春二番が吹く街

仮眠

第1話

今年もこの季節がやってきた。

何とも言えない不安に駆られながらも新しい希望を求めて我武者羅に生きていく季節が。


希望がないことはないと逃避するまでもなく春の嵐が些細な懸念までも私の心から取り去ってくれる。


そう、これが春一番なんだと感じた。



僕は目的も希望もない旅を続けている。なんでそんな旅をしているのかさえ僕にはわからない。僕に残されているのはアコースティックギター一本とお絵描き道具だけだった。今日も僕は一人ギターを手に歌い続ける。




いつかこんな日が来るのだろうか


安定した心の拠り所を得られる日が


いつでもそれを追い続ける僕は


なんて不安定な幽霊なのだろう


それでも希望溢れる春一番を今年もまた


この心に迎え入れよう        





田舎でも都会でもないがなんとなく落ち着くことができる町の駅で歌を歌い続けて三日が立った。運が良ければ千円、それ以外ならば0円というなかなか厳しい生活をしていた。十年前僕はギターにはまっていた。ひとりで好きなフレーズと自然と口から出てくる言葉を紡ぎ合わせて演奏するのが好きだった。僕がこうすることで煮え切らない中途半端な自分の人生に少しでも火をつけようとしていたのかもしれない。



一人の少女が僕の前に金を置いていく。僕がこの場所で演奏を始めた日から金を落としていく人物だ。彼女の後ろには老いた執事がついていた。世の中には物好きな人間もいたものだ、と思ったが彼女のおかげで今日も生きていくことができる、感謝。


突然だが僕は最近三か月から前の記憶がない、十年前ギターにはまっていたことを思い出したのは三か月前僕の意識が覚醒した時にわけもなくギターを持っていて段々と思い出していった次第である。


「またこんなところで寝ているのかい」


そう声をかけてきたのは朝霧。


「ああ、この時期は暖かいし安心して野宿できるよ」


彼は本名も素性もわからないが僕の三か月の旅路の途中でよく顔を合わせる中年の男だ。朝霧というのは彼のあだ名みたいなものらしい。

「まあ好きにするといい。今の行動を後悔するようなことだけはしないようにな」


そんなこと言われたって今の僕には弾き語りをしていくしかない。そう思いつつも僕は今の行動を短いであろう人生の中で今を後悔することはないだろう。


今がもし間違いというなら次に生かせばいい、自分の人生さ、好きに生きる。


朝霧は何を意図してこんな事を僕に言うのだろう。朝霧は続けて言う。


「自信を失った人間は何をすれば自信を取り戻せると思う?」



こんな春一番を迎えたのもつかの間、いつしか春も終わろうとしていた。今日も僕はギターを背に歩き回り歌を歌う。




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