首都グロイス

 そしてジョージから見て港の右手。堅牢な城郭から尖塔がそびえている。

 グロイス・ウォールと同時期に建造された城砦。ガッドの手紙の送り先、カール王国国王リースウェイ・ヴィクティーリアの君臨するカール城の荘厳たる佇まいであった。


 ジョージは再び人ごみを縫いながら通りを下っていった。建物の隙間を網の目のように裏道が走っているので、そちらに逸れた方がかえって早いのかもしれないが、通りの両端に延々と並ぶ店が裏道への入り口を塞いでしまっている。

「そこの兄ちゃん! ……馬に乗ってるあんただよ!」

 雑踏を貫いて、威勢のいい掛け声がジョージの耳に届いた。

「あんた、剣やってるんだろ? 用心棒か? 傭兵か? 若けぇのに苦労してんな!」

 振り返ると、鉢巻を巻いた色黒の髭面男が愛想よく手を振っていた。

「ちょっと見てってくれや! 色々揃ってんぞ!」

 石畳に直に敷かれた布の上に、様々な装飾の短刀や長剣、農家にもある普通の鎌から戦闘用の鎖鎌、粗末な石斧からまともに担ぐこともできなそうなくらい重厚な戦斧、スズメバチ退治用の防護服から輝く鎧に至るまで、所狭しと武具が並べられていた。

 通りを埋め尽くす一般のおばさんたちにとっては、腹の足しにもならない武器なんかより今晩のおかずの方が重要で、武器屋の周りだけは見事なまでに閑古鳥が鳴いていた。まるで人避けの結界でも張ってあるみたいに空間ができていた。

「オレ、急いでんだけど……」

 ジョージは曖昧に苦笑いした。武器なら間に合っている。不知火以上の剣が露店に転がっているはずがないし、パック流剣士は防具も必要としないから、冗談抜きに武器屋に用はなかった。

「お前それ、モリア銀製じゃねぇか?」

 男はジョージの都合を華麗に無視した。

「珍しいもん持ってんなオイ。俺もこの仕事して長いが、モリア銀製の武器はめったに出回らねぇ。ちょっと見せてくれんか?」

 男は身を乗り出し手を伸ばしてきた。

「ダメだ」

 見ただけでモリア銀製と見破る鑑定眼はさすがだが、それだけに迂闊に渡すと危ない。確かにパックの鍛えた剣は全てモリア銀でできている。ともすると「売ってくれ!」とか何とか言われて一悶着起きてもおかしくない。

「見せてくれるくらいいいじゃん。ほら、これやるから!」

とやたら豪快に差し出されたのは、

「……お鍋の蓋?」

「失礼な。ワアダキの木で作った盾だぞ。軽くて強靭! 赤みがかった見た目もおしゃれ! 木の盾としては最高の素材だ」

「いらん。てか『見せてくれるくらいいい』かはあんたが決めることじゃない。オレが決める」

と、改めて「ダメ」だと念を押した。武器商人はがっくりと肩を落とした。

 ジョージが頑なになったのは、魔法強化剣の性質のためでもある。魔法強化剣は使用者の戦闘スタイル、魔法力量、性格などを認識し覚え込むが、他人が触れればノイズとなってしまうのだ。

「ところでさ、城に行こうと思ってるんだけど、近道ない?」

「城だぁ? お前みたいな小童が何しに行くんだ。どーせ無駄足だぞ、バーカ」

 武器商人は煙草に火を点けながら投げやりな厭味を吐いた。

 が、煙を鼻から噴出させながら自分の露店の背後を親指で指す。指した先は裏道である。

「ヘミン通りはこのあとますます混雑する。お前みたいな馬乗りは邪魔だからとっととどっか行っちまえ」

 チッ、とわざとらしい舌打ちのオマケ付き。憎まれ口を叩きながらも武器商人は商品を脇の方に押しやって、敷いていた布を半分ほど丸めて通り道を作ってくれた。結論としてはとても親切な計らいだった。素直に頭を下げると、武器商人は「おう」と煙草をふかした。

 裏道に逸れると、海も城もレンガ造りの住宅地に隠れてしまった。楓は道を下ったり右に曲がったりを繰り返し、何とか城方面へと向かってくれた。

 裏道は表のヘミン通りと全く雰囲気が違っていて、表とは別の活気、生活感に溢れている。ネギが飛び出したパンパンの袋を提げたおばさん数人が、小さな水路(アスマラ川はグロイスに入ると何本もの水路に別れてグロイス全域へ扇状に広がる)のそばで談笑しているし、小さな兄妹がお母さんの両隣で洗濯の手伝いをしている。妹は水が冷たいと言ってはしゃいでいた。


「どーせ無駄足だぞ」はただの厭味ではなく、忠告の意味もあったのだと、ジョージはここに至って汲み取った。短槍を交差させて行く手を阻む兵士が二人。

「城内への刀剣その他武器、及び各種術具の携帯は認められていない。全ての武装を解除し、通行証を提示せよ」

 二人の兵士の内、右側に立つ若い門番が台本を棒読みするような口調で言った。口調は棒読みだが態度は尊大である。カチンとくるところもあるが、城を守る責にある者がオドオドと頼りないようでは困るので、これはこれで正しい。

