【書籍版5/15発売!】司書と王女の世界大戦<シャトランジ> アイリス王国再興記
津田彷徨/NOVEL 0
プロローグ
プロローグ
英雄。
それはアルビオン大陸において、神から神器を授かりし者へ与えられる称号である。
神器の代償として、彼らが神へ差し出すは己が命。
寿命の半分とされる命と引き換えに、神から認められ力を授かりし英雄たちは、大陸内の数多の戦乱を収め続けてきた。
命をも顧みぬ英雄たちの崇高な精神。
それを目の当たりにした民たちは、古き頃より英雄達に深い尊敬を捧げ続けてきた。
だがいつしか戦乱は遠のき、長い平和の時が大陸に訪れた。
英雄や神器などという存在はすでにおとぎ話。
大陸に存在する九カ国の一つであるアイリス王国には、唯一英雄へ神器を授ける伝承が残っていたものの、神器授与の地とされるクレイトン神殿は、すでに風光明媚な観光地へと成り下がっていた。
もはや誰もが神も英雄も敬わず、ただ目の前の穏やかな平和を享受するだけの時代。
だがそれは一人の男の出現により失われることとなる。
大陸暦一二三〇年、マセラン帝国皇太子サティスは自らの戴冠と同時に、大陸統一を旗印として突如周辺国への侵攻を宣言。
古くより帝国と同盟関係にあったアイリス王国を除く七カ国は、早急に連合を形成し、争いを生み出さんとする帝国へ共同出兵を行う。
相互の戦力差は明らか。
それ故、大陸中の誰もが愚かな皇帝を嘲笑う。
彼らは知らなかった……サティスの手に無数の神器が握られているという事実を。
後に武帝と称されるサティスの圧倒的な武威の前に、連合による包囲網は無残なまでに崩壊。帝国は次々と周辺国を支配下へと組み敷き、苛烈な弾圧が各国で行われた。
中でも、最も激しい弾圧を受けたのは魔法士と呼ばれる人達。
一説にはサティスが恐れたが故ともされたが、その存在がほぼ死滅するほどに苛烈な弾圧の矢が各国の魔法士に向けられ、無数の死と拷問が人々の恐怖を誘った。
時代は閉塞し、大陸の未来は暗闇によって閉ざされる。
しかし神は大陸を見捨てることはなかった。
人々の祈りと願いを体現するかのように、神は心ある者へ神器を委ねる。
神器を授けられた彼らの生い立ちは様々。
だが新たな英雄たちには共通の思いがあった。
武帝サティスを討伐し、大陸に光を取り戻す。
そして彼らの願いは達せられた。
武帝サティスは彼らの前に敗北し、自らの宮殿に火を放って神器とともに炎に塗れる。
ここに英雄たちの物語は、晴れやかな未来を手に終焉を迎える……はずであった。
***
朱と紅。
ただその色だけが彼の眼前に広がっていた。
既に周囲は朱い炎に飲み込まれ、ただ彼の周りにだけ紅い湖が広がる。
大したものだと青年は思う。
それは既に失ったはずの機能。
砕けた眼鏡と引き換えに、失われたはずの鮮やかに色づく世界。
それを脳が勝手に補ってくれているのだ。
炎の色は朱く、血の色は紅なのだと。
「誰だ、誰がやった!」
失われそうな意識の中、燃え盛る炎の音をかき消すように争う声が、彼の鼓膜を震わせる。
それを青年は妙に冷めた思いで聞いていた。
既に戦いは終わったのだ。
アルビオン大陸を救うため、生まれ故郷であるアイリス王国を飛び出したあの日から、一つの夢だけを彼は抱き続けてきた。
大陸を支配せんとする武帝サティスを倒し、圧政に苦しむ各国を解放する。
そして今、彼は願い続けてきたその夢を掴んだのだ。
掛け替えのない七人の戦友たちとともに。
神剣デュランダルを有する
神槍グングニルを有する
神弓ミストルテインを有する
神盾イージスを有する
神棍シタを有する
神鎌アダマスを有する
神斧ウェザイスを有する
お互いの命を預け、ただひたすらに彼らは戦ってきた。
全ては帝国と武帝の圧政を振り払い、それぞれの故国の未来を切り開くため。
そしてここに青年たちは成し遂げたのだ。
だから後悔はない。
