時のハンクは優等生だ。ジョージが不作法過ぎるだけかもしれないが、田舎の出だから仕方がないと自分を言いくるめることにする。

「選手? 君が?」

 警備員は眉根にしわを寄せ、じろっとジョージを見た。ちょっと気に食わなかったので一言物申してやろうと思ったが、すかさずハンクが制した。

「カール王国のジョージ・パーキンソンです。国からすでに出場登録が手配されているはずですが……」

 もしかして手違いでまだ伝わっていないのかな……、とハンクは唇に手を当て、目を伏せて呟いた。

 ハンクの様子に、決まりが悪くなったのは警備員の方らしい。取り繕うように顔の前で手を振った。

「すまない、あまりに若いから意外だっただけだ。選手なら専用の入場口から入れてもらえるかもしれない。そっちに回ってみてくれ」

 専用の入場口というのがどこにあるのかと尋ねると、ちょうどここ一番ゲートの真裏にある五番ゲートだと教えてくれた。ただし、本当に入れてもらえるかどうかは彼にも分からないらしい。ハンクの交渉術に任せることになりそうだ。

 闘技場の外周部では、明後日からの大会に備えて土産物屋や屋台の準備が進められていた。手ぬぐいを首にかけた職人たちが雨に打たれながらも金属パイプや布を運び、テントの設営に精を出している。中には一足早く開店している屋台もあり、行列ができるほどの盛況ぶりである。浮足立った雰囲気に、ジョージもそわそわだかむずむずだか、何となく落ち着かない感じになる。

「寄ってこうか?」

 そんなジョージを見かねてか、ハンクが苦笑しながら顎で指したのは一軒の屋台だった。湯気がもくもくと上がっていて、いい匂いが漂ってくる。

「いいのか?」

と尋ねつつもジョージの足はすでに屋台へと方向転換していた。

「せっかくのお祭りなんだから、なんか食べとかないと」

 意外とハンクもノリノリで、二人はやがて速足に、そしてどちらともなく競うようにダッシュした。

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