「通行証がいるのか? んなもん持ってねぇんだけど……」

 ジョージは馬を降りると村長の手紙が入った封筒を取り出した。

「これでいいか? ほらここ、カール王宛てだろ?」

 封筒に記された宛名を指差しながら門番に手渡す。門番は眉をひそめながら封筒を受け取り、さっと目を走らせたが、すぐにジョージに突き返した。

「通行証を持たざる者を通すわけにはいかぬ」

「じゃあその通行証ってのはどこでもらえるんだ?」

 苛立ちを隠さないジョージの問いに応じたのは、左側に立つ老門番だった。

「お主、十代半ばくらいかとお見受けするが」

 かすれ気味の声で聞き取りづらいが、若い門番に比べると柔和な印象だ。

「十五歳だけど」

「通行証はグロイス市公安局で取得できるのだが、個人申請には年齢規定があってな」

 申し訳なさそうに苦笑いする老門番。嫌な予感しかしない。

「十八歳からしか申請できんのだよ」

「そんならどうやったって城に入れねぇじゃんか!」

 無駄に予感が的中したジョージは老門番にずかずかと詰め寄る。

「頼む、入れてくれ! こいつと違って、」

 ジョージは「こいつ」こと右の若い門番を顎でしゃくった。しゃくられた門番は不機嫌そうに顔をしかめたが、構うものか。

「あんたは話が分かりそうだ。その、つまり事情があるんだ。頼む!」

「小僧、いい加減にせんか!」

 老門番の肩をつかんでガクガク揺さぶるジョージとされるがまま無抵抗の老門番の間に、小手を装備した腕が右から割って入った。ぎょろぎょろとした目でジョージを睨みつけている若い門番だ。

「我々を何と心得る、誇り高きカール王国守備兵団ぞ! 小市民の分際で我らに盾突くとは笑止な! これ以上の狼藉は許さぬ。即刻立ち去れぃ!」

 え、そこまで言う?

 反論する間もなく、二人を引きはがした若い門番は勢いに任せてジョージを突き飛ばし、尻餅をついたジョージに槍を向ける。槍の先端はちょうどジョージの鼻先だ。おいアグザス、と咎めるような口調は老門番である。

「止めないでください、ベレスフォード三視 。国の秩序を守るのが我ら守備兵団の役目。小僧が秩序に綻びを生むのなら排除せねばなりません」

 ジョージはただ手紙を渡したいだけなのだが、若い門番もといアグザスは随分と大げさな言い回しを選んだものだ。尊大な態度、というのは生ぬるい表現だったと思い至る。ただの傲慢な兵士だ。

 尻をはたきながら立ち上がったジョージは、全く臆することなく槍を構えたアグザスに近づいていく。

 むしろ怯んだのはアグザスの方だった。今までずっと、少し威嚇すれば素直に言うことを聞く市民ばかりを相手にしてきたに違いない。皆が皆、お前の虚勢に従うと思うな。アグザスは槍を構えたまま、一歩また一歩とじりじり後退していく。

「むう……ぬおおぉぉお!」

 覚悟を決めたのか、訳の分からない叫び声を上げながらとうとう突撃してきた。スキだらけ。そもそも槍の間合いではない。猪突猛進に踏み込み過ぎている。老門番ベレスフォードの小さなため息が聞こえた。ため息の対象はアグザスの独り相撲に対してか、あるいは貧相な武に対してか。多分両方だ。

 ジョージは右に素早く動いて槍を避けると、身を屈めて一気に接近した。アグザスからすれば、ジョージが突如視界から消え、気づいた時には懐に潜られていた感覚だろう。ジョージは自身の左腕を勢い良く突き上げて門番の右腕を払いのけ、残った左手の甲に手刀を当てる。槍は大きな金属音を立ててアグザスの足元に転がった。アグザスは信じられないという表情で、槍とジョージに交互に視線を送った。

 ジョージは拾い上げた槍をアグザスに差し出したが、呆然自失のアグザスは動けない。代わりに受け取ったのはベレスフォードだった。

「大変申し訳ありませんでした。感情に任せ、軽々しく一般市民に武器を向けるなどあってはならぬこと。アグザス二曹の上官としてお詫び申し上げます」

 ベレスフォードは腰を深々と折る。背筋の伸びた美しいお辞儀だった。釣られてジョージの背中もしゃんとした。

 「しかし、城への立ち入りに関しては規則があります。我々の一存で規則を曲げることはできません。何卒ご理解ください」

 もう一度改めて頭を下げるベレスフォード。再び釣られてジョージも「あ、はい」とお辞儀で応じた。

 アグザスのやみくもに威張るやり方は反発心を煽るだけだったが、ベレスフォードはさすが老練な士官だった。丁寧に丁寧に、下手したてに出られるとこれ以上何も言えない。

 ジョージは楓にまたがり、城を後にした。影が長くなり始めたグロイスの港をカポカポと軽快に歩く。気を落とすな、と楓が元気づけてくれているような気がした。

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