たとえ七人の内の誰かに裏切られ、武帝討伐を成した直後、その背後から胸を貫かれるという結末を迎えたとしても。
「誰がやったかって、そんなもの敵に決まっている!」
「ありえません。敵は……武帝は倒したはずです」
七人の中で最も理知的なネルソンは、感情的になった棍使いであるケティスの発言を否定する。
すると、唯一の女性であるトアレが、苦い表情を浮かべながら、無口な彼女らしからず珍しくボソリと呟いた。
「配下の連中も全て排除済み。つまり──」
「止めろ、それ以上は言うな!」
七人の中でリーダーと目される白銀の剣を持つ青年は、慌ててトアレの言葉を遮らんとする。
だがそんな彼の制止を、まったく気にも止めぬ者がいた。
「そうは行かぬ、今ここに立っているのは誰だ? 見ればわかろう、ここにはあいつと共に戦ってきた俺たち七人しかおらぬのだ」
ギルゴロスと言う名の傷だらけの偉丈夫は、首を左右に振りながらそう告げる。
彼の力強いその言葉は、風穴を開けられた青年の鼓膜を震わせた。
同時に、彼の胸には刃に貫かれた時以上の激しい痛みが襲う。
自分の死は良い。
己の命をかけて成すべきことは成した。
いや、それ以前より自らの死を受け入れる覚悟はとっくに成していた。
でもそれはこんなものを見るためではない。
背を預けあった戦友たちが、相争うこんな光景を。
だからこそ彼は残された命を振り絞り、制止の言葉を口にしかける。
しかし彼の口から吐き出されたものは、ただただ紅い血液のみであった。
「私が……私が助ける!」
決意とともに発せられたその声。
それは最後の最後まで、華奢な彼を守り続けてきた男の言葉だった。
大盾を手にした彼は、決意の眼差しを目の前の炎に向ける。
だがそんな彼を、冷静極まりないナイツの声が押しとどめた。
「無理だ、レムゼ。お前まで巻き添えになる。ここで無駄死にして、誰が滅びかけたお前の国を守るというのだ」
無情に響き渡ったその声は、青年たちの手足に重い鎖を巻き付けた。
彼らは各々異なる国に生まれ、そして母国を解放するためにここまでたどり着いたのだ。
そう、武帝を倒すことだけを目的とし、行動を共にしてきた青年とは異なって。
彼らが足踏みする間にも、血の海に横たわる青年と七人の戦友たちの間に生み出された炎は勢いを増す。そしてたちまちに、宮殿ごと全てが炎へと包まれていった。
「これが最後の光景……か」
自嘲気味にそう呟いた青年は、視界までもが赤く染まりここに自らの最後を理解した。
もはや彼にできることはただ祈ることのみ。
──どうか自らの死と引き換えに、大陸とアイリス王国、そして彼ら七人の下に永遠の平和が訪れんことを、と。
***
大陸暦一二三三年。
帝国を支配していた武帝サティスの死と王宮の炎上を機に、英雄大戦と呼ばれる戦いに終止符が打たれ、アルビオン大陸を支配していた帝国は崩壊への道のりを歩み出す。
武帝を討伐したそれぞれ生まれの異なる七名の青年たち。
彼らは紛れもなき英雄として、各々の母国において最大限の歓呼を持って迎え入れられることとなった。
彼らを有する七カ国は、手を取り合って大陸から帝国の残滓の尽くを排除するに至る。
帝国時代の人も、物も、国も、その全てがアルビオン大陸から一掃されていった。
その全ては大陸の平和と安定という輝かしい名目のもとになされ、排除された国の中にはかつて帝国にとって唯一の同盟国家だった国が存在した。
その名は大陸最古の歴史を持つアイリス王国。
武帝討伐において何ら寄与しなかった彼の国は、英雄を有する七カ国にとっての潜在敵とみなされ、英雄たち自身が望む望まずにかかわらず、まさに徹底的と評すべき弾圧を受けるに至る。
そして帝国が滅び、アイリス王国が国としての形を失って七年の時が過ぎた。
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